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「愛がなんだ!ってんだコノヤロウ!!!」第四話【長編小説】

※第一話はコチラ! 第二話はコチラ

↓ 前回のおはなし。


感じのいいデート。かといって、海風に当たりながら横目に見る彼は格好良くは見えない。それでも、彼といると私の何かが少し落ち着く。

 たっかいねぇ。手をひさしにして私はランドマークタワーを見上げる。
「都内にもおんなじくらい高い建物もあるんだけどねー。それでも、たっかいよねぇ。真下に来るとやっぱでっかいなってなるよね」
 まいちゃんは私の手を握りながら、私の後に続いてビルの頂上をみるように首をあげ、少しからだを反らせながら見上げる。
 コスモワールドを横切って少しずつ横浜ランドマークタワーに近づくと、なぜだかいつも見上げたいなって思ってこうしてしまう。
 日本丸を背にして二人揃って手を繋いで、とっても大きなビルを見上げると、横浜にいるなって特別な感情が湧いてくる。

——今日は横浜駅で待ち合わせてふたりで、みなとみらい線で元町・中華街駅まで電車に乗った。
 朝10時に集合して朝粥をたべいこー! って、夜型の私にはありえないような、急な思いつきで心が跳ねてた。
 この提案をした時にまいちゃんは、ホントに朝でだいじょうぶ? と、心配した。そんなに朝方グズグズなんかな私? っておもったけど、何とかなるって。問題なし。って押し切った。
 私中心の生活に彼を連れ出すのはたのしかった。主人の顔をちらちら伺いながら横をついて回るわんこのようで。かるくつつくときゃんきゃんほえて喜ぶ彼の姿はすきだった。

 10時は中華街。11時前に山下公園から赤レンガまで歩いて、ちょっと海風に当たりながら、コスモワールドの横を抜けてランドマークまで散歩する。そうすると、ちょうどお昼前くらいで気持ちよく展望デッキに登れる。
 そんな感じの淡いプランを頭の中で組み立てていた。彼には告げてないけど、それとなく歩いていれば、いつのまにか後をついてきてくれるだろう。

