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「逆噴射小説大賞2023」 ライナーノーツ 後編(迦陵頻伽)


 本稿は文章力などに関するハウツーを主題とする記事ではなく、迦陵頻伽かりょうびんがの仔は西へ」完成に至るまでの自分語りと、部分的な内容解説が中心の文章となっております。一つのエッセイとしてお読み下さい。
 また、「逆噴射小説大賞」についてはこちらをご参照下さい。



⚫︎爽快感を求めて



 「前編」で述べた1本目「青き憤怒 赤き慈悲」の投稿後、すぐに2本目の方向性が定まった。
 具体的には「湿度のあるノワール」を目指した1本目に対し、「スッキリした読後感を得られる、爽快感が高めのエンタメ作品にしたい」と考えた。書く側も読む側も楽しくなる、陽性のエネルギーを以て読み進めたくなるような作品にしよう、と。
 かつては恐れていた先行作品の影響についても、前回とは異なり「直接的・露骨な引用になりすぎない範囲で、魅力的な作品の要素は臆さず取り入れていこう」と割り切った。思えば昨年の「DISARM」も「不殺生共同戦線」は海外アクション映画から受けたインスピレーションを積極的に盛り込んでおり、そこに後ろめたさや恥じらいは一切なかった。拘るべきは、有るかもわからぬ俺のオリジナリティより「作品自体の面白さ」のはずだ。俺はとんだ思い違いをしていた。無論「優れた作品をインスパイアした作品」は必ずしも「優れた作品」になる訳ではない、と肝に銘じる必要はあるが……。



 爽快感のある物語を成立させるには、当然ながら爽快感のある描写を織り込む必要があろう。人はどのような行為に爽快感を覚えるだろうか?と思案した結果、俺は「人が空を飛ぶ話」に至った。人が飛ぶ。爽快感の塊……だと個人的には感じているが如何だろうか?
 その発想に至った後は「空を飛ぶ歌詞」が登場する曲を手当たり次第に聴く等しつつ、何かインスピレーションを得られないか探っていた。

※聴いていた曲の一例。漫画版『風の谷のナウシカ』のナウシカと自身を重ねた楽曲らしい(米津玄師氏インタビューより)。


 やがて、俺は「鳥人間コンテスト」を題材にしようと思い立った。破天荒な鳥人間パイロットが己の、そして人間の限界に挑む……。パワフルで爽快感のある、スポーツ青春モノの現代劇を。
 しかし、俺の思考回路に一人の漢が立ち塞がった。
 その人物とは2011年度 東北大学選手:中村琢磨氏。「風を……風を拾うんだ……」「俺の人生は晴れ時々大荒れ……」「回れ!回らんかぁーー!!」等の名言と大活躍で日本中を席巻し、現在アメリカにて航空機関連の仕事に携わる猛者。名前は知らずとも、太字の名言を憶えている方は多いはずだ。
 生半可なフィクションではリアルを超えられない。フィクションを描くからにはリアルを超えたい。だが少なくとも現時点での俺では「彼の物語」を越えられそうにない。悩んだ挙句、俺は「鳥人間コンテストもの」の執筆を断念した。

公式Webサイトと公式ダイジェスト動画。
熱すぎる漢、魂のフライト……。必見です。


⚫︎「鳥人間」について考える




 「鳥人間コンテストもの」を諦めてもなお、何故か「鳥人間」という単語自体は俺の頭から一向に消えなかった。
 鳥人間──。
「MOTHER」のフライングマンや「ゼルダの伝説」のリト族的な「鳥寄り」。人間の顔を持ちながら翼を生やした「天使寄り」。細分化すれば更に様々なパターンがあると思われるが、個人的に関心を抱いたのは後者のタイプだった。
 とはいえ、天使そのものは物語上でありふれ過ぎている。例えば、短編ジブリ映画「On Your Mark」のヒロインは天使を思わせる少女。今年note上で開催された「ジャンプ+原作大賞」の読切部門受賞作も天使ものだった。いくら被りを恐れなくなったとはいえ、広大なレッドオーシャンへの突入は極力避けたい。という訳で、天使には一旦脳内から退出してもらった。

