「世界と世界をつなぐもの」第1話
【第1話 プロローグ】
みんな、どうして泣いているの?
美羽?なんで起きてこないの?
ねぇ、いつもみたいに話そうよ。
なんでずっと黙ってるの?
私と話す時が一番楽しいって言ってたよね?
ねぇ美羽? 美羽!
※
「大丈夫? 青葉?」
その声にふと我に帰ると、目の前に美羽の顔があった。ちょっと驚いたが、その表情は私を心配したものだとわかった。
学園祭のフィナーレを飾る花火を美羽と一緒に見ていたのだけど……。
私は一瞬気を失ったのだろうか?
さっきまで花火を見ながら、学祭実行委員として活動したこの2ヶ月を思い出していた。
『学祭実行委員会の人数が少ないから』という理由で半強制的に各サークルから1人ずつ招集された時、サークルの部長から頼み込まれて、渋々実行委員のメンバーに入った。いわば欠員補充である。
美羽とくだらない話をして、サークルでゲームをして。それだけが生きがいだったのに。
緩く怠惰な生活が消滅してしまう。
これからの自分の境遇に絶望を感じたのを思い出す。
陽キャでもない私が学祭の実行委員なんてガラでもない。言われたことを淡々とこなして、無事学祭が終わればいい。
『無難に過ごすこと』
それだけが望みだった。
実行委員の仕事は噂通りの激務だった。
広報部に配属され、仕事はホームページの更新などのコンピュータ操作がメインだった。
ゲームではないにしろ、慣れ親しんだものがそこにあることと、元々学祭実行委員のメンバーである美羽が同じ部署だったのがせめてもの救いだった。もし人との交流が多くて、美羽もいない部署だったら職務を全うすることは不可能だっただろう。
記事の企画会議⇒取材⇒原稿作成⇒推敲・構成⇒投稿⇒記事の企画会議……この繰り返しで休みはほとんどなかった。それなのに学祭が近くなれば、ポスターの設置を近隣商店などにお願いに回ったりする仕事も追加された。学祭当日のイベントクーポン券の作成、発行や変更。更に告知のビラ作成などもすべて広報部が担っていた。
学祭が近づくにつれてドンドン増す作業。いつになったら終わるのか? 出口も見えなかった。
学祭当日もそうだ。
広報部テント内での一斉放送や総合案内の仕事をする人以外は、実行委員会のブースで販売する物品の製造と販売、交通誘導、敷地内に配置される会場案内員のどれかに回された。学校の敷地が広いだけに、誘導員や案内員は相当数必要だ。
何人いても人員が足りない。そんなふうに見えた。
目の前の作業をこなし、手が空けば周囲を確認して手の足りない所にヘルプに入る。それを続けているうちに終わったような気がする。バタバタ忙しいだけだった。そのはずなのに。
学生生活をエンジョイしている人たちを見て嫉妬していたはずなのに。
今思い返すと心に残っているのは、委員会仲間や学祭に来たお客さん、そしていつも一緒に仕事をしていた美羽の笑顔だけだった。
今の気持ちは何だろう?
なぜ私は『また来年も……』なんて思っているんだろう?
自分の中に生まれた心に戸惑いながらも、今まで味わったことがない爽快感の中で花火を見ていた。
最高に綺麗だった。
その時、青一色の花火がゆらいだ。
花火だけではない。景色がすべてゆらいだ。
そして意識が遠のいた。
「めまい? 忙しかったからね」
微笑む美羽の足元が何となくおぼつかない。
「美羽も?」
「うん。めまいする時も一緒なんて仲良すぎじゃない? あたしたち」
日が短くなってきた秋の夜空に光の芸術が瞬いた。
周りがゆらいで意識が遠ざかった今の一瞬、悲しく不思議な幻想を見た気がした。しかし今思い出せるのは雰囲気だけで、はっきりとは覚えていない。
「メッチャきれい!」
飛び跳ねるような美羽の声。
私はなぜかこの光景をいとおしいと思った。
面倒くさいと思っていた実行委員。そして本当に面倒くさかった実行委員。忙しすぎて自分の時間も大幅に削られた。
辛く、苦しく、耐え難いこの2ヶ月が思い出に変わった時、それは言葉に表しがたい充実感と達成感になった。
そしてその日々が終わってしまうことに喪失感を覚えた。
もう終わったんだ……。
目から熱いものが込み上げてきて、頬を伝ってこぼれ落ちる。
「青葉、泣いてる~!」
「そういう美羽だって泣いてるし」
私は顔が紅潮するのを感じながら、反論にならない反論をした。
「泣くときも同じタイミングってどんだけですか? あたしたち」
「ホントだ」
目を合わせて思いっきり笑った。
さっきからシンクロしすぎ。一緒にクラクラしながら、泣きながら、笑っている。
「花火、来年も一緒に見ようね」
「うん」
美羽の言葉に間髪入れずうなずいたが、その時一抹の思いがよぎった。
『臨時の実行委員である私が来年もこの花火を見れるだろうか?』
でも今はどうでも良い気がした。
感情に身を委ねて浸っていることが、今は最優先だと思った。後のことは後で考えればいい。
今、この瞬間を大切にしたい。
心からそう思った。
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