 山下公園を背にして、手を繋いで中華街の朝陽門をくぐっていく。まいちゃんは新鮮そうに辺りを見回しながら私の横を歩くけれど、私の中では行き先が決まっていて、こっちだよ。ってひっぱりながら彼を連れて歩いた。
 軒先では、目を擦りながら一日の仕込みを気怠そうに行う店主がいたり、甘栗や饅頭を蒸すための屋台の設営をするお姉さんがいたり、店先に置くための土産屋のカートが雑然と表に並んでいたり、この街全体が大あくびして、一日をはじめる下準備をしているように見えた。
 こんな時間に来るのは本当に久々で、まいちゃんも、中華街はむかーしに二度くらい来たかな? って言ってたくらいなので、朝っぱらの中華街を歩く二人は冒険団のように、むじゃきにキョロキョロ辺りを見回しながら、チャイナラビリンスを不安と楽しみが綯い交ぜの感情で彷徨っていた。
 私はまいちゃんにスマホを見せて、このお店ってこっちかな? とか聞いて、うーん、あの曲がり角がこっちだから、ここはこっち? なら、あそこを左じゃない? とかって、道を歩いてはスマホを眺めあって、あっちだこっちだって言い合って、目指すべきお粥黄金郷を目指して、迷路をくねくねと手を取り合って進んだ。
 やっと目的のお店の前に着いた頃には二人とも「おなかへったあ!」って言い合った。
 美味しい朝粥がたべれるお店は、特徴的な看板が目について、私が、あ! あそこあそこ! ってはしゃいで指差した時に、このお店で合ってる? って顔して、まいちゃんは身を縮めた。
 たしかに、中華料理屋? って見た目のお店なのは否定しないけど、行ってみりゃわかるって。あそこのお粥が美味しいんだから! って彼の背中押して、店内に押しやった。
 まいちゃんは、お腹空いてたからもういいや任せるよ! って言いながら店内入ると、整った落ち着いた雰囲気で、まいちゃんは意外そうな顔して打って変わって落ち着いて席についた。
 けっこう歩いたから、まいちゃんが、ふぅと一息ついてると、私がメニュウを広げて、「ここは五目か三鮮が美味しいの。どっち食べる? あ! 両方頼んで交換し合おうか!」ってテンション高く薦めた。
 もうどうにでもなれって感じに、たまちゃんに任せた! って言うから、私は慣れた調子で店員さんを呼んで、五目粥と海鮮粥の中腕を頼んだ。
「ここ来たことあるの?」と、まいちゃんが言うから「んーっ。一、二回かな? でも、場所全然覚えてなかったね」って照れながら笑った。
 注文してからほとんど待たずに運ばれてきた朝粥は、どんぶりから湯気を立てて美味しそうだった。まいちゃんに海鮮粥を、私は五目粥を食べることに決めて、二人で両手を合わせて、いただきます! と、声出して、蓮華で碗から粥を掬って一緒に食べ始めた。
 こんなに食べられるかな? って量に見えるけど、一口食べるとやわらかい味でスッと喉に落ちて、出汁が効いた粥の底を掬うとイカやエビが飛び出した。
「うまぁいね。朝にちょうどいい……。うますぎだよ」って、まいちゃんが喜ぶから、
「でしょ! ワタシ的にここのがいいの! 朝から歩いて腹減るーって、ちょっと疲れて、くたーってなってからの、お粥食べた時にスッキリ喉に落ちてく感じ。たまんないじゃん!」
「わかる! このスッーって感じいい! 目が覚めるってなるね。こっち海鮮だから魚介色々入ってるけど、そっちはどうなの?」
「こっちは、イカとエビと……あと野菜も入ってる。シャキシャキがアクセントでいい感じだよ」
「えー。食べたい……。ちょっと貰っていい?」
「んー。もうちょいこっち食べたい。も少し食べてからこーかん」
「えー。でも、こっちも美味しいよ。魚介の出汁がぷらすされて、魚介たっぷりぷりぷりだよ。美味しいのになー。勿体ないなー」
「めんどくさい釣り方するなぁ……ちょっとね。ちょっと食べ合お」
「よし! なら交換ね。これがつぶ貝かな?」
「あっうま。ホントぷりぷり」
「ちょっと! めっちゃ食べた。丸ごといったでしょ! でも、こっちもシャキシャキで優しくて美味しい……」
「ね! いいでしょ!」
「うん。美味しい。いい。でも、食べすぎだって。あっ! また、イカ食べた!」
 二人ともテンション高く、朝のひと時を楽しんだ。
 すんごくいい朝だなって。昨夜も深夜までグズグズだった私の胃袋がスッキリして満たされる。サラッーっと体の中の色んな感情が流れてったみたいで、来てよかったって心から思った。まいちゃんも楽しそうでよかった。
 朝っぱらから二人でふざけ合ってる感じも新鮮で、灰汁まみれの私の心が洗い流される気持ちよさで本当に楽しかった——。

 ちょうどいいくらいに満たされたお腹をさすりながら中華街を出て、山下公園へ向かうことにした。
 とりあえず、海を見ながら歩こうよってその場の感じで手を取りながら決めて、海を眺めながら公園を二人で歩いた。
 ワンちゃんを散歩させていたり、ランニングしてたり、親子でのんびり過ごしていたり。日常の横浜と、特別な時間を過ごすカップルが手を繋いで歩いていたり。その中の一組に私達がいる。
 まいちゃんは「潮風が涼しいねー」って癖っ毛をはためかせながら、顔を右へ左へ振って風を受けて笑っていた。
 私も、ばさばさってなびく髪が鬱陶しくもあって可笑しくもあって、「涼しいーっていうか、なかなか風強い日に来ちゃった気がするんですけど」って、キャハハってはしゃいだ。
 潮風と舗装された通りの整然とした風景が横浜に来たことを知らせる歓迎の風吹きにも感じられて、二人で、何故かわからないけれど、はしゃぎながら歩いた。あまりに風にあおられると、足を取られないように、互いに腕取り合って体を支えて散歩した。
 まいちゃんの表情はとっても楽しそうで、ちょっぴり恥ずかしげな仕草したり、たまに私の髪がはらけるのを手で払って整えてくれたり。そういったひとつひとつが今までにない新鮮な感じがしたみたいで、それを見てる私もなんだかはしゃぎたくなる感じがして、同調する様に心が踊っていた。気分がダンスしてる。そんな感じ。
 あんまりにも風が強いね、ってなって、ちょっと大通りの方へ足を向けて、通りの歩道を歩いて風を避けてみたり、眺めがいいねってまた海沿いに向かって歩いて、ちょっと奥に見えるパシフィックホテルと観覧車とランドマークタワーを写真に収めたりして。そんな、気まぐれな散歩をたのしんで、赤レンガ倉庫の方向へと向かった。
 この街はずーっと海沿いをつたってデートできる。ずーっと髪は靡くけど、風が強くなればなるほどギュッとする回数も増える。水平線も見えるし、太陽の反射でまぶしくなる瞬間もある。そんな瞬間が意外と日常じゃでない仕草になって二人の距離が縮まる。
 そんな気がして、互いの顔をチラチラ確認しあって、まいちゃんまた髪ボサになってるよーとか、たまちゃんはアホ毛でちゃってるじゃん、ってやり取りがたのしかったし、こんなじゃれあい、まだしてなかったなって。収穫を感じる瞬間が積み重なっていく感じがした——。

