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「愛がなんだ!ってんだコノヤロウ!!!」第六話-その1【長編小説】

※第一話はコチラ! 第二話はコチラ! 第三話はコチラ!第四話はコチラ

↓ 前回のおはなし。


ワンコから噛み付かれる痛みを初めて知った。ユキヲのばかやろうと向き合うと何かを忘れて何かを思い出す。複雑な気分だ。

 同僚のタカシにクラブに誘われた。オレはこういうトコはパスで。と、言ったのに、タカシは数合わせでいっから来てくれよ、と言って譲らなかったから、渋々、付き合う事にした。職場の関係にヒビが入っても面倒いし断りにくい。
 ガンガンに鳴り響くEDMに合わせて踊り狂う男女の隅で、音に負けないようにクソデカい大声を出して笑い合う男女の輪に、オレはなんとなく馴染めなかった。タカシが話を振ってくれたり、気を遣って酒の好みに合わせて色々持ってきてくれたり、色々やってくれるんだけど、それが逆にオレの存在を白々しくさせる様で嫌な気持ちになって、つらくなって、この部屋にアタシは相応しくないなって気分に虚しくなった。
 こんなギャアギャア喚くことが平常の世界の中で、自分だけしんとしてる訳にもいかないから、タカシに、わりいけどオレやっぱ帰るわ。と言い放って周囲の男女を尻目に、地上へ上がる階段を、ブーツの音をカツカツ響かせ駆け上がった。
 繁華の路地は夜風が吹いてて涼しかった。地下の熱気を軽々吹き流してくれるのが心地よくて、クラブの出入り口の階段脇にたむろして、ユキヨに今日この後付き合え! ってLINEを送ると、タバコに火をつけて薄暗い夜空にフゥーッと息吹きかけ紫煙を放った。
 ユキヨは付き合ってくれるだろうか? 急に連絡して、仕事もあるだろうし、奴には彼女だっている訳で……。いきなり呑みの誘いを一方的に送りつけたって、向こうの気が悪いだけだろうと思う。でも、都会になんとなく馴染めずに一人人混みを眺めながらタバコを吹かすとユキヨに会いたくなる。アイツと居るとなんだか安心できるから。居心地がいい。
 そんな風に黄昏てると、LINEに返信があった。「こんな時間にいきなり連絡してくんなよ! でも、今日はちょうど今飲んでたとこだから許す。新宿のカラオケに来い!」って書いてある。
 何言ってんだコイツ? と思って、オレはフフって笑った。他のやつと飲んでるの珍しいなって思ったけど、コレはなんかあるなとも思って意地悪してやんぞってワクワクしてきた。どうせ、ムシャクシャして一人カラオケで大声張り上げてんだろうなって。想像すると笑ける。
 とりあえず、タカシには伝えとかなきゃな、と思って階段を降りようとすると途中でタカシが駆け上がってきた。タカシはなんか悪かったなって申し訳なさそうに苦く笑ってみせた。
 オレは「お前が謝ることねぇよ。オレだって、もうちょいちゃんと振る舞って迷惑かけないようにすべきだったんだから。こっちこそ悪いな」と、返して、階段をゆっくり登って地上に戻った。
 タカシは、やっぱ帰んのか? って聞いたけど、さすがにこのテンションだと迷惑かけっから今日はやめとくわ。って言って路地を歩き始めた。タカシは俺の背中に向かって、今日は悪かった! 今度埋め合わせすっから! と声をぶつけると、俺は振り返らずに片手を上げて、了解って感じにポーズすると、新宿方面に向かう駅に向かって歩き始めた——。

 めんどくせぇー……。新宿のカラ館って言われても、新宿にいくつカラ館があんのかわかってんのか? ってブチギレそうになる。LINEで、てめーもちっとは分かりやすく場所を説明しやがれよ! って送っても、既読なし。アノヤロウ、ぜってー殴る。マイクはたき落として、頭平手打ちしてマイクに向かって大声で、コノヤロウもうちょいちゃんと場所わかるように書け! 不貞腐れんな! って言ってやる。
 チッって舌打ちしてスマホを揺らして貧乏ゆすりする。ったく、ざけんな。ビルの山を眺めて吐き気がしてくる。何軒かあるのは知ってるけど、場所なんかちゃんと覚えてねえんだよ……。仕方なくスマホでカラ館の場所を調べる。マジでどこだよ……。ってか部屋番も書いてねぇし、行っても受付のおにーさんにハッ? って言われんだろ。
 頭掻きむしりながらイライラが募っていくと、LINEに返信が来た。ごめんごめん。新宿の一番近いとこ。中央口? 部屋はファーストクラスクラスルームで、胡田で四人予約の部屋ですっていえば伝わるから。って。
え? 何? 四人? ファーストクラス? ってか何で勝手にオレの名前で予約してんだよ。って、返しても返事なし。
 だぁっーっもうイライラする。いくしかねーっ。言って説教だ。四人ってなんだよ? アノヤロウ! ゼッテーに説教だ。
 改札を通り抜けして、反対側の中央口まで、ブーツの音を鳴り響かせながら地面を踏みつけるように歩く。モーゼが海をパックリと割ってみせたみたいに、通行人達は道を勝手に譲ってくれっけどそりゃそうだ。こっちは全身から怒りのオーラが滲んでんだから。朝まで説教してげろげろにしてやる。怒りの笑みを浮かべて、カラ館に向かった。
