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ついにめぐりあった理想の物件 〜親の移住と、家族の記録#12〜

早まるな、もう少し待て。
そんなメッセージを、移住サポート制度担当Sさんの態度から感じ取り、待つことを決めた両親。しかし連絡がないまま一週間、二週間、時間が過ぎていく。前回内見した物件は保留にしていたが、いつ誰が契約してしまうかわからない。

「待つ」ということは、しんどい。思えばもう一年くらい、理想の物件との出会いを待ち続けている。まだまだ元気とはいえ両親は六十代後半、ゴールの見えないこの長期戦の疲れも少しずつ出てきているはずだ。実際、「完全な移住が難しいなら、定期的に遊びに行く拠点になるような物件でもいいかも」と、やや弱気な方向転換も考え始めていた。そんな矢先、Sさんからの「もう少し待ちましょう」の言葉。両親は最後の気力を振り絞って、待った。

そして、ついにSさんから連絡がきた。
「明日、情報解禁になる空き家があります。とてもいい物件なので、ぜひ見てみませんか」

答えを待つまでもなく、すでに内見の手はずが整っていた。両親は迷うことなく現地へ飛んだ。

築浅、平屋、庭付き。先に伝えられた情報はそれくらいだったが、Sさんが内見を勧めるということは、両親の希望に近い物件なのだろう。期待は高まるが、期待しすぎないようにと身構えてしまうクセがこの一年でついてしまっていた。

Sさんと合流し、いよいよ現地へ。

ところどころ田んぼや畑がある静かな住宅地のなかにその物件はあった。新築で建てた持ち主が数年住んだだけで空き家になっていたそうで、外観も家の中も、まだきれいで新しい。第一印象はとても良かった。

物件の概要
●新築の平屋建て。持ち主は三年ほどしか住まずに転居。
●庭には花壇があり、ここで家庭菜園ができそう。梅や松などの植栽も。
●ふたり暮らしにちょうどいい広さ。どの部屋にも陽が入り明るい。
●畑や林に囲まれていて静か。遠くには山も見える。20分ほど歩けば海へ出る。

両親の希望条件をほとんどクリアしている。今まで見てきた物件の中でも一番良く、決め手に欠けて保留していた前回の空き家と比べても断然良かった。Sさんの「もう少し待ちましょう」は、この家を見せるためだったのだろう。だから、真っ先に知らせてくれたのだ。内見をしながら、すでに父と母の心は決まっていたという。ほぼ即決だった。

購入に前向きな気持ちをSさんに伝え、両親は帰路についた。突然すぎる理想物件との出会いに興奮状態だったこともあり、いったん落ち着こうとしたらしい。Sさんには翌日改めて連絡することになった。

帰りの車中、ふたりはどんな気持ちだっただろう。この町が好きで、何十年も、何度も通った道。以前は行きも帰りも楽しい気分で車を走らせていたのに、物件探しを本格的に始めたこの一年は、行きは期待や焦り、帰りは迷いや落胆を乗せて走ることが何度もあった。しんどかったと思う。でも、そんな日々も、もう終わるのだ。

その日の夜、父と母はささやかな乾杯をした。そして翌日、Sさんに購入決定の連絡を入れた。

ちなみに、私が物件決定を知ったのはその翌週くらいだったと思う。もう正式な契約を結ぶ準備に入っていると聞きびっくりしたのをよく覚えている。
父も母もきっと、いろんな気持ちでいっぱいになっていたのだろう。これまでのこと、これからのこと、ふたりでしか共有できないことをたくさん話したに違いない。それが少し落ちついた後でようやく、子どもたちへの報告となる。この距離感がなんともうちの家族らしい。

ついにめぐりあえた、理想の物件。両親の体力と気力からして、本当にギリギリ間に合ったというタイミングだった。

夢の移住生活まで、あともう少し。次回からは引っ越しの準備が始まります。

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