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風の歌を聴け/村上春樹 考察4

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引き続き考察4に入ります‼︎

話は打って変わって、主人公の僕が幼き頃の出来事を回想する場面となります。僕はひどく無口な少年であった為、両親がそれを心配して、知り合いの神経科医に通わせたとの事です。そこではお菓子やジュースを貰えたり、様々な方法で僕の心を開こうとする優しい医者とのやりとりが詳しく書かれています。

文明は伝達である。もし何かを表現できないなら、それは存在しないのと同じだ。

哲学めいた言葉にハッとさせられますね。ドーナツが欲しいなら言葉にしないと伝わらないよ、伝わらなければ君はドーナツが貰えない。ゼロだよ。と教えてくれた医者から学んだ教訓となります。何かを表現するとは、それを言葉にしたり身振り手振りのジェスチャーで示したり、絵や物に表したり、少なからず自分以外の誰かに何かを伝えようとする行為です。もし誰かに伝わらなければ、それは存在しないことと同意義だという考え方です。自分の中に留めている事物を外へ出すことの必要性について書かれているように思います。さらにその行為が救いとなる事も冒頭で書かれていましたね。いつか成長した先の自分が救ってくれると。つまり、この小説のテーマの一つでもある「存在意義」についての重要なメッセージとなります。「存在意義」は、この後のストーリーにも関わってくる重要なキーワードになりますので、意識して読むと登場人物の深い気持ちがより理解出来ると思います。

ここでもう一度、冒頭のデレク・ハートフィールドの言葉を振り返ってみましょう。

完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。/デレク・ハートフィールド

人が完璧に打ち負かされた気持ち(絶望)なんて言い表す(言葉にする)ことは出来ないし、ましてや人に完璧に伝えることは出来ないよね。それならば、存在しないのと同じだろう。と解釈することが出来ます。冒頭の話が如何に物語に関係しているかがよく分かりますよね。

医者の言ったことは正しい。文明とは伝達である。表現し、伝達すべきことがなくなった時、文明は終る。パチン……OFF。

回想シーンでのまとめの一文ですが、私たち人間の文明とは、大昔から次の世代へと様々な事物が受け継がれてきました。次々にあらゆる技術や情報が生み出されていく過程として表現すること、伝えることが重要になっていきます。ただ文明の発展と共に、世の中に物事が溢れ返る時代になると、誰しも存在意義が失われたように感じ、表現することを辞めてしまうのではないかと懸念する内容にも捉えることが出来ました。もしそうなれば文明は終わるという恐ろしい一文が添えられています。文明が終わるということは、イコール人の人生が終わることを示唆している可能性もあると考えました。その後、パチン……OFF、と続き、まるで電気のスイッチが切れるような表現方法ですが、この先のストーリーにも度々同じような表現が出てきます。これについても考えていきたいと思います。


続けて話は変わり、僕が他人の家で二日酔いで目覚めるシーンとなります。しかも隣には名前の知らない20歳より幾つか若い痩せた女の子が裸で寝ているという何ともプレイボーイな展開です。知らない人が隣に寝ているなんて普通じゃ有り得ないですよね。しかも僕は驚くことなく、一連の動作(流し台で水を飲んで、窓から海を眺めつつ周りの音に耳を澄まし、煙草に火を点けて)を済ましてから、初めて隣に寝ている女を眺めるという余裕さえ見せます。これは著者の作品ではお決まりの対応であり、普通は感情を揺さぶられるような出来事がクールに淡々と描かれているのが一つの特徴となります。僕と鼠が車の事故を起こした時も何ともない様子で描かれていましたよね。もちろん、現実的じゃない…と受け入れるのが難しいと思われる方もいると思います。私なりに、主人公の僕が他人の気持ちなんて理解出来るはずがないという諦めの気持ち(絶望感)を抱いていることをより読者に伝える為の表現方法であると考えました。また作品全体を通して、海辺の街に潮風が通り過ぎるような乾いた雰囲気を一層強める役割にもなっていると思います。著者自身がフィッツジェラルドやサリンジャーなどのアメリカ文学に影響を受けている事も一つの理由として考えられます。

右の乳房の下に10円硬貨ほどのソースをこぼしたようなしみがあり、下腹部には細い陰毛が洪水の後の小川の水草のように気持ちよくはえ揃っている。おまけに彼女の左手には指が4本しかなかった。

これは女性のデリケートな部分を敢えて取り上げることにより、彼女を性的な目から遠ざける役割を果たしているのだと考えました。最後の一文で読者に衝撃を与えることによりその効果を強めているのだと感じました。また彼女の事を何も知らない僕は、現時点ではその事象について言い表すことしか出来ません。どういう経緯で指が4本しかないのか?それについて彼女はどう思っているのか?こんなに近くにいて、ましてやデリケートな部分さえ観察出来るのに、彼女の本質を全く知らない僕の虚しさが垣間見ることが出来ますね。

その後3時間後に彼女が目覚めます。やはり彼女は僕のことを一切知らない事実が分かります。説明を求められた僕は、彼女を納得させる方法を考えた挙げ句、昨日の自身の一日の過ごし方を時系列を追いながら丁寧に説明していきます。

つまりね、一人で酒を飲む度にあの話を思い出すんだ。今に頭の中でカチンと音がして楽になれるんじゃないかってさ。でも現実にはそううまくいかない。音なんてしたこともないよ。

話の途中で、僕はなぜか思い出したように「熱いトタン屋根の猫」について話し始めます。これはテネシー・ウィリアムズによる戯曲になります。私も初めて知った作品となりますので、Wikipediaを引用させてもらいます。

米国南部の大富豪の農園主はがんで余命いくばくもないが、本人はそのことを知らない。同性愛の恋人を失った次男、ブリックは酒びたりの日々を送っており、妻のマギーは愛を取り戻そうと必死になっている。長男、グーパーとその妻メイは父が間もなく死ぬことを見越して財産を狙っており、農園主の誕生日に集まってくる。物語は、満たされない結婚に苦しむ南部女性の話。

小説が日本語訳でも発売されているのでURLを貼っておきます。

話は戻りますが、「頭の中でカチンと音がして」という部分が、「パチン……OFF」と似たような表現ですよね。続けて、「楽になれるんじゃないか」と書かれています。幼き頃の医者の話の中で、「OFFになる」とは、「終わり」を意味し、「存在しない」と考えます。つまり、存在意義を持たない方が楽になるんじゃないか?と僕は考えていたのだと推測できます。人生に何かしらの意味を持たせようとするから苦しむのであって、人生とはただ生きるだけ、生態系でいえば生命のバトンを繋ぐだけと考えたほうが楽なんじゃないか?と考えたのではないでしょうか。「でも現実にはそううまくはいかない」とスイッチのように切り替えて、全く何も考えずに居ようとすることは難しいと言っているように思います。この先にもスイッチのような表現が出てきますので、追って考えていきたいと思います。

考察5に続きます。

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