見出し画像

華やかで楽しい。しかし惜しい。愛すべきお祭り映画 「スペース・プレイヤーズ」 (2022年映画記録 8)



 アカデミー賞授賞式の前夜に、最低の映画を選び表彰するジョーク賞:ゴールデンラズベリー賞(以下ラジー賞)。2022年の「最低男優賞」「最低スクリーンコンボ賞」「最低前日譚・リメイク・盗作・続編賞」の三部門を受賞してしまった作品が、この「スペース・プレイヤーズ」である。


●“ラジー賞”に関する私見




 「スペース・プレイヤーズ」を語る前に、まずラジー賞について触れておく。
 賞の存在(ある種の嘲笑文化)の是非については本稿では語らないが、これだけは言っておきたい。ラジー賞のレッテルを貼られた作品=語るに値しない駄作と一概に言い切るのは少々早計ではないだろうか。
 ラジー賞は、アカデミー賞には絶対にノミネートされないような娯楽映画が選ばれやすい傾向にある。崇高なメッセージ性を含み、様々な技巧を凝らしたアカデミー賞ノミネート作品群は確かに素晴らしい。しかし、それらとかけ離れた娯楽作品群も、また一つの映画の在り方であるはずだ。そんな“ラジー賞向き”の作品群の多くを、俺は心から愛している。




 例えば、「ひどすぎて逆に大好きになったで賞」を受賞した「ベイウォッチ」(2017)の開き直った楽しさは捨てがたい。ドウェイン・ジョンソン氏ことロック様のスキンヘッドが日の出の如く海から浮上するアバンタイトルの時点で、「みんな!俺を見て楽しんでくれ!!」といったサービス精神をひしひしと感じる。“ロック様映画”初心者の方への入門編としてもお勧めしやすい一本だ。
 また「最低助演男優賞」「最低リメイク・パクリ・続編映画賞」「最低スクリーンコンボ」「最低脚本賞」と驚異の四部門受賞を成し遂げた「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」(2016)は、世評の高い前作=ノーラン三部作の反動か、あまりにも不当な評価を受けすぎていると常々感じている。ベン・アフレック氏が好演したブルース・ウェイン=バットマンが、スーパーマンと対峙する中で“人命を救う真のヒーロー”に目覚める姿は感動的だった。バットマン・スーパーマン・ワンダーウーマン、三者三様の個性が光るアクションシーンも見事。最低の映画だなんて、少なくとも俺は感じていない。
 他にも大好きなラジー賞受賞作品は多い(例えば数多くのシルヴェスター・スタローン氏主演映画)が、挙げていたらキリが無いためこの辺りで留めておく。




 ラジー賞受賞作品が本当に“最低”なのか?それは自分の目で確かめるしかない。では、「スペース・プレイヤーズ」はどのような作品だったのか…?個人的には記憶に焼き付くほどに楽しかったが、非常に惜しい。もったいない。そんな一本であった。


●「スペース・プレイヤーズ」の感想


画像1

<あらすじ ※以下、敬称略>

バスケ界のスーパースター:レブロン・ジェームズ(演:レブロン・ジェームズ本人)と天才的なゲームプログラマーである息子のドムは、ある日映画会社のAIスーパーサーバー“ワーナー3000”に吸い込まれてしまう。そこはキングコング、バットマンやジョーカー、「マッドマックス」や「マトリックス」に登場するキャラクター達が住む“バーチャル・ワールド”だった──。

 その世界の支配を目論む男:アル・G・リズムは、システムに迷い込んだドムを言葉巧みに誘惑して、父親レブロンと試合=e-スポーツバスケで戦うように仕向ける。息子を助けるにはアル・G・リズムが揃えドム自らが作り出したゲームキャラクター【最強の殺し屋軍団】に勝たなくてはいけない。これは負ければ二度と元の世界には戻れなくなってしまう極限のゲーム…。映画の最強キャラクターを仲間にして、究極のe-スポーツバトルに挑め!

