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貞観政要 全訳注 (呉 兢)

(注:本稿は、2021年に初投稿したものの再録です。)

 中国唐代に呉兢が編纂したとされる第2代皇帝太宗の言行録です。
 古来から「帝王学の教科書」とされてきた書物とのことですが、なにぶん文庫本でも800ページ近い大著なので、まずは一通り訳文に目を通すことを目標に手に取ってみました。

 「貞観政要序」には、イントロダクションとしてこう記されています。

(p41より引用) 今、太宗の世に示された美徳の教えや、皇帝の訓戒と臣下の諫奏の言葉のうち、政道をさらに開き高めるような手本を、不肖私に命じて、漏れなく選んで記録させる運びとなった。この事業の大枠は、みな宰相たち朝廷の意向による。そこで私は、聞き及んだものを集め、歴史記録を参照し、必要な部分を選び取り、それをまとめて大綱を示した。

 さて、それでは本編の中からの覚えの記録です。

 まずは、1400年経ても変わらぬ官僚の姿。巻一政体第二から。

(p68より引用) 貞観三年(六二九)、太宗は側近の者に向かって言った。
「中書省と門下省は、国の中枢の官署である。だから才能ある者を抜擢して置いているのであり、その任務は誠に重い。もし詔勅に理に適っていない点があれば、みな徹底的に議論しなければならない。それなのに、このごろはただ天子に阿って従順なだけのように感じる。言いなりになって、おざなりに文書を通過させ、とうとう一言も諫める者がいない。どうしてこれが道理といえようか。もし詔勅の起草文に署名して、文書を発布するだけならば、誰にでもできるであろう。・・・これからは、詔勅に疑問があった場合には、・・・みだりに恐れ憚ったり、知っていて黙っているようなことがあってはならない

 いずこも同じ景色ですが、今の官僚はさらに一歩進んで(退いて)、諫めるどころか権力者の意を「忖度」し、行政の礎石たる文書自体を改竄したり紛失したりもしているようです。

 そして、それと対をなす皇帝(大宗)の姿勢
 巻二任賢第三から。諫言をもって帝に仕えた魏微を失っての詔の一節です。

(p104より引用) 以前の私にだけ非があって、今の私には非がないなどということが、あろうはずがない。私の非が明らかにならない理由は、官僚たちが従順で、皇帝の機嫌を損なうのを憚っているためだろうか。そうならないように、私は虚心に外からの忠告を求め、迷いを払いのけて反省しているのである。言われてそれを用いないのであれば、その責任を私は甘んじて受け入れよう。しかし、用いようとしているのにそれを言わないのは、いったい誰の責任であるか。今後は、各自が誠意を尽くせ。もし私に非があれば、直言して決して隠さないように。

 こういった度量のあるリーダーの姿も見なくなって久しいです。

 さて、以降も、こういった太宗の政治姿勢に関する臣下とのやり取りが細かく列挙されているのですが、この諫言の主として最も多く登場するのは、太宗と対立した皇太子建成の臣下であった魏微です。
 彼の「太宗が有終の美を飾れない理由十条」は本書のエッセンスを語りつくりしていると言えるでしょう。
 少々長くなりますが、その冒頭を書き留めておきます。

(p751より引用) 天命を受けて国を創業したこれまでの帝王を見てみますと、みな自分の国を万世まで伝えようとして、子孫に国の運営方法を残しています。ですから、朝廷に立ち、政道を語る時には、必ず純朴を優先して華美を抑え、人を評価する時には、必ず忠良の士を貴んで邪な者は遠ざけ、制度を立てる時には、奢侈を断って倹約に努め、物産を論ずる時には、穀物や絹織物を重視して珍宝を卑しむものです。しかし、即位したばかりの頃は、どの帝王もこうしたことを守ってよく政治に励みますが、しばらくして天下が安泰となると、多くの帝王がそれに反して風俗を損ねてしまいます。これは何故なのでしょうか。思うに、尊い地位にいて、四海の富をわがものとし、言葉を発すればそれに逆らう者はなく、行動すれば誰もが必ず従うのをいいことにして、公の道を忘れて私情に溺れ、礼節は欲望のために損なわれるからではないでしょうか。古語に『知ることは難しくはないが、それを行うことは難しい。行うことは難しくないが、それを最後まで続けることは難しい』とありますが、これは本当にそのとおりです。
 この諫言を上奏された太宗はその意を汲み取り、「黄金十斤と、皇帝の厩舎の馬二頭を賜った」とのことです。

 貞観政要の記述には在位末期での綻びもいくつか記されているとはいえ、太宗の治世は “貞観の治” と称されました。
 もちろん、美化されたところも多々あろうかと思いますが、それを差し引いても、後世において理想の政治を行ったと評された太宗の政務に向かう姿勢は見事だと思います。



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