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資料集の魅力 『ゼノギアス パーフェクトワークス』


・『ゼノギアス パーフェクトワークス』を語る


 今回取り上げる書籍は、1998年に旧スクウェアより発売されたRPG「ゼノギアス」の設定資料集『ゼノギアス パーフェクトワークス』(以下『PW』)。俺が現在所持している設定資料集系書籍の中でも、特に気に入っている一冊である。




 前回の記事では「ゼノギアス」そのものの内容について振り返らせて貰ったので、今度こそ改めて本書の内容について述べていきたい。
 …しかし、其の内容を事細かに触れていくと、とても一つの記事では収まらないばかりか、間違いなく俺のnoteは半年ほど「ゼノギアス」で埋まるだろう。ついに発表された「ファイアーエムブレム」待望の新作、絶賛どハマり中の「スプラトゥーン3」、クリアしたばかりの「ゼノブレイド3」…。こうした他のゲームに関する話題や映画・読書の記録、またそれ以外の他愛ない日常を語りたい時間も欲も吹き飛んでしまう。



 という訳で本稿では、三点に絞った本書の特色+いくつかの“ないものねだり”について語っていく。書物の性質上「ゼノギアス」本編のネタバレについても部分的に触れていくため、いずれ事前情報ゼロで遊びたい未プレイの方はどうかご承知おき下さい。


・壮大な物語の深淵を覗く



 上に挙げた記事でも述べた通り、「ゼノギアス」の物語はあまりにも難解だ。謎だらけの登場人物。巧妙に伏線を張り巡らせたストーリー展開。絶妙に厨二感溢れる固有名詞。SF的・ファンタジー的事象と設定。魅力的であるが難解、難解であるが魅力的…。その絶妙なバランスで、この“新世紀サイバネティックRPG”は成立している。



 そういった要素をA4判 304ページも使って余すことなく事細かに解説してくれるのが、本書の特徴であり魅力の一つだ。監督・脚本の高橋哲哉氏、メカデザイナーの石垣純哉氏、キャラクターデザイン担当の田中久仁彦氏ら多数のメインスタッフが監修しているため、情報の信憑性も明確。今風な言い回しをすると“公式からの供給過多”と言ったところだろうか?



 さて、本書の内容を箇条書きでざっと振り返ってみよう。


・西暦2001年より始まる、約15000年間にも渡る作中世界の年表。
・時系列に沿ったパーティーキャラクター9名別の行動チャート・ストーリー解説。
・田中久仁彦氏らによるキャラクター設定稿と多数のラフ画。
・石垣純哉氏による人型ロボット:ギア等機械兵器の詳細設定(没機体のイラストも含む)。
・魔法的なエネルギー:エーテル、ギアの動力源:スレイヴジェネレーター、それら全ての根源:事象変異機関ゾハル等、様々な作中物理現象に関する原理解説。
・様々な時代の国家、あるいは集団における社会構造解説。

…等々。なお、上記の随所に難解な用語解説の注記が挟まれている。


 ──といったように多岐に渡る事柄が説かれた本書は、「ゼノギアス」という講義を読み解くための参考書とでも呼ぶべきだろう。ただ、その科目は一つではない。これは歴史であり、科学であり、生物であり、現代文であり、美術である。
 本稿をお読みの皆様は中学・高校生時代の授業中、世界史・日本史・生物などの資料集(便覧)を宛もなく眺めた経験はないだろうか。退屈な授業から逃れようと、或いは未知の事柄に興味を惹かれて開いたそれらが、若き日の知識欲を存分に満たしてくれた…。特にnoteを愛用されている方ならば、こうした思い出を持つ方が多いはずだ。そんな皆様であれば、たとえプレイ済であっても未プレイであっても、本書を胸躍らせながら読み進めていただけるだろう。



 ちなみに90年代後半のスクウェア(現:スクウェア・エニックス)産RPGの多くは、『解体新書』『アルティマニア』といった資料集混じりの攻略本が刊行されている。本書が『ゼノギアス アルティマニア』として刊行されなかったのは、たとえ攻略情報を除いたとしても、設定の情報量がアルティマニア一冊※では到底収まらなかったからと考えている。


 参考までに、発売時期が近い同ハード(PS1)の大作RPG「ファイナルファンタジー8」のアルティマニアと比較してみよう。こちらはアイテム一覧・ストーリー攻略・マップ情報といった攻略データに付随するかたちで様々な読み物・資料が掲載されており、説明するまでもなく魅力的な読み物となっている(いずれ「設定資料集の魅力」シリーズでも題材にする予定)。ただし合計約470ページの内、攻略情報と関わりなく設定資料“のみ”に割かれたページは数えるほどしかない。一切ゲームの攻略情報を含めない純粋な設定資料集である本書が、いかに膨大な“世界のデータ”を有しているかが伝わるだろうか。



※昨今では攻略情報を別冊にて刊行し、設定資料・やり込み要素等を纏めて『アルティマニア オメガ』として刊行するケースが多い。『ゼノギアス』発売当時にこの形態は存在しなかった。

