かつて天才だった俺たちへ (#絶叫杯 参加作品)
※ライオンマスクからのお知らせ※
この記事は課金記事となっていますが、本編は無料で全て読めます。
おたのしみください。
2020年、幕張メッセ。
『新世紀ホビーフェア』内、メインステージ。
二人の成人男性が、机を挟んで対峙している。
一人は痩せ型、背が高く美形と言ってよい造作。短く整えられた髪とヒゲに、見るからに高価な革のジャケットを着ている。しかし服装と正反対にたたずまいには余裕がなく、おおぶりな瞳は今、肉食獣めいてぎらつき、対面の男を見据えている。
もう一人は背の低い男。黒いTシャツにジーンズ、その背中には《一生ワンダラー》の文字にスポンサーのロゴの数々。シンプルな服装ながら態度は自信に満ちており、対面の男に気押されることなく、泰然と構えている。
対照的な二人に共通するのは、彼らの前に置かれたカードの束のみ。
大型ビジョンにCGエフェクトが映し出され、アナウンスが鳴り響く。
「大変長らくお待たせいたしました!これより『ワンダラーグランプリ4th』決勝戦を開始します!」
ステージにつめかけた観客が湧き上がる。これから、日本で最も強いプレイヤーが決まる。
「5000人のワンダラーの頂点をかけて争うのは、この二人!」
背の高い男にスポットライト。
「関東ブロック2位!帰ってきた《ワンダラー王子》!怒涛の猛攻は今も健在!白木ィイ!昭吾ォオ!!」
歓声をあげる観客たち。白木昭吾はそれにわずかに答えるのみ。
「対するは東海ブロック1位!寡黙なる絶対王者!グランプリ2nd,3rdチャンピオン!3連 覇なるか、《爆速(ブレイジング・スピード)》黒岩ァア!琢磨ァア!!」
こちらも歓声には答えない。
盤面に相対する相手以外のことは、もはや見えていないのかもしれない。
「琢磨ァ、ぶっ殺してやるからな……」
昭吾の怨念のこもった言葉に、琢磨は答えない。
これから行われるのは、トレーディングカードゲーム『デュエルワンダー』の全国トーナメント、その決勝戦。
たかがカードゲームの、たかだか5000人の、物好きな人間の頂点に立つ者を決める試合。
それでも、両者の間には、拳銃を突きつけ合うようなひりついた空気があった。
私は、大きく息を吸い、そして宣言する。
「デュエル、スターーート!!」
二人の手が、同時にデッキから手札をドローした。
■■1本目■■
私が初めて彼ら二人を見たのは、今から10年前、2010年になる。
私は当時、秋葉原の『カードマーケット』本店の店員として働いていた。カードの販売や、毎日のように行われる、様々なカードゲームのショップ大会の運営などが主な仕事だったが、子どもたちが夏休みに入ると、昼間早くから訪れる彼らの対応に追われることが多かった。
そんな中、一人で遊びにきていたらしき男の子に、中学生ぐらいの男の子が声をかけた。
「おまえ、『ワンダー』やんの?」
そして、笑って手を差し出した。
「デュエルしようぜ」
それが、白木昭吾と黒岩琢磨の初対面だったと、後に二人から聞いている。
昭吾は人気者だった。その頃から背が高かったし、大人の異性である私を相手にしても物怖じしない性格だった。
「あ、おい、お前。剥いたパックのゴミちゃんと捨てろよ」
「テメーまた初心者相手にループデッキ使ってんな?!別にいいけどわかりやすく説明しろよな!上級者の義務だろ!で、お前も、わかんなかったら黙ってないで、ジャッジか店員さん呼べ。いいな!」
「おいおいおい、その交換絶対にシャークだって。つーか店内トレード禁止だから」
彼は面倒見がよかった。多少口は悪かったが、ルールを守り、誰にでも平等に接し、その言葉には説得力があった。はたから見てもリーダーシップがあって、常に数人の取り巻きがいた。
何よりカードゲームが強かった。彼のデッキは中学生のものとは思えないほど高価なカードをたくさん採用していて、彼はそれを使いこなしていた。
一方の琢磨はといえば、小柄な上に猫背、声も小さく人見知りのする性格で、大会にはまれに訪れるものの、終わった後は誰とも遊べていないようだった。身なりも着古したものをずっと着ていて、デッキもありあわせのカードで作ったものだった。それに、要領もよくなかった。あの頃の琢磨を見たら、誰も彼が将来グランプリで2連覇するなど想像できないだろう。
「『サンダーヘッドドラゴン』で攻撃、攻撃時効果でそれと、それ破壊してライフに3000」
「うー……ん」
「琢磨ァ、そんな手札がっつり見て悩んだら対応あんのモロバレじゃん。何されたらどうするって、先に考えてサッとやんだよ、サッと」
「ん……ライフが2000以上減少したから、<反撃>コストで『リワインド・タイム』」
「げ!最悪!ターンエンドだよ」
「僕のターン、ドローして、白と青で『アイスウィング・グリフォン』出して、『サンダーヘッド』はフリーズ……2枚ドロー、エンド」
「いいのかぁマナ全部使って。おらっ『竜炎招集』!トップめくって……『新陰竜 斬月』!召喚時に『グリフォン』破壊な」
「あ、あー」
「そのままライフに攻撃で勝ち!」
「うーん……昭吾は強いなあ……」
しかし、デッキを持って卓を挟めば、お互い『ワンダラー』として仲良くなれるのがDW(デュエルワンダー)良いところだ。二人は大会の後なども、よく対戦していた。
「だからさ、『ワンダー』はリソース管理が全てなんだって。人生と同じ」
中学1年生の昭吾が知ったような口をきくと、小学6年生の琢磨は真剣な顔でうなずいていたものだった。
「さっきマナ全部使わないで、手札構えてエンドしたら打ち消しがあるかもって思うだろ?したら俺もうかつに『招集』使えないし」
「うん」
「人生も同じだぜ。カードだけに全部つっこんだら、他のことがなんにもできなくなって、なんかあったら負けちゃうだろ」
「うん」
「俺は『ワンダー』を愛してんだ。だから『ワンダー』が俺のせいでバカにされないようにしてる」
「うん」
琢磨は素直だった。昭吾にとっても先輩風を吹かせるのが楽しかったのだろう。そして琢磨の方も、昭吾が頻繁にかまうことでカードショップの常連の輪に入って行けていた。
「でも琢磨もうまくなってたな」
「うん、ずっと練習してたから……」
「実際『アイスウィング・グリフォン』はいいよ」
「うん、お気に入りなんだ」
ほめられて、照れくさそうに頬をかく琢磨。
「パワーもデカいし、フリーズで盤面とりながらドローできるし。オマケ程度に<反撃>もついてるから」
「うん、条件難しいけどね……」
「知ってるか?<反撃>でコスト軽減されなくても、<即応>で相手ターンに出せるって。さっきみたいにわざわざ自分のターンに出す必要ないんだぜ」
「あー、そうなんだ……難しいな」
そうして、二人は昭吾の塾の時間まで、よく遊んでいた。
◆
『グランプリ4th』決勝戦。
「琢磨ァ、あの頃を思い出すなぁ!ガキの頃は毎日アキバでフリーしてよぉ、あんなグズだったお前がグランプリ2連覇とはなあ!」
昭吾は序盤から呪文『ドラゴンズ・ゾーン』を唱えることに成功し、大幅にマナ領域の増加を成功させる。
「……呪文『ブレイン・マジック』。デッキから2枚引き、手札1枚をデッキボトムへ」
琢磨は答えない。手札を整えつつ、昭吾のそれ以上のリソース確保を妨害していく。しかし、先行の昭吾のほうが一手早かった。
「それとももう、俺みたいな負け犬のことは忘れちまったか?だったら思い出させてやるよ!お前があの頃、勝てなかった白木昭吾をな!!」
昭吾の手札から、コスト軽減呪文『スタンピード・エントリー』によって、大型ドラゴンモンスター『竜将(ドラゴマンダー)スタン・ピード三世』が降臨する。
このモンスターは、連携しているアニメの主人公カードでもあり、自身の効果で次々と大型ドラゴンをデッキから呼び出す。『スタンピード・エントリー』でコストの軽減を行い、このパッケージが現在のDW環境トップにある《赤緑黒スタンピード》デッキに、理不尽な物量と速度を可能にしていた。
だが。
「『否認:カースショット』」
琢磨が繰り出したのは、軽量の打ち消し呪文。使用に必要なマナが少ないかわりに、昭吾がいくらか追加のマナを支払うことができれば、打ち消しを免れる条件付きのものだ。『スタン・ピード』の最速投下にマナを全てつぎ込んだ昭吾にとって、その条件は意味をなさない。巨大な竜は、戦場に降り立つことなく墓地に送られる。
「カウンター構えてやがったか」
「……今のあんたには、勝てる」
「ほざいてろ!」
昭吾のターンエンドを受けて、琢磨はターンの開始とともに手札とマナを補充、そしてただターンエンドを宣言する。
打ち消しや妨害は相手ターンに行えば良い。相手ターンにも使える呪文やモンスターを主体にしたデッキだからこそ可能な、いわゆる《ドロー・ゴー》だ。扇状に構えた手札の向こうから、昭吾と彼の盤面を見据える。
「俺のターン、マナ補充、ドロー。『ドラゴンズ・ゾー」
「『撤回:光の戒め』」
言い終わらないうちに、琢磨が即座に行動を咎める。予期していたように、ノータイムで。
「クソっ、『竜の友(ドラグフレンド) シンシア』!」
今度は動かない。昭吾は口の端を吊り上げ、デッキの上から3枚を公開し、その中からドラゴン1枚を手札に加える。加わったのは、2枚めの『スタン・ピード』。
私は少し意外だった。どちらかといえば、『シンシア』のほうが『ドラゴンズ・ゾーン』よりも直接的に彼の敗因となりうるように思えた――次のターン、今のように2回目の『スタン・ピード』降臨を許すからだ。昭吾はターンを終える。
その時、私は昔琢磨が話していたことを思い出した。
――「昭吾は『持ってる』から、必ず引いてくる」
◆
2012年。
「昭吾、今日は塾いいの?」
「あー……いい。もういかねえ」
琢磨は中学2年生、昭吾は中学3年生になっていた。その日は珍しく昭吾が遅くまでカードショップに残っていた。
「親父とケンカしてさ。もう俺医者になるのやめたんだわ」
「そう……だったらもっと『ワンダー』できるね」
「そうだ!今日は閉店までやるぞ」
8年前も、昭吾は現在と同じ、赤の属性を主体とする攻撃的なデッキ――ビートダウン、あるいはミッドレンジと呼ばれるものを、琢磨は白と青を主体とする防御と妨害に長けた、コントロールタイプのデッキを使っていた。確か、《赤黒無双剣》と《白青緑ワームホール》だったと思う。
「『無双剣豪 マーベラス・ジャック』に『紫電一閃!ムラマサベヨネッタ』をジャンクションして攻撃!自分を再攻撃可能にして、『ベヨネッタ』の効果で『全蔵』は破壊な」
「えっと、攻撃に対抗して、手札から<忍術>で『異次元NINJA ワームホール』を召喚。『ワームホール』と『全蔵』を入れ替えるから、破壊効果は対象不適正で消えるよ。で、『ワームホール』で『マーベラス・ジャック』をブロックね」
