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「愛がなんだ!ってんだコノヤロウ!!!」第五話【長編小説】

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↓ 前回のおはなし。


街が煌びやかだからって心まできらきらに照らされる訳じゃない。その事を伝えられたらいいのにって思って拗ねてしまう。

 今回は私からミッドタウン行きたいなって言った。まいちゃんはわかった! と返信してきたけれど、行き慣れないからちょっと不安だって言ってた。まぁそうだろうなって思って、今回は私がエスコートするから問題ないないって返事した。
 何で、東京ミッドタウンに行きたくなったのか、あんまわかんなかった。二人で六本木の街を歩いて何が生まれるのかなんて想像できなかった。けど、まいちゃんを引っ張ってあの街を歩きたい気分だった。
 大江戸線のミッドタウンに近い、地上口の前で待ち合わせしてたんだけど、まいちゃんは改札口を間違えたみたいで、少し待ち合わせ時間に遅れてやってきた。額に軽く汗かきながらごめんごめんと平謝りしてたけど、私は大丈夫だよって軽く言って、彼の手を引いてこっちだよって足を進めた。
 日が沈み始めて、夕焼けが翳ってくる。ライトアップの時間も近いから、カップルも多くて人通りも増えてくる。
 この街には、どれくらいカップルがいるんだろう? 夕景に黄昏てまいちゃんの腕を引っ張って歩いた。無表情に先を行く私を、まいちゃんは不思議そうに見つめて後ろをついて歩いてた。
 東京ミッドタウン。何万回来ただろう。さすがに言い過ぎか。まいちゃんはビルの中央に立って見上げると「すげー……! としん!」って言ってはしゃいでいた。その姿を見て、純粋バカだなっておもった。
 エスカレーターを昇って幾つものテナントを横切る。ちらちら眺めながら、わたしのこころはどんどんと黄昏ていった。
 だんだんと何でここに来たかったのか。まいちゃんを引っ張ってココが良いって言ったのか、そんな気分になったのかが分かってきた。
 まいちゃんは最初のうちは、すごーとか、こんなんあるよ! とか、私の気を引くように色々しゃべりかけてくれていたが、私の表情が曇っているのを感じとると、だんだんと言葉数が少なくなって、しまいに、私が引っ張っていた腕にひっつく様に、無理しても私と歩幅を合わせて頑張って横について歩いていた。
 彼も黄昏た表情で手を繋いで、煌びやかながらんどうを散歩した。
 ひと筆書きで館内をひととおり歩いて廻ると、二人でベンチを探してぐるっと見回した。けれど、空いてそうなとこがなくて、どうしようかー……って、上階から下階を見下ろして欄干に頬杖ついた。
 まいちゃんもおんなじポーズで、中央から見下ろす人々の楽しそうな様をぼんやり眺めていた。二人とも黙ったまま、煌びやかな人々の姿を眺めていた。
 ふつうならご飯でも食べようか、ってなるような時間になっても、全くおなかがへらなくて、まいちゃんもミッドタウンのエスカレーターを降りながら、テナントに目立つように置かれた派手に着飾ったマネキンの姿をぼんやりとながめて、たまちゃんそろそろ出よっかって言った。
 特に何もしてないけど、なんだかんだで一時間くらいは平気で経っていたと思う。
 この中にいると時間感覚がおかしくなるのかな? それとも私の時間感覚が壊れてしまったのかな……。天井に張られたガラス越しの空の色は、濁った黒さを含んだ深藍色だった。いつの間にか夕焼けはどこかに消えてしまっていた。
