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キムチは酸っぱくなってこそ

 日本にいた頃は、発酵して酸っぱくなったキムチより、浅漬けのキムチが好きだった。正確に言うと、私が浅漬けキムチだと思っていたものは、韓国では「겉절이(コッチョリ)」と呼ばれている。

 コッチョリは겉(外側)を절이다(漬ける)と書くように、食材をしっかり発酵させるのではなく、外側に味を付けていただく和え物やサラダのようなイメージだ。食材は塩漬けにする場合もあるし、生のまま調理する場合もある。

 日本の焼肉店では、白菜やサンチュ、ニラ、タマネギなどで作ったコッチョリが、「チョレギサラダ」という名前で提供されていた。「チョレギ」というのは釜山の北側に位置する慶尚北道の方言で「コッチョリ」を表すそうだ。

 さて、このコッチョリ。私は食材を塩漬けにするのも面倒なので、サンチュ・ニラ・タマネギなどの生野菜に、調味料を適当に混ぜあわせ、サラダ感覚で味わうことを楽しんでいる。私のようなずぼら人間でもそれっぽく作れるコッチョリのレシピとは、これだ。

【ずぼらさんのコッチョリ】

1、洗ってしっかり水切りした野菜を食べやすい大きさに切っておく。

2、すりおろしたニンニク・唐辛子粉・ゴマを適量と、醤油・梅エキス(なければ砂糖)・エゴマ油(またはゴマ油)を大さじ1ずつ混ぜ合わせ、調味料を作る。酸味が欲しければ酢を足してもOK。

3、2を味見して足りないと思う調味料を加え、味を調える。完成した調味料を1の野菜にかけてよく混ぜ合わせる。

私はいつも使っていないけれど、イカナゴやカタクチイワシの魚醤を加えると、一気にキムチの風味になる。

 適当すぎて紹介するのも恥ずかしいし、「分量が書いてないと全く参考にならないよ」という人もいると思うけれど、一方で「ああ、料理ってこんなに適当でもいいんだな」とか「こんな感じなら私にも韓国料理が作れるかも」と、やる気が出てくる人もいるかもしれないので書いてみた。

 調味料を作るのが面倒な時は、野菜を入れたボールにどんどん材料を入れていって、最後に全体を混ぜ合わせてから味を調えても大丈夫。私はいつもそっち派だけど、作った後に「こんなのコッチョリじゃない!」とガッカリしたことはまだ一度もない。

 先日書いたビビンバもそうだが、いくつかの食材や調味料を「よく混ぜ合わせる」ことで、味の繊細さよりも重層感を楽しめるようになるのが、韓国料理の魅力の1つだと私は感じている。だから、少々足りない味があってもケンチャナヨ(大丈夫です)。他のみんながそれとなくカバーしてくれるのだから。

 コッチョリも「今日は砂糖を多めにして甘くしたい」だとか、「今日は油を入れずにあっさりと」という風に、その日の気分で調味料の配合を変えて楽しんでしまえばいいのだ。簡単で、おいしくて、野菜がたっぷり食べられるコッチョリ。最高だ!

 と、ここまでさんざんコッチョリについて語ってきたのに、話を180度ひっくり返してしまうことになるのだが、私は韓国に住み始めてから発酵キムチの奥深さを知り、「キムチは酸っぱくなってこそ」と思うようになった。

 酸っぱくなったキムチを「腐ったのかも」と思ってゴミ箱に捨てていた過去の私よ。馬鹿ばかバカ〜!酸っぱくなったキムチには、ひと手間加えるだけで数倍おいしさが増すという素晴らしい力が秘められているのに、それを知らずに生きてきたとは…。

 そのひと手間とは「熱と油を加える」ということだ。酸っぱくなったキムチを肉を焼いた後のフライパンで炒めたり、肉や魚と一緒に煮込んだりするだけで、「なんじゃこりゃ」と驚く旨味があふれ出てくるのだ。キムチチャーハン、キムチとハムの炒め物、キムチと青魚の煮物、そしてキムチチゲなどには、ぜひ酸っぱくなったキムチを使ってみてほしい。

 昨年12月に夫の実家で家族総出で作った長期保存用の「キムジャンキムチ」は、もうすぐ底を尽きてしまうのだが、まさに今が一番酸っぱさを増し、料理に使うにはベストな状態を迎えている。

 そこで先日は、コッチョリと同じくらい簡単な、キムチの煮込み料理を作って食べることにした。その名も「꽁치감치찜(コンチキムチチム)」。꽁치は「サンマ」、찜は「煮込み」という意味なので「サンマとキムチの煮物」のことを指す。

 材料は、キムチ、サンマの水煮詰、タマネギ、醤油、オリゴ糖(砂糖やハチミツなどでも可)、エゴマ油(またはゴマ油)、ニンニクだけ。サンマはサバでも良い。韓国では塩味のついた青魚の水煮缶がよく家庭料理に使われている。

 鍋に食べやすく切ったキムチとキムチの汁を入れ、その上にくし形に切ったタマネギをたっぷり乗せ、サンマの缶詰を汁ごと入れる。すりおろしニンニクも入れて蓋をし、強火で煮る。煮立ったら弱火〜中火にして、材料全体に味がよく馴染むまで煮込む。途中で味見をし、コクを出したければ醤油とエゴマ油、甘みが欲しいようならオリゴ糖を入れ、また煮込む。

 煮込んだ後のキムチは、酸っぱさをわずかに残しながらもマイルドな味になり、他の食材の旨味と深く溶け合って、ご飯と一緒に食べると最高にうまい。材料を全部入れて煮込むだけなのに、手の込んだ逸品を作れたような気分になれるのは、発酵キムチさまさまである。

 ただし、これは元のキムチがおいしいというのが前提条件なので、「味がいまいち物足りない」というキムチの場合、昆布と煮干しのだし汁や、だしの素、味噌、酒、みりん、醤油、砂糖、ショウガ、ニンニクなどの中から必要そうなものを足して、好みの味に調整すると良いだろう。

 わが家ではこのおかずが、夕食と翌日の昼食の一品になった。キムチ専用冷蔵庫に保管しているキムジャンキムチはあとわずか。次はサバと大根と煮てみる?ツナと一緒に煮込んでキムチチゲ?それともキムチチヂミ?

酸っぱくなった彼らを最後まで味わい尽くすべく、今度は何を作ろうかと、ワクワクしながら考えている。

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