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ホミンさんと、キムチチム。

 きのうの朝、初めて豚肉のキムチチム(김치찜)を作った。韓国出身のシンガーソングライター、ホミンさんのYouTube『ホミンのアトリエ』でキムチチムとセリのチヂミ(미나리전)の作り方が紹介されていて、とても簡単で美味しそうだったので、早速真似てみたのだ。ちなみにキムチチムとは、キムチと豚肉(魚でもOK)に少し風味付けをし、蒸すようにじっくり煮込んだもののこと。

 ホミンさんの動画は「おうちご飯」を作る様子を撮ったものということで、細かい分量は紹介されておらず、すべて目分量。でもそれがとっても良かった。「これなら今すぐ私にもできそう」と思わせてくれる、材料と工程のシンプルさ。ええわ~!やっぱりシンプル・イズ・ベスト。毎日の料理は複雑なものより、簡単なものの方が絶対いい。(そして、動画に使われているBGMの選曲も素敵。さすがミュージシャン)

 ちょうど冷蔵庫にセリがあったので、チヂミも焼いてみることにした。セリを洗ってザクザクと切り、チヂミ粉・水と混ぜ合わせ、たっぷりの油で揚げるように焼くだけ。こちらも簡単!

 さて、このセリ。今年は米国のアカデミー賞で映画『ミナリ』に出演した女優のユン・ヨジョン(윤여정)が助演女優賞を受賞し、ミナリが韓国語でセリを意味するということを知った人も多かっただろう。私は日本にいる時セリをあまり食べたことがなく、韓国へ来てからはナムル(和え物)にするか、チヂミを焼くかしか能がなかった。

 しかし、今年初めてセリの新たな魅力を知ってしまったのである。それは「肉と一緒に焼いて食べるとさらにおいしい」ということ。

 きっかけは、在韓の日本人女性が、セリを燻製の鴨肉(오리고기)と一緒に焼いたらおいしかった、とブログに書いているのを目にしたことだった。さっそく真似してみると、確かに!肉の油っぽさをセリの風味がほど良く中和してくれて、肉だけ食べるより味わい深さが2倍に。いつも以上に箸が進んでしまった。

 その数日後、ホミンさんのInstagramでもサムギョプサル(삼겹살/豚の三枚肉)とセリを一緒に焼き、肉をセリで巻いて食べるとおいしい」と紹介されていて、「やっぱりセリは肉との相性がいいのね〜!」と確信したのであった。(ちなみに、太刀魚をピリ辛煮物にしたものにセリを加えても最高らしい)

 話は戻って。私がホミンさんを知ったのは、今から10年以上前。まだ韓国語の勉強を始めて間もない頃のことだった。当時、韓国に留学経験のある在日韓国人のお姉さんから韓国語を教えてもらいつつ、「毎日耳から韓国語を学ぼう」と、ポッドキャストで見つけた語学番組をいくつか視聴していた。

 中でも気に入って毎日聞いていたのが、フリーアナウンサーの八木早希さんが進行を務めていた『ケンチャナヨ!ハングンマル』。この番組の続編『チャム ケンチャナヨ!ハングンマル』で、八木さんと共に新たに進行を務めることになった男性が登場したのだが、私はその声に聞き覚えがあった。

 「この方はきっと、札幌で過ごした大学3・4年生の頃、毎日聞いていたラジオ、FM NORTH WAVEの朝番組を担当していたDJさんに違いない…!」

そう。彼の名は、古家正亨(ふるや・まさあき)さん。これまで数多くの韓国音楽を世に紹介し、K-popアーティストや俳優の舞台挨拶、ファンミーティングなどで司会進行や通訳を務め、大活躍されてきた韓流大衆文化ジャーナリストだ。

 17~18年前、まだ韓国にさほど関心もなく無知な学生だった私は、古家さんが韓国留学を経験後、FM NORTH WAVEで日本でいち早くK-pop専門番組を作り、放送していた人だということを知らなかった。そのため『チャム ケンチャナヨ!ハングンマル』に古家さんが登場した時、「札幌でDJしてた古家さんって韓国語が話せる人だったんだ!全然知らんかった〜!」と一人大興奮。

 さらに、結婚したパートナーが韓国人で、シンガーソングライターのホミンさんであるという事実も、その番組を通して初めて知ったのだった。

 最終回にはホミンさんがゲストとして登場し、愛らしい声と流暢な日本語で、山下達郎&竹内まりやの夫婦放談さながらの夫婦トークを披露。ホミンさんが歌っていた♪수고했어 오늘도〜(おつかれさま。今日も)もお気に入りの一曲になり、癒されたい夜に今でも時々口ずさんでいる。