 心もそぞろに二人は手を繋ぎながらミッドタウンの建物を後にした。外も日が落ちたから、余計に明るくライトアップされてうるさかった。まいちゃんは、ちょっと歩きたいんだけど、たまちゃんはどう? って聞いた。私はうん。でも、けやき通りの方まで歩きたいかなって言って、ミッドタウンの周りをくるっとまわってから、合図する訳でもなく六本木ヒルズの近くの方へと足を向かわせた。横切るカップル達がきゃっきゃっ楽しそうにはしゃいでいる姿を見ると、余計むなしくなった——。
 外苑通りをまっすぐ進んで、芋洗い坂を下る。
 コースは体に馴染んでいて勝手に歩が進んでいく。まいちゃんは黙って私の横を歩く。握る手の力いつもより少しつよく感じた。
 歩きながら黄昏てだまってると「たまちゃんってこの辺よく来るの?」ってまいちゃんは聞いた「うん。買い物とかね。あと、疲れたなとかご褒美あげたいな、って時かな」まいちゃんの顔を見ないまま、そう言った。
「たまちゃん。変なこと聞いていい?」
「何?きゅうに」
「いやさ。たまちゃんのことあんまり知らないなっておもって」まいちゃんも私のことを見ないで言った。
「私はそんな複雑なおんなじゃないよ。ふつー。ほんとふつーだから、知りたいもなにもこのままだよ」
「たまちゃんが、たまに黄昏るのを見ると寂しくなっちゃうなって。その理由が知りたくて」
「そんな理由なんてないよ。なぁんもない。今日は来たはいいけど、あんまノんない日だったなって。そんな気分になっちゃったの」
「俺さ。思う時あるんだよね。たまちゃんとこうやって一緒に歩いてることが不思議だなって。なんで、こうやって手を繋いでいっしょに歩けてるんだろうな? ってふいに思うの。わけわかんないなって」
「それは、まいちゃんが告って、私がよろしくお願いしますって言ったからじゃない?」
「たまちゃん、よろしくお願いします、とは言ってないから。うん、いいよ。って、さらっと言った」ちらと表情を見ると、まいちゃんは拗ねてた。
「たしかに、そんな感じでいったかもだけど、こうやってつきあって隣り合わせで歩いてるってコトは、そゆことってことじゃん。お願いします。ってね。それ以上かんがえんのはめんどいよ」
「そゆとこ嫌いかも。たまちゃんの嫌いなとこ」まいちゃんは珍しく私に楯突いた。
「嫌いなら嫌いでいいよ。それが私ってことで、もうお付き合いムリですってなったら離れればいいだけだもん。それだけだから。その辺はさらっといきたいんだ、私」少しムキになってたと思う。
「たまちゃんのそゆとこやだよ。さらっと切り替えてって。そうゆう性格好きだなって思うよ。でも、恋愛だのってときに持ちだして傷つかないように……って、それはちがうと思う」
「恋愛偏差値低いくせになにいってんだよ」私はボソッとひどいことを言った。
「俺に言えることなんて何もないよ。たまちゃんが誰と一緒にこの道を歩いたか? なんて考えたって楽しくないから。でも、考えるときはあるよ。俺以外の誰と来たのかな? とか、ここでどんなことしたのかな? とかさ。色々」
「まいちゃんそゆんだからモテないんだよ」
「詮索とかってんじゃないんだ。別にどうでもいい……ってわけじゃないけど。でも、たまちゃんが黄昏るときに考えてることって、そんなことなのかな? って、そんな感じで思うの」
 ややあたってる。
「そんなこと知ってなにしたいの?そくばくとか?」
「そんなの性に合わないの知ってるでしょ」
「じゃあなに? 他の男のこと考えんなってやつ?」
「それも性に合わないよ」
「ならなによ」
「黄昏れてる時に、さみしそうな顔してるなって。言いたかった」
 まいちゃんがそう言うとしばしの沈黙の間が空いた。交差点の信号が変わるまで二人ずっと黙ったまま、ランプが青くなるのを待っていた。
 信号待ちの人たちが歩道に溜まっていく。それぞれ色々話してるんだろう。楽しいのかな。つまんないのかな。誤魔化したり、繕ったり、大人の駆け引きに嫌気が差して全部ぶっ壊れちゃえって思ってる人とかいるかなっておもった。ここに車が突っ込んできたらどうなるだろう? なすすべなく、みんなポーんってどっか高くに飛んでっちゃうんだろうか。