 赤レンガ倉庫に着くと、ちょっとお店を覗いてお土産をみてみよーって。でも、けっこう人がいたから掻き分けるようにお店を覗いて、いちおクルって周ってみたものの何だか疲れちゃって、私は「デートスポットってのは、これだからやんなっちゃうね」なんて言ってみた。まいちゃんは「これはこれでデートって感じして好きだけど、それにしても人多いんだね」なんて、お互いやれやれって笑い合って、予定よりもちょっと早いけどランドマークタワーに向けて歩いてこっかって決めた。
 朝はさっき食べたばっかだし、今の時間だとお昼は何だか早くて、食べ歩くのもちょっとなってなって。雰囲気だけたのしんで赤レンガの広場から離れた。じゃあ、コスモワールドの横通ってランドマーク目指そうかって歩き出した。
 ミュージアムもモールもホテルも、何でもある街の横に乗り物がガラガラ音立てて、楽しげなBGMがトゥルトゥル流れるコスモワールドの横を通り過ぎる。
 まいちゃんはじーっとみながら、ああいうの乗ったことある? って聞きながら、わぁおって感じにリアクションしながら、都会にポツンと異様なファンシーを放ってる遊園地を、ぼーっと眺めていた。
 私は、観覧車しか乗ったことないかな? って言うと、途端に興味なさそうな顔してふーんって言いながら、ランドマークタワーってここ真っ直ぐだっけ? って私に問いかけた。私は彼の手を引っ張ってランドマークタワーまで彼を連れてった。

——目の前に立って見上げると、日差しがタワーのガラスに反射する。
「さてと。登りましょうか!」って私が言うと、「先登っちゃうの?したのお店とか見てかなくていいの?」って。
 チッチッチってジェスチャーすると、
「わかってないねえ。まだお腹空いてないじゃん。先登ってからご飯探しに下に籠るんだ。最適解ってやつですね」っとニヤリしてみせた。
 まいちゃんは、そんなもんかねぇって顔して、私に引っ張られながら展望デッキに登る為のエレベーター待ちの列に並んだ。

 体が伸びるんじゃないかってくらいの速度で上昇するエレベーターの中で、私とまいちゃんは握る手の力を強くしながら、気圧の変化のキューって感覚に耐えて、69階の展望デッキに辿り着いた。
 二人でフワフワって感覚でふらふらになって、やっぱりこういうエレベーターって慣れないねって言い合いながら、展望フロアに足を踏み入れると、壁一面ガラスの先にヨコハマの街並みが広がっていた。
 私はちょこちょこ歩いて、ガラスのギリギリまで前まで行って、んっーって伸びすると、まいちゃんを見て「来ましたねぇ」って爽やかに言ってみせた。
 コレがしたかったんだよねって思ってたから、テンションが二段階くらい上がってた。
 まいちゃんはゆっくり私の横に来ると、「やっぱりスッキリするね。こういうとこ来ると。俺も伸びしよ」って言って、私の真似して、両腕を天井に届かせるみたいにぐっーって伸びして、うーんって言って私に笑顔を送った。
 たのし。って思いながら、手を繋いで展望フロアを周りながら、こっちってどの辺だろ? とか、あれってスカイツリー? って言いながら、普通のカップルが送るみたいな時間を過ごして楽しんだ。
 展望スペースにはカフェもあって景色を見ながらご飯を楽しめるスペースもあったけれど、ちょっとまだお腹空いてないねって言って、そこでのお昼は諦めて、お土産をちょっと見て、下に降りよっかってなった。
 まいちゃんは、ここで食事してもいいし、お茶だけでもいいんじゃない? って言ってたけど、私的にはここで食事すると、夜のランドマークの光景を思い出すから、まいちゃんとここでってのは気が乗らなくて。下に降りたい、って興味なさげに断った——。

