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「愛がなんだ!ってんだコノヤロウ!!!」第二話【長編小説】

↓ 前回のおはなし。


時制なんておかしくなってもいい。物語を整理するには時間がいるから。なんて戯言をガサツな彼女はサラリと口にする。

「そりゃオマエ遊ばれてんだよ」
 大衆居酒屋の喧騒に紛れて、キャッキャッと大笑いする女の声がガヤガヤした店内に響き渡るが、そんなのどうでもいいって感じで手を叩いて笑っている。
 胡田こだイチカ。
 肩で切り揃えたショートボブにパープルメッシュを差し入れて、ライダースを着たボーイッシュでガサツな彼女は、半年前辺りから俺の呑み友達だった。
「お前に言われたかないわ。お前のせいで俺がどんだけ大変だったか!」
 俺は唾を飛ばしながら目の前のヤンキーに口撃した。
 東京で友達なんて出来なかった俺が唯一呑み友と呼べる仲になったのはコイツだけだった。
 色々あって今はコイツにムカついてるけど、話し相手はコイツしかいない。その事にも苛立つけど。
「だから、要するにこーだろ。告って付き合いました。デートも何回か行きました。雰囲気はよかったです。いい感じの展開もありました。でも、手を繋ぐくらいで、またあしたねーって帰られる。ってのが嫌なんだろ。それは遊ばれてる証拠だわ。女心の悪い部分だ。とりあえずキープの典型的パターンだろ。それにこの手のタイプは酸いも甘いも知ってますってタイプなんだよ。だから、率直に言って遊ばれてるぞ、オマエ」
 絡み好きのオッサンの様にカッカッと笑いながらエイヒレをつまみ、ジョッキ片手にまともな事を言ってくる。
 第一に、たまきさんの写真を見せたのが間違いだった。
 コイツと呑んでるとついペラペラと個人的悩みを話してしまう。彼女も自分の仕事や交友関係やありきたりな悩みを次から次へと韻を踏む様に流暢に繰り出してくるので、こちらリズムに乗ってペラペラとプライベートを話してしまう。
 そして第二は、コイツの事を理解しないままに個人的な悩みを打ち明けたばかりに、コイツの性悪さに取り込まれた事だった。
 俺にトラウマを植えつけやがって……眉間に皺寄せながらジットリと彼女を睨みつけた。彼女は俺のそんな視線なんて構わず続けて、
「よく考えろよ! 本屋に寄ったら手に取った本がたまたま一緒で、手が当たってトキメイちゃって、それがたまたまのたまちゃんです。って、ガキじゃあるまいし! それで告ってんだから、どうしようもねー奴だけど縁は異なもの味なものってコトで付き合ってやっか。ってノリに決まってんだろ」
 彼女の一言一句に何も言い返せない自分は目を平たくさせて弱々しく睨むことくらいしか出来なかった。
「あっーー! っもうわかってるよ! わかってる! 少年少女じゃあるまいしって事だろ! 彼女には沢山の男がいて、でもたまたま当たったからアナタとも付き合ってあげてもいいわよーって、そうゆうことなのは知っとるわ! けどよ……けどさぁ……」
 ジョッキに半分残った泡がすっかり消えたぬるいビールを一気に飲み干すとハァー……っと大きなため息をついた。
 マジでムカつく。ニヤニヤ笑いやがってよ!突っ伏してボンヤリと虚空を眺めながらぶつぶつ愚痴っている俺を彼女は斜め上から見下すと、
「だ・か・ら、卒業しときゃよかったんだよ! あの時な! 一生に一度のチャンス! 神輿に担がれちまえー! ってノリでやっときゃ、俺の目の前でウジウジしてるナメクジ野郎はとっくにツノ出して立派に卒業できてた訳だろ」
 彼女は少し憐れんだ表情とどうしようもないなという溜息をついて俺の肩にポンと手をついた。
「うぐぐ……くそったれ……。あんなやり方が許されてると思ってるお前が狂っとるんじゃい!」
 俺は言葉を聞いて頭の血管が沸騰しそうなくらい湧き上がり、顔を真っ赤にして卓の上の皿がガシャンっと音を立てて揺れるほどに机を叩き起き上がった。
