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「くだらない話」に救われた夜

 昨夜、日本にいる友人と半年ぶりにLINE電話で話した。お互い夕食を終えて、子どもをお風呂に入れたり寝かしつけたりする前の25分間。特に用はなかったけれど、半年ぶりに声が聞きたくなってかけてみたのだ。

 話した内容は、「もしかしたら最近老眼が始まったかもしれない」とか、「白髪が生えてくる場所や生える量は親に似るようだ」といったことから、「子どもが激しくイヤイヤしだしたら動画を撮り、“うわ〜すごいなあ”と客観的に観て精神を保つといい」という友人の体験談や、コロナ禍における日韓の小学校の対策の違い、この春から復職する友人が仕事と子育てをどう両立していくか…ということなどなど。

 お互い、電話の向こうでは終始子どもたちがキャッキャと騒ぎ、遊ぶ声が聞こえていたし、途中で子どもたちが電話に登場したりもして。そんな状況下にも関わらず、私たちは、今わざわざ時間を割いてしなくてもいいんじゃないかと思えるような「くだらない話」を繰り返し、ずっと笑っていた。

「こういう話って、LINEのメッセージじゃなかなかできんよな」

「そうやなあ。老眼や白髪の話だって、わざわざLINEに書いて送ったら、めっちゃ深刻に悩んでるように思われるかもしれんし…!しかも最近、LINEで長文書けんくなってん。考えて書くのが、なんかもう無理やねん。時間かかるし」

「わかるわあ。連絡するほどでもないけど、直接会えたら誰かに話してみたいことってあるよな。それをずっとしてないと、しんどくなるねん。今日近所の友達と3か月ぶりに、子ども抜きで午前中の2時間だけ集まってんけど、なんてことない話してめっちゃ良かったわ〜」

「そういう時間ってほんまに大事よな。今ふと思ったんやけど、コロナで私らに足りんくなったものは、人と会ってくだらない話をする時間やな。今こうやって話してるみたいに、わざわざ連絡するほどでもないけど...っていう、どうでもいいねんけど話したらなんかスッキリするっていう話をしたかったんやわ〜。ずっと」

 用もないのに電話ができる友人というのは、考えてみるとそう多くない。子どもができてからは特に、みんなもそうだし私も慌ただしく、長話する余裕がなかった。「今ご飯の支度中かな?」「もう寝てるかな?」などと考え始めると、電話をかけるタイミングも難しく、だからと言ってLINEで「元気?最近どうしてる?」と聞くのもためらわれた。

 なぜなら、逆に自分がそう聞かれた場合、答えづらい時期が続いていたからだ。いろんな悩みや話したいことがあっても、スマートフォンで親指や人差し指だけを使い、長々とした文を書く集中力と気力が、もうずい分前から私にはなかった。だからつい、「元気だよー!」というひと言で会話を終わらせてしまっていた。本当はあれこれおしゃべりしたかったのに。

 前回の記事で「ずっと真面目な話がしたかった」と書いたのに、矛盾するようではあるが、私は「くだらない話」もたくさんしたかったのだ。先が見えない今だからこそ、あーだこーだと思いつくままに、取るに足らないことをおしゃべりをする。それがどれほど大切な時間なのかと。

15の時から変わらない友人の懐かしい関西弁と、すくすく育っている子どもたちの明るい声が、それを教えてくれたのだった。

くだらない話、万歳!

友よ、また突然思い立った時に電話するからね。

 

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