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言葉じゃ足りなくて


「平坦な人生では描くことのできないものがあると思うんです。苦労した画家だからこそ、こう描けるんじゃないか」

と、日本美術史の先生は、ある画家について熱っぽく語ったあとで、

「…と、まぁ、こんなことをハタチ前後のみなさんに言ったところで、わからないかもしれませんけれど。」とつぶやいた。

たぶん、その授業を受けていた多くの人には、わからなかったと思う。

でも、ハタチをとうに過ぎた私には、ズンと響いた。



そして、何かが欠けている人が奏でるから音楽になるんだというドラマのセリフを思い出した。

きっと、絵も同じだ。

何かが欠けている人が描くから、絵になるんだ。


そして、私は、ふと思う。

描く者だけじゃない。

受け取る側だって、そうなんじゃないかと思った。


何かを失った人、何かが欠けている人だから、絵に何かを見出せるんじゃないか、と。



私は、夢と希望を失ったと思っていた時期があった。

もがいても、足掻いても、ずっと抜け出せなかった。

まわりがやたらと眩しくて。

自分だけが、堕ちていく。

どこまでも、深く。


あのときの自分は、必死に助けを求めているつもりだったけれど。

本当は、自分を憐んでいただけだったのかもしれない。

かわいそうな自分に浸っていたかった。

そうすれば、だれも私の痛みに触れてこないから。

助けを叫んでいるつもりで、だれの助けも求めていなかった。


たやすく触れないで。

たやすく触れることのできない、触れてはいけない痛みがそこにあるのだと。

自己憐憫を鎧のように纏って、日々を過ごしていた。


でも、私はいつからか。

溺れている自分がいやになった。

足掻くのをやめて、

かわりに溜め込んでいた言葉を、ふーっと吐き出した。

私が吐き出す言葉は、湿っぽかった。

水のにおいがした。


ずっと淀んでいた言葉。


でも、よく見ると、透きとおっていた。


きれいだった。





私がこれらの絵を見ながら、こんな回想をするのは、私が苦しく、もがいた時期があるからだ。


私の見ている世界が、あなたにも見えるとは限らない。

もっといえば、描いた人にも見えていたかどうかはわからない。

全然違う景色を思って、描いたのかもしれない。


絵は、言葉のようにストレートに伝わるものばかりではない。

言葉だって、完全ではないけれど。

絵は、もっと意味が曖昧になる。


でも、そこが面白いんだ。

同じものを見て、同じ気持ちになったり。

同じものを見ても、全然違う気持ちになったりする。

意図が伝わったり、伝わらなかったりする。


だけど、全然ちがうきもちだとしても、同じ絵を見たというだけで、心のどこか深くで繋がったような気持ちになることがある。



あるとき、研究室の後輩が、実家で採れたという梨と林檎をいくつももってきてくれて、研究室のテーブルに置いていた。

あとから研究室に来た先輩が、その光景を見て、セザンヌの絵みたい、と言った。

研究室でセザンヌを知らない人はいない。

だから、みんな頭に思い描いたセザンヌの絵と、目の前の光景を重ねて、ふふっと笑った。


何気ない光景が、輝きを帯びる。


音楽を聴きながら散歩すると、街の景色がまるで映画のワンシーンのように煌き出す。 


絵も同じ。

絵の記憶によって、目の前の景色が、一幅の絵として立ち現れることがある。


そんな光景をだれかと一緒に見たい。

だから、私は。

今日も、一緒に絵を見ようと、みんなに訴えかけつづけているのかもしれない。





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今回は、この企画に参加しました。


まつおさんは、こんな人。

パートナー「りえさん」が2019年、 むすめの「しぃたん」(マルチーズ)も5ヶ月後他界。 画家・ゆめのさんとの運命的な出会いから詩を書くようになった人。 Twitter、ココナラでも活動中。 意思疎通苦手。TLチェック・スキ返し断念しフォロイー様のホームを「聖地巡礼」中。
https://note.com/mostfoolestman


企画は、ゆめのさんの絵をモチーフで創作をするというもの。


実を言うと、この企画に私は応募するのに迷いがありました。

ゆめのさんの絵について、私が見えるとおりに書いたら、まつおさんの痛みにも触れてしまうかもしれない、と思ったから。


でも、このまえ、まつおさんは、パートナーさんと見た流れ星の思い出を、私に話してくれました。

そのお話を聞いたら、私も話してみたいなと思いました。

私がみた景色や、私の絵に対する思いを。


そして、まつおさんに、伝えたいと思いました。


いまのまつおさんだから、見えるものがあるのだと。

まつおさんが見えたものを大事にしてほしいと。





最後に、まつおさんへ贈りたい曲を添えて。




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