 でも、まいちゃんは私よりも前に立って先に飛ばされるんだろうな。その確信はあるんだよなって。コイツはそうゆう男。
「ねぇ。ここ渡って、もっかい渡って、左ななめまえに行くの。そしたら下ってって。ヒルズの方いけるんだ」そう言ったタイミングで信号が変わった。
 緑を青だと言い張って信じて疑わない集団が白線の羅列を跨いで自動車に睨まれながら歩いていく。そこに私達も含まれる。虚しい。人間の虚しさってこんな感じ。
「もっかい曲がる。そこからナナメマエ。ナナメマエね」まいちゃんは暗唱してみせた。「たまちゃん。もう帰る? 辛そうだけど」
「やだ。まいちゃんと歩く。舞城ユキヨと歩く」そう言ってギュッーっと手を握った。力強く。怒りを込めて。
「たまちゃんについてく。たぶんチューもハグもない、湿っぽい一日になっても今日付き合うよ。たまちゃんが満足するまで横を離れないから」そう言って手を握り返した。力強かったけど、私が痛くないくらいの強さで。気持ちを込めて、ギュッとにぎってるのが分かった。
「チューもハグも今まで一回もしてないじゃん。いまさら何期待してんの?」
 私は意地悪く揶揄うと、信号が変わった。本線ではないから、こっちの歩道は色が変わるのが早かった。同じルートで歩く人達に紛れて私達も足を向ける。きっとみんな空っぽのキラキラを見に行くんだろうな。ちょっと早いけどクリスマスが近づいてる季節なのを思い出した。
「こっちを左ね。ここ間違えると遠いから」
 私は道を指差してそう言うと、まいちゃんも迷いなく私の横を離れない様について歩いた。
「ここからさがってくんだね。たまちゃん足痛くない?」
「痛くない」
「坂キツくない?」
「キツくないし、そうゆうの面倒いよ」
「しつこかった。ごめん」
「そうゆう気を遣ってますってのいらないから。まいちゃんらしくぬぼーってしてりゃいいから」
「俺って、ぬぼーってかんじなの?」
 うん。気の抜けた返事。坂の先を見ながら捨てた様に口にする。
「俺さ。不思議なの。たまちゃんのこと考えると、不思議でいっぱいな気持ちになる。明るくて、意外と柔らかくて、でも、頑固。仕事もできるし男性受けもいいし。でも、寂しそうに腕掴んでくる時があって。そゆときに俺ってなにすればいいのかわからなくて、たまちゃんが掴んでくれた腕を掴み返したり、手をちょっとつよく握ったり。それくらいしかできない」
「そんくらいでいいんだよ。口でカッコつけてもやましいことしか考えてないのバレるだけだもん」
「もうちょっと近くにいたいなって」
「もう近くにいるじゃん」
 その言葉を聞くと、まいちゃんは真剣な顔をしてこちらを向いて、
「それ、ホントに言ってる?」と、問いかけた。
 私はそれまでいなす感じで、適当に思うままに返事してただけだったから、少し驚いた。少し怒った表情の彼を見るのは初めてだった。
「何ムキになってんの。ダサいよ」
「ダサくていいよ。むしろダサくていいよ。ダサくてもたまちゃんがこっち向いてくれるなら、ダサくて鈍臭くてずんぐりした動物でかまわない。俺と向き合って欲しいだけだからさ」
「何バカなこと言ってんの。くだらないよそうゆうの。だから会社でもバカにされんだよ。そういう真面目ぶった言葉のひとつひとつがさ」
「別にいいじゃん。それが俺だし。周りとか別にどうでもいいよ。無理して上を! なんて、そんな歳じゃないし、まだまだ目の前のことで精一杯だし、それに、たまちゃんの事に向き合えないような奴がそんなもの目指せる訳ないもん」
「は? 私は男になる通過儀礼かなんかなの? 私を通れば男になれるとからそゆこと?」眉間に皺寄せて睨みつけた。
