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未来の昔ばなし

昔々あるところに、タイムマシーンを開発した博士がおりました。
彼は、小さいころに死んでしまった父親に会うために
ものすごく勉強をし、そして世界で初めてタイムマシーンを開発しました。

しかし過去に戻ることは1度しかできないため、
彼は熟考した結果、父の死の直前に会いに行くことにしました。

タイムマシーンに乗った彼は、父の命日、
約50年前の世界にタイムスリップしました。

目を開けると、彼は病室に立っていました。
そこで見たのは、弱った父親が病床で横たわっている姿でした。

「…お父さん」
「あなたは誰ですか?」
「あなたの息子です。」
「なんで息子が?」
「僕が生まれてからすぐに亡くなった父親に会いたくて
 過去にタイムスリップしてきました。」
「そうですか…私はもうすぐ死ぬのですね。」
「…そうです。だから最後に教えてください。
 なぜ、僕の家には父親である、あなたの写真がほとんどないのですか?
 なぜ母親があなたの話をするときに寂しそうな顔をするのですか?」

しばらく沈黙が続き、父親は話し始めました。

「私は妻がとても大切でした。
妻の妊娠が分かったときはすごくうれしかった。
そして、妻と生まれてくる子どもを僕の人生を懸けて一生守り続けようと心に誓いました。」

「そんなに母親のことが大切だったなら、
どうして母親は寂しそうにあなたの話をするのですか?
大切にされていたならもっと楽しい思い出もたくさんあるはずです。」

「仕事人間になってしまったのですよ。今になって後悔しています。
大切な家族を守るために、朝から晩まで一生懸命働き
休日も家族のためにと仕事ばかりして、気づけば仕事ばかりの人生でした。」

「どうしてそんな仕事を辞めなかったのですが?
好きなことを好きな時間にするのが仕事ではないのでしょうか?」
「未来はそんなに良い世界になっているのですか?
少なくとも今の社会は止まることが許されません。
多くの人間が馬車馬のように働き大量生産をしていますよ。
決められた納期に振り回され、会社が勝手に決めた数字に追われている。
嫌なことを我慢するからお給料がもらえる社会なんですよ。」

博士は思い出した。
50年前はちょうど大量生産大量廃棄がピークの時期だった。
地球温暖化が進み、地球の温度はどんどん上がり
関係のない小さな島国が海が沈んでいく。そんな時代だった。
しかし、国のトップや時代のリーダーたちは、SDGsというものを掲げ、
生産量を増やし続けながら環境もよくしていこう!!
そしてSDGsに取り組んでいる我々は素晴らしい企業だ!!
と声を上げながら社会は回っていた。

結果、そんな形だけの政策が成功するわけもなく
地球はどんどん温度が上がり、異常気象も多発していた。
「人新世」とよばれた時代。
地球に住んでいる人類が地球を破壊しつくす時代。
そんな時代の犠牲者となったのがまさに父だった。

「・・・お父さんはなぜそんなに早く死ぬの?」
「働きすぎたんだよ。働きすぎて、嫌なことを我慢しすぎて
心身ともに疲弊し、倒れたんだ。体の不調も気にせず仕事をしていると
もう、取り返しのつかないところまで来ていたんだよ。」
「今と昔はそんなに違うのか…」
「お前の生きている社会はどんな社会だ?」
「ロボットと人間が共存しながら生活しているよ。
嫌な仕事は全部ロボットがしてくれるんだ。
だからみんな好きなことで稼いでるんだ。
昔よりも仕事の選択肢も増えたよ。やりたくないことがない人はお金を稼ぐことができない時代になったんだ。」
「そうか。お父さんの時代とだいぶ違うな。」
「昔の人は言うんだ。昔は今よりも技術革新が早くて、みんな一生懸命に働いてたって。でもその結果、地球温暖化が止まらなくなったから
世界は生産量と技術革新のスピードを落とすしかなかったんだ。
最初はみんな混乱してたみたいだけど、
その生活が1年も続くと、気づいたんだ。
必要なものだけあれば生きていけることに。
僕らの時代は【脱成長時代】と言われているよ。
昔の人達は生き急いでいたのかもしれないね。」
「いい時代だな。それでお前は俺に会うためにたくさん勉強したんだな。
さすが俺の息子だ。よく頑張った。
そのまま自分のやりたい夢に向かって好きなように頑張るんだぞ。
俺みたいに仕事の奴隷になるな。後悔だけはするなよ!」

父の言葉に一つ違和感を感じた私は
最後の残された時間を使って父に尋ねた。

「お父さん..お父さんは人生に後悔してる?」
「後悔だらけの人生だったよ。
もっと自分のやりたいことをすればよかった。
もっと家族と大切な時間を過ごしたかった。
もっと妻に感謝の気持ちを伝えたかった。
お前と3人で旅行も行きたかった。
お前の入学式や結婚式、孫の顔も見たったよ。」

父は我慢していた感情があふれ出たかのうように涙を流していた。
私は何も言わず父に寄り添った。

「それでも、幸せなこともたくさんあったよ。
あや…妻と結婚できたこと。
息子がこんな立派に育っていると分かったこと。
家族がいなければ、もっと早くに倒れていたかもしれない。
本当にお前たちには感謝しかないよ。こんな仕事ばかりだった俺を
父親と呼んでくれてありがとう。」

そう言って父は息を引き取った。

客観的には、父は資本主義の奴隷として死んでいっただけかもしれない。
それでも少なくとも、私の中では誰よりも偉大で勤勉で誇らしい
最高の父親だと思った。
父さんの分まで…絶対に後悔しないよう生きよう。
そんなことを思いながら現代に戻った。

昔の人間は資本主義に呪われていた。
誰しもが当たり前のように会社に就職し、ひたすらノルマのために
会社のために働く。嫌なことがあっても我慢するのが当たりまえ。
そう言い聞かされて育った世代の人間だ。

そんな未来を変えてくれたのはまぎれもなく、当時の若い世代だ。
終身雇用が崩壊していることを皆が気付きながらも、
一つの会社に執着しなければいけないと思わされていた時代。
【脱成長社会】を提唱し、実現してれた人たちのために、そして
【新人世】という時代で資本主義の奴隷となっても
最後まで家族を愛してくれて、家族を守ろうとしてくれた父のために、
精一杯残りの人生を歩んでいく博士なのであった。

以上、めでたしめでたし。


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