 周りの客はどうした? という顔でこちらを窺っているが気にしない。店員の視線も厳しいが構うものか。俺はコイツに嵌められたんだ。この性悪め!
「このくそやろう……」とボソッと言って、ゆっくり席に座った。
 流石にこれ以上荒事にすると、店から追い出されそう視線を周囲から感じたから……。
「オマエさ。そういう直前までぐわっ! って来るのに急に萎む感じ、どうにかしないと男になれねぇぞ。前に連れてきてやった女の子にもっかい連絡いれて、あん時はすんませんでした! どうぞやらしてください! って言えば済む話なんだから」
 俺の苛立ちと反比例にコイツは冷静に酒を啜った。
 俺は突っ伏して、ゔー……っと声にならない唸りをあげながらボソボソと「お前のそういうとこが嫌なんだよ。何で嘘ついてまで、無理矢理男にさせてやるーとか言うんだよ。確かに綺麗な女性だったよ。俺だって気が良くなってつい飲み過ぎたわ。でも、裏でコイツ一発やりたいって気合い入れて来てるから、フラフラになったら介抱して家まで連れてやってくんない? って頼んどくとか……ホント……意味わかんねぇ。何してくれてんだよ!」
「でも、良かったじゃん。途中まではしたんだろ。チューしてベタベタしてさわさわ〜って……それでそのまま流れでイッちまえばよかったのに、急に我に返って逃げ出すとか、ホント笑えるわ」
 シーザーサラダを小皿に取りながら、白けた顔をして言った。
「お前さ! 何でへんなちょっかい出すんだよ! 俺は無理にしたいんじゃないの! 恋愛してー、好きになってー、とかがしたいの! 自信ないのは……あるけども、でも、一発とか……この言葉も嫌いだわ。そういうのが嫌だっつってんだろって」
 俺も負けじとサラダを小皿に乗せた。コイツよりも一枚多く生ハムを取ってやった。
 目の前の彼女は子供に説教を始めるように体勢を整えて箸先を突き付けながら、
「あのな。お前が思ってるような恋愛がしたいなら、度胸つけてから行くか、それとも、一回やって自分を整理してから向き合っていけよ。中途半端にドラマみないな展開で恋しちゃってー、とか求めっから、自分より小狡い奴の竿に引っかかるワケ。分かるか? お前の彼女はお前よりも上手なの。だったら、前の一件を引き摺らないでグジグジしないでおくことか、それとも、誰でもいいからヤらせてーって縋りつくかの二択しかないんだよ。あんないい女の部屋に泊まってベタベタしてたら誰だって気が狂って飛び掛かるだろ。そ・れ・を・だ! 平謝りして逃げ帰ってごめんなさいー。連絡できないー。じゃねえんだよ! って話よ。そんなんだからグチグチグチグチ愚痴るだけの殻に籠ったかたつむりさんなんだよっ! 何だったらオレが相手になってやってもいいんだぜ? 度胸はあんのか? あるワケねぇもんな! この、おカタツムリさんは!」と、頬杖ついて俺を睨みながら真剣な口調で説教した。
 ジョッキに注がれたハイボールはこの話が終わる頃に空になった。彼女はでかい声でハイボール一つお願いね! と店員に向かって手を挙げて注文した! かしこまりましたー! と威勢のいい声が遠くから聞こえる。
 俺はここまで聞いて本当に呆れて、不貞腐れながら「お前の悪いとこはそういうとこだ。こっちだってイヤなものは嫌なんだよ。男だ女だってお前は言うけどさ、そのデリカシーのなさが無性に腹立って、周りだって逃げ出すんだよ。今だって周りの目を気にしなきゃお前の額に頭つけて、表出ろ! コノヤロウ! とか言いたくなるけどさ、お前の問題は俺の事を思って、そういうことをわざわざやったり言ったりしてるとこなんだよ」
 ハァ……と溜息をつくと、空のジョッキに口をつけてから空だった事を思い出した。少し熱くなり過ぎたみたいだ……。
 ちょうどいいタイミングで店員のお兄さんが威勢よくハイボールを卓に置きにきてくれたので、俺もついでにハイボールも一つお願いします。と言った。あいよ! と言う声が離れると、その場が少し、しんとなった。俺はコイツと東京で出会った時の事を思い出しながらエイヒレをくちゃくちゃ噛んで拗ねていた——。