「全然違う。目の前の人に向き合ったり、幸せを願ったり、そういうことができない奴がやれる事なんて上っ面だけのペラペラだから。だから、キミに俺を見てほしいって。ただそれだけ」
 そこまで言うと、押し黙った。
 徐々に六本木ヒルズとライトアップされた並木が見えてくる。あらゆる過去の記憶が蘇る。まいちゃんが言ってることはこうだ。私は……
「私は軽い女だから。そうゆうのわかんないよ。」
 彼の言葉を突き放す様に投げやりに言った。
「たまちゃんのその哀しみを変えてあげたい。おこがましくてもいい。こうして一緒に歩いてることを精一杯楽しんで、たまちゃんにいつか振り向いてもらうんだって」
「私が、じれったいからもういいよ、って振ったらどうするの?」
「そんなことしないでしょ。たまちゃんは」
 彼は迷いなく即答した。通りや店先にたむろする人の視線は、その場を楽しむだけの享楽的なものに思えた。私達はなにを目指してるの? 彼に問いかけたくなった。今がよければそれでいいじゃんって。
「まいちゃんは私を何にも知らないよ。だから、そんなこと言われる女じゃないし、アンタにそれを言う権利なんてないと思うくらい童貞臭いんだから」女として酷いことを言った自覚はあった。
 多分、私的にはそろそろ別れる感じだったのかもしれない。向き合うのが辛くなってきたから。馬鹿みたいな出会いからダラダラ続けてきた気まぐれな関係に終止符を打ちたかったのかも、なんて。
でも彼は、
「たまちゃん。俺はキミが好きだよ。馬鹿な真似してでも引き留める。俺はキミが思ってる様な軽薄なバカじゃない。それを証明するから。それまで少し待ってて。もうちょっと付き合って。馬鹿な男のバカな気持ちに付き合って欲しい。キミがすきだから」
 真正面に私の顔を覗くと、これまで見たことない様な表情をした舞城ユキヨがいた。カッコよくはなかったけど。こんなこと言われるのは初めてだった。
「そうゆう浮ついたこと言うやつは死んじゃえばいいんだよ。物みたいに扱うくせに、その場を繕ってそんなこというやつ」
 口で彼に向かって吐いている言葉のひとつひとつが、頭の中では数多の馬鹿の影がちらついて暴言に変わってしまう。
 でも、半分はホントにおもってること。コイツだってどうせその一人なんだって。自分にもコイツにも言い聞かせた。これ以上先にいったってろくなことにならないんだって。
「俺はしんだってまた戻ってきてやる。たまちゃんの横にばけて出てやる。まだ言い残したことなんて幾らでもあるんだから。しんだってそれを言い終えるまで、ずっと横にいてぶつぶつ言ってやるよ」
 二人とも互いの顔なんて見ずに、目の前に広がる電飾で色めいた六本木ヒルズの空間を見つめて言葉を吐いた。
 坂を降り切ると大きい円柱のビルがお出迎えする。ヒルズってやつだ。その脇を、これでもかと光らせた並木がカップルを呑み込んでいた。
「こっち側からだと逆走するみたいになるけど、ちょっと迂回してけやき坂の上にいく?」って聞くと「やだ。逆走しよう」と、まいちゃんは即答した。頑張って捻り出した頑固を誇示する様に。あほらし。って思ったけど、「じゃあそうしよ。」って言って、彼の手を引いた。
 まいちゃんは黙って私と同じ歩幅とリズムで足を動かして無理矢理にでも横を離れまいとしていた。
「きれい」って陳腐なことばを私は吐いた。
「とかい。って感じがするよね。するよね」ってまいちゃんは言う。根に持ってんのかよ。と、おもった。
「こういうトコでたまちゃんと手を繋いで歩いてるって考えると舞い上がっちゃうよ」
「まいちゃんだけに、まいあがっちゃうの?」
「ふざけんな。ばかにすんなよ」まいちゃんはちょっとだけ戯けて、すこしだけ怒って言っみせた。
「夢みたいだな。っていいたいの。ばかでしょ。たまちゃんからすると、俺みたいな男」