 ホミンさんは音楽のみならず、イラストを描いたり料理を作ったりすることも得意で、結婚を機に日本移住後は、イラストエッセイや料理本を出版している。

 まだ韓国人と結婚することになるとは思いもしていなかった頃に買い求めたホミンさんの著書『ホミンの東京ダイアリー』は、新婚生活を始めて数年間の出来事について、ホミンさんの絵と日本語で紹介されているのだが、日韓の文化の違いに戸惑ったことやもどかしい思いをした経験なども正直につづられていて、韓国移住後、この本に何度共感し、励まされ、勇気づけられたことだろう。

 2年前の夏、最後に日本へ帰国した時は、書店で偶然ホミンさんの新刊料理本を見つけた。手に取ってみると、最後の方に子どもを抱いた古家さんの写真が掲載されており、2人の間に息子さんが誕生していたことを知った。写真は1歳の誕生日を祝う「トルチャンチ」でのひとこまだった。

 ホミンさんは現在、Mina Furuyaという名前で主にInstagramから情報を発信している。韓国語や料理を教える教室を主宰し(現在はオンライン中心の様子)、子育てにも奮闘。同じ日韓の国際結婚夫婦として、海外で子育て&息子を持つ母親として、Instagramにつづられる日々の喜びや発見、悩みやもどかしさなどに、共感したり考えさせられたりすることの連続だ。

 昨年のコロナ禍では、ホミンさんの発案でYouTube『Furuya's Room-ふるやのへや』を開設し、夫婦漫才(⁈)のような愉快な番組を製作。ホミンさんが編集まで担当していると聞き、そのマルチな才能とセンスに驚かされた。この春には、ホミンさん独自のYouTubeが新たに誕生したということで、これから発信される動画もとても楽しみにしている。

 最後に、今日最初に書いた豚肉のキムチチムには1つ忘れられない思い出がある。まだ簡単な挨拶くらいしか話せなかった韓国留学前、職場の方と一緒にソウル旅行をし、午前中、ほとんど店が閉まっていた弘大(ホンデ)の街を歩いたことがあった。

 寒さに凍えながら入った店で、わけもわからず注文したのが、このキムチチム。当時はチゲ(汁物)とチム(煮込み)の違いも知らず、グツグツと音を立てる鍋の汁の少なさに驚き、「あれ?チゲじゃない!じゃあこれは一体…」と訝しみながら、恐る恐る口にしたのだった。

 あれから10年。その後一度も、自分で豚肉のキムチチムを作ろうなんて思ったことがなかったのに(自分で美味しく作れると思いもしなかった)、ホミンさんの動画に触発され、「キムチ、豚肉、梅エキス、煮干し、水。よし、材料全部ある!」と作り始めてしまったのだから、人間というものは、いや、私という人間はいかに単純で、人に影響されやすい生き物だったということか。

 食べることは好きだけれど、子育てや仕事をしながら異国の地で毎日3食ちゃんと作って食べるのは思った以上に大変で、体調が悪い時は好きだったはずの韓国料理に嫌気がさすこともしばしばあり、料理が「作りたい」ものから「作らねばならない」ものへと変わってしまっていた4年間。だけど、ホミンさんの動画を見て「これなら私にもできるかも」とやる気にさせてもらい、料理のイヤイヤ期から少し抜け出せたような気がした。

 年明けから身体にいろんな衰えを感じ、思うように動けなくなったことから、こうして文章を書くことも一切辞めてしまおうかと思うようになっていたのだけれど、今回作ったキムチチムのことを考えていたら久々に言葉が溢れてきた。こういう時は、寝る時間を惜しんででも書き留めるに限る。

 人間も動物だから。無理やり理由をつけて「こうしなくちゃ」「ああしなくちゃ」とやりたいことを探したり、やるべきだと思い込んでいることを力んで続けたりするより、「できない時はやらない」「やりたい時にやればいい」というスタンスで生きるほうが、とても自然な感じがする。

 料理だってレシピや正しい作り方に囚われず、「冷蔵庫にあるもので何ができるかな?」とパズルを組み合わせるように楽しんでみたり、ただ切って並べるだけの料理でも、美しいお皿に絵を描くように盛り付けてみたり。これは南フランスで民泊“シャンブルドット”を営む日本人、町田陽子さんのブログで紹介されていた、お父義さんが作った目にも美味しいランチの様子から学んだことでもある。

 できないことを無理やりできるようにするより、今できることを楽しんでできる範囲でやることが、一番動物的で自分らしさが出るのではないかな、と。そう思えて心がとてもすっきりした、5月初旬の夜。

 今日の夜はアツアツの白ご飯と、じっくり煮込んだキムチチムをいつもよりゆっくり、味わっていただこう。

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