※「On Your Mark」レビュー。再上映企画の際に映画館で泣いた。
 余談だが、本作は娯楽パルプ色が強い秀逸な「バディ刑事もの」短編映画。パルプ界隈で未見の方は是非。



 天使以外の鳥人間を模索している最中に、俺は「東京パルプ飲み2023」における創作トークを思い出した。大偉業逆噴射小説大賞入選作の書籍化を成し遂げた、獅子吼れお/ライオンマスクさんの一言である。

「知識や経験の関係上、人は誰しも【その人にしか書けない物語】があるはず」

 宴席での出来事ゆえに一言一句正確ではないが、おおよそ上記の旨の言葉だと記憶している。実際「かつて天才だった俺たちへ」は、その考えの元に執筆した作品とのこと。



 上記の一言に倣い、俺は様々な「他の人がそれほど味わっていなさそうな体験」を振り返って捜索した。心当たりは幾つもあったが、中でもエンタメ性が強そうな経験──院生時代に幾度か教授・先輩に連れて行って貰ったアジア諸国の史跡・文化遺産を巡る旅が、俺の創作意欲を刺激した。
 よくよく思い返すと前例があった。今年頭に旧Twitter上の「超短編コンテスト」に投稿するため、かつて訪れた砂漠(中国・敦煌とんこう鳴砂山めいさざん)を舞台にした掌編を書いている。この題材にもう一度挑み、かつ「鳥人間」のアイデアと組み合わせよう。そのように決めた俺は、更に旅の記憶に思いを馳せた。



 瞼の裏に浮かんだのは、敦煌と陽関ようかんで見た壮麗な砂漠の景色。そして、敦煌の壁画で空を舞っていた幾人もの天女。
 天女は「空を飛ぶ人」だ。しかし翼は持たない。そういえば天女とは異なるが、とある仏典に「迦陵頻伽かりょうびんが」なる生物が登場する。鳥の如き翼と下半身、そしてたえなる声を持ち、西方極楽浄土に住まう存在──迦陵頻伽。天使ほど大衆的な存在ではないが、日本の商業作品の中に登場するケースも僅かにあるらしい。
 ……あれ、迦陵頻伽も立派な「鳥人間」じゃないか……!?
 気が付いた瞬間、経験と知識が創作意欲と結び付き、一気に設定と物語が膨らんでいった。


⚫︎迦陵頻伽と巨漢の旅、その下敷きになったもの



 平安時代の日本に堕ちる迦陵頻伽の少女。翼はあれども飛ぶことは叶わない。自身だけが聴こえる唄に導かれるまま少女は船──遣唐使けんとうし船に密航し、西の果てヒマラヤに住まう仲間の元へ向かおうとする。
 冒険の相棒バディは遣唐使船で出会った屈強な男。男は亡き娘と少女を重ね合わせ、少女と同じ道を歩もうと誓う。
 少女は男を止り木に、男は少女を守りながら、時に喧嘩し、時に協力し、相次ぐ困難と戦いながらシルクロード(※当時このような呼称は存在しない)を征く。


 思い浮かんだ物語の大筋は決定稿と変わっていない。題名「迦陵頻伽の仔は西へ」も当時から決まっていた。大きな変更点があるとすれば……当時は「二人とも密航者」との設定だったが現実的に不可能(仮にバレなかったとしても過酷で長い船旅を耐えられない)と判断し、男には少女への便宜を図りやすい正規の乗員となってもらった。
 結果的に当初目指していた「人が空を飛ぶ要素」はあっさり消滅したが、アイデアが派生し「別のエンタメ的爽快感」を追求した物語を生み出すことが叶ったので、さほど気にしていない。思考の道草が思わぬ収穫を得た、と感じている。



