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一生、引き籠っていればいい

「自分、見たことあるな」

「え、初めましてです。ここも少し前に来させてもらいました」

「そうか?いや、見たことある。会ったことないか?」

「いや、初めましてです。すみません。」

「そうか。 まあ、ゆっくりしていって」

「ありがとうございます。」


初めての出会いはこれだけだった。
僕がそれから北大路さんと話をしたのも数回しか無かった。

きっとこれが運命だったと思う。
特別、何かをした訳でも無い。ここに出入りしたのも数えるくらい。
出逢った頃に僕は東京を離れる事になる。だから時間が無かった。
でも足りなかったという気もしていない。これで良かったのだと思う。


最初と最後の会話だけが僕の記憶に残っている。理由は言わない。
きっと北大路さんも覚えていないだろうし、その出入りしている間にあった事も、ほとんどの人が知らなければ、そこまで語れるほどのエピソードもない。書いて良い事が無い。

けど、僕はこれで良かったと思っている。
僕はこれが運命だと思う。運命という言葉を使うと笑われてしまうかもしれないけれど。僕だけの話で想い出なのだろうけど。その時の事は今でも「僕は間違ってない選択に出逢えた」と語れる【救い】だったと思っている。
最後に救われたと思っている。

最期の日の夜、最後にここを出る時。一時間にも満たない時間、北大路さんと話が出来た。

他にも話したい事はあるけど。それ以外の人との話は、今は置いておく事にする。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ちょっと上に来いよ」

「いいんですか?」

「上がってきたら?」

「はい」


「煙草ある?」

「はい」

「何本か貰っていい?」

「何本でも」

神尾君が「彼、もう帰っちゃうんだってー」
「こいつさー、男の癖に男にばっかり寄って来るから最初、怖かったんだよー」
「でも色々あって、色々考えて明日には出ていっちゃうんだって」
「またいつでも来たらいいよ。いつでもここは変わらずあるからさ。」

こんな感じで僕は一瞬のような日々を過ごした。

・・・・・・・・・・・

「明日帰るんか?」

「はい。色々あって。でも最後ここに来て、来れて良かったと思ってます」

「そうか」

「ここに辿り着いてよかったと思ってます。ここで良かったと思います。」

「そうか」

「何て言うか、どこから話したら良いか 」 

「いや、別にいい 」

「はい」


「俺は、今君がここに来て良かったと思う。今で良かったと思う 」

「はい 」

「もし今じゃなかったら、もう少し前だったら違ってたと思う」

「そうですか 」

「今はこうして話が出来るけど、少し前だったら話も出来なかっただろうし、ここも今みたいに落ち着いてなかったから」

「はい 」

「音楽、何かかけれるか?」

「スピーカーに繋げれるものが今、無いです」

「そうか、それならいい」


「あんまり無理するなよ」

「はい 」

「ここはいろんな奴が来て、出入りして、居なくなった奴もいる。でもまた何年かして現れる奴もいれば、そうやって帰ってきたり、ふとした時に会いに来たり、いつでも帰って来れる場所みたいな所だから」

