2021年に観て印象深かった映画を振り返る② 一月編 その2
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2021年に観て印象深かった映画を振り返る② 一月編 その2




 本稿では以前の記事に引き続き、今年の一月に自宅で鑑賞して特に印象深かった映画を振り返っていきたい。今回挙げる三本は、様々な意味で刺激が強かった映画となる。なお、「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」のみネタバレを含むのでご注意を。


4、「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」(1997年)


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TV版のもう一つの結末として描かれた劇場版完結編。TV版の第弐拾伍話と最終話のリメイク作にあたる2話で構成される。
 第25話「Air」
 人為的なサードインパクトに失敗したゼーレはネルフに攻撃を仕掛けてきた。絶望的状況の中、母の存在・自己の存在を確認したアスカが復活し反撃を開始。しかし、天空より新たな敵が舞い降りてきた。
 第26話「まごころを、君に」
 初号機に搭乗したシンジの見たモノは、無惨な残骸となったアスカの弐号機だった。量産機が初号機を取り巻き、厳粛なる儀式を執り行う。ヒトの心の補完とは、一体何なのか。

Amazonより引用。一部改変。


 TV版エヴァシリーズの完結編となる本作は、難解な内面描写と悲劇的な展開により、公開から二十年以上経った今日でも賛否両論が真っ二つに分かれている。確かにそれもうなずける内容だった。




 本作最大の見所は、人類滅亡(或いは人類進化の一歩手前)まで踏み込む壮大なスケールの物語を“強引に”描き切った事だろう。元ネタとなったであろうSF小説『幼年期の終わり』を読んだ時よりも衝撃度が強かった。過程はともかく、個人的にこの結末の突き放し方は嫌いではない。




 更に印象に残らざるを得ないのは、繰り出される大量の露悪的描写。シンジ君は心のバランスを崩し奇行に走る。アスカは奮戦も空しく圧倒的な敵の数と力を前に敗北。巨大化した綾波のおデコにはモザイクを掛けなきゃいけないはずのモノが出現。愛すべきサブキャラクター達は次々に液状化して消えていく。他にも唐突に映し出されるグロテスクな子どもの落書き(風の絵)、蛆がたかったアスカの死体のイメージ等々…。良い意味でも悪い意味でも、これらの光景が脳裏から消えることは当分無いだろう。



5、「ブラッド・ファーザー」(2016年)



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 トレーラーハウスでアル中のリハビリをしながら細々と暮らす男、ジョン・リンク。血生臭い世界から足を洗った元犯罪者の彼のもとに現れたのは、数年前から行方不明になっていた一人娘リディアだった。
ギャングとトラブルを起こし警察にも殺し屋にも追われる娘を守るため、父親はこれまで培ったアウトローのサバイバル術を駆使して迎え撃つことを決意する!

Amazonより引用。一部改変。


 本作は「ブレイブハート」「ハクソー・リッジ」等で監督としても大活躍している俳優:メル・ギブソン氏が荒野で大暴れする、“パパ助けて!”系アクション映画である。




 今述べた“パパ助けて!”系アクション映画とは、俺が勝手に定義した映画のジャンルとなる。海外のアクション映画において存在する不文律──“娘を助けるための行為は全てに優先する”を特に強調した作品を指すための造語だ。洋画ファンの皆様ならこういった映画を数多くご存知だろう。「コマンドー」「96時間」あたりが良い例だ。後述の「ランボー ラストブラッド」もそのタイプの映画だと思われる。




 本作はそのジャンルに加え、逃走劇・ロードムービー映画としての色が濃い。逃亡の旅が進むにつれ舞台の治安は悪化し、主人公の周囲には危険な荒くれ者達が増えていき、それらに比例して映画の緊張感も増していく。この緊張感が本作の味わい深いポイントだった。
 また、これは個人的な好みの話になるが、「サボタージュ」「ボーダーライン」等々、メキシコの治安の悪さを描いた映画は妙にツボに入る。勿論実際には経験したくない。


6、「ランボー ラスト・ブラッド」(2019年)


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 かつてアメリカ陸軍特殊部隊:グリーンベレーの兵士として、ベトナム戦争を生き抜いたジョン・ランボー。PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされながらも、彼は伝説の戦闘マシンとして世界各地で戦いに身を投じてきた。
 そんなランボーも今ではアメリカに帰国し、故郷アリゾナの牧場を営みながら、古くからの友人のマリアとその孫娘のガブリエラの三人で“家族"として平穏に暮らしていた。
 ある日、自分を捨てた実の父親がメキシコにいると知ったガブリエラが、ランボーの反対も聞かず一人で危険な地に踏み込み、人身売買カルテルに拉致されてしまう。怒りに燃えるランボーは、最愛の“娘"を救出し、カルテルへの復讐を果たすため、元グリーンベレーのスキルを総動員し戦闘準備を始める──。

Amazonより引用。一部改変。


 本作はシルヴェスター・スタローン氏の主演代表作:「ランボー」シリーズの五作目。ジャンルは“パパ助けて!”映画の要素も含んだ、ホームアローン型+“ナメてた相手が殺人マシンでした※”型の娯楽アクション。刺激的かつ見応えのある作品だった。
 哀しき反戦映画の一・四作目、明快な娯楽アクション色の強い二・三作目──これらの過去作と本作は映画のジャンルが大きく異なるので、批判の声が多かったのもうなずける。ジャンルが異なる以上、“それはそれ、これはこれ精神”で観るべきかと。尚、俺自身のランボー過去作総括については以下の記事をご参照あれ。


※映画ライター:ギンティ小林氏が提唱した概念。詳しくはこちらをご覧ください



 本作を語る上で重要になるのは“ランボーの自宅に掘られた地下壕”。自宅を戦場にするための便利な御都合主義設定と言えばそれまでだが、これはある意味箱庭療法のようなものであろう。
 迷路のようなランボーの箱庭、そこに立ち入ることを許される少女達。本作の時点でランボーはPTSDの治療を受けている(所々で服薬している描写がある)ので、受刑者や世捨て人だった過去作よりも心の傷が癒えている、或いは癒やそうと努力していることがわかる。その証左か、本作のランボーはシリーズ中トップクラスによく喋る。




 やがて起こる悲劇。復讐を誓ったランボーは、数々のDIYトラップにより箱庭をホームアローン化。そんな地下壕──否“ランボーの心の中”に土足で踏み込む人身売買カルテル。そんな連中がどうなるかは言うまでもなく...。
 という訳でこの地下壕、アクションの舞台立てと心理描写が融合した素晴らしい設定ではないだろうか。高齢者となったスタローンの体力との兼ね合いもあってか、見せ場となるアクションシーンをここに絞ったのも賢明な判断と言える。




 正直なところ、「最後の戦場」以降のランボーには暴力と無縁な世界で平和に過ごして欲しかった。一作目には原作小説があるとはいえ、映画シリーズ“ランボー”の生みの親はスタローン。その親が自らあえて子に修羅の道を進ませたのであれば、我々も納得するしかないのだろうか…。





・二月編に続きます!
なお、画像は全てAmazon商品ページより引用しました。




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30歳自営業。恥と感性と趣味についての文章を楽しんで書いてます。娯楽・ヒューマンドラマ系洋画とスクエニRPGが特に好きです。2021/6/23〜