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マーヴィンの餌代  21

私がユミさんに出会ったのは、27歳の時。もう10年以上も前になる。

その頃、私はカリフォルニアから来たルームメイトのミッシェル22歳と605号室に住んでいた。ミッシェルは一緒に住み始め3ヶ月を過ぎた頃から、カリフォルニアの人と比べて冷たいニューヨーカーに対して不満を漏らす様になり、ホームシックになり、徐々に狂い始めていった、バイトは毎回続かず、すぐ辞めてしまい、目指していたモダンダンサーの夢もどうでもよくなり、ストリッパーになる事を検討し始め、ストリッパーになるならBoob job(豊胸手術)をしなきゃいけないかもと信じ込み、タイムズスクエアのストリップクラブに面接に行ったけど落とされ、淋しくて誰かからの連絡を渇望するあまり家の電話の子機を携帯かと思いカバンに入れ始め、毎月違う男性を家に連れ込むようになり、同じアパートの3階に住む34歳なのに17歳の女の子と同棲するジャンキーカップルと飼い犬のピットブルがいる304号室に入り浸る様になり、ミッシェルが心配なのでその304号室に迎えに行くと、スマッシングパンプキンズの『Thirty-Three』がかかる部屋で、その金髪の17歳の華奢な女の子はスペシャルKを取って顎がガタガタしてガムを噛んでいて、その34歳の男からソファーに寝そべりながらマッサージを受けるミッシェルは恍惚の表情を浮かべていて、インセキュアな彼女はエクスタシーを2個をレッドブルと一緒に口から流し込み、ブルックリンの大きい倉庫で行われているレイブパーティーの会場にあった大きなブランコを一回転させブンブン漕ぎ、stonedしてずっと見開いて潤んだ瞳はどこかわからない宙を見つめ、カップルに3some(3p)に誘われてその2人とどこかに消え、ミッシェルはパラノイアになり崩壊していき、私が隣の部屋で友達と電話で話しながら笑っていると「いつも私の悪口を言って笑ってるんでしょ?!」と私の部屋に怒鳴り込み、13人目に連れて来た男、ドラッグディーラーのトニーと名乗る自称イタリア人で見た目は50歳のインド人のウェーヴのロン毛だけど頭頂部は禿げているおじさんがミッシェルの部屋に住み始め、午前の10時半頃からコークをやってsexをして、二人の中肉中贅の肉体のぶつかり合うペタンペタンという音と、おぉーーっ!というおじさんの喘ぎ声と粉末をすする音が爽やかな朝の鳥の鳴き声を掻き消して、私が彼についての苦情を言ったらものすごく怒り始め、その不健康な大きい体でコーラの瓶をキッチンの床に思い切り投げてつけて粉々にし、恐ろしくなった私は彼氏の家に避難して1週間泊まり、そっと家に帰ったら勝手にドアの鍵を変えられていて部屋に入れず、ポリスに電話して、二人がコークをやっているから逮捕してと頼んでも現行犯じゃないから逮捕出来ないと言われ、最低でも鍵を中から開けさせてと頼み、警察がドアを何度もノックして、やっとミッシェルが暗ーい部屋の内側から、顔にかかる少し束になった長い髪のすき間から見える怖い目でこちらを睨みつけながら鍵を開けてくれて、話しにならないので、私は次の日に引っ越す事になり。一時的に使わない荷物はストレージにいれ、当面の使うものをスーツケースにまとめ、
当時のアメリカで育った日本人の彼氏の家に一時期滞在させてもらうことになった。

それから、2日後の午前中に彼の部屋の掃除機をかけていると、ベッドの下からあやしいバッグを発見し、その紺色のナイロンのグレーの持ち手の付いたフニャフニャのスポーツバッグは2個のジッパー金具が両サイドから真ん中にかけて閉められていて、御丁寧にその2個の金具には小さい南京錠が付けられており、怪しいカバンですよ!という異彩を放ちまくっていて。そのカバンは私に向かって「僕を開けて下さいな」と叫んでいた。私の彼ってもの凄くアホなんだな。と呆れて、そのなんの意味ももたない南京錠を外す事もせず、いとも簡単にそのカバンの真ん中をつまんで2つのジッパーの金具を両脇に向けてジャーっと開け、中身を見ると、いろんな浮気の証拠写真、2枚の女のパンティーやら、手紙が出て来て。あの男この間ハワイで他の女と会ってたんだーー、この女この部屋にも泊まりに来ていたんだ、、とそのハワイで彼と一緒に微笑む知らない女性の手紙を読み、ひとたび放心状態になったけど気を取り直して、知り合いに電話をかけまくり、次の宿泊先を決めてから、それらの写真や手紙、2枚のパンティーを、彼の他のルームメイト達にも鑑賞出来る様にコラージュ風にリビングの壁全体にテープで貼付けて、彼が帰って来る前に、自分の荷物を又スーツケースにまとめ、なにも告げずに家から出てタクシーに乗り込んんだ。

知り合いの家のグランドセントラル駅から少し東にある高層マンションに着き、フロントの男性が、ホームレスの様な判別しづらい種類の沢山の荷物を抱えた私を怪訝な目で見たけれど、交わして、38階行きの高速エレベーターに乗り、軽く耳が痛み、クリーム色のふんわりした絨毯を傷つけてしまうかもしれないと少し懸念しながら重いスーツケースをひき、部屋のドアを開けた。窓から差し込む自然光が分厚いガラスのフィルターで青色の光に変わり白い壁を染め、少し空気の抜けたエアベッドしかないガランとしたブルーの部屋に入り、その38階から蟻んこサイズの下界の人間達を仙人になった気分で眺め、友達の黒人デザイナー、デミトリーのファッションショーの為にシャツを2枚、冷たいフローリングの地べたに座りながらミシンを踏んで縫い上げ、息抜きにイーストリバーを眺め、ミルクのかかっていないシリアルをかじりながら、その無機質なブルーの天上界に15日間寝泊まりした。