「はい」

「あんまり無理しても良くないし、人生色々あるからな 」

「そうだと思います」

「壊れてしまう奴もいる。ここはそういう奴らもいるから。
そういう奴の帰って来れる場所、居場所みたいなものになればいいし、そうやって人が流れていく場所でもある」

「はい」

「自分が今こうしてここに来たのも何かの縁だと思うし、理由があるんだと思う。そういうもんだと思う」

「はい。来れて良かったと思っています」

「でも、今じゃなかったら良くなかったと俺は思う」

「そうですか 」

「ここに来るまでに。外も知ってて来てるんだろ。ここに来るまでに色々あるだろ」

「はい」

「昔というか、少し前だったら話も出来なかった。みんな話が出来る状態じゃなかった時もある。あいつも。」

「そうですか 」

「俺は自分の事を良く知らないし、最初は見たことあると思ったけど、この街に居たら、どこかで擦れ違ってると思うだろ 」

「はい」

「だから、そんなに深い意味で言った訳では無くて、そういう縁なんだろうな 」

「そうかもしれません。そう思って、今で良かったと思います。今ここで終われて良かったと思ってます」

「自分がそう思ってるなら良いし、そう思ってくれてるなら良かったと思う」

「そんなに、今じゃなかったら。今じゃなかったら良くなかったですか? 」

「今で良かったと思う」

「最初、僕も体調も精神的にも良くなくて。ここに対しても良いイメージでは無くて。 でも話では聞いていて、何か気にはなってて。
最後どうしようかって。特別、行くところも無いし。じゃあ最後に、ここに行こうと思って ここに来ました」

「そうか 」

「はい  」

「今日は飯食ってきた?」

「〇〇さんに食事に誘って、お願いして、飯、一緒に食べてもらいました」

「そうか、それならいい。○○は下でぐったりしてるだろ」

「たぶん」

「それでいい。後で起きてくるだろう」

・・・・・・・・・・・・・

僕は「はい」としか言えなかった。言いたい事も聞いてもらいたい事もあった。けど、言葉が出て来なかった。うまく喋れなかった。不思議というか、この空間が異常な空間に僕は思えていた。緊張感が張り詰めているような、でも懐かしいような心地いいような。歪な理由はひとつじゃない。

大学生の頃。部室にいたら卒業生のちょっと怖い先輩が急に来て、その人と二人っきりでいるみたいな。嬉しいような、でも言葉に気を付けてしまうような。 ただその時よりも、歳も経験も、色々と喰ってしまっているけど。

その場の空気を僕は重く感じていた。自分の中で重く感じ取っていた。
でも二人だけのその時間はあっという間に終わった。

「神尾、何か紙ないか?」

神尾君
「無いよ~。でも何か記念に、想い出なるようなもの持って帰りなよ。何でもあげるよ」

「良いんですか?」

「何かやれるもんないか? これもやるわ。 あれもやるわ 」

神尾君
「写真もあるよ。このポスターも」


「この手帳をあげよう。困った時は中に書いてるところに行けば誰かに逢えるだろうし、その店の奴に頼んで俺を呼んでくれたら会えるだろう。ここに来ても絶対いるとは限らないからな」

「手帳、これ良いんですか」

「別にいいよ」

神尾君
「大したこと書いてないもんね」

「そんなことは無いだろう、色々書いてるだろ」

「なんか色々書いてます。デザインですか、イラストとか。名刺も張ってありますよ。 詩も。句ですか。これ本当に良いんですか」

「いいんだよ」

神尾君
「ほんと変な奴だよ君は。不思議な縁だけど、変な奴だよ」


「そこの障子、破ってくれ」

神尾君
「いいの」

「いい」

「名前教えて。本名な」

「○○です」

「よし、わかった」

神尾君
「俺も書くよ。印鑑とか無いから口紅かそういうの持ってきて」


・・・・・・・・・・・・・・

僕は実名を書くことを良く思わない。でも、この話ははっきりと覚えている事だけを書いているように見えるかもしれないけど、実はそうじゃない。

「傷付く奴もいたら傷ついて壊れる奴もいる。死ぬ奴もいれば死んだ奴もいる」

ここの場所に思い出と呼んでいい想い出は僕にしかないと思う。


「自分がどんな事してて、どんな連中といるとかは知らないから、関係ないから。とにかく悪い事さえしなければ、あとは生きてればいいんじゃないかな」


上の言葉はどう受け止めて、文章にして読んだ人がどう読み解くのかは分からない。でも極力、最短の事実だけ。この事実が僕の宝物になっている。


何が「悪」か何てのは分からない。僕は僕の中の正義みたいなものだけで生きてきたつもりだけれど、実際はそんなに白い過去は無い。
実物は、そんな綺麗な人間でも無ければ、美学だなんてカッコ付けれたような生き方も様もしていない。