「ばか。あほ。くそたれ」
 私は思いつくかぎりの罵詈雑言の語彙をもって、手を繋ぐ愚鈍を言葉の限り形容してやろうかとおもった。けれど、浮かんだ言葉は、このみっつだった。
「そんくらいならまだマシ。下痢便とか渋谷のガード下のゲロとか裏通りに投げ捨てられた生ゴミとかって言われると思ってた」「は? なにそれ?」私はあきれて笑った。
「思いつく限りの罵詈雑言。たまにシャワー浴びてる時に思いつくの」
 フッて鼻で笑うと「そんなこと思い浮かぶの?」と、抑えてた笑みがこぼれた。
「男の一人なんてそんなもんだよ。恋愛偏差値ひっくい雑魚童貞の語彙をなめんなよ」
「意外と根に持つね。まいちゃんの意外なとこ発見」私は下から見上げる様に彼の顔をねめつけた。
「どう? ムカつくでしょ。クソ男っぽくなってきた?」まいちゃんは完全に拗ねた顔を隠さずにこちらに向け対抗した。
「ハァーッ……。アンタも大概な馬鹿なのね。はいはい、わかりました」繋いだ手をコレでもかと力を込めて握った。
「馬鹿で結構。ようやくたまちゃんの馬鹿男ランキングの仲間入りできたんだから。じゅうぶんよ!」まいちゃんは握りつけた掌を受け止めるように力入れて、私の怒りを受け止めてみせた。
「アンタにあたしの何がわかんだよ」
「何もわかんね。」
「だったらもうちょい甲斐性みせろよゴミ」
「ゴミなんて言葉吐くなよ。たまちゃんが傷つくだけだから」
「はい、説教ね。めんど」
「めんどくさいこと言いたいから言ったの。たまちゃんってどうせ、俺なんか牙が生える前の子犬だって舐めてんだから」
「は? 何それ?」
「俺は子犬じゃねー! って。子犬だって大きくなれば牙も生えるし、大きくなって初めてオオカミだって気づくことだってあんだよ」
「くそ意味わかんないこと言ってるけど、自覚ある? 大丈夫?」
「自覚あるし、たまちゃん怒らそうとしてるし、俺も怒ってる」
 まいちゃんと私は互いの顔を睨みつけながら、けやき坂を登っていった。
 ありきたりなデートの言葉を発して仲睦まじそうに手を繋いで坂をおりてくるカップルとすれ違う。ふつーはそうなはずなのに、私たちは、日本で一番ロマンティックな坂とは思えないくらいの剣幕で、別れの直前みたいな言葉をぶつけ合っていた。互いの白い吐息が顔にぶつかり合う。
「じゃあ! 襲ってみろよ! バーにでも連れ込んで、飲ませるだけ飲ませて、酔っちゃったーってしなだれかからせて、ホテルにでも連れ込めよ! できないだろ!」
 この会話の行先が嫌んなって、脈絡なくいきなり大声張り上げて、気でも触れた感じに大声をあげた。私は周りの視線を気にせずに品性のカケラもない言葉を力を込めて言った。まいちゃんはその言葉を聞くと、表情が虚脱して、少し寂しそうな目をして「もうちょっと自分を大事にしなよ」と、言った。
「は? 何なの? 同情すんの?」
「そういうこと言うたまちゃんとは一緒にいたくない」
 私は我を忘れて激昂して、まいちゃんの細っこい手を振り払って、駄々こねるようにその場で髪を振り乱して、
「だったら、手を離して、くそ女! とか言って、別れりゃいいじゃん! 何なの? なんなんよ!」と言った。
 まいちゃんは動揺せず淡々と「たまちゃんは心にもないこと言って、離れようとしてるだけでしょ。じゃあ、絶対に離れない」
 コイツの手をへし折ってやりたい! ってくらい力を込めてるはずなのに、彼の手は微動だにしなかった。視線は真っ直ぐ私の瞳を見つめていた。
 その顔は、同情も憐れみも諦観もなくて、真っ直ぐに私と一緒にいる未来を望んでいる様な覚悟を感じた。
 本当の馬鹿が目の前に立っているって。そんな風におもってしまった。