「お、やりこみ見せたな」
その時のDWは、特殊な装備用カード・ジャンクを装備――ジャンクションして効果を発揮する『剣豪』。攻撃に対応して場と手札を行き来する『NINJA』。他にも『ブッダ』『鬼』などのデッキタイプが流行っていた。
しかし、いかんせんそこまで派手なカードはなく、今に比べるとかなりプレイヤーの数が少なくなっていた。それでも彼らは相変わらず遊び続けていた。特に琢磨のほうは入れ込みが強く、休みの日は常にカードショップで遊んでいるほどだ。
「あー、このままじゃ俺負けるなー、アレ引けないとなー」
昭吾がわざとらしく言いながら手をかざし、祈るような仕草をした。
「昭吾は『持ってる』んだから、必ず引いてくるでしょ」
「まあな、見てろよ」
二人は机の対面で、互いにニヤリ。そして昭吾が引いたカードは、果たして必要な『無双双剣 デュアルマスター』だった。二人は大声でげらげら笑った。
さすがに注意しようかと私がカウンターから立った矢先、それよりも大きな声が店内に響いた。
「昭吾!!なにやってるんだ!!!」
シングルカードを陳列するプラスチックのショーケースが、びりびりと震える。驚いて入り口を見ると、初老の男性が怒気をあらわにずかずかと店内に入り込み、一直線にデュエルスペースの昭吾に向かっていった。
「うるせえな!ほっとけ!なにすんだよッ!!」
男性は昭吾の肩をつかみ、椅子からひきずりおろそうとする。安いパイプ椅子が倒れ、机のカードが崩れ落ち、床にばらまかれる。
「ちょ、ちょっとお客様」
他にカウンターに出ている店員がいないのを確認して、私はおずおずと男に声をかけた。
「私はこいつの父親だ。すぐに出ていかせる。騒がせて悪いがこれは家庭の問題だ」
「嫌だ!俺は医者になんかならねえ!!」
「うるさい!!そのオモチャも服も、誰が金を出してやってると思ってるんだ!」
男の革靴が昭吾のカードを踏みつける。昭吾は彼の足をどけさせようとするが、動かすことはできない。
「やめろ!カードを踏むなッ!おい!!」
「子供の義務を果たさないやつに、こんな無駄な遊びをやる権利はない!!」
中学生3年生とはいえ、まだ子供だ。大人の男が本気になれば、力でかなうはずもない。昭吾は父親にひきずられるように、ショップの外に連れて行かれてしまった。
「え、ええっと、昭吾くんの荷物はまとめておくから、皆さんはそのままで……」
私は他の客に言いつつ、琢磨に気を回した。男と昭吾の怒声に怯えているかと思ったがそうではなく、要領を得ないといった様子でぼんやりとしていた。
「大丈夫?」
「うん……なんであんなに怒ってたの?」
「うーん……琢磨くんは親御さんに怒られたこととかない?勉強しろとか」
今思えば、それは間違った質問だった。
「ないよ。起きてる時帰ってこないし」
私はさすがに、それ以上のことは聞かなかった。
◆
実際に、『シンシア』を使わなくても、次のターンに引くカードは『スタン・ピード』だった。めくった3枚のうち、一番上にあったからだ。
私は、琢磨がそれをわかっていてプレイしたのか、と一瞬思って、そして思い直した。まだ昭吾のマナは伸び切っていない。『スタン・ピード』の召喚には十分だが、それ以上の動きはできない。マナの増強により複数回の行動ができるようになる方をこそ、琢磨は警戒したのだろう。『スタンピード・エントリー』などの軽減呪文や、墓地からの使用済みのカードを回収して再利用することも、黒のカードを採用しているデッキならありうる。
「ドロー。マナ補充。『クリスタル・エナジー』。コストとして墓地から呪文3枚をデッキへ。ターンエンド」
再び手札を補充しターンエンド。次のターン、昭吾が押し付けてきた2度めの『スタン・ピード』を再び即座に『変転:マーシフルライト』で打ち消した。
「エンドだクソがっ!なんでお前はずっとそうやって、ネチネチネチネチ陰キャ戦法しやがるんだ!!」
「……ドロー。マナ補充。『極光の大法廷 フン=シャ=マール』展開」
観客が湧いた。
現環境において、『スタン・ピード』を始め強力な効果を持つモンスターの多い赤や黒に比べて、白と青は若干使えるカード全体の――カードプールのパワーで劣る。しかし『大法廷』は別だ。その性能は、あえて白青デッキを使う理由にすらなりうる。
――
極光の大法廷 フン=シャ=マール
コスト6 (青・白)
デュエルフィールド
全てのプレイヤーは、自分のターン、一度だけモンスターを召喚でき、一度だけ呪文を詠唱でき、一度だけ攻撃できる。
――
各ターンにつき、1体の召喚、1回の呪文詠唱、そして1回の攻撃しか許さない。『大法廷』が縛るのは自身のターンのみなので、相手ターンにも使える呪文を主に扱う琢磨にはほとんど影響がない。一方、自分のターン中のドラゴン大量召喚で圧殺を狙う昭吾にとって、致命的な対策――メタ・カードだった。
「ハッ!!流石プロゲーマー様は違うな!一番イヤなことしやがる!」
対応の速さ、構築の的確さ。それが黒岩琢磨が《爆速(ブレイジング・スピード)》と呼ばれ、プロプレイヤーとして注目を集め続ける理由である。
「だけどなあ、俺だってただのクズじゃねえんだよ!ドロー!」
『大法廷』は、その強力な性能のかわりに、自分のターンにしかプレイできず、必要なマナは重い。
昭吾のターン、琢磨のマナはゼロ。打ち消しを唱えることはできない。
このターンで決着をつけなければ、おそらくデッキの性質上フィールドに対処することの難しい昭吾に、勝ち目はないだろう。しかし、琢磨のライフはまだ無傷、8000もある。攻撃も1ターンに1回しかできない。
勝負は決まった。
私は、おそらく観客も、そう思った。
――「昭吾は『持ってる』から、必ず引いてくる」
「3マナ、『スタンピード・エントリー』、コストを5軽減する」
昭吾は、ターン開始時に引いたそのカードを、机に叩きつける。
「『勝利の竜星(ビクトリー・ブリンガー) 雷覇』ッ!!」
観客は皆、叫んだ。
昭吾は引き当てた。このカードなら。『雷覇』なら、状況をひっくり返せる。
「『雷覇』で攻撃、攻撃時効果。<激突>!」
――
勝利の竜星(ビクトリー・ブリンガー) 雷覇
コスト10 (赤)
モンスター
種族:ドラゴン・タイクーン、バンガード
パワー 2000
攻撃時、<激突>を行う。勝利した場合、追加のターンを得る。
(激突:各プレイヤーは自身の山札の一番上のカードを公開し、それを一番下に置く。そのカードのコストが相手以上であれば、勝利する)
――
強いカードは、能力(テキスト)が短い。
『雷覇』は、その強さから数年前の環境を席巻し、今ではデッキに1枚しか入れられない、制限のかかったカードだった。
昭吾は、勝利への唯一の、たった1枚の可能性を引き当てた。
<激突>の結果、琢磨は2、昭吾は7。勝利した昭吾は、このターンの後に、もう一度自分のターンを行う。そしてそのターンにも、当然『雷覇』は行動可能だ。勝ち続ける限り、琢磨にターンは回ってこない。
「ターンに一度しか攻撃できねえなら、何回でも俺のターンにしてやる」
勝利宣言。『雷覇』の効果は不確定にもかかわらず、それを納得させるだけの、鬼気迫る凄みが、昭吾にはあった。
「ターンエンド。俺のターン。ドロー、マナ補充。『封印の竜(ドラグシーラー) マーガレット』。お前はコスト4以下の呪文を唱えられない。『雷覇』で攻撃。<激突>。追加ターン獲得。ライフに2000。ターンエンド。俺のターン、ドロー、マナ補充……」
DWの初期ライフは8000。ライフがなくなるか、デッキを全てひききったプレイヤーが敗者となる。
追加のドラゴンの連打でさらに逆転の目を奪い、昭吾は『雷覇』で3回の追加ターンを得続け、琢磨のライフを0にした。
「俺の勝ちだ!!」
「……ありがとうございました」
観客は歓喜した。
デッキトップ、たった1枚のドローからの一発逆転。対戦相手にとっては理不尽ながらも、まさにカードゲームの醍醐味を体現する昭吾の戦いは、彼が往年の《ワンダラー王子》だったことを、全員に思い知らせた。
「そうだよ、これが俺だ、俺が勝つ、俺が正しい!俺は何も間違ってない!」
昭吾は琢磨に叫ぶ。あるいは自分を叱咤するように。
「……」
「涼しい顔しやがって。お前は最後、ここで俺に負けたヤツとして記憶されて引退するんだよ!」
机に乗り出し、長身で対戦相手を見下ろす昭吾。ぎらついた瞳を見上げることなく、琢磨はサイドボードの調整に入った。
『グランプリ』の決勝トーナメントは2本先取だ。まだ勝負が決まったわけではない。各試合の間に、互いに事前に用意した入れ替え用のカード――サイドボードを使って、デッキの調整を行える。その内容は、デッキの中身と同様に非公開だ。
「ねえ、昭吾」
手早くカードを入れ替えながら、不意に琢磨は昭吾に話しかけた。私は他のジャッジと話すのをやめ、思わず彼らの方を見た。彼の声が、数年にわたりショップで聞いてきた、昭吾を呼ぶときの気安い声に聞こえたからだ。
「楽しい?」
昭吾は机を叩き、食って掛かる。
「ああ楽しいさ!!お前みたいな勝ち組野郎が、勝ち逃げする前にぶっ倒せるんだからな!!それで俺の生き方が間違ってないことを、証明してやるッ!!」
「……そう」
琢磨は彼を見ない。
ワンダラーグランプリ4th 決勝
白木昭吾 対 黒岩琢磨
○ ×
「美浜さん、ヤバくないですか」
試合の合間、ジャッジの一人が、私に声をかけてきた。
『グランプリ』の決勝は、3人のジャッジによって審判される。ルールの裁定や、試合中のトラブルは、全てジャッジによって判断される。私は、『グランプリ』に協賛するカードショップの社員であり、かつDWの大型大会を運営できるジャッジ資格を持っているため、最も権限の強いヘッドジャッジとして、この大会を取り仕切っていた。
「何がヤバいの?」
「何って、完全にキレてるじゃないですか、白木。警告出さないんですか」
「必要だと思ったら、君のほうで出してもよかったんですよ」
ジャッジは「それはそうですが」と口ごもる。
「『グランプリ』は厳正な大会であると同時に、全国のプレイヤーが注目するエンターテイメントでもある。特に決勝戦は、毎回プレイヤー同士のドラマが生まれる。だからある程度の会話は許容すること……そう、社長から言われているでしょう」
もちろん、DWにも他のゲームと同じく、非紳士的行為を罰する規定はあるが、『トレジャー』と私の所属するショップの社長の方針にあわせ、ドラマチックな決勝戦を演出するために、ある程度は許容している。
「もちろん手を出したり、カードを雑に扱ったりしたら即警告していいですから」