 エレベータの下降で耳スーンってなりながら、階下のモールで小腹みたすスイーツでも探そっかって話し合った。
 沢山の店が連なっていて目移りするから、とりあえず歩きながら決めよーっ。お昼もここにする? とかって言いながら、階上、四階までの吹き抜けを、空中廊下から見回して歩き回った。
 私は、ちょっと疲れたって言って、その辺のベンチに腰掛けると、さっきまで目につかなかったジェラートショップが前にあるのに気付いて、まいちゃんと二人であそこでよくない? って顔見合わせて意見が一致した。
 何がいいかなーって思ったけど、ちょっと疲れたから、もうちょっとここでやすも。って私が言ったら、まいちゃんはこんな感じってのあれば俺行って買ってくるけど? って言ってくれた。
 うーん? どしよって思ったけど、まいちゃんに悪戯したくなって、じゃあ甘いけどナッツぽいマイルドで濃厚な食べやすいやつ。ってオーダーした。
 ふわっとしたお願いに、さすがに悩んだみたいで、その場でうーん? と悩んでから、ちょっと行ってみる! お気に召しそうになかったらお嬢様の元に戻って参りますんで。と、言ってお店に向かってくれた。
 健気なわんこの後ろ姿に、私はふふ……って呆れ笑いして、ベンチでスマホいぢりながら、彼のセンスを待つことにした。まいちゃんは列に並びながら、何にしようか悩んでるみたいだ。
 何となく決まったのかな? って思って、溜まってたスマホの履歴を確認する。
 文面を眺めて、二、三返信して、ふざけんなよって思いながら、ちって舌打ちした。
 三秒間画面を見つめたまま静止する。こんなんだから朴訥なやつの方がマシなんだよ……。
 ギュッと目を瞑って気持ちを切り替えると、アプリを立ち上げて、横浜周辺のいい感じにディナーが楽しめそうなお店を検索していった。山ほどあるからめんでー。っておもっても、今日は時間潰したい気分だからしゃあないなって。
 しばらくそうやって画面を睨みながら待ってると、まいちゃんがジェラートのカップをふたつ持って駆けてきた。
 彼が私にジェラートを見せようと近づいた時に、私が「今日の夜どしよっか?」って聞いた。目を丸くして「えっ? 夜?」って聞き返して、彼は思わずカップを手から離しそうになったから、カップを受け止めるようにとっさにスマホを持ってない方の手を下から添えた。「ちょっと、あぶな! そんなんじゃなくて、ごはん! 夕食どこで食べよっかって話」
 私は気が動転した彼をみて笑いながら、ちがうちがうと答えた。
「あっ。夕食ね。なるほどだよね。どーしよっか」
「下心でたね」私はまいちゃんの慌てたそぶりをからかって、彼のお腹を小突きながら茶化してみせた。
「ホント夕食どするよ。店おーすぎて困っちゃうんだ。ほらみてよ」
 まいちゃんにスマホの画面を差し出すと、地図上に映し出される店の数々に圧倒されて目が細くなる。
 まいちゃんはプラスチックスプーンが刺さったジェラートのカップを私に渡しながら、「うーん。多すぎてよくわかんねだね。」と言って、目が開いてんだから閉じてんだかわかんないくらいに目を細めると、口を潤すかんじにジェラートをすくって口に入れてうむうむした。
 私も彼の真似をして「ホント多過ぎるのもこまってしまうのですよ」と、目を細めてジェラートをうむうむした。
 ピスタチオと濃厚バニラと濃いめチョコの味がした。78点。私的に高得点だ。

