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127.別れの悲しみのなかに感謝があり、いのちの祝福があるんだね。

わかれのうた


ぼくは魚です。
ちいさな、ちいさな魚です。
名前はルイといいます。

もとは人間でしたが、神さまにお願いして魚にしてもらいました。

ぼくは念願だった海のなかを深く、深く泳ぎます。
海のなかから見る太陽の輝き、星と月の光はとても美しいものでした。
サンゴ礁は色あざやかで、やさしくゆれる海草はぼくの心を和ませてくれます。

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©NPО japan copyright association Hiroaki


ぼくは魚です。
ちいさな、ちいさな魚です。
神さまにお願いして魚になりました。

群れをなして泳ぐ魚たち、ひとり自由に泳ぐ魚たち…。

魚に生まれ変われば、静かな海の底で思い通りに生きることができる。
そこは、ぼくが長いあいだ夢に見てきた世界でした。

長いこと、ひとの喧騒のなかで生きてきたぼくは、碧い海を天国のように思っていました。

ぼくはだれとも違う道を選ぶことにしたのです。
なにからもしばられずに「自由」になりたかったのです。
だから、神さまにお願いしました。

そして願いは叶い、魚になることができました。
これでもう、だれからも命令されることもなく、だれに遠慮することもありません。

ぼくの、ぼくだけの世界。

ここに、ぼくを知るものはいません。

毎日、波まかせ。
流れに身をまかせて、楽しい人生を味わうことができるようになりました。

どうして、ひとりが好きかって?
どうして、魚に生まれ変わりたかったのかって?

それはね…別れることがないからさ。

ぼくはね…
愛するものたちと別れるのが辛いのさ…。
家族がいれば、いつか離ればなれになるでしょ…。
お父さんやお母さんだって、いずれこの世からいなくなるでしょ…。
妻や子どもたちだって、やがて離れる運命だもの。
そんな辛い別れをくり返すのはもううんざりだからね…。


ひとだったころ、ぼくはたくさんの愛するひとたちと別れてきました…。
別れのたびにいつも考えました…みんなどうして、ぼくを置き去りにしていくの…って。

とても寂しかった。

だから次に生まれるときは、別れの悲しみのない海に生まれ、自由に生きたいと願いました。

でも…
魚たちは同じ場所で、同じような方向を泳ぎつづけて、同じように生きて、同じようにこの世を去っていく…まるでひとと同じ。

魚になってから、どのくらいのときがすぎたでしょう。
ぼくは歳をとり、尾ひれも自由がきかなくなりました。
歳とともに動きが悪くなり、目も見えにくくなりました。

ぼくの前をぼんやりと通りすぎていく魚たち。
だれもぼくに気づきません。
きっと、もうぼくは、なんの役にも立たないのでしょうね…。

ぼくは、ゆらゆらと波に流されつづけています。

こうやって、いつかこの世から消えるのでしょうね…。

今日も目の前を魚たちが通り過ぎていきます。

友だち同士なのかな?
家族なのかな?

楽しそうに笑ってる。

しあわせそうに泳いでる。

ちいさな魚は子どもたちなのかな?
お母さんの後を一生懸命に泳いでる。
信じ合っているんだね。

寄り添っている魚たちは恋人同士なのかな?
とおい未来を夢みて泳いでる。
愛し合っているんだね。

ぼくの涙を波が拭いていくけど、悲しいんじゃないよ。

この想いは、いったいどこからくるの…。

いつかはみんな別れていくのに、
なぜ信じられるの?
なぜ愛せるの?

ぼくにはだれもいません。
信じるだれかも、愛するだれかも。

だれもぼくのことを知らないのだから。


さあ、もうすぐお別れです。
でも、ほんとうに、これでよかったのかな…。

すると突然、たくさんの魚たちがやってきて、ぼくの真上をぐるぐると回りながら輪をつくり始めました。
輪は上へ上へと向かい、長いトンネルに変わっていきます。
毛布のようにやわらかい波が、ぼくの全身を包み込んでゆきました。
天空まで届くかのような渦に抱かれながら、ぼくは昇っていきます。
そこがもうどこなのかもわからない、色も音も時間もない世界。
長い、長いトンネルに光が反射して、かがやきが果てしなくふくらんでいました。