 コイツとは半年前の高校の同窓会で偶然出会った。東京に出てきてるやつだけで集まろうの会。なんだかんだ、十四、五人集まった。
 意外とみんな東京出てきてんなと思いつつも、あまり話したことのない面子で困惑してこれは張り切らないと持たないぞと、初めのうちはどんちゃん騒ぎに加勢してみたものの、そのうち気分が萎んでいき、いつものように残ったアルコールの処理係と化して、テーブルの隅でちびちびと一人呑んでいた。
 会社の飲み会での振る舞いと唯一違うのは、序盤に無理にテンションを上げすぎて疲れと酔いとでヘタっていて、周りを盛り下げまいと仕方なく隅に追いやられる役目を負ったことくらいだった。
 まぁこんな感じだよな、と飲み会特有の喧騒に虚しさを感じながら遠巻きに彼らを眺めていると、隣に髪を赤紫に染めたキツネ目の威圧感のあるオンナが急にドカっと勢い良く座ってきた。
 一瞬誰だか分からずにヤバい奴に絡まれる!と、不安が過ったが、
「久しぶりじゃん。お前ユキヲでしょ。ほら、アタシ。イチカだよ」と言われてギョッとした。
 言われるとそこまで雰囲気も変わってないが、いきなり横につけて一緒に酒でも呑もうって仲じゃないはずだから、流石に身構えた。
 胡田イチカ。高校の頃は有名な不良生徒だった。
 担任の前に仁王立ちし、俺は何も悪いことしてねぇよ! 多少イカツイ顔してるからって差別してんじゃねぇよ! と言ってみせ、一歩も引かず理不尽を突っ撥ねるその姿は、女子生徒の憧れの的になっていたとも聞く。
そんな奴が何で俺に?と思ったけど、確か、二、三度くらいは話した事あったな……と思い出して、
「俺はユキヨ。ユキヨだよ! もしかして……胡田イチカって、購買で金立て替えた……あの胡田?」と、朧げな記憶で返してみた、
「おっー! 覚えてんじゃん! さっすがユキヲ! 抜け目ないのが取り柄のユキヲちゃんだわ!」とケラケラ楽しそうに笑って、俺の肩に手を回して思いっきり揺さぶった。
 俺の名前ユキヨなんだけどな……と思いつつ言い返すのが面倒になった。
 そんな呑んでなさそうなのに、よくもまあそのトーンで突っかかってこれるなと感心して、
「あんまり接点なかったと思うけど……急にどしたんだよ?」と素朴な質問をしてみた。
 胡田は、ピタピタのダメージデニムのポケットに手を突っ込むと、小銭を握って俺に掴ませて「ほら、あん時の。忘れてねぇから。そんなに薄情じゃねぇんだよウチは」と言って860円くらいの硬貨を俺に握らせた。
「あ……それと」と言って、クシャクシャの1000円札を両手で引っ張って皺を取って広げてみせると「これは10年分の利子な」と言って俺に手渡した。
 俺は、裏があるような不思議な気分になって、「いや……もういいよ。別に今そんなに金に困ってる訳でもないし、それに、あん時は俺も好意で貸した訳だから、そんな気にされても困るって」と、貰った金を突き返そうとした。厄介事に繋がりそうな嫌な予感がした。
 けれど、彼女は「いや、これは俺の気持ちだ。あん時の貸しを返さないと、一生モヤモヤすっから。とっといてくれ」と言って、ハイボールをクッと飲むと、俺の顔を真顔で見つめた。
 俺も、そこまで言われたら何だか悪い気がして、「まぁ、それなら。貰っとくよ。覚えててくれてありがとな」と言って、貰ったお金をポッケに突っ込んだ。
 その台詞を聞いて「お前はやっぱ変わんねぇな。よしっ! 今晩付き合え!」と言って、同級生達にちょっと今日は用事あっからこれでドロンするわ! と伝えると、俺の腕を掴んで店外に駆け出した。
