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「世界と世界をつなぐもの」第10話 ①

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【第10話 決意のグランドフィナーレ】

 みんなが駆け寄って来る音が聞こえる……。
 そうか……刺されちゃったんだ。
 私、データ化しちゃうんだ。
 もう私はみんなから見えなくなっているのかなぁ?
「青葉! 大丈夫?」
 美羽の声。美羽は記憶が消えないから私のことがわかるんだ。
「あおっち!しっかりしろ!」
 ん? ペーパー? なんで私の記憶が消えないんだろう?

 あれ? 目が開く?
 みんなが見える。
「大丈夫? 青葉!」

 ———あれ? 大丈夫だ。

「うん。何ともない」
「ビックリさせないでよ!」
 美羽が半分怒ったような、半分嬉しいような顔で抱きついてきた。
「ごめん」

 ———私だって『終わった』って思ったよ。でも、これで分かった。

「あの装置、人を消すことができないよ」
 私の言葉に、みんな一斉に阿佐部さんを睨む。
「そんな……」と、うろたえたように阿佐部さんが逃げ出した。
「逃がさないッス」
 追いかけようとするシマエの横を、一陣の風が吹き抜けた。
 『風』はあっという間に阿佐部さんに追いつき、手に持っていたものを一瞬で掠め取った。
「委員長! これでしょ?」
「凪くん!」
 素早さが取り柄の書記、小塚原凪くんだった。花柄の小箱を手に持っている。
「凪ぃぃぃ! ありがとう!」
 美羽は喜びと安堵でヘナヘナしながらガッツポーズをした。

「こういうこともあろうかと思ってね。呼んできたんだ」
 絢里の声? いつの間に私の後ろにいたの?
「絢里!」
 驚いて振り返ろうとした時、ゴン!と鈍い音が響き渡った。
 その方向を見ると、阿佐部さんは地面に横たわっていて、大きな男がラリアットのポーズをとっている。
「殿!」
 美羽が叫んだ通り『殿』こと、加賀信綱くんだった。
「2人を連れてきて大正解だったね」
 絢里はVサイン。
 すばしっこさが取り柄の凪くん、腕力抜群の殿。中央管理部きってのキワモノ2人。絢里の先見の明、さすがだよ。
 絶対に絢里は軍師に向いているな。
「お! 消えおったぞ!」
 殿の驚きの声。
 阿佐部さんは完全に消えていた。
 プレイヤーキャラの阿佐部さんは、恐らくこの世界を離脱したのだろう。

 とにかく小箱は戻ったし、みんな無事だった。それだけで十分だ。

「青葉、あたしね、お父さんやお母さんとまた会いたい。でもつながりを切ったらもう会えないかもしれない」
 うつむきながら美羽が話しかけてきた。
「美羽……じゃあ……」
『やめようか』と続けるつもりだったが、それを察したのか美羽は大きく首を横に振った。

「確かにこの世界は私のために青葉が作ってくれた世界なのかもしれない。でも今はもう私だけの世界じゃない」
 美羽はそこにいるみんなを見渡した。
「たくさんの人たちと関わってきた。みんな作られた人間かもしれない。でも、作られた人だろうと、現実世界の人間だろうと、持っている心は変わらない。それを勝手に操作したり、人を消したりなんて絶対に許せない」
 みんながうなずいた。事情を知らないはずの殿も凪くんもうなずいているのが不思議だったけれど、私もうなずいた。
 でも……。
「美羽、みんな、聞いて欲しい。私がこの世界の創造者、桜小路青葉と記憶を共有して分かったことを。彼女がどんな気持ちでこの世界を作ったのかを」

 つながりを切る計画をやめたいわけではない。
 人の記憶を勝手に操作したりすることを肯定するわけでもない。
 でもなぜそんなことをしたのか、どうしてこういうことになったのか、青葉の気持ちを理解して欲しい。私はそう思った。

 現実世界の美羽が目の前で亡くなって、毎日悲しむお父さんとお母さんを見て、青葉は思った。

 いなくなった人の記憶があるから辛い。
 悲しみや不安があるから笑えない。
 それなら全部忘れればいい。
 そうすればみんな毎日楽しく暮らせる。

 青葉自身も同じくらい辛かったんだと思う。毎日一緒にいた美羽がいなくなったことが。
 だからせめて自分が作る世界だけはそんなことがない『心の理想郷』にしたい。
 そんな思いがあった。

 その考えは間違っている。

 不安や悲しみがあるから人は強くなれる。
 大切な人の記憶があるから癒されるし、頑張って前を向くことができる。
 それに何より、大切な人と過ごした日々が記憶から消えるなんて、それほど悲しくて辛いことはない。

 青葉も本当は気付いている。
 美羽を作るとき、たくさんの思い出を詰め込んだ。青葉が一緒に過ごした思い出も。

『あの時こんなこと言ってたな』
『あの時めっちゃ笑ったな』

 いなくなってしまった美羽を思い出して、癒されながら、励まされながら一生懸命、精魂を込めて作ったはずだから。
 美羽を作った一つ一つが大切な思い出で彩られていたから。
 だからこそ、現実世界の美羽と瓜二つの美羽をこの世界に作ることができたんだと思う。

 美羽は静かにうなずいた。
「でも、本部の青葉はつながりを切ることに反対なんだよね?」
「反対だよ。『そんなことをしたらこの世界はロストする』って」
 本部の意思は変わらない。
「青葉も反対なの?」
 美羽も少し迷っているような口ぶりだ。
「迷った。青葉の本心が分かってしまったから。美羽のお父さんとお母さんに会って、さらに迷った。だから美羽にも聞いたの」
「あたしも迷った。でもね、お母さんが言ってくれたの。青葉も聞いてたよね」

 ———美羽のお母さんが言ったこと。それは……

「『自分が思ったようにしなさい』って。『いつでも味方よ』って。多分私たちがやろうとしてること、お母さんは知っていたんだ」
 私はうなずいた。
「青葉は美羽のご両親に、『計画を止めるように言って欲しい』と言っていた」
 美羽も「やっぱりね」とうなずいて続けた。
「でも、お父さんもお母さんも言わなかった。私を応援してくれた。私が迷っているのに気づいて背中を押してくれた。だからね、私は思うの」

 美羽は空を見上げた。
「この世界は変わる時が来たんだって」
 キッパリと言う美羽は笑顔だった。

 美羽はたくさんの笑顔を持っている。
 その中でも私が一番好きな笑顔。
 初めて会ったときと同じ笑顔だった。

 ———青葉、あなたもこの笑顔を見たのかもね……

 私は大きくうなずいた。

 みんなの歓声が聞こえる。

 もう迷わない。

 決意は固まった。

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