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感染症病棟〜新型コロナウイルスが変えたもの〜②

新型コロナウイルス患者の受け入れ準備

病棟では緊急の勉強会が行われた。
そこで、新型コロナウイルスが発生するまでの経緯で現状発覚していることや、感染者の症状、そして対応方法についての説明があった。

医師が県の会議に呼ばれてから数日後
看護部長と感染管理認定看護師と呼ばれる、感染症対策に関する専門性を持つ看護師が病棟にやってきた。

そして看護部長は
「忙しいところ申し訳ないんだけど、話を聞いてください。この病棟で新型コロナウイルス感染症の患者を受け入れる準備をすることになりました。準備の指揮は感染管理認定看護師を中心に行うこととなります」と私たちに告げた。

私たちの病棟は感染症病棟であるため受け入れとなればこの病棟になることはわかっていた。

しかし、私たちの病棟は感染症の患者ばかりではない。

むしろ、ほとんどの患者は内科の患者であった。

そして、患者が入院する病室の空きもない状況だ。

この状況では新型コロナウイルス感染症の患者を受け入れることができない。

そのため看護師の1人が
「あのー…すでに入院している多数の内科の患者はどうなるんでしょうか?」と確認すると
看護部長から
「全員、退院・転院または転棟を行います。そしてこの感染症病棟の患者を一時的に0名にします。」と通達があった。

転棟とは、病院において入院患者が病棟を移ることである。よくあるのが集中管理していたICUの患者が、症状が落ち着き一般病棟に移るように対応したりする場合に行う。

今回の場合は感染症病棟から、他の一般病棟に移動する転棟ということだ。

しかし、簡単に退院や転院や転棟といってもそれぞれ準備や受け入れ先の都合もある。
その調整は困難を極め、数週間要した。


特に転棟の際の他病棟の反応は非常に険しいものだった。

患者の状況の申し送り中に溜息をつきながら
「こんなに沢山患者受け入れろとか言われてもねぇ…まぁでも取らなきゃ仕方ないんでしょ。」
と、直接言われることもあった。

受け入れを要請した患者の中には
長年通院しており、いよいよ最期の時を迎えようとしている患者も居た。

(本当ならば自分たちでちゃんと最期まで看護したかった…。最期まであなた達が見届けてねと言われていたのに…!)

最期の患者の願いすら叶えられないのかと
思わず悔しくて強く拳を握り締めた。



それから
病棟の患者数が0名になり、患者の受け入れのための準備をしていた頃
ある看護師が病棟師長に言った。

「お願いします!部署移動させてください!私に新型コロナの感染症の対応はできません!!まだ子どもも小さいんです!!」
そう切実に訴えていた。

病棟師長は困惑した表情で何も言えずに居た。

そして、看護師はこう続けた。
「そもそもこの部署で患者を受け入れるのを突然言われて、受け入れる事は仕方ないとしてもスタッフにそのままこの部署で続けられるかどうか何故聞いてくれなかったんですか!既知の感染症ならともかく、未曾有の感染症ですよ?いくら感染対策したって私たちだって怖いですよ!他にも困惑しているスタッフだって居るんじゃないんですか⁉︎」

そう必死で訴える看護師の目には涙が浮かんでいた。
その言葉を聞いて、しばらくの静寂の後に他のスタッフからもポツリポツリと

「実は私もちょっと続けるの迷ってました…。覚悟がないって思われるかもしれないですけど新型コロナウイルスとか調べれば調べるほど怖くって…。これを機に辞めようかなって…。」
「私も元々免疫系の持病があるから悪化するかもしれない…」
「僕も妻から部署移動できないのかと言われてしまっていて…
移動できないなら新型コロナウイルス対応中はホテルかどこかに泊まって家に帰って来ないでよって言われちゃいましたよ…。」
「新型コロナウイルスの患者を対応してそのまま家に帰るなんて私たちもですけど家族も怖いですよね…。だからといってみんなで当直室のシャワーとか使う訳にいかないし…」

と不安の声が挙がった。

病棟師長は険しい表情をして
「みなさんの意見はごもっともだと思います。
皆さんのやさしさに甘えていたところがあったかもしれません。
…部長と話し合ってきます。」と告げて部長室へ向かった。


数日後、看護部長と各病棟の師長の会議の結果が通達され、今後もこの感染症病棟で勤務を続けていくかというアンケートが取られた。

そのアンケート用紙を見つめながら今後の事を考えていた。
(…どうしよう。移動すれば今までと変わらない業務だろう。
私1人居た所で大した戦力にもならないだろうし…
だけどみんな移動してしまったらコロナウイルスの患者はどうなる…?
それに、ここの部署に居れば感染対策グッズは優先的に補給されるし
医師や感染管理認定看護師から最新の新型コロナウイルスの情報を得ることもできる…。
悪いことだけじゃないんだよな…。)


そう思い、数日間悩みに悩んだ結果
アンケートの残留という項目に丸をつけた。


アンケートの結果、約半数が部署移動となった。このことをきっかけに退職する看護師も居た。

看護師の半数が居なくなったことで病棟の看護師の定数の人数を下回っていたが、
現状の感染症病棟の患者数は0名のため
スタッフの補充はなく、感染状況を見ながら人員配置が検討されることになった。


残ったスタッフで新型コロナウイルス感染症の患者の受け入れの準備をする中
感染防護具が不足していることが問題となっていた。
院内のあらゆる部署から道具をかき集めても足りないのだ。

世間でもマスクやトイレットペーパーが不足しており
買占めや転売のニュースが流れていた。

不織布マスクの不足を解消するために
政府よりアベノマスクが配布されたものの
マスクの供給不足に対する解消には繋がりにくい状況だった。

感染症病棟で行なわれた勉強会では
新型コロナウイルスはまだわからないことも多いが、自分たちが感染対策をすれば過度に恐れる必要はないと繰り返し指導された。
しかし、その身を守る感染防護具が不足しているのだ。

(この状況で受け入れなんて…市販のマスクすらないのに…)
そう思いながら日々恐怖の時間を過ごした。

問題は感染防護具だけではない。
未知の感染症のため
対応のためのマニュアルや手順が存在しないのだ。

単純に新型コロナウイルスに対する病気の事だけでなく、
患者の荷物や触ったものはどう扱うのか?
病棟までの搬送方法はどうするのか?
患者に使用する体温計などの物品管理をどうするか?など
細かいことまで確認する必要があり、問題は山積していた。


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