私はそう言いながらも、できれば彼らの間に割って入りたくはないと思っていた。
琢磨と昭吾。10年にわたる彼らの、DW人生の決着をつけるのは、ここしかないからだ。
黒岩琢磨は、2017年から3年間、カードショップと契約して、DWのプロゲーマーとして活動してきた。しかし、この大会をもってその契約を終えることを公表している。
彼は来年、DWを開発する会社『トレジャー』に就職することが決まっているのだ。開発側になってしまえば、もうプレイヤーとして大会に出ることはできない。
白木昭吾と黒岩琢磨が、公式大会で対戦できるのは、これが最後なのだ。
◆
2014年。この年、最初の『ワンダラーグランプリ』が開催された。
DWで初めての、年齢による階級分けなしの全国大会。その時、DWをはじめとする子供向けのホビーを宣伝する番組『あさスタ!』が、数人のプレイヤーを密着取材することになった。
その一人が、このとき高校2年生の昭吾だった。
《ワンダラー王子》。番組が昭吾につけたキャッチコピーだ。
確かに彼は、ショップに集まる他のプレイヤーたちに比べて相当の美形だ。気さくで、家柄もよく、医者を目指して有名私立大学医学部に模試でA判定を出している。加えて、『持っている』と称される土壇場での引きの強さがあった。
『グランプリ』の昭吾の結果は、ベスト8。奮闘し、時に圧倒し、時に逆転しながらも、惜しくも全国の壁に阻まれ、次回のリベンジを誓う……そんな彼の様子は大々的に全国ネットで放送された。そんな中で、ワンダラー全体に彼を印象づけたのが、『あさスタ!』内の企画で行われた、ベスト8のプレイヤーが初心者にルールを教えるコーナーだった。
昭吾の担当した回は、基本的なルールの解説だった。スタジオに集まった、初心者の子供たちとタレントを相手に、ルールを説明していく。
「よっしゃー、俺の番やな!『爆竜王キングカイザー』を召喚じゃー!」
「待って待って!まずはターンの順番と、マナとコストについて覚えよう!ターンがまわってきたら、まずはマナ領域のカードをもとにもどして、マナ補充…・・そのあと、デッキから1枚引く。その次に、手札から1枚、カードをマナ領域に置けるぜ。マナ領域に置いたカードを横に倒す……コストにすると、モンスターをバトルゾーンに召喚したり、呪文を詠唱したりできるんだ。強いカードを使うには、たくさんのコストが必要だぞ!」
「『キングカイザー』のコストは……7もあるやんか!」
タレントが大げさに驚いて見せる。
「そう、だから毎ターン、しっかりマナ領域にカードを置いていこう。それと、DWのカードには色があるんだ。使いたいカードの色と同じ色のカードを、コストにする必要があるぜ。例えば『キングカイザー』の色は赤と白。だから、コストにする7枚のカードに、赤と白のカードがなきゃダメだぞ」
ここで、説明のVTRが入った。
『DWのカードは、色ごとに得意分野があるゾ!アニメでリュウタが使っている赤のカードは、モンスターのコストを軽くして早く召喚したり、相手のライフにダメージを与えるのが得意ダ!ライバルのデス伯爵が使ってる黒いカードは、墓地からカードを手札に戻したり、蘇らせたりするゼ!他にも、青・白・緑のカードがあるから、お気に入りの色をさがしてみようゼ!』
そして、昭吾にカメラが戻る。
「ここまでいろいろ説明してきたけど、ぶっちゃけこれは間違えちゃってもOK!」
「えーっ!なんでや昭吾クン、間違えたらあかんやろ」
「間違えちゃったら、友達や詳しい人にルールを確認すればいいからな。一番大事なのことは……一緒に遊んでくれる友達を大事にすること!始めるときは『よろしくおねがいします』終わったら『ありがとうございました』の挨拶をすることだぜ」
ここからの一連の発言が、ネットに取り上げられて広まることになる。
「挨拶すること。相手のカードをむやみに触らない。カードを大事にする。パックをあけたら、ゴミは片付ける。人のいやがることをしない。悪口を言わない。ズルしない。『良きワンダラー』であることが、DWのルールより、ずーっと大事だぜ」
「そんなん、当たり前のことやがな」
芸人がまぜかえすと、昭吾は深くうなずいた。
「当たり前のことができていないと、いっしょに遊んでくれる、未来のワンダラー友達もいなくなっちゃうだろ?それに……」
そして、不敵に笑ってみせた。
「そういう『ちゃんとしてないやつ』に負けても、負けた!って気にならないよな。『あいつ、デュエルは強いけど、ゴミ散らかすし嫌なやつだしなあ』ってなるだろ?逆でも同じだぜ。すっきり勝ちたいなら、イイヤツだしデュエルも強い、ちゃんとした『良きワンダラー』になる!それが大事だぜ!」
『良きワンダラー』という言葉は、この昭吾の発言とともに広がっていった。《ワンダラー王子》の言葉に、多くのショップやワンダラーが賛同し、彼ら・彼女らの行動は着実に現実を変えていった。私のショップでも、この思想が広がるにつれ、散らかったゴミの量や、マナーの悪いワンダラーは目に見えて減っていった。そしてそれは、その言葉が誰のものかもわからなくなっても、今に至るまで続いている。
綺麗事に説得力をもたせ、人々の心を動かす。それだけのカリスマが、《ワンダラー王子》白木昭吾にはあったのだ。
番組が放送された翌日、昭吾と琢磨はショップにいた。
「『あさスタ!』見たよ。すごいね」
「まあな。『グランプリ』では優勝できなかったけど、やっと、俺の生き方が認められたって感じだ」
昭吾は自慢げに琢磨に語っていた。
「ワンダラーは、俺はただのオタクじゃない。『ワンダー』が好きで、でもそれだけじゃない。人間としてもちゃんとしてる。そうあるべきなんだ。大学にも受かって、次のグランプリでは優勝して……そんなこともできるやつがいるって証明する。そんで、親父を……俺らのことをバカにするやつを、全部見返す。だから再来年は、ガチで勝つぞ」
「うん」
「ねえ、昭吾」
「あ?」
「次のグランプリ、僕も勝ちたい。僕だって昭吾に憧れてるんだ。がんばって、昭吾に勝てるようになるよ」
「言ったな、琢磨。じゃあ次の決勝は、俺と琢磨だ」
「うん」
そんな会話をしていたことを、私は覚えている。
琢磨は笑った。昭吾も。そして、再び、二人でデュエルをはじめた。
■■2本目■■
あらゆるゲームには、強い戦術、弱い戦術が存在する。将棋やチェスなど、互いの持つ駒に差がないゲームにすら存在する。ましてや、カードそれぞれに性能の格差があるカードゲームにおいては、なおさらだ。
使えるカードプール、そしてプレイヤーの間での流行りを、総合して「環境」と呼ぶ。その中で、プレイヤーは試行錯誤を重ね、自分の使う50枚のデッキを決める。
端的に言えば、「強いデッキを使う」か、「強いデッキを対策する」か。
昭吾の思想は、ワンダラーとなった時から前者だ。強いカードを揃え、それを万全に使うことで勝利する。対策をさせる側の立場。一本目の昭吾の勝ち方などはその典型だ。デッキに強いカードを満載し、「一番強いデッキ」を作って、相手を圧倒する。
対して、琢磨の思想は後者だ。強いデッキを対策し、力を発揮させずに勝つ。しかし、それは前者に比べて、容易ではない。
どんなに強いカードでも、それに対応する対策カードは存在する。例えば、『スタン・ピード』に対する『フン=シャ=マール』のように。しかし、デッキの枚数は有限だ。特定のデッキに対してだけ有効な対策カードに、数少ない枠を割けば、必然的にデッキ全体の力は落ちる。結果、対策をしたデッキ以外に弱くなったり、対策カードを引けなかった・適切に使えなかった時に、地力の差で負けてしまう。
したがって、「対策して勝つ」デッキを選択する場合、デッキ構築とプレイングには、高い練度が要求される。
「くっそ、どんだけ硬いんだよ……」
二本目。先攻後攻を入れ替え、琢磨の先攻で始まったゲーム。昭吾は思うように動けずにいた。
白はもともと、相手の行動を制限するカードが多い。琢磨の盤面には、互いのマナ増強を制限する『法の支配(ルール・ルーラー) カレイ・コル』と、相手のコストの軽減や踏み倒しを禁止する『公正取引(コー・トリー) オリオティ』、2体のモンスターが序盤から睨みをきかせ、昭吾の行動を縛る。
『グランプリ2nd』まではBo1(ベストオブワン)……一回試合をして勝ったほうが勝ち、というルールだったのが、『3rd』からはより競技性を増すため、決勝トーナメント以降はBo2(ベストオブツー)……二本先取になった。それにともなって、サイドボードのルールがDWにも整備された。
サイドボードの入れ替えによって、不要なカードが抜け、必要なカードが投入される。加えて、琢磨の卓越したプレイングスキルが、昭吾のドラゴンデッキを封殺することを可能にする。もし彼以外が同じレシピのデッキを使ったとして、ここまでの堅牢さにはならないだろう。
もちろん、サイドボードを利用したのは昭吾も同じだった。対策小型クリーチャーを全体破壊する『マジ・マンジ・ドラゴン』やドロー効果に加え、自分のモンスターを「青と白のカードの効果で選ばれない」ようにする呪文『夏の扉』を使い突破を図りたかったようだが、的確な打ち消しと硬い守りの前に打点を通せずにいた。
琢磨は相変わらず静かなまま、坦々と昭吾の動きを抑えていく。
14ターン目。7ターンで決着した1本目の、2倍のターン数が経過した。
ライフは昭吾が3000、琢磨が2500。琢磨はアドバンテージを取れるモンスター群で少しずつライフを削ったが、今はもう攻撃できるものはいない。昭吾はあと一手、強力なモンスターの打撃を通せば勝てる。しかし、その「あと一手」が果てしなく遠い。
昭吾はたまりにたまったマナを使って、デッキトップから乱暴にドローしたカードを叩きつける。
「『無敵竜 インビンシブル・ドラゴン』!」
召喚するだけなら5マナのドラゴンだが、そこにさらに7マナをつぎ込むことによって、強力な<刻印>効果を発動するカード。<刻印>は、そのモンスターが破壊されても、ゲーム中効果を発揮し続ける。
「召喚成功すれば、<刻印>の効果で、お前のマナ領域を焦土と化す……ターン開始時に2しか補充できないぜ。通るか?」
威圧的に許可(パーミッション)を求める昭吾。『インビンシブル・ドラゴン』の<刻印>効果、通称《インビン砲》は、基本的に使われたら終わりだ。どれだけ手札があっても、マナがなければ使うことはできない。
しかし、琢磨は、ちらりと盤面と手札を見て、即座に、「どうぞ」と言った。
観客は試合の趨勢が決まったことにどよめく一方、昭吾は舌打ちをする。その態度は、必殺の一手が通ったプレイヤーのものとは思えなかった。
