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インタビュイーから取材後に送られてきた "不可解なメール"、そこで着想した編集者の「新しい複業」

 編集者の役割には、メディアを運営したり、コンテンツを企画したり、ライターを育てたり・・・といったものがある。そうした役割の中で日々研鑽した結果、編集者は、世の中にどんな課題があるのかどんな情報が求められているのかどう発信すれば世の中に波紋を広げられるのかを知っている。

 僕はそうした編集者の能力を、記事を書く、だけではない、自分たちが思っている枠「以上」のところでも発揮すれば、世の中により貢献できるのではないかと感じていて、常日頃、編集者が手がけるべき新規事業のアイデアを想像したり、またそうした可能性を広げるために、このブログも始めた。

 そんな中、自分が運営に携わるオウンドメディアで取材した、とあるインタビュイーから送られてきた「不可解なメール」をきっかけに、編集者が担える新たな役割、言いかえれば、編集者の「新しい複業」を着想した。

社長に代わってツイートする社員

 編集者の新たな役割について考えるきっかけとなったのは、あるベンチャー企業の社長からの「不可解なメール」だった。

 僕はとあるオウンドメディアでその社長を取材した。その後、記事掲載の報告とお礼のメールを送ったところ、その社長からも「こちらこそ、ありがとうございました」というメールが「cc」の宛名付きで返ってきた。そこまでは普通の展開だった。

 しかし、そのメールの一番最後に「cc」の人に宛てて、「◯◯さん、この件を私のツイッターで投稿しておいてください」と書いてあった。「・・・このccの人は社長のツイッターのIDとパスワードを知っているのか。しかもその人が、社長に代わってつぶやいている・・・?」――僕はものすごい違和感を抱いてしまった。

 この違和感はきっと、社長が自分でつぶやいているのではないという、ある意味での「嘘」、またツイートの内容・SNSでの知名度と本人の実力との間で乖離が生まれてしまうことへの懸念から来るのではないかと思う。やはり、社長の名前でつぶやく以上、社長が責任を持って投稿するのが本来あるべきツイートではないか・・・?

 しかし一方で、僕は納得もしていた。企業PRの一環として、社長個人のブランディングを他の人が担っていると考えると、これはそんなにおかしなことでもない――?

個人ブランディングの時代が到来

 社長個人のブランディングは、すでに主に大企業でよく見られる。『情熱大陸』『ガイアの夜明け』『カンブリア宮殿』などのテレビ番組や、『日本経済新聞』の「私の履歴書」、または雑誌の巻頭インタビューなどに社長が登場することで、その会社のイメージや企業価値を高めようというものだ。こうした社長個人のブランディングは、大企業のPRを請け負う大手PR会社が戦略の一環として仕込むことが多い。

 しかし、世の中の情報入手の手段が従来のマスメディアからSNSにシフトしている現在、なんらかの目的を持ったうえで、個人のSNSアカウントの運用までもプロにまかせる個人ブランディングはあらゆるレベルで広がっていくのではないだろうか? 事実、先ほどのベンチャー企業の社長も、他人にツイッターでつぶやかせているわけだし、零細企業の社長である僕の場合も、プロのライターを雇い、個人のブログを充実させている。

 別に社長でなくてもいい。例えば、新入社員、新社会人のような若い人が月に数万円を支払って自分のブランディングを求めることもあり得るのではないかと思う。むしろ、今はまだ何者でもない若い人ほど、人脈が広がったり、人生の幅が広がったり、個人ブランディングの効果は実感しやすいかもしれない。

 個人ブランディングがあらゆるレベルで必要とされるようになると、そこには市場が生まれる。僕個人がそれを望んで引き受けるかどうかはさておき、編集者がこのサービスを何人かのクライアントに提供できれば、それは複業の選択肢になり得ると思う。

編集者は個人ブランディングの担い手に向いている

 個人ブランディングという仕事について、僕は編集者が一番の適任者だと思っている。「SNS時代の個人ブランディングとは何か?」を考えると、それは個人をエンパワーメントすること、つまり個人の発信力を高めることだからだ。

 「個人のエンパワーメント」の支援者といえば、これまでもコーチングのプロや社外の相談役などのメンターなどがいた。彼らに話を聞いてもらい、自分の内面を引き出してもらうことで、やる気を起こしたり、仕事のヒントを得たり・・・といったことが個人レベルで行われている。

 しかし、これが、目的を持ってSNSで何かをアウトプットするという「攻め」のスタンスになると、もう少し外の世界をよく知っていて、どんな個性をどう発信すれば「バズる(SNSなどで発信した記事やコメントが一気に拡散し、注目を集めること)」のかを分かっている編集者のほうが貢献できると思われる。

 コーチングのプロや社外の相談役よりも、インタビューで個性を引き出したり言葉にアウトプットできたりロジカルチェックができたりマーケティングの観点を持っていたりすることが、編集者の強みではないかと思う。

個人ブランディングで心掛けるべき3つのポイント

 それでは、どうやって個人をエンパワーメントし、発信力を高めるか? これは、2019年3月1日のブログ記事『効果的で持続可能なオウンドメディアをつくる「9つ」のカギ』とも重なる部分があるが、ここではSNSならではの「3つのポイント」を挙げたい。

1. 発信する情報の粒度
 その人物の個性を踏まえ、ある程度ターゲットを絞った適度な「粒度」の情報をアウトプットしなければならない。誰でも言えるような広くて浅い情報では市場全体の中に埋もれてしまうし、情報の粒が小さすぎるとニッチすぎてビジネスにならない恐れがある。情報の粒の大きさと、狙いたいマーケットが合致し、「こういうテーマならこの人が一番詳しい」ということになれば、読者はそこを目指して集まってくるはずだ。

2. 「半歩先を行く」生き方
 ブランディングをしたい人物は、ターゲットの半歩先を行く生き方をしたほうがいい。例えば、「いつか海外で働きたい」と思っている人たちに向けて情報を発信していきたいのであれば、実際に海外でキャリアのチャレンジをしていれば、海外で働くうえで必要なことに先回りしたり、いい粒度の情報を発信したりできる。他人から見聞きしたことよりも、「こうありたい」という状況に身を投じて感じたことにこそ価値がある

3. 良質なインフルエンサーからの支持を得る
 SNSで「バスる」というのは結局、「フォロワーのフォロワー数×リツイート数の総数が大きい」ということだ。単にフォロワー数が多ければいいと考え、フォロワー数だけを増やそうと躍起になってしまうと、これは成功しない。効率的に行きたいのであれば、フォロワー数の多いインフルエンサー、もしくはフォロワー数は少なくとも、特定の分野で影響力の大きいマイクロインフルエンサーからの支持を得ることだ。

 今回は、僕が考える編集者の新しい複業として「個人ブランディング」を紹介した。ただ、これはすべての編集者に務まるものではないと思う。個人と対話し、その人を引き出し、アウトプットをサポートする編集者は、相手に「心理的安全」を与える存在でなければならない。編集者と個人の関係は、お互いに自立していて、フラットであることが大事だと思う。

 そしてなにより、個人が情報を発信する以上、最終的にその内容や文章に責任を持つべきはその人自身。情報発信を他人に手伝ってもらっていることを開示したほうがいい場合もある。編集者はあくまでも個人を引き出し、考えを一緒に整理し、どう発信するかをサポートする立場がいいと考える。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
執筆協力:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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