見出し画像

In my bag Ⅲ エディターズバッグ

 通勤に使っているエディターズバッグ。フランス製でけっこう高かったんだけど、「さなちゃんも社会人なんだから、いいものを持った方がいい」ってママが買ってくれた。ママ、私の買い物に付いてきたがるんだよね、いまだに。ま、こうやって得することもあるけど。

 でも確かに丈夫だし、たくさん入るからこれにしてよかったと思ってる。いつも本を何冊も持ち運ぶから。今日入ってるのは、資格試験用のテキストと問題集。それに今話題のこの本。これみんな読んでるよね。あとはペンケースとシステム手帳と携帯電話も。帰りにジムに寄るからトレーニングウエアも丸めて入れてある。

 就職してからも勉強はずっと続けてる。だって今の会社にずっといるつもり全くないもん。1年後の試験に合格したら転職活動始めるつもり。平日は6時過ぎに家出て7時半から会社の近くのカフェで勉強して、土曜は専門学校に通っている。休めるのは日曜だけ。

 今の仕事は楽だけど本当に面白くない。ずっと冷暖房効き過ぎのオフィスから出られないのがすごいストレス。女性は基本内勤なんですって。書類作って、お茶淹れて。男性社員のアシスタントだそうですよ。ばかばかしくてやってられない。学歴でも資格の数でも、部内の誰にも負けてないのにさ。

 ああ、ほんとまじで時代が悪かったわ。何十社も受けてここしか駄目だったなんて。超氷河期ってよく言ったもんだよ。もう何年か早く生まれてれば違ってたかもね、人生。

 わかるよ、時代のせいにしちゃいけない、世代のせいにしちゃダメだってことも。でも時代のせいなところは少なからずあるんじゃないのかな。絶対、あるよ。

 最近、彼氏ともうまくいってない。彼は第一希望の会社に入れたし、まだ3年目なのに新規事業のチームメンバーに抜擢されたとかで有頂天でさ。会話のはしばしに私のこと馬鹿にするような感じがあって。いや、馬鹿になんてしてないのに私が勝手に悪くとってる気もするけどね。とにかく会っててもあんまり楽しくないんだよね。この前は会う直前に億劫になって、デートをドタキャンしちゃった。そろそろ潮時なのかもしれないな、彼とも。

 社会人になってから、自分が本当につまらない人間になっちゃったって思う。性格悪くなったよね、絶対。学生の頃は、私にはいろんな可能性があるってすごくポジティブだったんだけどね。今じゃ自分の不遇を誰かや何かのせいにしてばかりいる。

 でも愚痴っててもしかたないし。粛々と毎日満員電車に乗ってるよ。時々降車ドアの窓ガラスに映る自分の顔が恐ろしく疲れてて悲しくなるけど。でも電車を降りたら、このエディターズバッグを引っかけた肩で風を切って歩くんだ。偽りのキャリアウーマン感出してね。


この連載小説の他のお話はこちらからどうぞ。


よろしければサポートをお願いします!いただいたサポートは今後の記事の取材費としてつかわせていただきます。