「おいおいおいおい余裕ぶりやがってよぉ!!そんなに俺のデッキを、俺のことを見下してやがんのか?!さすがプロゲーマー様は違うなァ!!」
昭吾が声を荒げる。ジャッジの一人が私のほうを見た。
「仲間もたくさんいて、スポンサーもついて、『グランプリ』2連覇して、グラビアアイドルの彼女までいるんだったか?!なあ、人生楽しいだろ?!そんなになんでも持ってりゃよおッ!」
『無敵竜』のカードで机をえぐるように攻撃が宣言され、琢磨は手札から<即応>で召喚した軽量モンスター『霧妖精ダイヤモンド・ダスト』を犠牲にブロックして、それをいなす。
「俺もそうすりゃよかったってか?!人生全部『ワンダー』に突っ込んで、お前みたいに狂えたら楽だったか?!なあ、教えてくれよ、琢磨ァ!!」
琢磨が、昭吾を見た。
「……ターンエンドか?」
「ああ!?」
「マナ補充フェイズ、<刻印>により2マナのみ補充。」
いつもと同じように、ターンを開始する琢磨。しかしその声に、かすかな震えが混ざるのを、私は聞いた。
「……『なんでも持ってる』だって?……『狂えたら楽か』だって?」
そして琢磨が、ゲーム中にはじめて、ゲームの進行に必要な言葉以外を発する。
「これ以上失望させるなよ、昭吾」
声こそ小さいが、背骨を冷たくするような迫力があった。
「あんただけは、それを言ったらダメだろ」
先攻側、第15ターン。使えるマナはあわせて6だけ。
<刻印>の発動を打ち消せなかったのが痛いか。あるいは、あえて打ち消さなかったのか。私には知る方法はない。
「ドロー……ッ!」
◆
2016年。『ワンダラーグランプリ2nd』が開催された年。DWとワンダラーをとりまく歴史に、潮目があるとすれば、この年だろう、と私は思う。
昭吾は、見事に日本で一番むずかしい大学の医学部に合格し、医師になる道を歩み始める。ワンダラーとしての活動にも力を注いでいたが、受験期以上に活動は難しくなり、ショップに顔を出す頻度も減っていった。それでも、研究や調整には余念がなく、参加した大会では毎回好成績を残していた。
そして、『グランプリ2nd』。昭吾も参加し、『滅界竜王(ヘル・アンド・ヘブン) ボルハザード』という強力なモンスターを軸にした、この大会の本命(トップメタ)デッキ《除去ボル》を握っていた。
『ボルハザード』は無償で追加ターンをもたらす代わりに、その追加ターンの終わりで敗北する、という劇的な効果を持っている。8マナたまればゲームが終わり、とも言われていた。医学生との二足のわらじをはきながらも、見事に『ボルハザード』を使いこなして勝ち星を重ねる昭吾は、無事に決勝トーナメントに駒を進めた。
関東ブロック1位の白木昭吾と決勝トーナメント一回戦であたったのは、東海ブロック2位の琢磨だった。彼は、愛知県に引っ越していた。久しぶりに大会の場で再会した二人は、軽い挨拶を交わすと、にこやかに握手をして、対戦を始める。
「決勝にはなんかったな、琢磨」
「うん」
しかし、その十数分後。
昭吾は、3ターン目以降、文字通り何もできずに、琢磨に敗北していた。
――ここから先の、黒岩琢磨についての話は、後に彼や他のプレイヤーから聞いた内容か、あるいは有名すぎてワンダラーなら誰でも知っている内容になる。
DWは長い歴史を誇るホビーであり、ブーム第一世代はすでに働き盛りの年齢となっていた。その中の一人であり、現在も現役女性プレイヤーである兵藤紗雪が、2015年初頭、名古屋・大須にカードショップ『カルネージ』を開店する。彼女を慕うワンダラーが集まり、いつしか名古屋のワンダラーたちにとって拠点のような場所となっていたそのショップに、琢磨も頻繁に足を運んだ。
愚直な練習に裏打ちされたプレイングスキルと、カードが自由に買えないがために増やしてきた知識は、周囲を驚かせた。あるいは、要領の良くなかった彼の努力が、5年を経てようやく開花、結実しはじめたとも言えるだろう。
他にも『カルネージ』には、「全裸式ミッドレンジ理論」の古豪、WN(ワンダラーネーム)全裸将軍や、最初の『グランプリ』覇者、桐府田丈など、多くの有力プレイヤーが集まっていた。
場と人材が揃い、琢磨を含む彼らはほどなく、《一生ワンダラー》というチームとして活動するようになる。DWの有名チームとしては、最も早い結成だった。
それは、時を同じくして起こりはじめていた、ゲームとそれを取り巻く世界の、大きな変化の先触れだった。
ゲームはeSportsと呼ばれはじめた。その競技性が注目され、プロゲーマーという職が世間に認知されはじめた。また、動画サイトでゲームのプレイを配信して、視聴者から投げ銭を集めることが普及しはじめた。ゲームを使って金を稼ぐことができるようになった。
SNSが爆発的に普及した。オンライン対戦ツールが公式、非公式を問わず開発され、デッキレシピや流行りの情報は、急速に拡散され、オンライン対戦で大量に試行・検証され、誰もが強いデッキレシピを簡単に知れるようになった。メタゲームの移り変わりは、明らかに加速した。
様々な時代の流れが、ゲームを競技や仕事にすることを可能にした。同時に、競技や仕事としての性質が、ゲームに帯びさせられていった。
結果、勝つためには「集団」の力が必須になった。
たとえばスポーツ。個人競技であったとしても、完全に一人でしか練習しないスポーツ選手がいるだろうか。トレーナーやスポンサー、食事や治療の専門家など、試合で戦う個人の背後には、強い「集団」がいるはずだ。
たとえば企業経営。どれだけ社長が有能だったとしても、一人でできることは限られる。社員を集め、人を雇い、「集団」を作ってこそ、大きな成果を上げることができる。
競技や仕事の領域で、個人が「集団」に勝つことは、不可能だ。
そんなあたりまえの力学が、ゲームにも及ぶようになった。
《一生ワンダラー》は、目的意識を同じくするプレイヤーでチームを組み、内部で練習を重ねた。様々なデッキを、様々な戦術を大量に試行し、情報を共有する。知恵を出し合い、レシピを洗練させる。その質と量は、他のプレイヤーが個人で、あるいは数人の友達同士で行うものとは、レベルが違った。
特に、生活を支えるためにアルバイトをしなければならなかった琢磨にとって、これはありがたかった。ショップの後援もあり、カードもほとんど自由に使えるようになった。いままで彼を縛っていた様々な不足が、チームの仲間とショップにより補われた。
他のプレイヤーに先駆け「集団」の力を手に入れた《一生ワンダラー》。その結果『グランプリ2nd』で何が起こったか、ワンダラーで知らない者はいない。
――再び、2016年。『グランプリ2nd』。
昭吾がなすすべなく敗北したのと同じころ、他の試合でも、《一生ワンダラー》に所属するほとんどのプレイヤーたちが、完封勝利を成し遂げていた。彼らは全員、全く同じデッキレシピで大会に臨んでいた。
――
呪文漁りのチューイー
コスト2 (白)
モンスター
種族:ミニオン
パワー 0
自分のターンの終わりに、自分の墓地にあるコスト1の呪文を好きな枚数、自分の手札に戻す。
――
――
アシッド・レイン
コスト1 (赤)
呪文
すべてのプレイヤーは、自分のマナ領域のカードを1枚選び、持ち主の墓地に置く。
――
互いのマナ領域を破壊する『アシッド・レイン』を、『チューイー』の効果で毎ターン打ち続ける。最短3ターン目から可能になるこのコンボが開始されれば、互いのマナは一切増えず、ゲームは一向に進まなくなる。その中で、『チューイー』側はデッキ枚数を回復する1コスト呪文を唱える。
結果、どうなるか?相手の山札だけが減少していき、何もさせずに試合が終わる。
『チューイー』も『アシッド・レイン』も、2000年代後半に発行されたっきり、絶版になっていたカードだ。いわゆる「ガチ」でないファンデッキとしてのみ、使われたことがある程度のカードたちだ。
《一生ワンダラー》は、この凶悪なデッキを作り上げ、他のプレイヤーに一切漏らすことなく、大会の場に持ち込みんだのだ。
誰も、『グランプリ』にこのデッキが現れるなど、考えもしなかった。だから、誰も対策できなかった。
のちに「ネズミの冬」と呼ばれる『グランプリ2nd』。《一生ワンダラー》と、彼らの持ち込んだ『チューイー』デッキが上位を埋め尽くし、このデッキの考案者である黒岩琢磨が、優勝者となった。
このことで一気に広まった琢磨の名声は、『チューイー』がその後すぐに禁止カードに指定されたことにより、決定的なものとなる。禁止カードを作り出した男。環境に完璧な回答を用意した男。琢磨は全てのワンダラーの憧れの的になった。
一方で、琢磨は何度も《一生ワンダラー》のチームとしての功績を強調し、ワンダラーたちはこぞってチームを組み始めた。
それはDWにも、競技と仕事の力学がもたらされ――情報戦と「集団」の力が物を言う世界になったことを意味していた。
そこに、個人のカリスマでワンダラーの代表であろうとした《ワンダラー王子》の居場所はなかった。
昭吾はそれきり、大会にもショップにも、姿を見せなくなった。
◆
「あんたにわかるか、昭吾」
「あ?」
「子供の頃、小遣いもろくにもらえずに、カードショップの10円ストレージを漁るしかデッキを組む方法がないことの惨めさが」
ドローしたカードを手札に加えつつ、同時に昭吾に問う。
「なんの話だよ」
「バイトに時間をとられて、生活に金をとられて、大人になっても満足にカードを買えない辛さが」
昭吾は長い足を貧乏ゆすりしながら、いらだたしげに言う。
「だからなんの話だっつってんだよ!」
「それでも、あんたに『ワンダー』を教えてもらって。プレイしてる時は、みんなと同じで、あんたともゲームの中では対等で、そんなこと忘れられてたんだ。それが楽しくて、僕にはそれしかなかったんだ」
琢磨は、手札のカードをシャッフルし、弾くような音をたてながら、続けた。
「毎日毎日、学校やバイト以外の時間はずっとDWをやった。寝る間も惜しんで、その時だけはいろんなことを忘れられた!あんたからしたら、『狂ってた』のかもしれねえけどよ!それしかなかったんだよッ!」
彼は語気を荒げた。私の初めて見る顔だった。
「それしかなかったから、それで狂えたから、狂うしかなかったんだよッ!そりゃあ楽しいこともあるよ、でもそれだけなわけないだろうが!運良くプロになれてからも、毎日毎日考えてた!これから先どうする?勝てなくなったらどうする?DWが終わったら?病気でゲームができなくなったら?来年のことすら見通しが立たない!ゲームで食ってるやつなんてほとんどいなかったから相談もできない!毎日毎日毎日将来に不安だった!!あんたにそれがわかるかって聞いてるんだよ!!」