 受付のおにーさんに、たどたどしく、「えっと、ファーストクラス? の、胡田で予約してんですけど。四人で。四人。えと……。部屋番号わかんないすけど、どこだかわかります?」と聞くと、慣れた様子で、それなら上あがってもらって、まっすぐの一番奥の左ですね。と、事務的に返された。
 あっそうですか。ありがとうございます。と、ボソッと返すと、ブーツをカツカツいわせながら階段駆け上がって、言われた通りにズンズン奥まで進む。今の説明もざっくりしてて、ホントあってんのかよ? と、不安だったから、チラチラ一部屋一部屋覗きながら進むと、一番奥からやたらとウッセー激唱が聞こえてくる。しかも、こりゃあきらかにユキヨの声だ。しかも、女の声も聞こえる。めっちゃ爆唱してるのが音漏れしてる。
 オレは部屋の目の前まで着くと、引き気味な自分を落ち着かせるように一度深呼吸してから、ゆっくりと恐る恐るノブに手をかけて、重い防音扉を押し開けた。
 ウッセーー声が部屋の中、目一杯に響いて震えわせていた。そりゃオレだって震える。
 だって、ユキヨと一緒に爆唱してんのが、バーで会ったねぇーちゃんの、あすかちゃんだったから。
 しかも、二人はソファの上に立って頭ガンガン振りながらヘビメタを気持ち良さそうに叫んでいた。カオス。部屋を出たくなったけど、すぐに、あっ! イチカちゃーん! ひっさしぶりー! って声かけられて退出の一手を封じられた。あすかは満面の笑みでこっちに手を振った。

 部屋中に爆音が響いてるから、自分でもびっくりするほどデッカい声で、
「ハ? 何であすかちゃんいんの? ってか何で二人で爆音で歌ってんだよ? カラ館の場所も大雑把につたえてくっし、何なんだオマエらは! 一個一個説明しろ! この飲んだくれが!」
 扉を思いっきり閉めて音が漏れないようにしながら、テーブルのグラスを睨みつける。二杯でハイテンションって頭バグってんじゃねぇのか……? って、呆れてものも言えない。
 ユキヨはオレを無視して歌うのをやめないから、諦めて巻波あすかの隣に陣取って座った。これは何かに巻き込まれたんだわ……クソだりー……って気分でソファにどかっと背中をびったりとつけて座って、両手を広げて天井を仰ぎ見る。頭を整理する為にボッーっと天井をみつめると、巻波あすかが、ソファの上に立ったまま、真上から顔を覗き込んできた。
「ふふふ。イチカちゃんでもさすがに驚いたでしょ。入ってきた時、いいリアクションしてたよ」と、ニヤついて言った。
「今度、一緒に飲もうな! って言った。いったわ。でも、なんで舞城ユキヨといんだ? だぁー! わからん! 説明をくれ!」
 あすかに助けを乞うた。気味が悪すぎるから早く説明が欲しかった。
「最近、このリアクション見放題だから楽しくてしょうがないんだよね!」
 彼女は小さい子供のようにソファの上で跳ね回って言った。だー! やめろやめろ! 彼女の服を掴んで止めると、はよ説明! と叫んだ。ユキヨはまだ歌ってやがる。あすかはニヤってして、
「まぁね。色々あんのよ。何回も説明してるからめんどくさいけど、イチカちゃんには、とっておきのサプライズなんだから!」
そう言うと、腰を下ろしてアタシの耳元で、舞城ユキヨが実は今の仕事の担当者で、仕事の席で偶然に出会って、前に一緒に飲もう! って言ったから、舞城クンの方から誘ってイチカちゃんを驚かせよう! って画策したことを説明した。それを聞いて、ヤな予感がした。
「ちょっと待て。あすかちゃんがユキヨと偶々仕事で一緒になったってのはわかるけど、何で二人でヘビメタ歌ってんの?」
「いやさ、ユキヨクンに聞いたら、この際ガンガンにテンション上げちゃいましょうよ! って言ったから、お互いテンション上がりそうな曲出し合って、一番いい感じそうなのがこれだったの」
「それでヘビメタて……。テキトーに騒ぎゃいいってもんじゃねえだろ」
「ちがうちがう。たまたま、出し合ったらヘビメタで被ったんだよ! だから余計に盛り上がっちゃって!」
 あすかは楽しそうに言って笑った。ユキヨが歌ってるのに合わせて手を叩いてリズムをとる。コイツら終わってるわ……。と思いながら、次の疑問に移る。
「何で俺が誘ったのにタイミング良く二人でカラオケ?」
「うーん。私聞いたの、飲み行くとしたらいつー? って、そしたらユキヨクンが、今日ならイチカちゃんの方から飲みに誘ってくるはずだから、今日がいいって」
「何で先読みされてんだ……」
「先月飲んだ時に、飲み会誘われてんだけど行きたくねーって言ってたから、ってユキヨクンがね」
 嗚呼……後悔。呑んでペラペラ喋るもんじゃねえな…。オレもアイツと同じ類だってことかよ……。ハァとため息ついた。お酒飲むならアタシのあげるよ! ってあすかが言ったので、じゃあ遠慮なくって煽った。レモンサワー、下手に飲みまくったら次の日丸々一日台無しになりそうな味がした。ふうと一息つくと次の疑問が浮かんだ。
「そういやさ。四人で予約ってなってるらしいけどなんで?」
 あすかはビクッとして、うーんなんでだろねー……と誤魔化すように言ったのを見逃さず、細めで睨みつけて「やっぱなんかあんだな!」と、言い迫った。
 その時にちょうど曲のラストのサビが終わって、ギターを掻き鳴らすようなアウトロの展開を迎えていた。激しいサウンドに合わせてユキヨが、ソファの上に聳え立って、
「イチカ! 俺はお前に今日戦いを挑む!」
酔っ払い過ぎて、ホントにイカれたか?
