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ふたたび、秋は来て。

祖母が体調を崩した。

すでに猛暑日が連続していた七月中旬のことだった。

百歳を超えても元気で、なんでもよく食べ、よくしゃべる健康な人だから、弱った姿が想像できず、すぐには信じられなかった。

最初は、ちょっと風邪気味かな、くらいの軽い症状で、本人もまわりもすぐに治ると思っていた。しかしなかなか良くならず、次第に食欲が落ち、体がだるいと言って横になる時間が増えていった。いくら元気とはいえ歳も歳だし、一度落ちた体力が回復するには時間がかかるだろうと親族みんなが心配し、そして、もしもの場合を少しだけ覚悟した。

朝、なかなか起きてこない。
ソファでテレビを見るのも億劫そうで、午後はほとんどベッドにいる。
あんなに好きだったまぐろのお刺身も、二切れしか食べなかった。

そんな祖母の様子を知らされるたびに、私は動揺し、信じたくないと思った。「このまま少しずつ弱っていくのかも・・・」と両親が話すのを聞いて、なんてひどいことを言うんだと怒った。お見舞いに行きたかったが、抵抗力が落ちている人に会いに行くべきではないというきょうだいの言葉に思いとどまった。悔しくて、苛立って、遠くからなにもできない自分がやりきれなかった。

そんな、じりじりとした気持ちを抱えたまま八月が過ぎ、九月が来て、気づけばそろそろ十月を迎えようとしている。体調を崩してからおよそ二ヶ月。


祖母は、復活した。

だいぶ良くなった、なんていう中途半端さではない。体調を崩す前の元気さを、すっかり見事に取り戻したのだ。

やったぜ、ばーちゃん! 
すごいぜ、百三歳!
戦前生まれを、なめんなよ!

食欲はすっかり回復し、三食しっかり食べているという。
まぐろの手巻き寿司を7個食べた、カツサンドをたいらげた、そんな話を聞くたびにうれしくなる。だるさも無くなり、昼間はちゃんと起きていて、ドラマの再放送を見る日課も戻ってきた。いろんなことをすぐ忘れてしまうのは相変わらずだが、その症状が急に進んだ様子もないという。

よかった。本当に良かった。また会える。また、会いに行ける。
私は安堵して、そしてとても怖かったんだと気づいた。もう会えなかったらどうしようと考えることも、祖母がいない世界を想像することも、ふとした瞬間になにかを覚悟しそうになる自分自身も、ぜんぶが怖くて苦しかった。
普段どおりに過ごしていてもその怖さがチラチラと視界に入ってくることがあり、そんな時はわざと焦点を合わさないようにして、思考を停止して体だけを動かすような感覚だった。
でも、もう大丈夫。祖母は生きている。世界は変わらない。心配も不安も、しかけていた覚悟も、私の中できれいに砕け散った。


もちろん、祖母の見守りやお世話からの解放によって救われる人がいることも事実だ。幸い、祖母はまだ介護未満ではあるが、それでも一人では不安なことが少しずつ増えてきていて、近くで誰かが見守る必要がある。祖母のために、みんなが少しずつ自分の時間を犠牲にしている。それでも、一日でも長生きしてほしいと、親族全員が心から願っていることを、私は知っている。みんなが祖母を想っている。

ちなみに、祖母の食欲が落ちた理由は「味がしなかったから」。何を食べても味覚が感じられず、それが気持ち悪くて口に入れる気にならなかったそうだ。
「それってコロナでは?!」と一族騒然となったが、今となっては確かめようがない。おそらく、感染していたのだろう。もしコロナ感染とその後遺症による不調だったのだとしたら、なおさらにこの復活はすごい。仰天ニュースもびっくりの生還劇。よくぞよくぞ乗り越えてくれたよ、あっぱれだよ。


夏の暑さに負けず、未知のウイルスにも打ち勝った、その強さ。生きることへの執着、いや執念のすさまじさ。私たちはまだまだ、あなたの生き様から学ぶことがある。それを教えてもらったような気がしている。

というわけで、近いうちに祖母に会いに行こうと思っている。おいしいものを一緒に食べながら、もう何度も聞いた昔の話をまた聞くのだ。そういえば前に、月見バーガーを食べてみたいって言ってたから、その約束も守らなきゃね。

きっと祖母は、私が訪ねてきたことをすぐに忘れてしまうだろう。それでもいい、悲しくはない。一緒に笑って過ごしたその時間は、ちゃんと私の中に残るのだから。

いつもより少しやさしい気持ちで、秋がはじまった。

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