「うっっっせえなあッ!!」
昭吾が乱暴に机を殴った。
「それで勝ち組になってんのが気に食わねえんだよ!!ゲームだぜ?!なんでゲームだけやってきて、ゲームだけに人生捧げられて、ゲームに狂ってるやつのほうが!!有能みたいに扱われて、持ち上げられて、好かれて、慕われて、稼いで、『ちゃんとしてる』ふうになってんだよ!!ただゲームが強いってだけで、なんでもかんでもよぉッ!!!」
たまらずジャッジの一人が笛を吹いた。両者に警告が一つ加算される。観客たちは、その甲高い音で正気を取り戻したように、ざわつき始めた。ここまで舌戦が繰り広げられることなど、今までなかったからだ。
警告を受けた琢磨は、大きく一つ深呼吸をする。そしてゆっくりと、プレイを再開した。
もう、終わらせよう。琢磨がそう呟いたような気がした。
「『ヒラメキ・プロジェクト』。『オリオティ』を破壊し、コストが1大きいモンスターが出るまでデッキをめくって、それをマナを支払わずに召喚する」
デッキの一番上から順にめくっていく琢磨。『オリオティ』のコストは3、つまりコスト4のモンスターが召喚されることとなる。
「『天変地異(インバーター) ザ・ドゥーム』を召喚」
――
天変地異(インバーター) ザ・ドゥーム
コスト4 (黒)
モンスター
種族:デーモン
パワー 500
全てのプレイヤーは、自分のデッキと墓地を入れ替えてもよい。
――
「ハァ?!」
いきなりデッキから飛び出した黒のカードに、昭吾は叫んだ。
通常、モンスターを召喚したり、呪文を詠唱したりするには、マナ領域に同じ色のカードを置く必要がある。白と青で構成される琢磨のデッキから、黒のカードが現れることは、観客にとっても予想外と言えた。まして、あの『グランプリ2nd』まで、常に白と青の二色のデッキと、数年間対戦しつづけていた昭吾にとっては。
「てめえ、それじゃあ!」
「『ザ・ドゥーム』の効果で、デッキと墓地を入れ替える……そして、『地の果てのオラクル』召喚。これで、ぴったりコストは6だ」
――
地の果てのオラクル
コスト3 (青)
モンスター
種族:ストーリーテラー
パワー 1000
召喚時、デッキの上から5枚を見る。デッキの全てのカードを見たなら、自分はゲームに勝利する。
――
『クリスタル・エナジー』などの、墓地のカードをデッキに戻すカードを多用していたため、『ザ・ドゥーム』が着地すれば、墓地とデッキは入れ替わり、デッキの枚数はぴったり5枚となる。
「『地の果てのオラクル』の効果で、デッキの全てを見通す……僕の勝ちだ」
必殺のコンボ。通称、《天地返し》が決まり、あっけなく二本目が終了する。
《天地返し》デッキは、2つのコンボパーツの色であり、ドローと妨害に長けた青、墓地の操作に長けた黒をベースに作られることが一般的だ。そして、琢磨が1本目で見せた公開情報にはどこにも、このコンボを予見させるものはなかった。なかったはずだ。
「全部、サイドボードから……ッ!」
「昭吾」
琢磨はカードを片付けながら、冷ややかに告げる。
「ドローソースに『クリスタル・エナジー』を採用している時点で、《天地返し》は警戒できたはずだ。《黒青天地返し》が、つい最近、《白黒青》構成が主流になっていったことも」
「だからって、サイドボード15枚のうちの8枚も使って」
「10枚だ。『ヒラメキ・プロジェクト』も入れて10枚。誰でも考えつくことだ。実行するかは別にして……だから、昭吾。あんたなら気づけたはずだ。『マーガレット』を優先して、コンボを遅らせることができたはずだ。目先の派手な《インビン砲》に逃げないで、泥臭くやってれば……」
再び一つの束にしたデッキを、トン、とテーブルにあてて揃えながら、琢磨は背を伸ばし、昭吾を見下ろした。
「僕が『狂ってた』から勝ったんじゃない。あんたの『ワンダー』への思いが、結局その程度だから、あんたは負けたんだ」
次の瞬間、昭吾は琢磨を殴っていた。
ワンダラーグランプリ4th 決勝
白木昭吾 対 黒岩琢磨
○ ×
× ○
◆
2018年。
琢磨がカードショップと契約し、DW初のプロゲーマーとなって、1年が過ぎた。彼は《一生ワンダラー》の中心となり、強豪プレイヤーを率いるようになっていた。
『グランプリ3rd』でも琢磨が優勝したものの、チームで再び上位を席巻、とはいかなかった。『グランプリ2nd』以降、札幌、仙台、大阪、福岡……そして多くのプレイヤーを擁する東京各地に、われも続けとばかりに沢山のチームが出現し、競技としてのDWに打ち込んでいたからだ。
ルールが1本先取から2本先取へと変わり、競技としても史上最高レベルといわれた激戦の中にも、しかし、昭吾の姿はなかった。
「美浜さん」
2019年。年号が変わるか変わらないかの頃。その日、ショップの店長となっていた私に、懐かしい声が聞こえた。琢磨が、久しぶりに秋葉原来ていたのだ。
「ああ、琢磨くん……なんて、もう気安く呼べないな」
「いいですよ、別に。そういうの疲れるし」
琢磨は相変わらず着飾らない格好だったが、21歳になった彼は、随分立派になったように見えた。
私は部下にレジをまかせ、DWのパックを開封する彼と、少し話をした。東京を離れてからのこと、結成したチームのこと、『グランプリ2nd』や『3rd』のこと、プロゲーマーになったこと。中学生のころはぴったりだったデュエルスペースのチャチな椅子は、今では少し座るには小さそうだった。
「それで、今日は何しに来たの?昭吾と待ち合わせとか?」
私が何気なく聞くと、琢磨は表情を曇らせた。
「『2nd』以来、連絡とれてないんです。……昭吾のことだから、きっと医者になる勉強で、『ワンダー』なんかやってる場合じゃないんだと思うけど」
「そう……私もずっと見てないな」
「そうですか」
そして、『トレジャー』に就職が決まっていることを、私に話した。「今年から?」と聞くと、彼は首を振った。
「就職すれば、プレイヤーとしては引退だから。最後に、昭吾と戦いたいんです。だから、来年の『グランプリ4th』が終わるまで、入社は待ってもらいました」
彼の目は、静かな決意を秘めているようだった。
「昭吾は、僕に『ワンダー』を……全てを教えてくれたんだ。今の僕がいるのは、昭吾のおかげなんだ。だから、最後に戦いたい。一番大きな舞台で……もしまだこの店に来ているようなら、それを伝えてもらおうと思ったんです」
琢磨は荷物をまとめ、私に頭を下げた。
「力になれなくて、ごめんね」
「いえ、昔の話もできて、楽しかったし。それに」
常にゲームの展開を予期するように、彼は確信していた。
「昭吾は来ますよ。『ワンダー』が好きだから」
翌日、彼は『トレジャー』への就職、プロゲーマーとしての引退、そして『グランプリ4th』が最後の大会になることを公表した。
それは、一種の宣戦布告であり……彼なりのメッセージだったのだと思う。
その後、また別の日。
「美浜さん」
私は振り返る。白木昭吾が、そこにいた。この店に入り浸っていた頃と同じく、長身で美形……完全に違ったのは、およそ余裕のようなものが、彼から消え失せていたということだ。どこか手負いの獣のような、獰猛性すら感じさせる雰囲気だった。私は思わずたじろいだ。
「しょ、昭吾くん。久しぶりだね」
「ああ、カードなんてずっとやる余裕なかったからな……医者になるってのは、随分面倒でさ……ここ、タバコは?」
「ずっと禁煙だよ」
そうだったか、とタバコの箱をシャツの胸ポケットに押し込みながら、店内を見渡す昭吾。私の記憶がただしければ、22歳。医学部の4年生になると思う。
「覚えてるか?うちのクソ親父が、店に怒鳴り込んできて……俺はなんにもできずに、首根っこ掴まれて連れて行かれた。医者になんかならねえ、ずっと『ワンダー』だけやってたいって駄々こねた結果があれだ……」
昭吾は、店のカウンターにひじをついて、私がなにか尋ねる前に喋り始めた。
「あ、ああ……」
「だから俺はあの時決めたんだよ……俺は一番の『良きワンダラー』になるんだって。医者だって良い仕事さ、人を救って、人から尊敬される……俺ならそれができると思った。良い人間であり、良いワンダラーになる。それで親父も見返すってな……。でも、『2nd』で、全てが変わった……終わったんだよ。わかるだろ?一人で活躍して、勝って、そういう夢が全部終わったんだ。しかも、琢磨がだぜ、フフ、あの琢磨が、チームでよ……フフ」
彼が『2nd』以降全く表舞台に姿を表していないことは、私も知っていた。琢磨がこの店に来た話をしようと思ったが、危険を感じて、やめた。それほどに、昭吾のどこかが決定的に変質しているのが、私の目から見てもわかった。
「結局俺は『ワンダー』を休止して、勉強に集中した。でも結果は医学部で落ちこぼれ、卒業の見込みナシで退学だ。親に学費を打ち切られた……それだけで、どうにもならなくなるんだ。俺にはなんにもできなかった。なんにも残らなかった……親父まで『プロゲーマーとやらになってたほうがよかったんじゃないか』とか抜かしやがってよ!」
『人生はワンダーと同じ、リソース配分が全て』。そう言っていた彼自身の言葉が思い出された。医師とワンダラー、2つの道での挫折によって、彼が自分に課していた『良きワンダラー』でありたいという思いが、彼自身を打ち砕いたのだろう。
「そのへんからおかしくなったよな……なんつうか、世の中がよ……。ゲームが強いやつが偉くてすごくて稼げる……それって本当に正しいと思うか?」
ドン、と店内に音が響いた。昭吾がカウンターを殴った音だった。
「俺は『ワンダー』が好きだ、だからこういう人生を選んだ……『ワンダー』だけやって、『ワンダー』が強いのが正しいっていうならよ……俺の人生、間違ってるみたいじゃねえかよ。間違ってねえってことを、証明しなきゃいけねえんだよ。琢磨をブッ倒してな……あいつ、舐め腐って引退宣言までしやがって……そんなにゲームに狂ってるのが偉いってのかよ……」
昭吾はそう、ぶつぶつと言いながら、幽鬼じみた動作でポケットからクレジットカードを取り出し、カウンターに投げた。
「環境デッキ、全部くれ。『4th』で、琢磨を殺す」
もちろん、彼は人殺しなどしないだろう。しかし、その言葉は、嘘をついているようには聞こえなかった。
白木昭吾と黒岩琢磨。二人の関係性もまた、2016年を境に、決定的に変わってしまったのだった。
◆
試合は中断され、琢磨は救護室へと運ばれた。昭吾は別の部屋へと連行された。そして、ジャッジ全員とスタッフで、昭吾への対処について会議していた。
「いや、普通に考えて白木は失格でしょう。手を出したんだから」