「けどな! お前に一人で挑んだって勝ち目はねえ! だから、同盟を組んだ! 対イチカ同盟だ!」
そう言うと両手両足を大きく上げて天を仰ぐ。海賊王にでもなんのかよって具合に力強くポーズしてみせた。
 あすかに「コイツ壊れたのか?」って聞いたら「んー……。壊れては……いないとは思うなあ。アタシも対イチカ同盟に加えられてるのは事実だから。ただ、ちょっとビビってるのを隠そうとしてるだけだと思う」
 あすかは苦笑いしてみせてサワーに口をつけた。ちょうどそのタイミングで、店員が銀色のお盆にの上にレモンサワーのグラスを四つ乗せて入ってきた。失礼しまーす、と言ってドアを開けた店員は、マイクを持ちソファの上で仁王立ちする男を見ると一瞬固まって、何も見なかった素振りで淡々とテーブルにグラスを置いていった。オレとあすかは空のグラスをサッと店員側に寄せて、すんません、コレ片してもらっていいですか? と言い、入れ替えるように運ばれてきたレモンサワーを手元に引き寄せた。店員は、あっ、わかりました、と手慣れた感じで盆にグラスを乗せて、失礼しましたー、と、ひとこと言って部屋を出る。
 盛り上がりに水差されて呆然としていたユキヨにオレは「そんなトコに立ってないで座れよ。今みたいの恥ずいだろ」と言うと、おとなしくソファに腰掛けた。呆れるオレとショボくれるユキヨのやり取りを見て、あすかは笑った。
 曲が終わり、次の曲のタイトルが表示されるタイミングで、あすかが、
「あっ。LINEきた。前についたって!」と、ユキヨに言った。
 ユキヨはそれを聞くと背筋がピンと張って緊張が体に現れた。何かヤな予感を感じて「そういや、もう一人は誰なんだよ」と聞くと、まぁまぁ到着するまで待とうよ、と、あすかが言い、曲停止ボタンを押した。予約していた曲も一つずつキャンセルしていって、選曲予約を全てサラにすると、もう一人の到着を待った。
 ユキヨは、さっきまでの威勢が失せて表情が固まっている。部屋の中が急にしんと静まり返り、緊張感に包まれて、急に不穏な空気を醸す。
 オレは頭をめぐらせてユキヨとあすかと自分を繋ぐ線を引いてみたりして、何かあったか考えたが、一向に当てがなかった。ユキヨが怒ってることねぇ……と、ある出来事が頭を掠めると、勢いよくガチャっとドアが開いた。
 あすかは、入って来た女子の姿を見るとはしゃぎながら「トーリちゃん! おひさしぶりー! いつぶりだっけー?」あすかは手を振って彼女を迎え入れた。
「あすかちゃんおひさ。半年ぶりだよー! あっ、イッちゃんも久しぶりっ。あの時以来だね」
 及川トウリは二人に手を振ると、あすかに対してにこやかに笑って見せた。
 170センチ以上あるスラっとしたモデル体型で、背中まで伸びた艶やかな黒髪と、黒のトレンチをベースに、全身黒一色のコーデをしている。
 みんなの顔をひとしきり見て、そしてユキヨの方を向いて、腰を曲げて丁寧にお辞儀をすると「ユキヨくんあの時以来だね。おひさしぶり」と言って、バツが悪そうに目線を外しながら笑って挨拶した。
 ユキヨは「トウリさん。お久しぶりです」と、硬直したまま深々と頭を下げた。
 及川トウリはユキヨとイチカを交互に見つめると、ユキヨの横に座って、彼をソファの中心にくるようにうながした。ユキヨは焦りながらそれに従う。
 オレはこれから何が始まるのかを直感的に察して、ハァと溜息をつくと、
「なるほどな。対イチカ同盟の意味が分かった。今日はオレが吊し上げられる時間なんだな。でも、なんであすかちゃんが居るんだよ」あすかはトウリに目を配ると、「トーリちゃんとは、数年前からの知り合いなの。仕事関係で知り合って、飲み行ったり、女子会開いたりけっこうしてたんだよね」
「そうそう。私達サバサバ系で性格が合うから二人で色々やったよね」
「ここんとこ忙しくて誘えてなくてごめんね! しかも、こんな形で久々の再会ってホントあやまんなきゃいけない」
 トウリは手を振って「全然構わないよ。舞城くんから連絡あって嬉しかったし、イッちゃんには言わなきゃいけないこと沢山あるから鬱憤溜まってたし。むしろ、あすかちゃんが居てくれた方が、断然話やすい空気になるだろうし」彼女は優しく微笑んだ。
 ついでにユキヨの顔も見つめて意味ありげに微笑んだ。トウリが横に座ると、ユキヨは一層ガチガチに緊張していた。
 あすかが先陣を切って「さてと。まずはイチカちゃんはユキヨクンの横に座りなさい」
そう言うと席をずれるように促して、イチカがユキヨの横に来るようにした。
 ソファには左から、トウリ・ユキヨ・イチカ・あすかの順に座る形になった。