ああ、なんて美しいんでしょう…。

ぼくのいのちの終わり。
だれとも別れたくない、離れたくないと思って生きてきたのに、ぼくは、ぼくと別れていくのです。

だれにも知られず、だれからも愛されていないと信じていたぼくを、たくさんの魚たちが祝福の輪をつくり、見送ってくれているのです。

別れのない人生など、どこにもないのですね。

ああ、あの頃に戻りたい…。
ああ、もう一度生まれ変わりたい…。
ああ、もう一度、ぼくはひとになりたい…。

別れがあるから人生はかがやき、うつくしいときになる。
別れのなかに、いのちの喜びがある。
最期の時が、ぼくにそう教えているようでした。

ぼくは別れを恐れていた…。
ぼくは悲しみを恐れていた…。

別れの悲しみのなかに感謝があり、いのちの祝福があるんだ。

ああ、あの頃に戻りたい…。
ああ、もう一度生まれ変わりたい…。
ああ、もう一度、ぼくはひとになりたい…。

そして、
だれかを信じたい。
だれかを愛したい。

ぼくの名前は喜びの涙、ルイ。
両親がつけてくれた名前。

最期に、ぼくは神さまにもう一度だけお願いをしました。

©Social YES Research Institute / coucou

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coucouです、みなさんごきげんよう!

今日は「愛音ちゃん」の3年目の命日です。

朝は5時30分、まだ少しばかり薄暗さを感じます。あっという間の3年でしたね。誰もいない広いお墓、こんなに朝早く来る人など誰もいません。

あとで、お父さんとお母さんも来るからね。

愛音ちゃん、小学校の運動会を覚えていますか?

あのときはお父さんもお母さんもいなかったけれど、お婆ちゃんとあなたと、私の家族と一緒にお昼を食べました。

私の長男と同級生の愛音ちゃんはいつも二人で写真に写っています。

生まれたばかり、幼稚園、小学校と私の息子ととても仲良しで笑顔をいっぱい振舞って、まるで娘のようでした。

愛音ちゃんのお婆ちゃんは、私のもう一人の母のように、家族ぐるみのおつきあいでした。小学校の卒業文集に、あなたは次のような夢を書いていましたね。

「大人になったらお婆ちゃんの介護をしたい、そしてお父さんとお母さんの世話もしたい。私は看護師さんになります」と書いていた通り、大人になって資格を取り、病院で働くことになりましたね。

そして、31歳になって全身にがんが広がり、発見されてわずか6か月あまりでこの世を去りました。

最後の言葉は「お父さん、お母さん、残念だわ!私がお見送りするのでなくて、見送られちゃう!」と笑顔で話していたことを思い出します。とても気丈な笑顔でしたね。

でも、最後は思いっきりお母さんとお父さんに我がままをいって困らせて、甘えて、この世を去りました。

あれは、今思えば、お父さんとお母さんに我がまま(愛)の贈り物だったのですね。心配し続ける両親に対して、悲しい顔を見せないで、と伝えていたのですね。

お父さんは、愛音ちゃんをひとりぼっちでは死なせない「俺も一緒に死んでやるから心配するな…」といいました。

これほどの父親がいるでしょうか?

私はその場面を思い出すたびに涙が止まりません。

そのとき、あなたは少しだけ微笑みましたね。

それは、絶対に、絶対に本気のお父さんの命を守ろうと決心したのですね。そして、わがままになりました。わがままは愛の裏返し、わがままは最後の恩返し。

お父さんは愛音ちゃんの望み通り、元気に生きていますよ!お母さんも元気ですよ!大切なワンちゃんはあなたの子ども、二人の孫です。とても大事にされています。

11月1日に親友を失くし、11月3日にあなたが去り、11月18日に母がこの世を去り、11月20日には仲の良い友人の奥さんが亡くなりました。とても忙しい11月でした。毎年11月は私には忘れられない月となりました。

でもね、あなたには教えてもらいました。「別れの悲しみのなかに感謝があり、いのちの祝福があるんだ」ということを。



※何度も紹介していますが、もう一度。電子書籍〈~たましいの居場所~涙の物語「愛音(あい)」〉好評発売中!note記事には書ききれない内容。お時間がありましたらお読みくださいね。下記↓YRLで目次内容等を見てください。


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本のURL
https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3ACou+cou&s=relevancerank&text=Cou+cou&ref=dp_byline_sr_ebooks_1

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