 今回は先行作品との被り・影響を恐れないと決めたが、実際のところ題材・内容の直接的な引用は行わなかった。とはいえ、部分的に意識した作品なら幾つかある。
 例えば、「巨躯の男と小さい者とのバディ」は『鋼の錬金術師』を少しだけ意識した。「服で隠した身体に秘密がある」描写も、この記念すべき第1話──隠された義手義足オートメイルが敵の攻撃により姿を表し、『鋼の錬金術師』のタイトルが回収されるラストシーンに着想を得た。先述の「空を飛ぶ歌詞シリーズ」としてポルノグラフィティの「メリッサ」(旧アニメ版 1クール目主題歌)を頻繁に聴いていたため、尚更発想が膨らんだものと思われる。


 「肩に少女を乗せた巨漢」は、かつて照英氏が演じた「水戸黄門」のキャラクター:風の鬼若、またRPG「ゼノギアス」に登場する人型巨大兵器:ゼプツェンを少々イメージした。後者に関してはパイロット:マリアのテーマ曲「飛翔」を頻繁に聴いていた影響もある。SpotifyにもYoutubeにも原曲が存在せず、残念ながら記事への引用が叶わないが……。


番組公式サイトより引用。元画像のサイズが小さい……。
なお、照英氏の身長は183cm=約六尺。主人公:良嗣よしつぐは更に大柄な約210cm=約七尺を想定した。
平安期・唐代の七尺は現行の七尺の長さとは異なるが、さほど大きな誤差は無いようだ(参考)。


「ゼノギアス」作中に登場するギア=ロボの中でも、とりわけ無骨で巨大なゼプツェン(全高30m弱)。この頭部に……
左側の少女(マリア)が乗ります。コックピットは無く、頭の上にそのままちょこんと。危険だが浪漫がある。
※画像は両方ともスクエニe-STOREより引用。最近「ゼノギアス」は立体物化に恵まれている。
マリアがゼプツェンに搭乗している公式作中画像を載せたかったのですが、発見できませんでした……



 「猟奇的な鳥的下半身」の描写は、SF漫画『虎鶫とらつぐみ』のヒロイン:つぐみを思い浮かべながら書いた。『虎鶫』の内容は試し読みの範囲しか把握していないため、いずれ読破したい。

ヤンマガWebより引用。
鳥の脚は骨が剥き出しになっているように見えてグロテスク……と感じることがある。


 意識的に影響を反映させた創作物は上記の通り。他にも無意識下で影響を受けた作品が存在するかもしれない。


⚫︎ヘッダーのAI画像と実際の風景



 また、俺は今回の投稿に際し、初めてAIによるヘッダー画像作成に挑戦した。「砂漠の中に一枚の羽根が落ちている。奥には白い山脈が広がっている」等の文章を試し、無課金ユーザーなので一日の生成回数制限と戦い、数日掛けて理想に近い画像の生成に漕ぎ着けた。

「落ちている」と指示しているのに舞っている画像ばかり生成された。
結果的には満足しているが……何故!?


 実際に訪れた舞台の景色はこちら。

まるで墓標のように「陽関故址」と記された石碑が鎮座する。
あいにく青空は見られなかった。2015年撮影。


 観光地として復元された関所を通り抜けると、この壮大な景色が出現する。遠すぎて少々判別が難しいが、地平の果てに見えるギザギザした暗雲のようなものが山脈。
 この写真は南方面を撮影した一枚であり、今後二人は南西、つまり写真右側奥のヒマラヤ方面を目指すことになる。なので本当は「画像の左右を埋め尽くすほどの山脈」の画像が欲しかったが、どうしても上手く生成できず、よりによって大切な右側の山が切れてしまった。次回AI画像を使う際には上手く使いこなしたい。
 「本コンテストの審査にヘッダー画像は影響しない」と明言されているが、「良い画像が見つかれば作品推敲・完成へのモチベーションが高まり、かつ執筆・校正のイメージの補完になる」と俺は考えている。「青き憤怒 赤き慈悲」も、フリー素材サイトで理想に近い画像を発見してテンションが高まった。自分のイメージに沿った画像を撮影・描写・作成できる方々が羨ましい……。