そして、友達のケンが、部屋を探している私に紹介してくれた人が、ユミさんだった。(やっと)

ケンは、ミッドタウンにある日本食レストランでシェフをしていて、ユミさんはそこで昼間バイトをしていた。

家を下見させてもらう約束をして、そのアパートの1階で初めてユミさんに会った。彼女は黒髪ワンレンストレートで、私より2歳年上で、身長は162ぐらい、すらっとしていて、お姉さん風のイイ女だった。会うとすぐ彼女は「私は、もうすぐ日本に帰るので、部屋も空くし、1ヶ月貸せるけどどう?」と言ってくれて、行く宛のない私はすぐにそこに住む事になった。

彼女は、在日朝鮮人で、そのクイーンズにある、アパートの何棟かは彼女の父親の持ち家だった。

彼女達が住む部屋には黒人の彼氏のマーヴィンがいて、とても人懐っこい黒と茶色&白のビーグル犬が2匹いて、その中の1匹は誰かが帰って来るたびに、うれしょんをしていた。

そうやって私達3人と2匹は 彼女が日本に帰国する前の何日間かを一緒に暮らす事になった。

お金持ちなのに働き者のユミさんは昼はレストラン、夜はクラブで働いていて、ほとんど家にはいなかった。

反対にマーヴィンは、他の仕事はせず家にいて、犬の散歩とアパートのゴミ捨て場の管理をしているようだった。

私はユミさんが家にいる時は、2人の最後の時間を邪魔したくないので、なるべく自分の部屋にいたけど、彼女は私に気を使って、「もうそんなんじゃないのよ彼とは、だから気を使わないでね」と、夕ご飯を作ってくれたり、コーヒーを出してくれたり、色々な彼女の身の上話しをしてくれた。

「このアパートは父親の物なんだけど、もうすぐ売りに出されるのよ。」

「マーヴィンとは昔、macy's(34stにあるデパート)で働いてた時に出会ったの、彼の事は、ここのアパートの管理人と私の犬達のペットシッターとして雇ってあげていて給料も払っているのよ。私、いつもヒモみたいな男が好きで、でも、このアパートが売却された後は、それも終わりなの。」

「日本にいた時は、朝鮮学校に通ってたの。北朝鮮に旅行したこともあって親戚もいるの、本当にホテルの部屋は見張られているみたいで、少しでも露出のある服装で外出しようとすると、ホテルを出る前にどこからともなく人が近づいて来て耳元で「そんな服装で外出しないでください」って注意されるのよ。実業家の父は北朝鮮から度々招待を受けていて、大勢の人々が同じ派手な色の服を着て踊るマスゲームも実際に目の前で見た事もあるの。。。たくさんの建物が並ぶ中心街の夜は電気が灯らずまるでゴーストタウンよ。」

「ニューヨークには、19歳から住んでいて。私は29歳までは自由にしていいの、だけど、30歳になったら、絶対に同じ国の人と結婚しないといけないって、両親から決められているの。10年の猶予期間。19歳から何度もお見合いをさせられてるんだけど。いままで逃げてたの、でも私、長女だから、もうすぐ30歳になるし日本に帰ってお見合いして、すぐ結婚する事になってるのよ、もう大体決まってるのよ、、、」と観念したような表情で彼女は語った。

「私は4人姉妹で」と、名古屋の自宅で撮られた家族写真を見せてくれた。背景に写る部屋は、その1枚の四角い紙の中に入りきらなかった部分が見えなくても、天井が高い広い部屋だという事がわかる。家族の後ろにはビクトリア調の分厚いピンクのカーテンが高い位置からかかっていて、4人姉妹と両親は、白い革の高級ソファーに腰掛けたり、腕をかけもたれたりして、普通の幸せな家族として並んでいる。

「父親は幾つかのビジネスをしていて、昔からずーっと愛人がいて、今の愛人は歴代の4番目かな、私より3つ年上で、その愛人と私は仲良くしていて、何度もご飯を食べに行った事があるのよ。。。」


それから、一週間後の朝。

私は彼女が日本に帰らなきゃ行けない理由に納得ができないまま、かといって、彼女を止めるほどの間柄になるには期間が短すぎて。。。なんか切ないって言葉も違うんだけど、切ない以外の言葉が浮かばないから、切ない複雑な気持ちで、彼女をJFK空港まで送って行った。

帰国の日、彼女は心を決めたように、真っ白いノースリーブのワンピースを着ていた。空港のおおきい面積のガラス窓を突き刺すように、まだそこまで暑くはない夏の日差しが彼女に当たって、ユミさんはいつもよりもっといい女に見えた。私は少し悲しい気持ちになって、「ありがとうございました、また会えればいいな、、」と言って、さよならのハグをした。

ゲートに入る前に、彼女は「マーヴィンに伝えておいて欲しい事があるんだけど、夜働いてたクラブに残りの給料があって、ママには伝えてあるから、犬達のエサ代として彼に取りに行く様に伝えておいて。」と本当はマーヴィンの餌代なのに、そう私に言い残して、旅立っていった。

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