 キラキラした夕景に言い争う一組の男女。周囲の視線を一瞬だけ集める。私達を避けるようにLEDの灯りを指差し過ぎ去っていく。痴話喧嘩。そういうのもあるんだろうって視線。所詮だれもみちゃいない。坂を下ってくる人の波と、たまにぶつかりながら溜まった鬱憤を晴らすような言葉に、まいちゃんは動揺しない。用意されたセリフの隙間を埋めるように言ってみせる。
 そんな彼がムカつく。何で。なんで、そんな余裕ぶっこいてられるのか不思議でしょうがない。
 他の男の翳もちらつかせて、普段どうやって口説かれてるかも明け透けにして、それでもおれはいいんだとかいわれて、そのままくだらない流され方をして一夜をむかえる。この街が私は嫌いだった。染みついた私の刹那的な逃避を集約した、カップルという名の偽善を間に挟んだ関係性。何度も何度も、そんな一夜を思い出す。そうすると舞城ユキヨはうぶすぎる。
 この男の一生は私で満たされるの? 私は腐ってるように感じて嫌だった。コイツといると繕っている自分と本音でバカらしく感じる自分が混在して、何を求めてたのかわからなくなるから。愛って何だろう? 愛がなんだって思って真剣になやんだ、うぶだった頃の自分。そんなばからしい日々を思い出してしまうから。
 そんな考えが頭いっぱいになると、目にじんわりと潤みが産まれる。意地でも泣くもんかって言い聞かせる。でも、目の渇きに水分が与えられる。
「たまちゃん。俺はさ、ここで別れましょ、って言葉を、はいそうですね、なんていう気はないからね。ホテルに行く気もありません。だって、きみの心は俺にないのなんてずっとわかってたもん。同じ本を手に取ろうとした瞬間に普通とはちがった雰囲気を感じたから、俺が告白した時にぼんやりと気が変わっただけだって、そんなわかりきったこと、気づかない訳ないよ。だけど、鈍感で愚鈍で気が利かなくて、それっぽい口説き文句で一夜になだれこむことができない馬鹿でかまわない。たぶん、スタートラインにも立ってないんだもん。たまちゃんにとって、手を繋いで暇を潰す為の男に過ぎないんだから」
「そんな風におもってんなら、私の元からさっさと消えなよ」
「俺は、いくらでも我慢するよ。でも、絶対にたまちゃんに認めてもらう。だって、こうやって手を繋いで、こんなロマンティックなシチュエーションで一緒にいられるんだもん。それを許してくれてるんだもん」
「許してくれてるって言葉がくそなんだよ。他の高身長イケメンに振られた時に、ちょっと慰めりゃやれるみたいな感じの保険みたいな言い草が。気持ち悪い」
「でも、実際そうでしょ。釣り合いとれてないって思ってんじゃん。でも、そいつらよりもたまちゃんの事をもっともっと知って喰らいついてやるから。だから、俺を舐めんなって言ってんだよ」
 オマエなんか牧草食って牧歌的な平坦な人生送ってりゃいいんだよ。って思った。そんな舞城という動物を頭に浮かべてアルプス山脈の麓で広大な自然に囲まれた生涯を終えさせてみた。
「舐めんなって言うけど、度胸もないヘタレに何ができんだよ」
 私は草食動物に怒りをぶつけた。
「俺は草食動物じゃない。俺を舐めんな。何度も言う。顔も良くない。身長だって高くない。仕事だって碌にできない。それでも、たまちゃんと手を繋いでる。なら、俺にだって戦う権利がある。なら、とことんやってやるよ! って言ってんの。馬鹿が馬鹿なりの愚直な本当の阿呆を見せつけて、たまちゃんにあっと言わせてやる。こんなアホんだらは、この世になかなかいねぇなって思わせてやる! 黄昏た自虐的な美女を目の前にして、死んでも喰いついてやるってそう言ってんだ」
 まいちゃんは一言一句ふざけずに言い切った。啖呵を切って、私よりも、もっともっと周囲の視線を集めて、通りすがりにクスクス笑われて、ピロートークのネタができたってくらいに盛り上がってるんだと思う。
 でも、そんなの屁でもないくらい、馬鹿みたいに真剣な口調で私の顔を瞳を見据えて言った。