「それはそうだけど、総合ルールに『対戦相手を殴った場合』なんてないからなあ……一番重い失格処分にしていいものか……ていうか、普通に総合ルールじゃなくて刑法の領域でしょこれ」
実際、マッチロス及び失格処分……試合には負け、今後もDWの大会に出ることはできない……それが妥当だろう、とは思う。ルールの運用としてもそれで問題ない。終了後、警察にも連絡する。それでいい。いいのだが。
「対戦させてください。お願いします」
会議室の入り口から声がした。琢磨だった。左頬を冷やしている。
「琢磨くん?!大丈夫なの?」
「救護室の人が、そこまで重症じゃないって。だから、お願いします。殴られたのは、僕が昭吾を挑発したからなんです」
「いや、気持ちはわかるけど、でも今処分について検討中で」
まさか殴られた本人から、そのような言葉が出るとは思っていなかったため、私は困惑した。しどろもどろに対応していると、さらに琢磨の後ろから声がした。
「こんな終わり方で、お客様が納得するわけないでしょお。《爆速》と《ワンダラー王子》の、4年ぶりの試合だよお?」
「しゃ、社長……」
『トレジャー』の社長がいた。恰幅のいい社長は、琢磨の肩を叩いて、会議室の椅子に座らせた。
「琢磨クンはうちの社員になるんだよ?んで、インフルエンサーとしてバリバリ露出してもらうわけ。そんな彼の引退試合が、キレた対戦相手に殴られて不戦勝で三連覇、なんて最悪でしょ。ちゃんと勝ってもらわないといけないわけ」
「それはわかりますが、しかし」
私はヘッドジャッジとして反論しようとする。
「ああ、いっとくけど、僕が琢磨クンに言わせてるんじゃないからね?僕が頼み込まれて、君等のいる場所を教えたわけ。まったく、すごいタフネスだよねえ」
「……わかりました。検討します」
私はため息をついて、他のジャッジと調整にかかった。
「……ということで、白木昭吾。君はさきほどの行為で、失格処分が決定しました。今後、あらゆるDW公式大会に参加できなくなります」
「……ああ」
昭吾が連れて行かれた部屋は、本来使用を想定していなかったため、備品や用具が山積みされた倉庫のようになっていた。私は、他のジャッジとともに、決定を伝える。
彼は、椅子に力なくもたれ、呆然としている。初めて見た時から先程の試合中まで、良かれ悪しかれエネルギーに満ちていた彼を見てきた私には、これも初めて見る表情だった。
無理もない。『良きワンダラー』から最も離れた行為を、彼は自分で犯してしまったのだから。
「しかし、失格処分が発効されるのは、今日の午後5時ということになりました」
「……え?」
「通常は、失格処分とマッチロスはセットだけど、この2つは総合ルールの別の項目で扱われるため、別々の裁定が可能で……君ぐらい頭のいいカードゲーマーなら、なんとなくわかるでしょ」
「つまり……どういう……?」
「決勝、3本目。君には、対戦の席につく権利がまだ残っている、ということ。」
パイプ椅子を倒しながら、昭吾は立ち上がった。
「なんでだよ!俺は、あいつを……琢磨を殴ったんだぞ!そんなの……」
ワンダラー失格だ、と自分で言おうとして、すでに失格の処分が言い渡されていることを思い出したのか、昭吾は口をつぐんだ。私は彼を再び座らせる。
「もちろん、そう思うなら棄権することもできる。君が仮に戦って勝ったとしても、午後6時の表彰式の時点で、君はすでに失格となっているから、優勝はありえない。ここまで、理解しましたか?」
昭吾はうなずき、握った拳を見つめながら、声をこぼした。
「じゃあ、何で」
「いろいろと理由はあるけど。一番大きいのは……黒岩琢磨から、3本目を戦いたいという、強い希望があったからです」
昭吾は、はっとした様子で、私を見た。彼のデッキを手渡す。ぴかぴかの2重スリーブに入った、あわせて65枚のカード。
「私は、自分ではカードやらないけど。大事なものでしょう、デッキ」
昭吾は無言でうなずき、それを受け取った。
「カードショップやってる私が言うのもなんだけど、この小さなカードに、そんな魅力と価値が生まれるのって、不思議な話だよね。みんな夢中になって、人生の大事な一部分になって」
「……ああ」
昭吾はデッキを握りしめ、立ち上がった。
「でも、これだけじゃねえ。これだけじゃ、ただの紙束だ。どんなカードゲームの説明書にも書いてある。カードで遊ぶには……対戦相手が要るんだ」
◆
DWのデッキは、メインデッキが50枚、サイドボードが15枚で構成される。同じカードは4枚しか入れることができない。強すぎるカードはデッキに入れるのを禁止されたり、枚数を制限されたりする。デッキを構成するカードの色を増やすほど、その分色々なカードを採用できるが、反面マナ領域の安定性は低くなる。
様々な制約があり、だからこそワンダラーは心血をそそいでデッキを組む。一枚一枚のカードを吟味し、時に他のレシピを模倣し、時に遊び心を加えてみたりして、自分の好きな、一番強いと思うデッキを作り上げる。
経験、知識、思想、信条、そして願望。どれだけ込めようと思っても、デッキの枚数制限は全てのワンダラーに平等だ。それは、見方によっては、様々な条件の中、時間だけが全員に平等に与えられる人生を、どう生きるかということと同じかもしれない。
1993年、リチャード・ガーフィールドが『マジック:ザ・ギャザリング』を作って以来、多くの人間を、ただのカードが虜にしてきた。
カードショップのデュエルスペースで。友達の家のカーペットの上で。砂でざらつく公園のベンチで。カラオケ店の狭い個室で。落書きだらけの学校の机で。対戦ソフトのつなぐネットワーク内で。カードゲーマーたちは戦ってきた。己の生き様を注ぎ込んだ、デッキとともに。
そして、ここでも。二人の男がデッキを携え、対峙する。
「……昭吾」
「……殴って、悪かった。ごめんな」
「うん」
「俺はワンダラー失格だ」
「……」
「お前が、試合できるように言ってくれたんだって?」
「うん」
「本当だったら、のこのこ出てくるのも、許されないことなんだけどな……」
「……」
「でもさ……試合ができるって聞いたら、最初に思っちまったんだ」
「うん」
「勝ちたい、ってさ……謝りたい、恥ずかしい、逃げ出したい、情けない、悔しい……全部思った。でも、最初に思ったのは、勝ちたい、だったんだ」
「うん」
「なんでだろうな。ワンダラーの資格も失って、最悪の醜態晒して、勝ったってなんにもならないのに。でも、俺は。琢磨、お前に勝ちたいって、思ったんだ」
「うん」
「ありがとうな、琢磨……俺は、ほんと、どうしようもないとこまで来ちまったけど。それでも、このままじゃ、終われない、終われないんだよな」
「うん」
「……琢磨」
「うん」
「デュエルしようぜ」
「……うん!」
たかがカードゲームの、たかだか5000人の、物好きな人間の頂点に立つ者を決める試合。賭けるのは、命でも、金でもない。己の人生、互いの二十数年の生き様。結果、どちらかが勝ち、どちらかが負ける。
であれば、この対決は――まさしく、「殺し合い」と呼ぶに、ふさわしいだろう。
■■3本目■■
サイドボードの入れ替え後、じゃんけんの結果、再び昭吾の先攻で始まった3本目。
すでに決勝が終わったと思ったのか、観客たちはいなくなり、次に開催される女児向けゲームのステージを待つ親子連れがまばらにいる。
1本目と同じく『ドラゴンズ・ゾーン』からの展開を狙う昭吾だったが、琢磨はこれを打ち消す。しかし、続くターンに『シンシア』が着地し、2枚めの『ドラゴンズ・ゾーン』が手札に加わる。同時に、めくった3枚の中にあった『スタン・ピード』よりもそのカードを選んだことから、昭吾の手札にはすでに『スタン・ピード』があることが、琢磨にはわかるだろう。
舌戦の応酬となった2本目とは違い、展開は静かなものだった。
「なあ琢磨。お前が『ワンダー』始めてから、今年で10年になるよな」
「そうだね」
「最初はただ、面白いゲームで遊んでただけだったのに……10年以上やってると、ずっとそうじゃいられねえもんだな」
「なんだってそうだ。人生のうち半分近く、いっしょに過ごしてたんだから」
琢磨は呪文『ブレイン・マジック』を使い手札を増やして、引き込んだ『オリオティ』を召喚する。コスト軽減からの最速『スタン・ピード』を封じ、同時に、放置すれば2本目と同じ勝ちパターンを可能とする、攻防一体の手だ。
「させないぜ。『マジ・マンジ・ドラゴン』召喚だ」
昭吾は、自身の『シンシア』を巻き込み、『マジ・マンジ・ドラゴン』の効果で小型モンスターを全て破壊する。そのまま攻撃し、強力な攻撃が琢磨のライフの1/4を削る。
「別に、俺がクソみたいな人生になったのは、お前のせいじゃねえ。そんなことぐらい、俺もわかってたはずなんだよ」
「ライフの減少により、<反撃>で『反駁:スパイラル』を詠唱。『マジ・マンジ・ドラゴン』を手札に戻す。……まだ、人生終わったわけじゃないでしょ」
「そうかな……そうかもな」
盤面をクリアされ、昭吾はターンエンド。琢磨は《ドロー・ゴー》で即座にターンを返す。
昭吾は手札から、『ステゴロ河原の決闘』という名のデュエルフィールドの展開を試みる。《天地返し》による特殊勝利を妨害するメタ・カードを、琢磨はほんの少し手を止めてから、打ち消した。
「だとしても。だとしても、だ」
昭吾は余ったマナで『ドラゴンズ・ゾーン』を詠唱。ほとんどマナを使い切った琢磨には打ち消し手段はなく、昭吾のマナ領域は7枚まで伸び、琢磨に大きく先行する。
「何でだろうな!ここでお前をぶっ倒さなきゃ気がすまないんだよ、琢磨ァ!」
それが意味するのは、切り札『スタン・ピード』の召喚が可能ということ。必殺の間合いだ。
「お前を殴って、《ワンダラー王子》は死んだ。ただの負け犬の白木昭吾として、お前に勝つ!」
昭吾は笑った。必死さがある、しかし、あの頃のような不敵もがある。たった一枚のカードで、全てをひっくり返そうとする男の顔だ。
「ドロー、マナ補充。エンド……やってみろ」
琢磨も笑う。その表情の裏で、昭吾の行動をシャットアウトする手順があることを確信している。ターンが回る。『大法廷』はない。
「ドロー、マナ補充。『スタン・ピード』を召喚して攻撃だ!」
昭吾は手札を1枚をマナ領域に置いてから、最後の手札を使って召喚した。召喚は打ち消されず、しかし琢磨は竜将を野放しにする気はない。
「対応して、<即応>召喚。『氷の機械神(アークティック) ヌース・フィヨルド』。効果で墓地から、『反駁:スパイラル』を詠唱。『スタン・ピード』を手札へ」
またしても戦場から放逐される巨竜だが、攻撃した時の効果はすでに発動している。それだけで十分な脅威となるのが「一番強いデッキ」の恐ろしさだ。