「で! それからトウリちゃんはイチカちゃんに言いたい事があるらしいの。で、ユキヨクンもイチカちゃんに一発喰らわせてやりたいと。アタシはそれを見て、ちゃちゃいれる役だから。こっからは泥試合ってことで。イチカちゃん。何のお説教されるか理解できた?」
 あすかは、そこまで言うとニヤついてオレの表情を楽しんでいた。オレはハァと溜息をつくと、「しゃあない。言いたい事言えよ。」と、言って気怠さを隠さずにサワーに口をつけた。
 トウリが機先を制する。「ちょっと! 真面目に聞きなさい! イッちゃんの悪いとこ! アンタに何回連絡したかわかってんの? 何で返信しないの? 何で、アタシに説明しないの? アタシだって混乱してんだ! だから説明しやがれ!」
 トウリが捲し立てると、オレは怠さと申し訳なさが混在した表情で、
「わるかったよ。まさか、二人がそんな怒ると思ってなかったんだって。トウリならうまーく、くだまいてるユキヨを介抱してやれるかな? ってそんな感じ。でもよ。その後で二人とも滅茶苦茶キレてるから、どうしたらいいのかわかんなくて……。返せなかった。ごめん」グラスを睨むように、言葉を絞り出してイチカは謝罪の言葉を述べた。
 何でそんな言われなきゃならねぇんだよ……とも、思ったけど、ユキヨもトウリも同様にオレに怒ったから、さすがに申し訳なさが先に立った。でも、自分から謝るのは気が重かった。それを見てあすかは、
「へー。あんま知らなかっただけど、トーリちゃんも怒ってたんだ。しかも、イチカちゃんに何度も怒りの文章をぶつけてると。そこ意外だった」と、補足しながら驚いてみせる。
 トウリは「ん? あすかちゃんはユキヨくんから聞いたの? あのことを。ユキヨくんペラペラ喋ったの? まぁイッちゃんならペラペラ当たり前な感じで、ふつーにしゃべると思うんだけどね。」と言って、ユキヨとオレを軽く睨んだ。
「ちがうんだよこれが。そこはイチカちゃんが悪いの。この子ね、SNSに日記と称して何があったかーとかこんな面白いことがあったーとかって、名前は伏せてるけど知り合いが見たら、かなり想像できるくらいに書き込んでんの。だから、ユキヨクンに聞くまでもなくて、色々知っちゃったって訳ですよ。ユキヨクンからは、今回の会の提案をされただけだから。あすかさんなら間を取り持ってくれそうだからって」
 ユキヨは黙って首を縦に振り、うんうん頷きながら、俺は言ってないコイツが悪い。って視線をオレに向けた。ユキヨは真剣な顔してトウリにも目配せして断固として違う! の意思表示をした。
「ハ? マジでドユコトなの? SNSって? ツイッターとかそゆうの? 何やってんのマジで?」
 それを待ってましたと言わんばかりに、あすかはスマホの画面を突き付けた。そこにはツイッターの文章とインスタに貼られた写真の数々が並んでいた。イチカとトウリが酔い潰れたユキヨを面白がるように、三人で撮った写真も当然のように載せられていた。
 トウリはスマホを取り上げて、それを睨むように微に入り細に入りスクロールしながら読みこんだ。眉間の皺が一番濃くなった時に、オレを睨み付けると、
「イッちゃん! アンタ頭おかしいんじゃないの? こんなの載せていいなんてアタシ言ってませんけど! そんで、なんであすかちゃんがイッちゃんのSNSの事を知ってんの? そんな事細かに書いてるやつを飲みで一回会っただけの女の子に見せんの? ハァ? マジで何してんの! イッちゃんさぁ!」
 端正な顔立ちからは想像つかないような、怒りを込めた表情でオレを睨みつける。画面に視線を移してスクロールしながら、その度に皺が濃くなったり目を見開いたりしながら驚きを表して、そしてまたオレを睨みつける。
 ユキヨは、ただただ首を縦にうんうんと振って、無言の同意を示した。ユキヨも眉間に皺寄せて怒りを表していた。
「だぁー。だから、悪かったって。消す消す。消すから。悪かったって。オレが悪い! 今日はオレが奢るから。それでチャラにさせてくれ」不貞腐れて吐き捨てるように言った。
 それを聞いたトウリは怒りのギアが一段階上がって、今にも机をひっくり返しかねない勢いで立ち上がってみせたが、それよりも拳を握り締め怒りにわなわな震えている奴がいた。
「お前! そういうことを言ってんじゃねえだろ! 二人の前でちゃんと謝れってんだ! 自分が何やったかって分かって言ってんのか? そんな怒ることでもねぇってのか! ああ? ならそれでいいわ! でもな! その態度は俺に対してはいいわ、何度してくれたってかまわん。だけどな! トウリさんに対してちゃんと謝れ! オマエはこの人にどんだけ恥かかせたのか分かってんのか!」
 トウリが怒りを吐き出そうとする前に、ユキヨが頭に血を登せて真っ赤になりながら叫んだ。