 俺は、胡田の急な行動に驚きながら、「あーっ……。ちょっと俺も急な用があるんだわ! 今日の分の金はここ置いとく。ゴメンね。それじゃまた!」と、一応の社交辞令だけ済まし、一万円札をテーブルに置くと、胡田が早く来いよ! と、しつこく腕を引っ張るもんだから、ドカドカ慌てて靴を脱ぎ履きして、つられて店を後にした。
 周りは唖然とした顔で俺達を見ていて、コソコソと何か笑っていたような気がしたが、まぁ第二回目には呼ばれないだろうし、この調子じゃ呼ばれても何か理由つけて不参加パターンだろうから、今は胡田の件を片付けようと頭を切り替えて、強引な二次会に渋々付き合うことにした。
 彼女は「あんな洒落たとこで美味い酒が呑めっかよ」と、真っ暗な夜空を見上げ白い息を吐き上げて言うと「俺の行きつけの店があっからそこで呑み直そうぜ!」と、清々しい笑顔で言い、俺の腕を引っ張って、店まで連れてった。
 俺は、次の日ちょうど休みだからまぁいいかと思いつつも、数回しか話したこともないヤンキーに連れられる事に若干の恐怖を覚えた。
 よく見ると、ショートボブから度々透けて見える耳たぶには、ピアスが何個かの列を成していた。ネオンの光を浴びて鈍く光っている。
 一体どんな店に連れてかれるんだろうか……と冷や汗をかいたが、着いた店はごく普通の大衆酒場だった。特筆するとしたら、始発まで店を開けている、呑んだくれの集まる店ということくらいだ。
 店に入ると彼女は手慣れた様子でいくつかの品と焼酎を二人分頼み、俺の前にドカっと座ると、
「こういうとこが一番落ち着くんだよ。ザ! 東京! って店って居心地悪いじゃん」と、笑ってから、少し表情を曇らせた。
 その姿に何故か妙に共感して、「確かに…俺も分かるわ。ああいう店行くと緊張して、始めは頑張って明るくするんだけど、だんだん気力が失せてきて、結局隅っこに収まるんだよな。もっと楽に呑めりゃいいのにとか考えてるタイプだわ。俺も」と言って、彼女に当てられた様に黄昏てみせた。
 彼女は「やっぱ俺の見立て通り。お前は何も変わってない可愛い可愛いお子ちゃまだったな」と、笑いながら言うと「まぁオレもそんなもんだけどな」と、急に黄昏た感じに呟いた。
 束の間の沈黙があってから、店員が来て、頼んだ品と焼酎が目の前に置かれると、俺と彼女は息を合わせてクッと酒を煽った。
 二人でくっー! っと言うと、何だかサッパリした気分になり、昔話に花咲かせ、今、何してるのか? 恋愛は? 私生活は? ところでお前ヤったことあんの? 酒もっと呑んで今日はベロベロになって帰ろうぜ! なんて話をして盛り上がった。
 何故だか俺も悪い気がしなくて、むしろコイツといると心地よさを感じて、夜更けまでしゃべくり合って、空が白んだ頃に店を出て、互いの肩を組み合って駅までフラフラと歩いて帰った。
 ホームに着くと互いの電車が反対方向だと分かり、ここでお別れなと言うと、
「あっ! ヤベ忘れてた!」と、イチカが言って「連絡先教えてくんね?偶に連絡すっから。お前とまた呑みたいわ」と、呂律が回ってんだか回ってないんだかな口調で、スマホを取り出して俺に突きつけた。
 俺も酒で気が大きくなっていたのか、おお! また呑もう! ってか一日中呑んでやろー! とか言って、電話番号とLINEを交換した。朦朧としていて手順はあまり覚えてなかったけど、家に帰ってガンガンに頭が痛む二日酔いに苦しみながらスマホを確認すると、そこにはちゃんと胡田イチカの名前が記録されていた。
 最後の記憶は、互いに逆のホームに突っ立って、反対側に電車が来る直前で、大きく手を振ってまたな! と、朝方の静けさ漂うホームの真ん中で叫んだ記憶だった。
 胡田イチカ。思っていたよりも悪い奴じゃないな……。なんて、ジンジンこめかみが痛む頭で思い出していた。