「そんな覚悟なんて明日にはすぐ消えちゃうよ。どうせ」
「あほ。消えるわけねぇだろが」まいちゃんは即反論した。続けて、
「たまちゃんのことが俺は好きなの。それをキミは何も分かってない。わかってるのかもしれない。部分部分でね。でも、そんなんじゃ足んないんでしょ。六本木なんて日本中のカップルが羨むようなシチュで啖呵切って宣言すりゃ、やっと土台に立てるんだ。上等だよ。一年後、またここに来て、たまちゃんをギュッと抱きしめてキスして、この人と結婚したいって思わせてやる! そんくらいの覚悟を見せてやる」
「ばっかじゃないの? 私の人生の中でいっちばんの馬鹿。アホ。クズみたいなこと言ってんじゃねぇよ。やれるもんならやってみろよ。私が何股かけたって、知らぬ間に男の家に上がり込んだって、アンタよりもねっとりべったりやったって、それ全部受け止めて、その上であなたの全てを受け止めます? そんな不埒な尻軽の女に寄ってくる下心だけが服着て歩いてるスペックだけで生きてるヒエラルキーの頂上にいる男達を蹴散らすって、そう言ってんの? アンタなんか下の下だよ。それがっ……。どうしてそうなんの? は? 無理に決まってんじゃん。とうとう頭狂ったの? ねぇ? 何か返してみろよ」
 私は本音と真逆の言葉が頭の中で組み合わさってサラサラと口から流れ出る。
 私は一連の流れでわかってた。私は彼と別れたかった。クリスマスに埋まった予定。正月に埋まった予定。何回か夜を過ごすだろう。この朴訥を目の前にして憐れに思って別れたかった。
 そんな奴が罵詈雑言を全否定して、来年は私の心の全てを奪い取ってやるって。そんな戯言をいってるのに耐えられなくて、思いつくまま、頭の中で浮かぶワードを無理矢理くっつけて舞城ユキヨを全力で拒否しようとしていた。あほう。あほう。あほう。しんじゃえ……なんておもわない。
 私と出会わなきゃよかったんだ。心の中で泣き腫らしてる私なんかと会わなきゃよかったんだって。混乱してたけど、ある部分は冷静で、これ以上彼といると彼を本当に傷つけてしまう予感。それだけは確信をもって言えた。
 ここまで言い終わると、けやき坂のでっぺんまで着いてしまっていた。
 私は、じゃあ今日は帰ろ。もうやんなったら連絡しなくていいから。と、彼を見ずにスマホを出して時刻表を確認しながら事務的に言った。
 でも、まいちゃんは私の腕を掴んで、
「たまちゃん。俺は別れる気なんてないから。今日だっていい思い出だから。少しだけ時間はかかるかもしれない。でも、またデートして欲しい。だから、ちょっと時間は空くかもしれないけど、また連絡するから。デートしたいから。だから、その時は何も言わずに付き合ってほしい」
 彼は腕を引っ張ってスマホを払うと私の顔を覗き込んで言った。カッコよくないなと思った。でも、真剣に言ってるのだけはわかった。いや。こんなの誰だってわかるくらいの真剣な眼差しで私を見つめていた。ホントなら、このまま口付けしてもいいような距離で真っ直ぐこちらを見て……。
「うん。わかった」と、彼の顔を見て言った。その時にどんな表情で返したのかわからなかった。自分は何が何だかわからないなって思った。彼は私の腕から手を離すと、それじゃまた今度連絡するからね。と、言ってその場を後にした。
 見送りもせず、私の意見も聞かず、ただ、自分を押し付けて帰っていった。その、後ろ姿は寂しくも見えたけど、今までの彼とは違って見えて、彼の姿が見えなくなるまでぼぅっとその姿を眺めていた。揺蕩う人混みと輝く街並みで一人ぽつんと取り残されたはずなのにみじめな気分にならなかった。それがとっても不思議だった。


―― 第6話はコチラ!

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