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感染症病棟〜新型コロナウイルスが変えたもの〜① (全⑬話)

あらすじ

看護師として勤務する看護師の川崎夕は、大変ながらも充実した日々を過ごしてた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大と共に業務内容も人間関係も大きく変わっていく。この物語は感染症の脅威と闘いながら過ごした日々を記したものである。

新型コロナウイルスの発生

―1964年以来の57年ぶりの東京オリンピックの開催が近づいていますね!楽しみです。では、次のニュースです。中華人民共和国湖北省武漢市において12月以降原因となる病原体が特定されていない肺炎の発生が複数報告されています…―

「あーあ、原因不明の肺炎とかなんか嫌だねぇー。」
朝のテレビのニュースを見ながら出勤準備をしている私は、内科と感染症の混合病棟に勤務する看護師の川崎夕だ。中堅看護師となりリーダー業務や責任感のある仕事も少しずつ任せられるようになった。そんな日常に対し、大変ながらもやり甲斐を感じて過ごしていた。

季節は2020年の冬。世間はオリンピックに向けて活気づいていた。
その中に何気なく流れていた中国での肺炎のニュース。
その感染症が猛威を振るい、自分たちの生活にも大きく関わることになるとはこの時は全く考えていなかった。


「…おはようございますー。」
いつも通り病院に出勤し、周囲に挨拶をした。
そしてホワイトボードに記載された自分の受け持ち患者を確認して
業務前の患者の情報収集を電子カルテで行った。

(あーあ、今日もやることがたくさんだなぁ。
げっ。処置もたくさんだし、点滴もかなりあるなぁ。
早くも帰りたい…。)
と、業務の多さにげんなりしながら手元のワークシートにタイムスケジュールを記載していく。

そんな時、隣の空いているパソコンがある席に
いつも明るく場を和ませてくれる感染症専門医師が座った。

「おはよう、川崎さん。今朝のニュース見た?」と医師が話しかけてきた。
「おはようございます。ニュースってあれですかオリンピックですか。先生スポーツ好きだって言ってましたもんね。」と答えると

医師は首を横に振りながら
「違う違う、そっちじゃなくてさ。中国の肺炎。あれ、厄介な感染症かもよ。」と答え、カルテを入力していた。

その言葉に驚きつつ
「えぇ、先生変なこと言うのやめてくださいよ。でもとりあえず中国は大変ですね…。」と返事をすると
医師はカルテを入力する手を止めてこちらを向きながら言った。
「いや、中国だけとかじゃなくてさ…もし感染症なら日本にくるかもよってこと。」
そう答える表情はいつもの明るい笑顔ではなく真剣な表情だった。

いつもとの雰囲気の違いに気づき、
思わずカルテをスクロールしていた手を止めた。

「そうなんですね…。
本当にそうならないことを祈ります。」
そんな風に医師に答えながら

(感染症か…流行したら大変だろうな…。
まぁ…なんだかんだ大丈夫でしょ。さ。準備準備…。)
と、その当時の私は医師の言葉が少し気になりつつも、
あまり真剣に事の重大さを捉えていなかった。


医師のその一言から数週間後。
世界で新型コロナウイルス感染症の患者が広がっているとの報道が
ネットニュースなどで伝えられていた。

仕事の休憩中のテレビ画面にもその様子が映し出されている。
先日医師の言った言葉が現実味を帯びてきたのだ。

テレビやネットニュースを見ながら
(何これ…どうなっちゃうの?本当にやばいんじゃないの…?)
と、先の見えない不安に恐怖を感じた。


そしてついに、
2020年1月16日に日本でも初の感染者が確認された。

その頃には、原因菌は新型コロナウイルスらしいということは報道されてており徐々に日本でも感染拡大の兆しが見え始めていた。

病棟のスタッフも新型コロナウイルス感染症についての話題で持ちきりだった。

「ねぇ、ついに新型コロナウイルスが日本でも発生だって!」
「やだー、もうこれ以上広がらないで止まってほしいわ…。」
と、皆が心から感染が拡大しないことを願っていた。

もし感染が拡大し、全国に広がれば
私が従事する病院は患者を受け入れるだろうということはすぐに予測できた。

なぜなら感染症専門医師が在中しているからだ。
何より、わずかであるが結核などの患者対応のための陰圧室が設けられた病室もあった。


しかし、当時の私たちにできることは、ニュースを確認しつつ、通常業務を行うことであった。


その後、WHOより国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の宣言が発令された。
PHEICとは、ウイルスなど大規模な疾病が発生した際に、国際的な対応が必要だと判断された場合に発令されるものだ。

そして、その宣言後、間もなくして
日本政府は新型コロナウイルス感染症に対する感染対策本部を設置したと報道された。

感染拡大が最低限で留まって欲しいと思いながら連日報道を確認するが、
そのような思いとは裏腹に感染者が増えたという報道ばかりであった。

そしてついに…大きな感染拡大が見られ始めた。

―次のニュースです…1月20日に横浜港を出港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客で, 1月25日に香港で下船した80代男性が新型コロナウイルス感染症に罹患していたことが2月1日確認されました。―

その報道では横浜港で検疫を行う様子が映し出されていた。

その後も、数百名単位での感染者の報告や死亡例が出たことも報道されていた。
(とても怖い。今までもいろんな感染症の患者を看てきたけれど、その時とは比べものにならないくらい怖い…。)
そう感じ、背筋が凍るような冷たい感覚を覚えた。

そんな情勢の中、感染症専門医師が病棟スタッフに向けて、言い出しにくそうにある事を告げた。

「みなさん、話があります。……県の話し合いに呼ばれました。おそらく新型コロナウイルス感染症の患者が発生した際の受け入れ要請の確認でしょう。そして、今後受け入れざるを得ないと思います。それまでに勉強会をします。」

業務でざわついていた病棟が一気に静まり返った。

(ついに受け入れを覚悟する時がきたんだ…そして思ったより受け入れ要請が早い…!やはり今回のウイルスはそれだけ未曾有の災害になる可能性があるのか…。)
そう思い、言葉が出なかった。

ふと周りのスタッフを見ると、皆作業を止めて表情が強張っていた。

その時スタッフの1人が呟いた。
「…まだ娘2歳にもならないのに…もし、菌を持ち帰って移したらどうしよう」
その言葉に誰も答えることができなかった。


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