カピバラ男子とカピバラを観に行く。そこにはゾウもいてゴリラもいてパンダもいる。けれど、カピバラ男子は相変わらずカピバラみたいにマイペースだ。

 何度かデート重ねて彼にも慣れてきたから、上野動物園に行きたくなって、まいちゃんを誘った。
 二つ返事でLINEが返ってきて、まぁそうだろうなと思いつつ「舞城クン動物園とか興味ある? なかったらムリしなくていいからね!」と、返してみても「上野動物園行ったことないから行ってみたくて! けっこう楽しみだよ! ぜひぜひ行きましょう!」と予想通りの返事がきた。
 ちょろい男だなと思いつつ、あらかじめ決めておいた日程と集合時間を彼に伝えると、自宅までの帰路の間にデートでどんな格好してこっかな? とか考えながら歩いた。
 パンプスで歩くのは足の指が痛くなるけど、今日は夜風がきもちいいし、何よりもパンダとか象とかハシビロコウとかを目の前に、まいちゃんが何を言うのかな? なんてかんがえるとちょっと楽しくなっちゃって、自宅まで歩いて30分はかかる道のりを、コトコト音を立てて歩いてるのが楽しかった——。

 数日後のデート当日に、まいちゃんは改札脇にリュック背負って不恰好に佇んでいて、ワタシは駆け足で近づいて、
「こんなトコでまってなくていいのに。動物園前って言ったからそっちまで行ってもらってよかったんだよ。見逃してたら大変だったじゃん」と、困惑してみせると「たまちゃんとそう約束したけどね、そういえばお昼どうしょかな? って考えたら先に買ってくのが正解かな? って。この辺、駅チカのお店いっぱいあるじゃん。そこでなんか買ってくのもいいかなぁ……なんて思ったんだけど、たまちゃんの意見聞きたいなぁ……って思って。たぶん、降りて来るとしたらこっちの改札だから横で待ってた」と、不器用に笑いかけて、少し緊張した様子でソワソワとワタシの返事を待っていた。
 そういやお昼のこと考えてなかった。と、思って、彼のぶきっちょな優しさにほがらかさを感じた。ワタシが通り過ぎたらどうしてたんだろう? とも思った。
 たぶん、その時はその時で連絡よこして色々買って持ってくよ! とか言って駆け足で動物園前まで走って来るのかな? 軽く汗かきながらワタシの方に向かってくる光景があたまに浮かんだ。
「そういや、ワタシもお昼のこと考えてなかった! 買ってから行こっか! まいちゃん気がきくね」と言って、彼の手を握り軽く引っ張って駅チカ惣菜店の列に目を通しながら、彼になにが好き? これよくない? めっちゃかわいいじゃんとか話しかけながら、ショーウィンドウにライトアップされた惣菜やお菓子を眺めてたのしんだ。
 彼は私に引っ張っられる様にして、あれこれ遠巻きにのぞいているだけだったけど、段々と彼も一緒になって、あ! コレもよくない? とか、でも、歩きながら食べるならコレだよね! とか、一緒になってキャッキャしながら、白熱色に照らされたアーケードを、互いに手を引っ張りあいながら、ああでもないこうでもないと言い合って、けっきょく一時間くらい、そのキャッキャッを楽しんで、カツサンドとシウマイ弁当が入った袋を手にぶら下げながら、上野動物園に向かった。

 特になんてことない平日の真っ昼間だったので、あっさりとゲートをくぐって園内案内を二人で指差しながら、どっちいこうか? って話し合った。まずパンダ? それともライオンとかキリンもいるよ! って。園内案内の看板を、二人で指でなぞりながらアレコレ言い合って、そういやパンフあるじゃんってまいちゃんが言って。
 じゃあ歩きながら決めよっかって笑いながらパンダがいる方角に向けて、地図を広げながら歩き始めた。
 パンダはでっかいガラスに隔たれて、好き勝手にごろんごろんと興味のおもむくままに、ころげまわってかってに楽しんでいる。
 家で一人でいる時の私みたいだなぁ……なんて、ゆっくり歩きながらボンヤリ眺めていると、「なんか考えごとしてる時のたまちゃんみたいだね」と、まいちゃんは笑いながら奥にいるパンダを指差した。
 くまのぬいぐるみのようにお尻を地面につけながら、頭をときたまクシャクシャっと掻きむしって、それでいて時たま、おっきなあくびをして空を見上げたりしていた。
 まいちゃんから見ると私ってこんな感じなんだ。コレって喜んでいいのだろうか?
 少し不満げな顔をしながら指さされたパンダを返事せずに眺めていると、まいちゃんは「ときたま、ああやってくしゃくしゃってして、でもおっきくあくびして伸びをしたら、全部わすれてやるぞー! って感じ似てるとおもうんだよね」と、ちょっとからかうような愛らしい笑顔をこちらに向けた。
「じゃあ、まいちゃんはあっちの泥だらけのパンダ。好き勝手にころころしてすぐに汚れちゃって、周りからなにしてんだあいつはー、って見られてる感じ似てるよ」と、ちょっとひねくれた返しをしてみせた。
 アレがワタシならこっちがコイツだって応戦してみたくなって。
 そう言ってから表情を窺ってみせると、まいちゃんは「たしかに、かなり当たってるかも。夢中になって周り見えなくなってすぐ泥だらけで引かれる感じ……似てる」と、パンダを見つめながら目を丸くしてそうぼやくと、ニコリと笑いながら私を見つめて、手をぎゅっと握って肩を引き寄せた。
 ちょっと引き返しつつゾウの目の前に行って、飼育員の人がバナナをあげてるのを二人でみていた。
「おれ、ああゆう動物相手に過ごしてる方が性に合ってのかなって時々思うんだ」と、まいちゃんはボソリと呟いた。
 まいちゃんは、どっちかっていうと飼育員よりも動物側の方が近い気がするから育てられる側なんじゃない? って心の中で答えた。このことはさすがに胸に留めておいた。

