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ワイドレンズ(ロン・アドナー)

(注:本稿は、2014年に初投稿したものの再録です)

 この手のイノベーション論の著作は数多く出ていますね。正直食傷気味ではありますが、本書は具体例として登場している商品・サービスが比較的身近で新しいので、ちょっと興味をもって手にとってみました。

 著者の問題意識は「はじめに」の章で端的に示されています。

(p viより引用) どのような状況であれ、成功は自社の努力だけではなく、自社の周りを取り巻くイノベーション・エコシステム(生態系)を形作るパートナーたちの能力、やる気、可能性にもかかっているのだ。

 すなわち、

(p17より引用) 戦略を成功させるためには、自社のイノベーションを管理するだけでは十分でなく、イノベーション・エコシステムを管理することが一番重要である。

との主張です。

 著者は、多くの従来型成功企業においてはこの「イノベーション・エコシステム」の管理が苦手だと指摘しています。
 こういった企業の過去の成功体験は、しばしば、画期的な新技術や革新的商品の開発といった自社に閉じたリソースの活用に拠るものでした。今日のような複雑なバリューチェーンを辿る“エコシステム”は、その成功の必要条件にはなっていなかったのです。

 著者は、この“エコシステム”を前提としたイノベーション戦略を遂行するにあたってリスクとして3つ挙げています。

(p21より引用)
・実行リスク・・・要求された時間内で、仕様を満たすイノベーションを実現できるかどうかのリスク
・コーイノベーション・リスク・・・自身のイノベーションの商業的成功は他のイノベーションの商業化に依存するリスク
・アダプションチェーン・リスク・・・パートナーがまずイノベーションを受け入れなければ、顧客が最終提供価値を評価することすらできないリスク

 この3つのリスクのうち、本書では後の2つ「コーイノベーション・リスク」と「アダプションチェーン・リスク」について採り上げて、数多くの実例を挙げながら詳細に論じています。
 このリスクがまさに今日における「イノベーションを活かすための『死角』」であり、それを照らす「ワイドレンズ」が必要だと説いているのです。

 本書で展開されている著者の主張は、とても参考になるものです。
 その中からいくつか書き留めておきましょう。

 まずは、“エコシステム”における「リーダーシップ」について論じている部分です。

(p133より引用) 忘れないでほしい。リーダーシップの試金石は、他の皆がついて行くことに合意することだ。他の皆も成功するときにのみ、リーダーシップは生じる。効果的なリーダーは、エコシステムの構造を構築し、公正な基準と一貫性を確立し、潜在的なフォロワーたちにとっての価値がそこにあることを納得させる。

 “エコシステム”のフォロワーも含めた構成メンバ全員が「利益」を享受するスキームを自らリスクを取りつつ作り上げ、そのスキームに関係者を巻き込んで成功に導いていく、これが新しいリーダーの役回りなのです。
 従来型成功企業におけるリーダー像とは全く異なりますね。面白い指摘です。

 さて、もう一点は、現代のイノベーションを生む“エコシステム”を構築する3つのステップについて。

(p193より引用) ①最小限の要素によるエコシステム(MVE:Minimum Viable Ecosystem)…ユニークで商業的な価値を創造できる最少限の要素を組み合わせる。
②段階的な拡張…すでにあるMVEのシステムから利益を得ることができる新たな要素を付け加え、価値創造の可能性を増加させる。
③エコシステムの継承と活用…1つのエコシステムの成功要素を活用して、次のエコシステムを構築する。

 この道筋をたどって画期的な成功を収めたのが「アップル」でした。
 スティーブ・ジョブズがまず立ち上げたMVEは、「ipod」+「アップルストア」+「iTunes」という生態系。
 ここに最初の拡張としてiTunesミュージックストアが加わり音楽業界の巻き込んでいきます。そして、本格的な拡張が「iphone」の投入。
 さらにiphoneのエコシステムを継承したのが「ipad」で、今度は出版業界もアップルのエコシステムに取り込まれていったのです。

 ソニーのWalkmanやセハンメディアのmpman、ノキア、パーム、RIMの高機能携帯電話・・・、それらの単体としての機能・性能はアップルの機器に大きく劣ったものではありませんでした。
 しかしながら、そもそものストラテジックコンセプトに絶対的な差があったということです。



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