「来いっ!『スタン・ピード』!」
攻撃時効果により、デッキの1番上のカードを公開して、ドラゴンであればコストなしで召喚する。琢磨の呼びかけに応えるように、デッキから2枚めの『スタン・ピード』が飛び出した。
「……っ」
琢磨がわずかに苦笑いした。おそらく対策はあるのだろう、だが、支払わせるものは大きいはずだ。
「攻撃!」
琢磨がマナの全てを支払って召喚した氷の巨大機械は、パワーでいえば『スタン・ピード』と互角。そのまま行けば相打ちだ。しかし、昭吾は止まらない。
「攻撃時効果、デッキトップを公開する……こいつだ、『招集の炎(ドラグハート) ストライク』!召喚時効果で、自身を破壊して手札からドラゴンを召喚する!もちろん、『スタン・ピード』だ!」
パワー2500の強烈な攻撃が琢磨のライフに突き刺さる。もはやライフは半分もない。その上、二匹目の竜将が、悠々と無人のバトルゾーンに降り立った。
「強いな、昭吾は」
劣勢の琢磨のつぶやきには、それでも嬉しそうな響きがあった。
「僕のなりたかった昭吾だ」
――そんなことを、以前私のショップに来た時にも、彼は言っていた。
人気者で、カリスマがあり、いつも皆の中心だった昭吾。《一生ワンダラー》を組んで、多くの人の中心となって活動したり、様々な媒体で情報の発信を行うようになって、はじめて昭吾のすごさがわかった、と。琢磨にとっては、やりがいのある事ではあったが、同時にどうしても、集団の中心になったり、人前でふるまうことは気が重かったようだ。
琢磨の中では、ずっと昭吾は、あの頃彼を『ワンダー』に誘って、導いてくれた時の昭吾のままだったのだろう。彼のアドバイスを守り、自分の中の昭吾を追って、ここまできた。だから、引退前の最後の試合。
白木昭吾を倒さなければ、終われない。
「ハ、俺になりたかった?」
昭吾は自嘲気味に言う。そして、言い返したその言葉を、反芻しているようだった。
「なりたかった……か。ああ……俺は、今のお前みたいに……なりたかった。なりたかったよ」
昭吾の家にどんな事情があり、どんな確執があって、彼があの時拒んでいた医者への道を歩んだのか、私は知らない。しかし、そうせねばならない理由があったのだろう。結果的にそれは報われないのだが……それをはねのけ、好きだった『ワンダー』に全力を注いでいれば……あるいは彼にも、琢磨のように好きなことを仕事にして、生きていく道があったのかもしれない。
「ああ、だからこそだ。だからこそお前を、ここでぶっ殺さないといけねえッ!『スタン・ピード』で攻撃ッ!!」
だが、そうはならなかった。自らの進めなかった、選べなかった道に決着をつけるため。
黒岩琢磨を倒さなければ、終われない。
「デッキトップを公開……来い、『バイナグール』!!これでパワーは倍だ!どう防ぐっ?!」
デッキの一番上には、『バイナグール・ロード・ドラゴン』がいる。驚異的な引きだった。場にいる間、今まさに琢磨のライフを削り取ろうとする『スタン・ピード』を含め、全てのドラゴンのパワーを倍に増加させる常在効果を持つ。
「ぐっ、そんなカードまで!」
「俺なら、一番いいタイミングでこいつを引ける!だから入れた!」
「強すぎるだろ!」
効果により、『スタン・ピード』のパワーは5000!さらに、『バイナグール』自身のパワーも5000に到達するため、どちらかでも攻撃を通すことは、琢磨にとって死を意味する。
さすがにここまでの展開をされると、琢磨も動かざるを得ない。
「このターン、4体のモンスターが召喚されたことで、<反撃>条件を達成。<反撃>詠唱!『天罰:跳梁の報い』、モンスターを1体破壊。対象は『バイナグール』!」
厳しい条件を達成した重量破壊呪文が、『バイナグール』を焼く。『スタン・ピード』のパワーは再びもとに戻る。そこを『ヌース・フィヨルド』がブロックし、相打ちとなった。昭吾の、全ての手札を使った長い攻撃が終了し、盤面には攻撃の終わった『スタン・ピード』1体が残った。
「ターンエンドだ」
「……僕のターン。マナ補充、ドロー」
マナ領域に置かれたカードは、黒の『インバーター』。これで7枚であり、青と黒のカードがマナ領域に揃ったことで、《天地返し》が可能になる。そして、マナ領域にそのカードを置いたということは、すでに手札にコンボパーツの片方があることを示していた。
しかし、ゲームは終わらなかった。墓地にあるカードは7枚。最後のドラゴンが『バイナグール』でなければ、墓地は5枚に収まり、琢磨が勝っていたはずだった。
「『追放者 ケンスキー』召喚。召喚時効果で『スタン・ピード』をプレイヤーの山札へ。『クリスタル・エナジー』。墓地から6枚をデッキに戻し、2枚ドロー……」
琢磨の手札は潤沢。普通に考えれば、打ち消しや除去などで持ちこたえるには余裕があるはずだ。次のターンが回ってくれば、ほぼ確実に琢磨の勝ちとなるだろう。
対して昭吾の手札はもはや0枚。盤面も更地。圧倒的な劣勢と言えた。
「ねえ、昭吾」
「あ?」
「1本目のとき、聞いたよね。なんで僕がずっとコントロールデッキを使っているかって」
ターンエンドを前に、琢磨は昭吾に言う。
「ああ……まあな」
「ゲームは、長いほうがいい。いっぱい遊べるし、こうしてやりとりもできる」
「そんな理由かよ」
昭吾は呆れたように笑った。
「でも、もう終わりそうだな、この試合も」
「ああ、あんたの最後のターンだ、昭吾。ターンエンド」
「……いいや」
瞬間、琢磨の視線が動いた。目の前の盤面に違和感を覚えたような、そんな動き。そして私も気づく。――なぜ昭吾の手札は0枚なのか?なぜマナ領域を8まで伸ばしたのか?
「まだだぜ、琢磨。あと2ターン、つきあってもらうッ!」
昭吾の手が、祈るような仕草をしてみせた。天井からの照明が、掲げた手を逆光に光らせる。
「俺のターン、ドロー!!」
勢いよくカードをドローする!
「来たぜ、俺の切り札ッ!」
そしてそのモンスターを、盤面に叩きつけた!
「『滅界竜王(ヘル・アンド・ヘブン) ボルハザード』ッッ!!」
――8マナ貯れば終わり、そう言われた時代があった。「ネズミの冬」で、昭吾が使っていたカード。最後の相棒に選び、琢磨に見せることなく敗退したカード。『ボルハザード』が、ついに『グランプリ』のテーブルに降臨した。
――
滅界竜王(ヘル・アンド・ヘブン) ボルハザード
コスト8 (赤・黒)
モンスター
種族:フレイムドラゴン、ダークドラゴン
パワー 2500
召喚時、自分の他のモンスターを全て破壊する。その後、追加のターンを得る。そうして得た追加のターンの終了時、自分はゲームに敗北する。
――
「『ボルハザード』ッ?!ありえない!」
琢磨は声をあげた。通常、《スタンピード》デッキには『ボルハザード』は入らない。『スタン・ピード』の効果は強制だ。『ボルハザード』がめくれれば、状況によっては自殺行為になってしまうからだ。
「言っただろ!俺のデッキのドラゴンたちは、一番いいタイミングで来てくれるッ!」
「ははっ、なんだそれ!ふざけんなよ!」
「『ボルハザード』で攻撃!」
「『ケンスキー』でブロック!」
その攻撃は当然、モンスターの壁でブロックされる。攻撃できるモンスターはもういないので、昭吾のターンは終わりだ。
そして、昭吾の追加ターン。最後のターンが回ってくる。その結果にかかわらず、これで『グランプリ4th』は終わる。
昭吾の、豪運と言っていい引き。運命力。彼は『死んだ』と言っていたが、《ワンダラー王子》の魅力は、まさにそういうところにあった。
一方で、琢磨は運が悪い方だった。今だって、『ボルハザード』を打ち消せれば、ほぼ勝ちだったのだ。しかし、だからこそ、その中で磨かれた対応力が、彼をここまで押し上げたとも言える。今も、琢磨は諦めていない。
「俺のターン。マナ補充、ドロー……ッ!」
昭吾の手札は、今引いた手札のたった1枚。対して琢磨の手札は4枚。琢磨の守りを突破して、ライフを削り切ることができるか。攻防が始まる。
「行くぜ琢磨ァ!」
「……来い!昭吾ッ!」
「『スタン・ピード』を召喚!通るな!?」
「通す!」
「『ボルハザード』で攻撃!」
「ライフで受けるッ!」
「『スタン・ピード』で攻撃!攻撃時効果、デッキトップを公開……『無双剣豪 マーベラスジャック』を召喚!」
「懐かしいカードだな!」
「今でも強いんだよ!『マーベラスジャック』の召喚時効果で、自分のドラゴン1体を再度攻撃可能に……対象は『スタン・ピード』!」
「効果処理は終了?なら、攻撃タイミングで<反撃><即応>召喚。1コストで『霧妖精ダイヤモンド・ダスト』。『スタン・ピード』をブロックだ」
「じゃあ『ダイヤモンド・ダスト』は破壊だな」
「待って。ブロック時に、手札から<忍術>で『異次元NINJA ワームホール』を召喚。『ダイヤモンド・ダスト』と入れ替える。『ワームホール』の召喚時効果で、1枚ドロー。そしてブロック」
「壁が増えやがったな。もう一度『スタン・ピード』で攻撃だ!デッキトップは……『冥竜ニグ=ガージュ』!召喚時効果、自身を破壊して墓地から『スタン・ピード』呼び戻す!」
「攻撃タイミングで、再度『ダイヤモンド・ダスト』を<反撃><即応>召喚、『スタン・ピード』をブロック!」
「『天罰』はねえみたいだな!運がない!」
「もとからだ、あんたと違ってな!だからこんな状況ぐらい、何度も想定して練習してきた!ブロック時呪文詠唱、『ヒラメキ・プロジェクト』!ブロック中の『ダイヤモンド・ダスト』を生贄に、コストの1大きいモンスターを呼び出す……『地の果てのオラクル』!召喚時効果を使用……ブロックは成立し、モンスターは残る!」
「やるじゃねえか!だが『スタン・ピード』がもう一体いるぜ!同じ3コストでも、『オリオティ』だったら『スタン・ピード』も妨害できたのにな!」
「いや、これでいい。僕のデッキだって、昭吾に負けないぐらい強いんだ!見せてやる!」
「見せてみろ!俺のデッキが最強だ!墓地から蘇った『スタン・ピード』で攻撃!デッキトップは……『新陰竜 残月』!召喚時効果で『オラクル』を破壊だ!」
「……『オラクル』破壊まで、通す!」
「だったら、総攻撃で俺の勝ちだなァ!琢磨ァアアアアアアアアッ!!!」
「昭吾ォオオオオオオオッ!!!!させないっ!」
琢磨の手札は残り3枚。ターンの最初から動いていない2枚は、《天地返し》のコンボパーツだろう。破壊や打ち消しを行えるのであれば、すでにしていたはずだ。
軽量モンスターを<即応>召喚して壁にしても、両方を防ぐことはできない。2体のドラゴンのパワーは、どちらも琢磨のライフ残量を上回る。攻撃を通したら負けだ。
そして、残りのマナは2のみ。琢磨に何ができるだろう?