 フクロウやカワウソの間を縫って、カツサンドをつまみながらトラとかゴリラが居るエリアまで歩いてきた。
 カツサンドを頬張りながらトラをみていると、カツサンド目当てにこっちにとびかかってこないかな? って気がして、少し体がこわばったら、
「カツサンド食べてるからってガラス目掛けておそってこようなんてしないよ」と言って、少し体を引き寄せて私をからかった。
 見透かされたのが意外で、ちょっとゴリラの方も行ってみようかと無表情に言って、そっちの方に足を向けた。
 ちょっと拗ねたきぶんでゴリラを見ると、逞しさと気弱さが同居しているように見えて、これまで付き合ってきた男達のことを思い出した。
 なんだかぼぉーっとゴリラを眺めていると、ゴリラは手元にあったバスタオルを手に取り座っていた岩の上に丁寧にそれを広げて横たわって昼寝を始めた。急に人間味を帯びた行動をとったことに笑ってしまった。
 指差しながら「あれ! 見た? いまの!」と、言うと、まいちゃんも「見た! 見た! あんなことすんだね! すごっ!」と、一緒に興奮した。
 男って独りになるとこんな感じなんだろうなと俯瞰できた感じがして思わず吹き出してしまった。まいちゃんも私の吹き出した顔を見て、一緒に笑ってくれた。

 ひとところ歩いて疲れたから、休憩所に立ち寄って、シウマイ弁当を二人向かい合いに座って食べた。動物園の薫りと、シウマイ弁当と、まいちゃん。ちょっと先には動物達が待っている中で食べる弁当は風に当たって冷たくなっていた。でも、なんかおいしかった。

 ゆっくりと二人で園内を歩きながら、ハシビロコウを目の前にして、二人でじっとしてみて動かないかな? なんて言い合ってみたり、キツネザルがけたたましくはしゃぎ回るの見ながらテンション上がったり、爬虫類館のちっさい動物や魚を指で追ったりしながら、お目当てのカピバラの前までやって来た。

 手を繋いでる男は目の前の動物の同類なんだよなぁなんて思うと、じっくり観察してみたくなって、まいちゃんを引き留めるように腕を掴んで、
「カピバラってでっかいね」
 なんて繋ぎの言葉を出して引き留めた。
 まいちゃんは「なあんか、ゆっくりしてるね。あんな感じに生きてみたいな……。ってか、たまちゃんもしかして俺みたいって思ってない? カピバラのこと」と、訝しむように、こちらの表情を覗き込んだ。
目をまん丸にして、どうなの? ってする顔があまりにも似ていて、笑いが堪えきれなくなって、フフッふふふって口を手で隠して、彼の腕をギュッと掴んで、一分間くらいその場で私ひとりで笑っていた。
 まいちゃんは私に合わせるように、図星だったでしょ! 何でそんな笑うんだよー。こっちまで笑っちゃうからやめて! やめて。とか言いながら、ずんぐりとした体しながら、マイペースに動いてみせる動物を前にして、つられ笑いがどんどん大きくなって、いつの間か二人で涙を溜めながら腹を抱えてしばらく笑い合った。


ピンボールの球の様に孤独を埋める穴を探している。穴に落ちた時に其処が何処なのかをようやく知る。それは俺にだって彼女にだって等しく起こる。


 昼が遅くなり、駆け込みギリギリで社食に飛び込み昼食を食べていると、ユキノさんから声を掛けられた。
「あ、舞城くん。今頃昼食なんだね。って私もか。ここいい?」と言って、ユキノさんは向かいの席に腰掛けた。
 俺は「あっ、どうぞどうぞ。」と、手で合図して彼女を気遣った。
 桝元ますもとユキノさん。
 俺と歳が5つ離れた先輩で、昔よくお世話になっていた。今は違う部署にいるが、度々お世話になっている。
 遠巻きの上司であり、先輩であって、頭が上がらないくらい色々と面倒を見てもらっていた。
「久々だね。元気してた?」
「ぼちぼちです。相変わらず仕事の方はバタバタで」
 俺は首の裏に手を回して、照れながら言った。
「ユキノさんはどうされてますか?」
「んー。ワタシもぼちぼちだね。相変わらずな感じで仕事山積みだけど、おんなじ事繰り返してるって感じかな?」
 ユキノさんは苦笑いしないがらこちらに微笑みかける。
「舞城くんは、映画のパンフ? 今、手掛けてるんだっけ?」
 ユキノさんは定食の焼き鯖に箸を付けながら聞いた。
「そうなんですよ。俺、映画観るの趣味なんです。なんて言ったら、あれよあれよと仕事回ってきちゃって。そんな事やったことないから今から震えてます」武者震いしながら返答した。
 会議中にじゃあ担当お前でいいじゃん? と言われた時の恐怖を思い出して味噌汁を苦い顔をしながら啜った。
「舞城くん、そゆとき断らないからねー。まぁ、自分から趣味ですって言ったのが運の尽きってやつだね」
 お互い口をへの字にしながら、仕事ってやつは何でいつもこうなんだろうねって、阿吽の合図を交わした。
 その話題が終わると、しばらく、淡々と定食に箸を付けた。互いに多忙な事に変わりなく、部署も違うので、さっさと食べ終えて次に移らなけばなという雰囲気で、黙々と箸を進めた。
 俺は、数日後の外部のライターさんとの打ち合わせの事を頭で考えながら、そろそろ食べ終えて、席を立とうかと考えていると、ユキノさんが、
「そういえば、舞城くんって今晩暇?」と言った。
「えと……ちょっと待ってください」スマホでスケジュールを確認すると「今日は、空いてます。ここんとこバタバタだったんですけど、とりあえず大体の内容が固まったんで、ちょうど時間に余裕が出来たトコだったんですよ。残務片付けて駆けつけます!」と、にこやかに言ってみせる。
 ホントは翌日に朝から会議が入っていたけれど、久々にユキノさんと飲みに行けるのが嬉しくて、ついちょっとした嘘をついてしまった。
 彼女に飲みに誘われる時は決まって、仕事やプライベートの相談なんかの、堅苦しくもリアルな悩みを何の抵抗や説教もなく受け止めてくれるので、その感覚が少し恋しかった。
「じゃあ、7時にいつものとこでね。遅れそうな時は連絡するから。舞城くんも無理しなくていいよ。用事できたら連絡してね」
とサラッと言って、食べ終えたトレーを返却口に置きに席を立った。
俺は、ユキノさんの方がよほど忙しいはずなのに、こうやって約束するとキチンと守ってくれるんだよな……。と思い、何としても7時までには、仕事片付けるぞと気持ちが沸いた。