 二人でスマホ見つめ合って悩んで困り果てたから、こりゃここでのんびりしてても意味ないなって結論に至って、とりあえずパスタでも食べない? 食べながら考えましょ! ってその辺のイタリアンのお店に向かった。
 ボンゴレとアラビアータを食べながら、んー。わかんないなぁとか言いながら、
「でも、観覧車には乗りたいんだよね。夕方の日が暮れるくらいのタイミングで」って提案すると、
「えっ。ホント? いいの? ってか初めてだから緊張するんだけど。いいの?」
 って、まいちゃん聞き返すから、
「カップルでしょ。乗る乗る。横浜来て観覧車乗んなきゃもったいないよ。恥ずかしいの?」って私が揶揄うと、かれはちょっと赤くなって、うんうん首を振って頷いた。
 全くもってこいつはうぶだなって思った。

 ゆっくりお昼食べてからは、お店巡りしたり、少し海沿い歩いてぼーっとしたり、歩きながら夕ご飯どうするか? なんて話したりしながら、五時くらいまでぷらぷらした。
まいちゃんは、その間ずっとソワソワしてて、観覧車かぁ……って、ずっと言ってた。
 その姿を見て、私はこういうのに慣れ過ぎてんだなって少し反省した——。

 空が真っ赤に染まってきて、そろそろいい頃合いかなって、コスモワールドへ向かって歩いて観覧車を目指した。
 まいちゃんは、終始キョロキョロしておどおどして、私に引っ張られて観覧車乗り場まで到着するまで、ずっとそんな感じだった。
 ちょっぴり列に並んでから、チケットを見せてゴンドラに飛び乗ると、まいちゃんも私に習って恐る恐る乗り込んだ。
 そんな彼を見ると笑えるけど、この時間まで付き合わせちゃったことに少し罪悪感を覚えて、ネガティブなスイッチが入った。
 私は海側の席に座って頬杖ついて景色を眺めてた。まいちゃんはそんな私を見ていた。
 徐々にゴンドラが頂上に向かうと、まいちゃんは手汗が滲んだ手で、私の手をギュッと握った。
 私は彼の顔をみて、フフッて、二、三秒だけ微笑みかけると、手を繋いだままゴンドラの窓に頬杖ついて、夕焼けに滲んだ港町の夜景を眺めていた。
 景色をみながらボンヤリと、夕食はオムライスがいいかな? って思った。朝は中華で昼がイタリアンで夜がオムライスなら、ライトなデートっぽくてそれはそれでアリなのかな? って。思い当たる店があったから、降りたらまいちゃんをそこまで引っ張って連れてこうって。そんな事を思いながら一人黄昏て夜景に沈む夕日を眺めた——。


自分達の預かり知らぬ所で物語が進む事は往々にして起こる。意外な組み合わせというのは反転して考えれば当たり前に見える。

「おひさです。ユキノさん」
 巻波あすかは桝本ユキノに軽く会釈する。
「あすかちゃん、お久しぶり」
 ユキノは肩にかけた鞄の持ち手に手をかけて、その場でゆっくりとお辞儀する。
 じゃあ行きますか! と言って、待ち合わせ場所近くのバーへ向かった。
 店に入ると、入り口すぐにバーカウンターがあり、そこにはグラスを磨いて客を待つスラっとした熟練のマスターがいる。「あっ。マスター。先日は、どうも。色々すんませんでした」と、謝ると、「いやいや、巻波さんに助けられて、こっちが世話になったくらいだからね。今日はブルームーンでも奢るよ。で。そちらは?」
 ユキノを見やると、「桝本ユキノさん。以前に何回かいらっしゃってますよ。マスターお客さんの事忘れないでくださいよー」と、言って、からかった。
 マスターは、これは失礼と申し訳なさそうに謝ると、
「いっつも大人数でお邪魔してるんで、覚えてなくて仕方ないですよ。今日はあすかちゃんに連れられて来たんですから。二人だけで来るのって初めてなんです」と、柔らかい微笑みを返し、どうぞ頭をお上げください。と、ユキノは言った。
 マスターは丁寧な挨拶姿を見て「白光の美人を忘れてしまうなんて、これはバーのマスター失格だな。お詫びに貴方にはホワイト・レディを味わって頂きたい」と、言うと、カウンターの席に座る様に促した。