 オレは、吠える為にカラオケってことか……と、妙に冷静なことを考えた。怒りに震える二人を気怠く見つめると、
「ホント……悪かったよ……」と、ボソッと口にした。そのまま視線を足下に降ろす。
 その姿を見て、言う事がなくなったのか、少しの間、沈黙が続いた。
 あすかが口を開く「うーん。これでもイチカちゃん的にはちゃんと反省してるってことじゃない? 二人だって気持ち伝わってるから黙っちゃったんでしょ?」
 トウリはすっと腰を戻し、ユキヨはオレの様子を見ると、黙ったまま真剣な顔でオレを見つめた。そこで急にあすかが手を挙げて話しだす。
「ちょっとさ。アタシ的にここで疑問があります。何となく知ってるけど、ちゃんと整理して三人の中で何があったのかを教えてほしーなって。トウリちゃんを呼んだのは、トウリちゃんの口から聞くべきかなって思ったからなの。その方が詳細をしっかり話してくれそうだから、この二人じゃ話してる途中でケンカ始めるだけだから」あすかはそう言って、その場を取り纏めた。
 それを聞くとトウリはゆっくりと話し始めた。オレは足下に目をやりながら、あの日のことを思い返していた——。

 いつも二人だけで飲む席に、サプライズでトウリを呼んだ。トウリにはユキヨって飲み仲間がいるんだけど、パッとしない奴で女っ気ないから一緒に付き合ってやってくんない? って言って。
 トウリは、イッちゃんが言うなら行くけど、変な感じで絡まれたりとか気持ちわりーってなったらすぐ帰るからね! って返事がきた。まぁいい奴ではあるから今日だけ付き合ってやってくれよって頼んで。
 そうして、毎度お馴染みの居酒屋でユキヨと待ち合わせして、いつもの様に二人で酒を突き合わせていた。
 そこに、でっかいサングラスをかけた女性が席を探しに現れる。彼女は背中の大きく空いたワンピースと大きいイヤリングとアンクレットを付けて、相変わらず黒一色で統一している。
 オレはその姿に気づいてコッチコッチ! と、手を振って席へ呼んだ。
 夜なのにでっかいサングラスかけた彼女は、サングラスを外して笑顔を向けると、
「イッちゃんおひさー。あっ。どうもこんばんは。及川トウリと言います。今日は、えっとー」
「今日はユキヨには言ってないから。びっくりしただろ!ほら、こっち!」ユキヨの横の席を指指して、座るように促した。
 ユキヨは驚いて唖然としていたが、オレが席を空けるように言うと、慌てて席に置いてある鞄をどかして彼女を席へ座るように合図した。
「じゃあ、お邪魔します。えと、改めまして及川トウリと言います。イチカちゃんとはけっこう前から知り合いで、たまに飲みに行ったりしてるんだよね」
「そうそう。絡まれてるとこを助けてやったら意気投合しちゃってな。そっから、たまに飲んだりしてんだよ。で、お前にも紹介してやろうと思って今日は呼んだんだよ」
 こんな店には似合わない容貌をした彼女に、ユキヨはあからさまにビビっていた。まぁそりゃそうだと思う。席を探すまでの間の短い時間に、他の客からの視線を一斉に釘付けにするくらいの美人だったから。
 ユキヨちゃんには似合わない、けど、コイツの知らないタイプの女性と触れ合わせやりたいって気分でトウリを誘ってみた。
 ユキヨはちょっと肩に力が入ったまま「どうも。舞城ユキヨと言います。えと、イチカとは同級生で、いつもこんな感じで二人呑みしたりしてんですけど、今日はかなりビックリしました。こんな綺麗な人が来るなんて知らなくて……」
「カワイイってよ! うぶなユキヨちゃんは相変わらず可愛いなー」
 オレはユキヨの姿をみて揶揄った。ウルセー! 何で来ること言わねえんだよ! と、小声でオレに言ったが、その顔が見てーからに決まってんだろ! って笑いながら返してやった。
 トウリは「普段、こうゆうトコで飲まないから、アタシも緊張してるんだ。だから、お互い様って感じで」と言って、ユキヨに微笑みかけた。その顔を見て、ユキヨはビッと背筋を正した。それを見て、トウリとオレは緊張しすぎだろって笑って揶揄った。
 ユキヨは始めのうちは緊張でチビチビ酒を飲みながらトウリの話を聞いていた。普段何してる? とか、イチカとの出会いとか、そんなことを色々と。トウリが来る前に少し飲んでいたし、緊張を紛らわせる為に酒が進むペースが早まったのもあって、ユキヨも段々と調子に乗ってきた。トウリの話をうんうん頷きながら聞いて、へぇーとかそうなんですね! とかって、リアクションが大きくなって、トウリは始めは大丈夫? 飲みすぎてない? って言って少し引いていたけれど、大丈夫ですよ! トウリさんの話もっと聞きたいです! とかって言うユキヨを見て、段々と面白いねって、笑いながら微笑み返したりしていた。