以下、訪れた陽関復元施設の一部。プライバシー保護のため所々加工してあります。


⚫︎未来へ……


 本作の執筆は非常に楽しく、自分でも驚くほどに気分も筆も乗った。
 だが、実際に体験した気候風土・景色・食事等の描写、動きのある徒手空拳の戦闘シーン、主人公同士の掛け合い……。盛り込みたかった文章は到底800字に収まらず、執筆の動機となった「異国情緒への憧れと浪漫」的な描写を大幅に削らざるを得なかった。にもかかわらず様々な方から「情緒を感じる」等と言って頂けたので、現行の状態が適切なバランスだったのかもしれない。
 大きな反省点があるとすれば、地名・人名等の固有名詞にルビを振れなかった件だろうか。読みやすさを考慮して「良嗣よしつぐ」「陽関ようかん」等のルビ振りを行いたかったが、文字数制限と情報量を考慮してオミットせざるを得なかった。「800文字の悪魔」は本当に恐ろしい。



 そんな本作は11月9日時点において、透々実生さん摩撫甲介さん、三宅つのさんにピックアップして頂けたほか、Xこと旧Twitter上で様々な方のご感想を頂戴した。特に三宅つのさんの「キャッチフレーズめいた感想文」を非常に気に入ったので、全文を引用させていただきます。

 蒼と、金と、白の世界。美しくも苛酷な西域を旅するのは、東海の彼方から来た巨漢と少女。野盗も沙漠もなんのその、唄に呼ばれて向かう先は、崑崙か、天竺か、極楽か。まことにうつくしいものがたりだ。

記事より引用。タイトルに仕掛けたダブルミーニングにも言及して頂けて何より。


※11/16追記 しゅげんじゃさんにピックアップして頂きました!ありがとうございます!



 投稿後、「今年の逆噴射作品は鳥人間ものが多い」とのご意見も目にした。誠におっしゃる通りだ。思い起こせば、今年話題になった大ヒット作品「君たちはどう生きるか」のマヒトとアオサギも人間&鳥人間のバディ作品だった。天使に限らず、「鳥人間」自体がレッドオーシャンだったのかもしれない。
 やはり俺の発想には限界があり、完全な独創性を出すことは不可能だ……と非力を思い知らされたが、経験と趣味、そして本来結びつかなそうな要素を重ね合わせて「迦陵頻伽×シルクロード×バディ×冒険活劇」を書けたのは俺だけだ、との自負は持っている。その点に関しては堂々と胸を張っていきたい。



 昨年の例をみる限り、11月末には二次選考の結果が出ている(本コンテストは一次を飛ばし、いきなり二次選考の結果が発表される)。
 昨年は全作品の二次通過が叶ったが、今年は昨年以上に骨太な作品が揃っているように思える。願わくば二次通過……否、それ以上の結果を出したいが、悔しいことに「絶対に通る!」とは断言できない。選考委員の方々の心に作品が刺さってくれることを祈るしかない。



 さて。以後の創作活動としては、まず第一に……現在「迦陵頻伽かりょうびんがの仔は西へ 完全版」を執筆している。「完全版」と言っても連作・長編にする訳ではなく、字数の関係上やむを得ず削った様々な要素を加え、ショートエピソードのオチ的な結末を付けた短編となる予定。今年中の完成を目指しているので、投稿のあかつきには再びお付き合い頂けると嬉しいです。
 その他にも一本、少しずつ書き進めている「過去作の続編」がある。約5000字程の尺が目標で、現在は3000字ほど完成済。こちらは一旦寝かせておき、今は「迦陵頻伽〜」完全版に注力していきたい。

 小説トレーニング本『文体の舵をとれ』の練習問題も、作品執筆の合間に細々と取り組み続けている。来年初頭までには全て終わらせ、学んだ内容は来年の「逆噴射小説大賞」に反映させ、昨年・今年の自作よりも優れた内容の作品を生み出せるよう善処したい。


 ……最後に。
 非常に長くなりましたが、本ライナーノーツ及び当該作品をお読み頂き、誠にありがとうございました。「逆噴射小説大賞」関係の投稿はもう少々続く予定です。他の投稿者の皆様が書かれた魅力的な作品の一部を、近日中に「ピックアップ」記事にてご紹介致します。


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