文・画像共にAmazonより引用。一部改変。



 「スペース・プレイヤーズ」は「シュガー・ラッシュ」「レゴ・ムービー」「レディ・プレイヤー1」の如く、多数の版権キャラクターのカメオ出演が話題となった超次元バスケムービーである。
 そんな本作(原題:「Space Jam: A New Legacy」)は完全新作映画ではなく、1996年に公開された「スペース・ジャム」の続編となる。こちらはマイケル・ジョーダンとルーニーテューンズ(バッグスバニー、トゥイーティー等)のキャラクターが共演した、2Dアニメと実写のハイブリッド作品(「南部の唄」や「ロジャー・ラビット」に近い作風)。よくこんな無茶苦茶な企画通したな!と呆れながらも、俺は強烈なスラップスティックのノリに惹き込まれてしまった。マイケル・ジョーダンが本人役で出演し、グチャグチャに潰れてバスケットボール化する映画はきっと「スペース・ジャム」しかない。




 そんな作品の続編となる「スペース・プレイヤーズ」も、やはりルーニーテューンズのキャラクター達が織り成す強烈なドタバタコメディが主軸となる作品となっている。前作にない新要素:洋画・洋ドラ・アメコミキャラクターの登場は、残念ながら単なる目配せ・小ネタ程度。それらのキャラクターの活躍を期待した方は、きっと肩透かしを食らってしまったことだろう。
 即ち、“映画の最強キャラクターを仲間にして、究極のe-スポーツバトルに挑め!”との宣伝文句は真っ赤な嘘である。あくまでもレブロン・ジェームズの仲間になるのはルーニーテューンズの面々だけ。バットマンやキングコング、アイアンジャイアントといったキャラクターは試合の一観客でしかない。せっかく版権の壁を超えたからには、各作品に由来するジョークをふんだんに盛り込む等、より良い活かし方があったはずだ。




 また、本作の比較対象となり得る先述の三作品は、それぞれ良質な娯楽作品でありながらも高尚なテーマを有していた。

・「シュガー・ラッシュ」=アイデンティティの喪失と再獲得
・「レゴ・ムービー」=表現論・創作論の対立、そして親子の和解
・「レディ・プレイヤー1」=厳しい現実と楽しい娯楽との、正しい折り合いの付け方


 ──といった具合である(あくまでも俺なりの解釈となるが)。しかし、本作にそういったものは存在しない。解釈次第では「レゴ・ムービー」に近い題材“父と子それぞれが望む「セカイ」の対立・和解”という要素を内包していたようにも思えるが、不完全燃焼に終わってしまっている。この点を上手く抽出できれば「レゴ・ムービー」級の傑作となる可能性も有り得ただけに、もったいなさ・物足りなさを感じたのは確かだ。いや、そもそも純粋な娯楽に裏テーマを期待する方が野暮なのだろう。




 とはいえ、“足し算式”に娯楽路線をひたすら追求した方向性は、コメディ映画の一つの型として間違っていない。映像技術の進化により、滅茶苦茶なスラップスティック描写・バスケ(e-スポーツ)の“何でもあり具合”は前作「スペース・スジャム」を凌駕しており、良くも悪くも呆れ返って笑うしかない。
 個人的に最も面白かったのは、前作のメインキャストをネタにした強烈な出オチギャグ。鑑賞前にWeb上のキャスト情報でネタバレを喰らってしまっていたが、俺個人としては今年一番の大爆笑ができた。何も知らずにあのシーンを観れた人が羨ましい。もしもこれから本作を鑑賞する方は、WikipediaやFilmarks等のキャスト欄を絶対に見ないことを推奨する。




笑いのツボは人によって異なる。特に本作の熾烈なスラップスティックのテンションは、間違いなく万人受けせず人を選ぶものであろう。
 ドタバタコメディを愛している。あるいは難しいことを何も考えず、とにかく賑やかで派手な作品が観たい。そう考える方にとって、「スペース・プレイヤーズ」は一種の劇薬となる…かもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?