 オレは二人のやりとりがいい感じになってきたなとホッとした。ユキヨも楽しそうだし。それに一番安心したかもしれない。コイツこんな話すんだなって意外だった。
 ユキヨが「そういえばトウリさんはどんな仕事してるんですか?」と、何気になく聞いた。
 少し酒が回っていたから思いつきで聞いただけだろうけど、トウリの顔色が少し曇ったので、ヤベって思って、
「いや! ほら! バーテンだよ! バーテンダー! お客にお酒作ってあげるやつ」ってオレがフォローすると
「そっかあ! 凄いですね! バーテンダーかぁー。確かに、こんな人にお酒作ってもらったら嬉しいなって思います。三割り増しで美味しく感じそう」って無邪気に言った。
 いつもより酔いが早いなと気づいた。下手なこと言い出す前に止めねえと、と対句を考えて焦っていると、イチカが、
「うーん。バーテンダーって感じじゃないかな。ちょっと違うかも。イッちゃんは気を遣ってくれてるけど、まぁ要は夜のお店なの。別に隠したいとかってこともないんだけど、お酒作って横に座って話を聞く。みたいなね。だから、そんないいものって感じじゃないんだ」と、苦く笑ってユキヨに返した。
 ユキヨの無邪気さに気が重くなったのかもしれない。酔いが回るとコイツは相手の目を一直線に見て、キラキラ瞳を輝かせて色々言い始める癖がある。それに罪悪感を引き摺り出される。
 ユキヨはトウリの言葉を聞いて、一瞬言葉に詰まると「でも、凄く、格好いいです」トウリは「ありがと」と、社交辞令的に返した。けれど、ユキヨは続けて、
「いやホント。服装とか出立ちとトウリさんの全部がかっこいいなって。モデルさんみたいな雰囲気で。そんな人が横に座ってにこやかに話してくれてるの、なんか冴えない自分にはもったいなって」
「そんなことないよ。コレがアタシの仕事みたいなもんだからね。人の話聞いて、相槌打って、うんうんって。くだんねーなって思う時もあるんだ。でも、ホント喜んでくれたり、楽しむだけに来てくれたり、そうゆーのは好きなのかも。ユキヨくんにもそれをしてるだけっちゃだけだよ」
「でも、それでも、楽しいです。こうやって明け透けに話してくれる時間が楽しいんすよ。楽しくて、素敵に感じて、キラキラ見える。俺とは全然世界が違うから。デスクに座ってうだうだして一日終わる。嫌味言われたりして。そんな人間からすると、生きる為に一生懸命に働いてるっていう感覚が伝わってくる。トウリさんと話してると伝わってくるんす」
 ユキヨは酔って、語尾がちょっと砕けてきてる。
 オレといる時とちょっと違う、真っ直ぐ見据える視線に複雑な気分がした。
 トウリは何ともいえない顔して「ありがと。ユキヨくん飲み過ぎだよ。嬉しいけど、口説かないでね。アタシってめんどいのヤダからサラッと飲もうよ」と、ユキヨの絡みをいなそうとした。
 けれど、ユキヨは引かずにトウリを見やって、「たしか……に、酔ってっかもしれません。でも、嬉しいってことだけ言いたくて。なんか、初対面の奴に言いにくいじゃないですか。特にこんなボンクラ相手だと、水商売ですよ、なんて言ったら、馬鹿みたいに下心丸出しで近寄りそうな感じするだろうし。それでも、打ち明けてくれる嬉しさをトウリさんに知って欲しくて」
 トウリは聞くと、ちょっと考え事をした表情をして、「アタシって、その前は色々やってたんだよ。モデルになりたい! った出てきて、でも、なんか上手くいきそうもなくて、お金の為に色々やった。キャンペーンガールとか販促のお姉ちゃんとか、それでもまわんなくなって、夜の商売も色々やったんだ。ユキヨくんには刺激が強すぎることもしてきた。だから、そうやって素敵素敵って言われたり、格好いいって言われたりする資格ないよ」
 トウリの表情が更に曇ってきたのに気づいて、オレはそろそろ絡むのやめろよって止めたけど、ユキヨは手でオレを制して、
「それが、カッコいいんですよ。なんとかして生きようって姿勢が。何やっても生きようって。自分らしくいる為に、自分の好きな格好して、私らしく生きるぞ! って感じ。だから、みんな釘付けになるんですよ。やましい考えも、もちろんあると思います。綺麗な人にやましさゼロで接することできる奴なんていませんから! でも、でも、出立ちで分かります。大事にしてる部分とか、話す時にふと見せる柔らかい表情とか、そんなひとつひとつが素敵とか格好いいとかって変換されんです。俺なんか何もないです。家の中でうっーって唸って、一人で何やってんだとか考えても、何も自分を表現できないんです。会社で押し付けられた仕事をあくせくこなして一日が終わって何やってんだろ……って。それと比較してキラキラが止まらないなって。世界が違うのを感じて、こうやって横でお話しを聞く時間がいいんです。それだけで……それだけで……いいんです。トウリさんはホント輝いて素敵ですよ……」