 二人はカウンター席に腰掛けると、あすかは、バッグから書類の束をユキノに手渡す。
「えと、コレがユキノさんからの仕事のやつで……。こっちが舞城さんの件のやつになります。両方とも滞りなく書き上がってると思います」
 ユキノは束をペラペラと捲ると、
「やっぱりあすかちゃんは仕事早いね。ごめんね。舞城くんのまで持って来させちゃって。重かったでしょ」と言うと、申し訳なさそうに苦笑いした。
 巻波あすかは、書類を指差しながら内容の説明をしつつ、「全然大丈夫ですよ。むしろ、ユキノさんに一度目を通してもらった方がコッチとしても安心できますんで。舞城さんの上司の高田さんはいいかげんだし、かといって舞城さん一人に全部しょわせるのもキツいですからね。ユキノさんに墨入れして貰えれば確実ですから」
 あすかとユキノは互いに、あれやこれや伝え合って、メモを取りながら、仕事上の確認を速やかに済ませていった。
 マスターがホワイト・レディをユキノの前に置き、どうぞこちらを。と言った頃には書類の束は鞄にしまわれていた。
「マスター。アタシの分はいかほどかかります?」と、あすかが捻くれて言うと、レディファーストですから。と、マスターは慣れた感じに嗜めた。

「ユキノさんって舞城クンのこと買ってるんですね。知りませんでした」
 あすかは青く透き通るブルームーンをボンヤリ見つめながら言った。
「あすかちゃんは舞城くんと会ったことあるんだっけ?」
「ええ。この前の試写の時に。その後、打ち合わせもしたんです。でも、舞城ユキヨクンを気にかける人が多いなんて知らなかったなって」
 ユキノは意外そうに「舞城クンとは仕事だけの付き合いじゃないの? 他の仕事でも一緒だったとか?」と、少し慌てた様子で言った。
 あすかは、苦笑いを浮かべながらマスターに目配せすると、「実はですね——」と、例の顛末について、詳らかに話してみせた。
 ユキノは驚きつつ、「世間って広い様で狭いんだね……ホント」と、言ってホワイト・レディに口をつけた。ユキノは続けて、
「じゃあ、あすかちゃんは舞城くんの昔馴染みの飲み仲間の子と知り合って、それが仕事相手の舞城くんとは知らずに、やり取りしてたんだ」と、話を整理しつつ、それでも難解そうに考えはじめた。
「そのイチカって子が色々喋ってくれたもんで、ユキヨクンの事を知り過ぎちゃって、今は二人に巻き込まれて、対イチカ同盟軍を組まされてるんですよ」あすかはそれを言って軽く溜息をつく。
 ユキノは、何それ? 大丈夫? って笑いながら心配そうな顔を向けると、あすかは、あんま大丈夫じゃないかもです。っていじけた顔をした。面白そうではあるけど、ここまで厄介なことになるとは……と思っている風だった。