「呪文詠唱、『ブレイン・マジック』!デッキから2枚引き、1枚をデッキボトムへ!」
「それで何になるッ!お前のマナはもう尽きた!『天罰』でも悪あがきに唱えてみるか?!」
琢磨の手が、デッキからカードを引いた。昭吾のように祈る動作はしない。未来はすでに、見えているからだ。
「忘れたのか昭吾、僕はすでに『オラクル』の召喚時効果で、山札を見ている!」
「何だとッ!」
「あんたの場には『ボルハザード』『スタンピード』2体、『マーベラスジャック』『残月』の5体!全てコスト5以上!<反撃>条件達成だ!」
昭吾は思い出す。彼がお気に入りと語っていたカードを。
「『アイスウィング・グリフォン』を<反撃><即応>召喚ッ!!『残月』をフリーズ、『スタンピード』をブロック!!」
冷たい氷の翼が、2体の竜を阻む。昭吾の場に、もう攻撃できるモンスターはいない。
「決着だ、昭吾」
「ッッッッアアアアア!!!」
昭吾は慟哭する。試合が終わる。目を閉じ、天を仰ぐ。
そして、琢磨の方を向くと、笑って手を差し出した。
それは投了を意味する。
「……ありがとうございました」
「ありがとうございました……っ!」
昭吾と琢磨の、長い長い戦いが、終わった。
ワンダラーグランプリ4th 決勝
白木昭吾 対 黒岩琢磨
○ ×
× ○
× ○
優勝:黒岩琢磨
(なお、準優勝者失格のため、以降の順位は繰り上がりとなる)
「ねえ、昭吾」
試合を終え、ステージの裏に向かう道すがら。琢磨は、昭吾に聞いた。
「楽しかった?」
昭吾は涙を拭って、答えた。
「ああ、楽しかった。最後にお前とデュエルできて、よかったよ」
「そう……よかった。僕も、楽しかった」
どんなゲームでも。競技だろうと、ただの遊びだろうと、どれだけ時代や物や媒体や、性質が変わろうと、全てに共通する勝利条件が、ひとつだけある。
楽しむことだ。
全てのゲームは、楽しむために作られているのだから。
◆
2021年。
私のカードショップは、子どもたちと引率の親でごった返していた。
『グランプリ』を3連覇し、『トレジャー』に就職した黒岩琢磨が、DWの新しいパックのプロモーションイベントのために来ているからだ。初心者へのティーチングを主にしたものだ。キャッチコピーは『良きワンダラーたれ』。
「えー、それじゃあみんな、席について!今から『10面打ちエキシビジョンマッチ』を始めますよー!1,2,3……あれ、一人いないな」
琢磨一人対、抽選で選んだ10人の子供たち。子供たちのうち1人でも勝てば、商品のパックが倍に増えるというものだ。しかし、どうも人数が足りない。
見れば、女の子が一人、デュエルスペースの隅にいた。抽選に当たった子の顔は覚えている。緊張したのか、せっかく当選したのに、泣きそうな顔になっている。
「ねえ、君、『ワンダー』やるんでしょ」
テーブルの反対にいた琢磨が、彼女に歩み寄り、かがんで話しかけた。
「……いいの、どうせ負けちゃうし」
「デッキ、作ってきたんだよね?」
女の子の手には、淡いブルーの輪ゴムでくくられたカードの束がある。
「勝っても負けてもいいじゃない。君がいなきゃ、そのデッキは生まれなかったんだぜ。見てみたいなあ」
「ほんと?」
女の子の顔が、わずかに明るくなる。
琢磨は、にっこりと笑って、手を差し出す。11年前、自分がしてもらったように。
「デュエルしようぜ」
終
エンドフェイズ
カードゲームが好きです。こんばんは。ライオンマスクです。
今回、「絶叫杯」参加のために、男と男が戦うやつを書くとなり、題材にカードゲームを選びました。
なんか死んだり殺されたりバトルしたりするのが書いたことがないのと、一度カードゲームときちんと向き合わなければならんな、と思っていたからです。
小学校ぐらいから遊戯王とかデュエルマスターズが流行り、そっからずっと何かしらのカードゲームに触れてきました。合計すると15年以上になるとおもいます。
初めてキラカードを当てたのはデュエルマスターズの『星界の精霊エーテル』でした。初めて箱で買ってもらったのは遊戯王のパックでした。中高生になってもカードをやってました。『凶星王ダークヒドラ』が強かった。大学生ではヴァンガードに手をだし、しばらくやってました。他にも、サークルの合宿でマジックのドラフトをやったり、旅行先でゼクスのカードを買い漁ってみたり。ゲーセンでロードオブヴァーミリオンも触ったり、一時期はシャドウバースとか、マイナーなとこだとジョジョABCなるキャラものTCGとか、最終的にはずっとデュエマをやってました。大人になってからはCSとかグランプリとかにもでました。好きなカードは『アバレマックス』です。
今はもう引退してますが、おれの人生の半分以上の期間、なにかしらのカードゲームをやっていたことになります。R.E.A.Lなものを書こうとおもったら、やっぱりやってきたことの引き出しからもってくるしかなかろう、となりました。
また、ちょうど「ゲーム」というものの社会での位置が、大きく変わってきているのを、肌で感じているところでもありました。
プロゲーマーとか、ゲーム配信で食ってる人間がでてくると「ゲームができるやつがえらい」反対に、「ゲームが下手なやつはえらくない」となってきている価値観の変化を、うっすら感じます。ゲームの上手い下手が、社会的地位やリアルの世界に、重みを持つようになってきた。
もうちょっと大きく捉えると、「好きなことや趣味で生きていける」仕組みができたことで、それが「できるやつ」「できないやつ」という階層が生まれてしまったり、「何かに狂ってたりドハマりしてるやつ」が、SNS映えしてバズって有名人になってメイクマネーするおかげで、「狂ってバズるやつ」「バズれないやつ」という階層が生まれているように、なんとなく感じます。
もちろん、趣味や好きなことでお金を稼ぐのは素晴らしいことです(この文章も趣味で書いて、値段をつけて売ってるし)ですが、それができるほど、何かにのめりこむのって、才能が必要だと思うんですよね。それができないやつもいるし、そういうやつはこれから大変なんだろうな。
みたいなことを、ぼんやり考えながら、こうしたテーマに収束させていきました。
同時に、本編で書いたような、「これもう個人でゲームに勝つのって無理じゃん」みたいなのは、おれが実際に『DMグランプリ3rd』で体験した内容です。
詳しくはここを見ていただくとして、これをだいぶ脚色して、本編に反映しています。
ジョバンニスコールは、マジで完全にメタ外のデッキだったので、会場では「バルキリールピアがヤバい」の次には「ジョバンニがマジでヤバいらしい」という噂が駆け巡っていました。実際にそれを使ってる人にフリープレイで見せてもらって、「こりゃ無理だわ」と感心した覚えがあります。
でもそりゃそうなんです。『グランプリ』自体が競技的な大会だってのもあるんですが、集団でガチでPDCA回してるプレイヤー連中に、個人が勝てるわけはない。考えてみれば当然なんですが、改めてそれがつきつけられると、次元が一個違うところにいってしまった、と感じました。
実際、もっと競技に近いMtGでは、この頃からサイゲームスとかがプロチーム組んだりしてましたね。
以上のような変化を肌で感じてきたので、それを盛り込んでみました。何が正しいとか良いとか言うつもりはないです。ただ、これは間違いなく、あの『グランプリ3rd』の幕張メッセにいた、おれしか書けない内容なので、おれが書かなければならないと思いました。それが、切実さにつながるとおもいます。
ただ、一つ謝らなければならないのは、「書き終わったら思ったより叫んでなかったな」ということです。殺し合いかどうかについては、おれは平和な人種なので人とマジで”殺”りあったのがカードゲームでしかないということもあり、お互い人生を賭けてやってるので、殺し合いということにしてほしい。デッキは人生なので……。あとはまあ、最初の一発目になれそうなのでよかったです。
デュエマが好きなんです。ピカピカのホロカードとか、派手なイラストとか、紙媒体なのを使っためちゃくちゃなカードとか。仲間と行ったCSやグランプリとか、中高生の頃アキバにくりだして遊んだこととか、今でも思い出です。
ということで、書きたいことは書いたので、以下有料部分では、オマージュしまくったあれそれの元ネタとか、書きます。
読んでいただいて面白かったら、ぜひ買ってください。今回はがんばったので500円です。またね。
――
ここから先は
¥ 500
サウナに行きたいです!