この後の今でも、このあり様で、道を間違ったと悔やんでいる。
それか「苦しい」と嘆いているだけなのかもしれない。

「じゃあそれは、何にもなってないのか」(糧になってないのか)と問われたら「それは違う」と言い斬れる。

僕には僕だけの想いがある。気持ちの残影がある。


・・・・・・・・・・・・・・・

SNSをしない僕は一度だけ年賀状を出した。けれどそれは宛先不明で返ってきた。

その後、出張で新宿に立ち寄った際にそこに行ったけれど、誰とも擦れ違うことは出来なかった。神尾君とは電話は出来たけれど。
それ所じゃなかった。 

まるで中学生の片想いをしている女子みたいな気持ちだ。

擦れ違うだけで声を掛ける勇気もない。
会えることを期待して、でも、擦れ違う事も出来なかった。


その時に「今だから話が出来る」と言われた意味が解ったような気がした。

僕の事を覚えていてくれるなら、三人、四人、五人。
いや、きっと誰も覚えていないと思う。

この話も、その時の何かしらも。僕と神尾君、二人だけしか心当たりも、想い出にも、話しすらも覚えていない一瞬の出来事に過ぎないのだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・

悪い事って何だろうか。


僕が想い描いていた未来と、「贖罪」の意味と、事実僕がしてきた事は、「悪い事」のそれとは違うと言い斬れるものではない。
「紙一重、違う」と意味深気にカッコ付けて言えるようなものでもない。
褒められた人生ではない。

「ありのままに、あるがままに」
この言葉をすぐに言えるように、頭の中の引き出しにはいつもスタンバイされてある。
けれど、ありのままの自分なんてのは決して誇らしげに語れるものではない。カッコ良くも無ければ、未来や幸せがある人生でもない。


それに、僕が勝手に思い描いていた未来は、「あの子に好きになってもらえる理由」には成らなかった。

今はまだ「夢破れて」と言える気持ちでも、現実でもない。
どうしても、自分の中で消化できる状態でもない。

・・・・・・・・・・・

ここまで書いて、一年ぶりくらいに連絡先はないかと久しぶりに検索をした。そこに僕がまだ読んだことが無いインタビュー記事があって、記事は最近書かれたものだった。

内容は全文が僕には胸を締め付けるような重厚な言葉とインタビュー記事だった。

【人生は勝負して、失敗してこそ面白くなる。だから失敗しまくればいいと思う。進んでひどい目に遭いにいけばいいんだよ。で、ひどい目に遭ったって後悔はしてもいいけど、失敗だと思わないことが大事なんじゃないかな】

── ありのままに生きろということですか。

うーん、ありのままというと、自分のむき身を世間にさらせというふうに聞こえるから、少し違うかな。自分はこういうキャラで生きていくと決めて、それを貫けばいいと思う。俺だって、キャラクターを演じて生きているよ。本体の自分をそのまま社会にさらしたら、誰も生きていけないと思う。ありのままを受け止めてほしいとか、ありのままで生きようとか思っている人は傷らだけになってしまうと思う。むき身をさらさず、自分がこうありたいと思うキャラクターで武装して生きるほうがいいよ。そして、そのキャラクターがやりたいと思うことはすべてやればいい。】

上がインタビュー記事の一部抜粋。

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数えれば、区切りや節目を付けようと思えばいくらでも付けれるのかもしれない。

月日や年月だけで語るなら、年数なんてのはただの数字、飾りにもならない「言い訳の言い訳」にしか過ぎないのかもしれない。理由にも根拠にもならない。

言われて、指摘されて傷つくくらいなら、言わない方がいいのかもしれない。

僕はまだ困っています。 

助けてと言いたいのですが、動かない僕に、それは助ける理由が無いように見えると思うのです。


マイネイムイズナンバーガール ロックの何たるかの想いを背負い
for 幸

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