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「世界と世界をつなぐもの」第10話 ⑦

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 ロストデータは時間が奪われる。

 事態に直面して初めて理解した。
 でも……もう遅い。

 考えてみれば当たり前だった。
 コンピューターの中にずっと眠っているデータは最終更新日から時が動かない。

 外界から見られなくなること。
 それは時間が止まることを意味する。

 考えが浅はかだった……。
 みんなごめん。
 ごめんじゃ済まないけど本当にごめん。
 あんなに一生懸命協力してくれたのに。

 急速に暗くなる空間。
 歪みが強くなる世界。

 今まさに時間が奪われようとしていた。

 青葉はすべての終わりを覚悟した。
 最後にもう一度だけ美羽を見たいと思った。

 守れなくてごめん。
 せっかくできた世界なのに。
 美羽がいる世界なのに……。

 美羽と目が合った。
 穏やかな笑顔だった。

「……美羽?」


 美羽は目を閉じて心の中の『Mihane Diary』に向かい、天国にいるもう一人の美羽に語りかけた。
「美羽、あなたの思いはあたしの思い。あたしの思いはあなたの思い。一人の美羽として一緒に生きていこうね!」
 そしてパスワードを重ね合わせた。

D
a
d
-
M
o
n
-
l
u
v
-
4
e
v
e
r


 美羽の心に嵐が起きた。
 何百、何千もの動画像データが飛び出してくる。

 生まれたばかりの美羽。
 歩き始めた美羽。
 羊谷フラワーランドでの美羽。
 小学校に入学した映像。
 青白い顔の美羽。
 卒業式の写真。
 病院にいる美羽。
 パジャマ姿。
 寝ながらVサイン。
 痩せていく美羽の記録……。

 どの写真も映像も、どんなときでも笑顔があふれていた。辛いときもたくさんあっただろうに、いつも笑顔だった。

 ……これは日記?

 3月24日 
 病院ばかりで退屈だから友達を作っているんだけど、なかなかうまくいかない。
 桜が咲きそうだなぁ。
 『桜』を名前に使おうかな。

 ……

 5月17日
 バグばっかりでもうウンザリ!
 やっぱり無理なのかなぁ? ってあきらめそうになったとき、その子は現れた!
 メッチャ奇跡!
 新緑の季節だから名前は『青葉』にしよう。
 『桜小路青葉』
 我ながらいい名前!

 ……

 6月15日
 友達がメッセージを送ってきた。
 『テスト勉強終わんない。死にそうだよー』って。
 いいなぁ。
 あたしもみんなとテストで苦しみたい。
 病気なんかじゃなくて。

 今日は早く寝よ。

 6月16日
 昨日のことを青葉に話したら、
『私は苦しみたくない。美羽はMなの? Mihaneだけに』だって!
 思いきり笑っちゃった。
 泣いちゃうくらいに。

 ……

 7月7日 
 今日も青葉といっぱい話をした。
 『今日は七夕だね』って言ったら、
 『ああ、デネブ完全無視のベガとアルタイルの恋バナだね』だって!
 確かにそうだけど発想がヤバい!

 ……

 11月24日 
 友達が『大学に合格した』ってメッセージをくれた。
 あたしが行きたかった大学に。
 『おめでとう』ってメッチャ絵文字を使いまくって返信した。

『辛い時は笑わなくていいんだよ』
 青葉が話しかけてきた。
『辛くなんてないよ。嬉しいんだよ』
って言ってたら涙がこぼれた。
 青葉は何も喋らず、ただ私を見ていてくれた。

 ……

 12月2日
 青葉に日記のパスワードあげたら怒られた。
 あたしだって青葉を一人にしたくない。

 でも……ごめん。

 これが日記の最後だった。


 美羽は現実世界の美羽の記憶を取り込んだ。
 嬉しい気持ち、楽しい気持ち、悲しい気持ち、切ない気持ち、死ぬのが怖くて仕方ない気持ち、そしてみんなを思いやる気持ち。

 たくさんの感情がイメージとなって降り注いできたとき、美羽の体に声が響いた。

(あたしがつないであげる)

 え? 誰? 

 『あたし』……?

 一本の輝く筋が空へ舞い上がったように見えた。

 空間の歪みが消えていく。

 周囲の色が元に戻ってくる。

 そしてゆらぎも止まった。

 周りの人たちも呆然として周囲を見回している。

「……何が起きたの?」

 空間は何もなかったように平然としていた。

「青葉!大成功だね!」
 美羽が飛び跳ねるような笑顔で抱きついてきた。
「どうして? 今、闇に吸い込まれる寸前だったのに」
 私は全身の力がすべてなくなって、そこにへたりこんだ。

「美羽がつないでくれたんだよ。現実世界の美羽が」
 美羽は少し目を潤ませながら嬉しそうに話した。
「現実世界の美羽?」
 美羽は大きくうなずき、空を見上げた。

「そうだよね、美羽」


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