奈良紀行 2023秋~① 入江泰吉旧居の風情
ーはじめにー
奈良へ行ってまいりました。
え?このあいだ行ったばかりでは?と思われた方、この間ではありません。もう11カ月も前です。こんなにもあいだを空けてしまったことは、奈良マニアとして痛恨の極みですが、諸事情により仕方ありません。
前回の反省から、今回は極めてフレッシュな記憶状態で奈良紀行をつづります。奈良が嫌いでないかたは、どうぞゆるりとお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは!さっそく行きましょう~。
大和西大寺から奈良駅へむかう近鉄電車の窓のむこう、広大な平地に背の高いススキの群生がさわさわと風になびくのが見える。家をでてから6時間半、やっとここまできた。
また来たよ、朱雀門へこころのなかで挨拶してから、さて、奈良へついたらまずどう動こうかと考える。お昼?それともすぐに目的地をめざす?まぁいいや、そのときの気分で決めよう。
そうして着いた近鉄奈良駅。
地上へ出ると、前回とは比べものにならないくらいの、人、人、人!
この様子はまるで・・・渋谷駅!
噂で聞いてはいたけれど、ここまでとは。圧倒的に外国の方が多く、聞こえてくる言語もさまざま。あっさりとお昼はあきらめ宿へ手荷物を預けてから、目的地をめざして登大路を歩きはじめました。
若草山や東大寺南大門を借景とした庭造りがみごとな依水園や、苔庭がしっとりとした雰囲気の吉城園を横目に通りすぎ、行列のできている蕎麦屋さんのとなりが、最初の目的地。
ー入江泰吉旧居ー
ここは、写真家入江泰吉が戦後から亡くなるまで暮らした場所です。1992年に氏が亡くなってからは夫人が暮らしていましたが、2000年に奈良市へ寄贈。その後市民を交えたワーキンググループで有効な活用方法が検討され、2015年、開館に至りました。
趣のある門をくぐり入口へ。靴を脱ぎながらまわりを見ると、どうやら先客はいないようす。やった!
ところでこの入り口が、およそ玄関らしくない珍しい造りでした。なにがというと、土間がないのです。外で靴を脱いで家へ上がると、衝立で目隠しがされていますが、そこはもう部屋。
受付で職員さんが「よろしければ簡単にご案内しましょうか?」と言ってくださったので、ぜひにとお願いしました。
館内は、一部手をいれた部分があるものの、基本的に家具や調度品など生前のままの状態が保たれています。2間つづきの客間には、氏や夫人の手による書、焼き物、薬師寺国宝台座の拓本などがありましたが、いちばん目をひいたのは優しいブルーのソファとそこから見える景色でした。
左手に入江夫妻が、右手に客人が座ったそうです。どうぞどうぞ、座ってみてくださいと職員さんにうながされ、志賀直哉・白洲正子・司馬遼太郎らがすわったのと同じソファに腰をおろすと、まるで自分も文化人になったかのような錯覚が。
窓の外はみどりが美しく、下を流れる川のサラサラという音と、金木犀のかおりを運んでくる風がとても気持ち良い。もみじの木もあったので、紅葉の時季になればさらに美しくなるんだろうな。
もともとこの建物は興福寺の塔頭(僧侶の住まい)を移築したものらしく、一般的な住宅とはちょっとちがった趣がいろんな箇所に見られます。廊下の天井もなにやら素敵なつくりでした。
ところで、昔のガラスってどうしてこんなに美しく見えるんでしょう?断熱性はちょっと・・かもしれませんが、現代のサッシやペアガラスに比べるとあきらかに景色が美しくみえます。ゆがみがいい具合に美しさを演出しているのでしょうか。
奥のほうへ進むと、書斎と、氏が一番気に入っていた部屋だというアトリエがあります。書斎には壁一面にびっしりと蔵書がならび、勉強熱心なお人柄がうかがえる一方、アトリエは木々に囲まれた空間で、感性を研ぎ澄ませて創作活動に没頭する場所だったのかなぁと思いを巡らせました。
職員さんのお話のなかで、いくつか印象にのこったことを書き留めておきます。
氏はもともと画家を志し、絵を学んでいた
大阪空襲で逃げのびた際に持ち出せだのは風呂敷包みひとつで、それは文楽を写したネガだった
ご夫妻は毎日、朝食でトーストを召しあがっていた
それから、こんなのも置いてありましたよ。
建物内だけでなく、お庭の散策もできます。決して広くはありませんが、飛石の上を歩きながら自然を身近に感じることができ、小鳥が遊びに来たり、夏には蛍も舞うそうです。
散策路の最後には現像作業をしていた暗室があり、こちらも見学できます。現像の仕方などは全くわからないのですが、水色のタイルを見て妙になつかしい感じがするのは、昭和生まれのせいでしょうか・・・
館内は、外の喧騒とは無縁なしずかな空間でした。自由に写真撮影してください、どうぞゆっくりと見ていってください、という感じだったので、ひととおり説明を受けたあとは自分のペースで好きなように堪能できました。
これまでどこか遠い世界の人だという感覚があった入江泰吉という人が、たしかにここに住んでいたんだなと、その存在を身近に感じることができる素敵な旧居でした。写真美術館とあわせて訪れると、より一層感じるものがあるかもしれません。
さぁ、ではこれから入江泰吉も通った東大寺へ、”美しい”を探しに行きましょうか。
ー次回、東大寺さんぽへつづく
お気持ちありがとうございます。大切に使わせていただきます。