 そうやって言葉を並べ立てながら、少しずつ船を漕ぎ始めた。素敵、素敵ってフレーズを繰り返して、言いたい事を言うと、テーブルに突っ伏して、小さな声で素敵だなぁ……凄いなぁ……って言葉を繰り返し呟いていた。
 トウリはその姿をジッと見て、ユキヨくんっていつもこうなの? ってオレに聞いた。オレは、まあこんな感じだわ。でも、トウリが来て舞い上がったのか、潰れるのがいつもより早いな、って返した。
 トウリはユキヨの姿を見つめて「この子って変わってるね」と、呟いた。「どう? コイツのこと気に入った?」と、オレが聞くと、コクンと頷いた。
「恥とか邪念とか大人っぽい気遣いとか突破して、思ってること全部吐き出しちゃうタイプなんだなぁって」
「コイツを固定客にしたら儲かると思うぞ」
 オレは意地悪く言った。けれど、イチカはムッとした顔をして、「そんなヒドイ事しないから。第一に、この子はうちの店なんて来ないよ。うぶすぎて似合わないし、このテの子は店をめちゃくちゃにしちゃうもん」
 オレはキョトンとした顔で「めちゃくちゃってなんで?」と聞くと、
「こういう実直バカは客にならないんだ。お金を渋るの。ケチとかじゃなくて、この子の為とか、そう言ってこっちの悩みを聞き出しちゃうの、そうすると、あれよあれよという間に店の子がこの子を求めちゃう。素直な馬鹿は病める乙女には尊大すぎるから。多分だけど、この子ってどんな子にも分け隔てなく優しいタイプでしょ?」
 と、オレに聞いた。
「プライベート全部知ってる訳じゃないけど、見てる感じは完全平等って感じだな。なあんにも考えてないようで気が利くタイプっていうか。この前、店員が先出し持ってくるの忘れた時に、小声でそっと先出しってありましたっけ? って聞いて、慌ててすみませんお持ちします! って言ったのに対して、いやいや全然平気ですよ。俺もバイトしてた頃によくやったんですよ。先にチビチビお酒飲んでゆっくり待ってますから。料理も慌てないでゆっくりでいいですよ。どうせ、ダラダラ呑んで長居するんで。って返しててさ。店員が去ってから、お前って居酒屋のバイト経験ってあったっけ? って聞いたら、ないよって言うんだよ。あれ嘘だから、って。気を引く為だからってそりゃないだろって言ったら、最低限でも気を悪くしてほしくないなって思って、って言いやがんの。俺だって下っ端だから些細な事で怒られて凹むの分かるし、俺が繕って少しでも頑張ろって思ってくれるなら、それでいいからって。そんなことを言うタイプだな。オレは唖然としたけど、その時にコイツと一緒に呑んでる意味がわかったなって思ったんだよね」
 オレはその時のことをたまに思い出す。それで、不思議な気分になる。何だろうあの胸が空く感じ。その感じをトウリも感じてるんだろか? 複雑な心境だけど理解できる気がした。
 それを聞いたトウリはユキヨの姿を見て「この子寝ちゃったね」と、呟いた。不思議な動物を観察するように見つめていた。
「おーい! 起きろよ! ダメだ! 寝息立ててる。ったく潰れんの、はえーんだよ。いつもは、もちっと持つんだけどなぁ」と、言うと、
「イッちゃんってお酒強いよね。この子が先に潰れて、そっから送るの? それとも家に泊めたりしてんの?」と、キョトンとした顔で聞いてきた。
「そんなんじゃねえって。起きるまで待って、肩貸し合いながら始発で帰んの。それが無理ならタクシーに乗っける。コイツの家は知ってるから、運ちゃんに伝えて送ってもらう訳よ」
それを聞いて、「この子と付き合ってないの? 男女の関係も?」
「ないない。オレはそういうの求めないコイツと呑んでんだから」
 それを聞くと、フーン……と、鼻で言ってユキヨを見つめた。その時にオレは閃いた。
「うーん……。コレ言っていいのかね……」オレは親友の悩みに頭を抱える芝居を打つ。
「何?」
「いやさ。ずっと前から一度もやった事ないってのがコンプレックスだって嘆いてて。オレはそういうタイプじゃないから油断してボロボロ喋るんだよ。なんか上手くいかないー。女性と話せないー。いっそ経験豊富な美人でも連れてこよっか? って聞いたら、そんな都合のいいことある訳ないだろって、あったら紹介して欲しいくらいだよーって嘆くんだよ」
 ふーん。と言ってユキヨを見つめると、「そんな子にはおもえないんだけどなあ。まぁ三十近くなってくればだれだってそうゆうこと思うもんね」と、ボソリと言った。