「じゃあ、舞城くんの事を色々知ってるんだね。なんかちょっと寂しい気もする。というか、舞城くんって意外と周りに人がいるタイプなんだなって。そこがちょっと寂しいかも」
「何でですか? ユキノさんのこと慕ってくれる人も一杯いるじゃないですか?」
「慕ってる……って感じがね。ちょっと上に立った女の孤独ってのは拗れちゃうんだな、って気分なの。あすかちゃんはない? 家に帰って、急いで寝る支度して、思いっきりハァー……って溜息ついた時の、蛍光灯に照らされた自分の虚しさ」
 ユキノはその瞬間を思い出した様に溜息をつきカクテルをクッと煽った。
 カウンターにカタンと音が響くと、マスターに、同じものを頂けますか?と言った。マスターは、ええお作りしますよ。と、その言葉を待っていたかの様にシェーカーを取り出した。
「アタシは……そうゆうのから逃げてますからね。人間でいたくない! ってのが、座右の銘みたいなものですから」あすかはカクテルを前に真剣な顔をして言った。
 マスターおかわりで! と、言ってから、負けじとクッと煽った。マスターはお二人共そんな飲み方するとお酒が泣いちゃいますよと言って苦笑いした。
「お酒が泣くなら、アタシ達も泣くまでです!」と、あすかはキリッとした顔してふざけてみせた。
 それを見たユキノはクスッと笑って「あすかちゃんのその切り替え方が好きなんだよね。わたしってダラダラ考えちゃうタイプだから」
「舞城クンも似た様なもんでしょう?」
「んー。あの子はね。飲み始めると引き摺りタイプの慰め合いって感じに始まるんだけど、いざ、わたしが愚痴りはじめると、意外と的確で優しいこと言うんだよね。この前はね、わたしが仕事なんて辞めて舞浜でゆっくり暮らしたいーって訳わかんないこと言い始めたら、舞浜って別にリゾートビーチじゃないですよって笑ってね。そんなに舞浜に住みたいなら、いっそディズニーランドの年間パスポート買って一日中居座りましょうよ! って。そんな気分になって本当にそうするなら自分が提案した手前お供しますから。ってね。それ聞いて、自分の言ってることがバカらしくなっちゃって。笑っちゃって」
 ユキノは思い出し笑いして、ふふっと声を出して笑う。
「なるほど。ユキノさんは舞城クンに惚れてるんですね」
 あすかは躊躇いも何もなく核心を抉った。
 ユキノは二杯目のカクテルで酔いが回ったからか、頬を赤らめてトロンとした目で、
「うん。そうだよ。好き」と、迷いなく言った。
「んー。なるほどねえ。それで久々に一緒どう? って事だったんですね。舞城クンの手助けも兼ねた、心配もあって」
「うん。そうゆうの重くて気持ち悪いかな?」
 ユキノはグラスの奥を覗く様に黄昏れて言った。
「舞城クンは、そうゆうの別に気にするタイプじゃないと思いますよ。ワンコくんなんで。ユキノさんの助けに純粋に感謝すると思います。でも、ライバルは多いですよ。たぶん。あの子、アレで結構モテると思いますから」あすかはこの台詞も躊躇いなく言ってみせた。
「モテる……かぁ。たまきさんの事だけじゃなくて?」
「たまきさんの事は今の所何があるって訳でもないんじゃないんですか。彼女が向き合うまで平行線だろうし。でも、彼の魅力ってそこじゃないと思うんですよね。運命とか結ばれるとか、そうゆうのを全く気にせずに受け止められるのが、舞城クンの強みっていうか。アタシだってその一人な訳です。偶然知り合った飲み友が実は仕事相手の馴染みだったー、なんて、うら若き乙女なら運命感じちゃうー! ってなると思うんですよ。でも、彼ってそこにフォーカスしないで、次のこと考えてる感じがするっていうか。そこですよね。こう観察してやろうって気分になるのは」
 あすかは真剣な顔を崩さず、照明に照らされキラキラ光るブルームーンにゆっくりと口をつけた。ユキノを見つめても表情を崩さなかった。
「やっぱ、よく見てるね。あすかちゃんって」ユキノは何とも言えない表情でそう言うと、「職業病ですよ」と、あすかはサラッと返した。
「アタシは舞城クンにLOVEよりLIKEな関係を求めてますから。安心してください。」と、付け加えた。
「あなたはその部分の信用ならなさがあるんだよね。前だって、絶対ない! って断言してた作家さんといつの間にかできちゃってたんだもん」
 ユキノは揶揄ってみせた。
「アレはアレ。コレはコレです」
 キリッとした目つきであすかはカクテルを飲み干した。
ユキノはボンヤリとした目つきで、「はっこうの美人かぁ…」と、呟いて、「わたしってそんなさちうすかな?」と、ぼやくと、
「ユキノさんは考えすぎです。考えすぎちゃって寄ってくる男性を受け入れられないんですよ。マスターだってユキノさん目の前にしたら思わず隙あらばって、頭を過ってますから」と、言うと、マスターは驚いて、お客様には手は出しませんよ! と慌てた。
「ホラね。賢い女性ってのは、男の慌てる仕草で察して身構えちゃうもんなんですよ。マスターもしょせんあたしと同じ穴の中のムジナ。ないないって言いながら手を出してるんですよ。きっと」
 そう言ってマスターを揶揄ってから、おかわり! って通った声で告げた。マスターは苦笑いして、もう少し若ければ……とは思いますが、この齢で手は出しませんよ、と念を押して、ジンとリキュールをシェーカーに注ぎ入れた。
 ユキノは、そのやり取りを見て、少し笑ってから、マスター、わたしもおかわりお願いしていいかしら? と頼んだ。
 マスターは低音の渋い声でもちろんですよ。と、答えた。


―― 第5話はコチラから!

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