A5判『FF8アルティマニア』とのサイズ比較。A4判の『PW』の巨大さたるや。



 なお、本書がなくとも「ゼノギアス」本編を楽しむことは十分に可能である。(設定資料集を伴わなくては一切楽しめない作品があるとしたら、それを優れた作品と呼べるかどうか疑問である…)だがもしクリア後に本書を熟読していただけたならば、壮大なる愛と輪廻の物語の余韻を何倍にも増幅させることができるはずだ。
 更に本書を読んでも「ゼノギアス」に秘められた謎は全て解けるわけではない。回収されていない伏線・謎も数点あるため(本書においても正直に“わからない”と述べられている)、ファンの考察の余地が完全に奪われたわけではないのである。


・製作の内情をほんのり垣間見る



 ストーリーや設定といった作品の表側だけではなく、その裏側を覗き見られる=製作時の内情を少しでも垣間見ることができるのも、設定資料集の醍醐味の一つだ。とはいえ『PW』には直接的なインタビュー項目は存在せず、「開発にはこのような苦労が〜」と記事内で述べている訳ではないため、様々な項目内から断片的な情報を抽出し、読み解いていく必要がある。



 例えばキャラクターデザイン:田中久仁彦氏によるラフ画集。メインキャラクターの設定稿が魅力的なのは当然であるが、注目したいのは数多くのFAX送信表。今ほどインターネットが盛んでなかった時代ならではの貴重な資料と言えよう。「次の出社ではできそうです」「朝五時まで粘ったのですがすみません」「ウサギ(ペット)が腹を空かせているので帰ります」…等々の進捗メッセージ・近況報告を伝えるFAXに添えられた、落書きと呼ぶにはレベルが高すぎるイラスト(“挿し絵”と呼ぶのが妥当だろうか?)はどれも可愛らしい。



 「ゼノギアス」は製作スケジュールの難航により、終盤の展開が駆け足気味だったことが語り草となっている。主人公のナレーションを挟みながらストーリーが急速に進行していく、いわゆる“Disc2ダイジェスト問題”だ。
 2018年に行われた高橋哲哉氏と「ペルソナ」シリーズディレクターの橋野桂氏との対談に曰く、当時のスクウェアには1年半という開発期間の縛りがあったそうだ。そんな中「ゼノギアス」は2年まで開発を引っ張ったものの結局間に合わず、無理矢理ダイジェストで物語を締めくくる道を選んだという。
 こうした突貫工事が続く中で、開発現場はさぞかし大混乱に陥っていただろう。そんな中、田中氏のお茶目なFAXは、現場の一服の清涼剤となっていた…のかもしれない。



 製作が相当カツカツだった状況を実際に伺えるページもある。
 主人公:フェイが物語中盤より搭乗するギア「ヴェルトール・セカンド」の設定画の一部に「オーディン・セカンド 補足」と書かれた但し書きがあった。
 こちらの絵は1997年7月27日に書かれたものらしい。この日付、何と発売日(1998年2月11日)の約半年前。発売が目前に差し迫っているにも関わらず、主人公の愛機の名称が定まっていなかったのだろうか?それとも仮称を便宜的に使い続けていただけなのだろうか?前者であるとは考えたくないが…。“Weltall(ドイツ語で宇宙・万有などを指すらしい)”という素敵過ぎる名が正式に付けられたのは、実は開発の最終盤に差し掛かった頃だったのかもしれない。



 内情を察することができる記述は、残念ながら多くはない。だからこそ個人的なゼノギアス最大の謎である“ファイナルファンタジー7の没プロット問題”が、余計に気になってしまうのだ。この点については二つ下の項目にて後述したい。


・稀少性の高さについて



 『PW』を語る上で外せない特徴の一つに、その希少性が挙げられる。
1998年の10月に発売された本書はプレミア化し、入手困難であったことが知られている。一体どれだけ・いつまで刷っていたのかは不明だが、少なくとも2001年の時点で16刷まで刊行されていたことは確認できている。そこまで刷ってもプレミア化したのだから、供給が需要に追いついていなかったことは間違いない。またリアルタイムで遊んでいたプレイヤー(特に年少者)の中には、全裸のヒロインが表紙を飾る本書をレジに持っていくことを躊躇い、購入しそびれたまま絶版…という憂き目にあった方も多いのだろうか。


 とはいえ、幸いにも本書は完全に絶版化した訳ではなかった。2014年に復刊ドットコムより“再販版”(定価5000円)が発売されたことで再びファンの手に行き渡り、プレミア化に歯止めが掛かったようだ。一瞬だけ。
 俺は2015年頃に“再販版”中古品をAmazonにて購入したが、その際の価格はおよそ10000円。定価の二倍だ。また、2022年9月現在では約17000円まで価格が暴騰している…。もし美品の初版本を求めようとすれば、更なる高額を覚悟しなければならないだろう。



 なお、俺は決して“『PW』持ってるぜ自慢”をしたい訳ではない。確かに所有欲は満たされているが、それは決して本意ではない。むしろ改めて本書が再販され、より多くの方の手に正規の値段で新品が渡ることを、一ファンとして本気で願っているのだ。価格面で購入を尻込みする方、また衛生面を気にして古本を望まない方も、一定数居ることは間違いないのだから…。
 皮肉にも、中古価格の暴騰こそ本書の需要が増え続けている証左。恐らく現行シリーズ「ゼノブレイド」の人気によって、その元祖たる「ゼノギアス」への関心を高めている人が今もなお増加しているのではないだろうか?