「だからさ。いつか紹介してあげられないかなーって。ずっと思ってたんだわ。だって、酔い潰れかけるといっつもそんなことをうわ言で呟くんだぜ。なんか、不憫に思っちゃってさあ。それで、トウリちゃんに声かけたんだわ」
「それでアタシってことか。イっちゃんって変わった友達は多いけど、こういう子の相手できそうな女友達ってあんまいないもんね」
「いない。いない。まぁ、それっぽい人はいても、コイツのこと傷つけそうなのを外すと誰もいなくなっちゃうから。トウリちゃんには、いつかコイツのことを紹介してやりたいなってね」
 心根では邪な感情が右往左往していた。
 コウモリみたいな羽を生やしたオレが寝息を立てるコイツの周りをパタパタ飛び回って三叉の槍でちくちく刺している。
 コイツは度胸がない。甲斐性もない。努力はしても実行性がない。そんな奴にとっちゃこんなチャンス、一生に一度すら巡って来ないはずだ。
 トウリを見る。彼女は寝息を立ててスヤスヤしている子犬に釘付けだった。まさか、こんなに早く打ち解けるとは思ってなかったけど……。
 コイツに運命の出会いを作ってやりたいって気持ちと、その運命をオレがいぢくってやるって悪戯心の双方が、ユキヨに突き刺さっていた。
 トウリはボンヤリした様子で時計に目を遣ると「もうこんな時間じゃん!」と、言った。オレもスマホで時間を確認する。午前一時を超えていた。
「アタシ来るの遅くなっちゃったからなあ。ゴメンネ」オレに向かって申し訳なさそうに言う。
「ぜんっぜん大丈夫! 問題ねーから。オレの方は終電ギリであるし、こっから近いからダメならタクシーでもつかまえっから」にこやかに振る舞ってから、ユキヨを見て、
「あー……。でも、コイツん家はこっから遠いんだわ……。方向も逆で、そっちだと……。んー。やべ、もう終電過ぎてるかもしんない」と、演技した。
 多分、終電は終わってる。でも、コイツの家はホントはそう遠くない。ちょっと頑張れば歩いて三十分で着く。何度もふらつきながら歩いて帰る後ろ姿を見てきた。オレはその光景を思い出しながら嘘を吐いた。コイツの為に……と。
 トウリはそれを聞いて「アタシん家近いから、アタシ引き受けようか?」と、言った。
「あー……そりゃ悪いよ。行き先伝えてタクシー乗せれば何とかなっと思うから、トウリちゃんが無理することねえよ」
 もちろんコレはブラフだ。
「いや、こんな状態でタクシーって……。あとあとめんどいよ。なら、アタシがタクシー乗せて連れてくよ。イッちゃんも介抱したげる気とかないんでしょ。可哀想だよ」
 トウリは気の毒そうな顔でユキヨを見ると、オレを見て念を押すように言った。オレは、んーって考えるフリをして、
「それじゃあ頼むわ。ユキヨもこんな美人に介抱してもらえたら、起きた時めちゃくちゃ喜ぶだろうしな」と、少しふざけた感じに言った。
 コレでユキヨはトウリとくっつくだろうな。くっつかないまでも何もないってわけにゃいかんだろう。
 トウリは、じゃあ今日はアタシに任せて、と言って、グラスに残ったハイボールを飲んだ。オレもお願いなって返して、卓上に並んでる、ツマミとか酒とかに口をつけながら、少しの間、トウリと喋って時間を潰した。
 時計を見ると終電が迫ってる。トウリはそれに気づいて、時間大丈夫? と言うと、オレは慌てた振りをして、「やべ! 終電逃すわ! どしよ……。コイツこのままにして大丈夫? なんか手伝う?」と、わざとらしく焦ってみせると、
「いいよ。いいよ。店員さんに手伝ってもらうから。イっちゃん明日朝から仕事なんでしょ。じゃあ急いで行ったほうがいいよ。コッチはコッチで何とかしとくから。イっちゃんは自分のことに集中しな」そう言ってトウリは、軽く片付けを手伝って店を出るように促した。
 オレは急いで荷物を纏めて、ホントごめんな。ユキヨのことヨロシク! って、手で謝りながら場を後にした。背中に向かって、今度埋め合わせしろよー! って、笑いながらトウリが声をぶつけた。
 オレは慌てたように店を出ると、駅のホーム目掛けて走った。コレでいいよな! って、自分に言い聞かせるように。アイツに幸あれ! って感じで。
 転がればいい。突っ走ればいい。やればなんとかなんだ! ってそう言い聞かせて、ホームを駆け抜けて、終電のドアが閉まるタイミングに滑り込む。
 酔いが回った体には堪えたけど、頭は少しスッキリした。吹っ切れた感じに。座席にどかっと座ると、人がまばらな車内を見渡して、これでいいって自分に言い聞かせた。
 もちろん、明日の予定のことなんて、全くのデタラメだった。


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