 本打ち合わせの前のリモート会議や、映画関係の資料と大枠の編成を纏めたレジュメ作成に手間取って、結局、ユキノさんと合流したのは7時半を少し超えた辺りだった。
 明らかに遅れるのが目に見えていたので、予め、30分くらい遅れそうです! 不甲斐ないです! とLINEを送っていたが、すぐさま、そんな事だと思ってた。先に一人で飲んでるから焦んないでゆっくり来てね。一人寂しく待ってるよ。と返信が来た。
 ユキノさんは、決して怒る人ではないけれど、合流した時に一人寂しくお酒を飲んでいる後ろ姿が切なく見えるので、何としても早めに済まさねばと思い、これでも何とか頑張ってもう30分掛かる仕事を一気に熟して、ダッシュで飲み屋に足を運んだ。
 ユキノさんと飲む時は決まって、衝立で仕切られた和風の少しおしゃれな居酒屋と決まっていた。
 昔、とてもお世話になっていた頃に聞いたら、ここが一番居心地が良くて、他のお店だとなんだかソワソワしちゃうから落ち着けないの。と言っているのを思い出した。
 ユキノさんは社内ではしっかり者のキャリアウーマンのいで立ちだが、プライベートは地味だと自分から公言していた。
 女性と二人きりで食事をする時に、半個室の居酒屋っていう恥ずかしさがあったけれど、今ではここが落ち着くのがわかる気がした。ユキノさんの表情はここだと柔らかくなる。