 若干本題と逸れるが、昨今「ゼノギアス」と近い時期に発売されたスクウェアRPGのHDリマスター化が著しい。FFシリーズは勿論のこと、現行ハードで遊べなくなっていた「聖剣伝説レジェンドオブマナ」「サガ・フロンティア」「クロノ・クロス」といった1990年代後半〜2000年代初頭のRPGが、次々と配信されるようになったのである。
 かねてから俺は様々な記事にて、どうか「ゼノギアス」もこの流れに続いてくれよと主張している。メインスタッフはスクウェアを退社しているため“権利的なややこしさ”は存在するのだろう。しかし似たような経緯の作品──当時の経営方針との対立でスクウェアを去った開発陣が手掛けた「レジェンドオブマナ」は、昨年無事にリマスター化が成されている。
 それにギアのプラモデル・フィギュア化、オーケストラコンサートの開催、FFのスマホゲーなどにおけるコラボイベントなど、ここ2〜3年の「ゼノギアス」を取り巻く環境には妙に風通しの良さを感じる。それだけに、俺はリマスター化に期待を懸けているのだ。同時に『PW』の再販を行なってくれれば、これほど嬉しいことはない。


・もっともっと知りたい!



 公式的に数多の情報を開示してくれていた『PW』に、文句を言えばバチが当たるだろう。とはいえ正直なところ、ファンとしてはもっと欲しかった情報もある。



 まず、外せないのは劇伴の楽曲解説。本作は「クロノ・トリガー」「クロノ・クロス」等でお馴染み、俺の過去記事で幾度も紹介している光田康典氏が劇伴を手掛けていた。他の光田氏担当作品同様、俺自身の心に残る曲は非常に多い。
 荘厳なオープニングムービー「冥き黎明」、中ボス戦BGM「紅蓮の騎士」、マリアとゼプツェン出撃のテーマ「飛翔」(“チュチュのテーマ”“Gエレメンツのテーマ”と呼んだら光田氏に怒られてしまうだろう)、曲名からしてセンス溢れるエメラダのテーマ「神無月の人魚」、大団円のエンディングを飾るアイリッシュ音楽調の主題歌「Small Two of Pieces ~軋んだ破片~」…。他にも名曲は数多ある。残念ながらspotifyにサントラが登録されていないようなので、以前「クロノ・クロス」の楽曲を語った際の様に試聴リンクを貼れないのがもどかしい。


 シナリオ・設定・デザインに関しては隙の無いデータが掲載されている本書。これらに加えて楽曲のライナーノーツが含まれていれば、作品世界への理解度は更に深まったはずだ。ゲーム(特に本作のようなドラマティックなRPG)における音楽の重要性は、今更語るべくも無いのだから…。



 参考文献・資料一覧も気になるところだ。
 「ゼノギアス」は高橋哲哉氏らの膨大な知識と想像力に基づき作られている。想像力はともかくとして、知識は勝手に湧いて溢れるものではない。多くの書籍から得た知識を下敷きにし、あの世界を創り上げたことは想像に難くない。
 例えば様々な西洋哲学書、特にジャック・ラカンの鏡像段階論に関するもの(“ラカン”は主人公:フェイの500年前の前世の名としても引用されていた)。或いはパンスペルミア説(生命宇宙機原論)といった、世界観を構築する上で重要な仮説に関するもの。はたまた『幼年期の終わり』(“カレルレン”が宿敵の名として引用される。もっとも悪魔の様な姿をした原作と違い、こちらは長髪のイケメンであったが…)など、オマージュが見られる様々なSF作品。どれほどの引き出しがあれば「ゼノギアス」の領域に到達できるのか…?疑問は尽きない。



 また、本作のプロットは「ファイナルファンタジー7」の企画案の一つであった…と、まことしやかに語られている。Wikipedia等でも言及される説ではあるが、俺はこの情報のソースを確認したことがない。少なくとも、本書の中ではその件に関する言及はなかった。
 「ゼノブレイド」発売時の2010年に「ファイナルファンタジー」の産みの親:坂口博信氏と高橋哲哉氏の対談が組まれたことがあったが、こちらでも件の説を裏付ける言及は存在せず…。噂が真実であれば、それが語られる絶好の機会であったものの。では果たして真相はいかに?細かい企画経緯が掲載されていれば、この辺りの内情を詳しく知ることができただろう。



 ──と、ないものねだりをすればキリがないが、それもまた止むを得ない。深淵を覗き見たい気持ちは、嫌が応にでも生まれてしまうのだから。
 我々の好奇心を満たし、更に増幅までさせてくれる『ゼノギアス パーフェクトワークス』。更に多くの人の手に渡ること(即ち再販が行われること)を重ねて乞い、ここで本稿を終えることとする。

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