 俺が到着した時に、ユキノさんは梅酒をチビチビと飲みながら、仕事の書類に目を通していた。
——すいません、遅くなって! 額に汗かきながらそう言うと、微笑みながら、
「そんなに焦んなくたっていいのに。多分、遅くなるなって思ってた。だって、舞城くんの案件だと、ワタシが手を付けても7時には片付かないもん」と言って、向かいの席へどうぞと手招きした。
 相変わらず母性的な表情を絶やさないまま、テーブルに散らばった書類を片付けて、俺の前におしぼりとお通しの小鉢を置いてくれた。
「とりあえず、簡単な揚げ物とかカルパッチョとかサラッと食べられそうなの頼んどいたんだけど、舞城くんは何か食べたい物とかある?」と言ってメニューをこちら側に開いて見せると、指差しながら、コレとかコレとか……あと、最近コレも食べてみたんだけどめっちゃ良かったよ。と、ユキノさんのオススメを紹介してくれた。そういう気配りについ甘えてしまう。
 俺はユキノさんが指差したメニューをふむふむと一瞥して、ユキノさんが予め頼んでおいてくれた生ビールを店員さんが持ってきてくれたタイミングで、ユキノさんと同じ様に指でなぞりながら、それらを頼んだ。
 ユキノさんは同じ部署にいた頃に、指導役として付いてくれていて、初めの内は手厳しい真面目な先輩といった印象だったが、少しずつ打ち解けて、ユキノさんの方から偶に飲みに誘ってくれる様になった。
 初めて誘ってもらった時は、ガチガチで俯きがちに相槌を打つだけだったが、その姿を見たユキノさんが、舞城くんって面白いし、一緒に飲んでるとラクだから楽しいよと言ってくれたので、それを契機に度々飲みに誘ってもらっていた。
 部署が変わってしばらく話す機会もなかったので、ユキノさんの方から声をかけてくれて正直嬉しかった。
 積もる話で盛り上がった。仕事の事、日常生活の事、趣味の事。
 基本的に、ユキノさん主体で話を振ってくれて、俺はそれに応える感じでユキノさんもそれにつられて、私は相変わらず地味だよーと言って、最近の悩みとか私生活の変わった趣味とか、部屋でゴロゴロして一日過ごす話とか、そんなあの他愛もないけどリアルな大人女性の日常を話してくれるので、自分としても共感しつつ、年上女性との異文化交流に楽しみを覚えていた。
 ユキノさんはお酒が強い方ではなかったけれど、今日は少し飲むペースが早くて梅酒のグラスの氷がカランと音を立てると、手を挙げて店員さんを呼んで、梅酒とあと……舞城くんは生にする? と言って、俺は頷き、追加のお酒を注文した。
 ちょっとペース早くないですか? と、聞くと、今日は結構飲みたい気分なんだ。と、紅潮した頬をこちらに向けてニコリと微笑みかけた。
 空になった梅酒のグラスを手で揺らして、氷がカラカラ音を立てるのを、ユキノさんは見つめている。
 俺は、ちょっと不穏な空気を感じて「何か……ありましたか?」と、聞いた。
 ユキノさんはこちらに目を向けると、苦味を含んだ笑顔で「ちょっと聞いたんだけどね。舞城くんってたまきさんと付き合ってるの?」と、俺に問いかけた。
「うーん……はい。付き合ってますね。まだ、特に何があるって訳でもないんですけどね」と、返した。
 カランカランと氷の音が響いて、それを微笑みながら見ているユキノさんは、少し沈黙してから、
「でも、彼女と付き合ってると何かと大変でしょ。彼女って言い寄られるタイプだから、ひっきりなしに男の人に掛けられてるの見るけど……大丈夫?」と、こちらには目線を合わさずに、けれど、表情は心配した様な憐れんだ様な虚げな表情をしていた。
 俺は、「まぁ……何があってもって覚悟はしてるつもりです。そういう子だって事もなんとなく知ってますから。というか、ユキノさんまで話がいってたなんて、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」と言って、頭を掻いて苦笑いした。
 ちょうどそのタイミングで店員が来て、追加の梅酒と生ビールを、それぞれの前に置いた。
 ユキノさんはも少し何か食べよっか。と言って、店員を呼び止めると、ローストビーフとクラムチャウダーと茄子の揚げ浸しを頼んだ。そして、もう一杯追加で梅酒を頼もうかな、と店員に告げた。かしこまりました。と言った店員の後ろ姿を見送ると、ユキノさんは、
「社内であの未駒たまきが舞城と付き合ったーって話題になってるから気をつけてね。そういう時ってあることないこと色々言われるもんだから、舞城くんが泥被ることはないんだから」と、こちらに真剣な顔を向け言った。
「それはそれですよ。別に今後がどうなるかなんて俺にもわからないですし、当て馬にされようが何だろうが、とりあえずやれることだけやってから考えます」そう返し、冷えた生ビールをクッと流し込む。
「困った時は何でも言ってね。できるだけ加勢はするつもりだから。傷つかないように、ほんと……気をつけてね」俺に届かせるのを迷っているような小声で呟く様に言った。
 少しだけ騒がしくなってきた店内のノイズも擦り抜けて、その言葉は俺に届いた。少し悲しげな声だった。
 こちらが次に何を言うべきか悩んでいるのを察した様にユキノさんは、
「私が飲みきれなかったら、舞城くん私の代わりに飲んでね」と言って、水滴のついたグラスを右手に持って回しながら掲げると、舌をちょっぴり出しながら可愛く戯けてみせた。
「あんまり無理しないでくださいね」と俺は苦笑いしながら、頬を赤らめた彼女を心配した。
 ユキノさんはあんまりお酒強くないのに、数杯注文するなんて珍しいなと思っていた。
 すでに、顔は赤くなっていて少し目はトロンとしているけど、ユキノさんはいつも会計する時にはシャンとしている。店を出た後にへたらなきゃいいけど……。
 ユキノさんを介抱する訳にはいかないなと思いつつ、多分、それは杞憂で、顔だけ真っ赤にして、それじゃまた明日ねっ! と、こちらに軽く手を振ってタクシーを拾う姿が目に浮かんだ。


―― 第三話はコチラから!

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