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詩日記

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日記的詩
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#詩

詩「湖」

春から夏へ移ろい行く季節
東の空に種火の様な小さな陽が昇り
とても静かな朝のはじまり

湖畔は新緑に彩られ
湖面は朝の空を映し
湖の中心には一羽の白鳥が
枝垂れ桜の様に幽玄と佇む

無音の湖に
白鳥の鼓動が
一音一音はっきりと響き
鼓動が鳴る毎に
存在する全ての物事が溶け合い
そして一体となる

詩 「泳ぐ」

息を止めて
海の中に
飛び込んでから
幾つかの波が流れた

泡のひとつひとつが
風船みたいに水面に向かって
浮かび上がるのを
沈む眼に映った

海の底の方から
冷たくて硬い声が聞こえて
ほとんど溺れながら
声の聞こえる方へ泳いでいった

詩 「眼鏡」

枕元に置いた眼鏡が
すうっと宙に浮いて
自分自身の寝姿を見つめている

歯軋りの音に驚いた眼鏡は
寝室の扉を開けて
ベランダへと飛び出る

湿気を纏う夜の春風が吹いて
薔薇の木が揺れて
ふっと空を見上げる

自分の目では見たことがない
流れ星がゆっくりゆっくり
流れていくのがレンズに映る

詩 「同じ場所」

ずっと同じ場所にいる

朝昼晩
春夏秋冬
晴雨曇

変わらない景色
変わらない世界
変わらない自分

時間だけが坦々と
真っ直ぐ水平線の先へと伸びる道を
変わらない速度で進む

時間が歩む道の脇で
水平線に沈む夕陽を見る

昨日よりほんの少しだけ
冷たい風が
緩やかに吹いている

詩 「棘」

微かに煌めく月明かりに
誘われて夜を歩いていると

民家の庭先に咲く数輪の花を咲かせた薔薇の影が
夜道に映り

薔薇の彩色は
昼に見るそれより
とても濃く艶やかで

茎の棘は
人間の欲望や羨望
あるいは夢想を
刺し潰してしまうほど鋭い

自分と薔薇の間を
初夏の香りを纏う風が
他を這う様に吹く

都会の夜

住み慣れた都会の
星々は高層ビル群や街の明かりに埋もれて
夜に沈む

星ひとつ北極星さえ見えない夜を
過ごすこと
ネオンの明かりの下電車が走る音を聞きながら
眠ること
嵐が過ぎ去った後のように荒れた朝を
迎えること
それらのことを当然の事のように
受け入れるようになった

いつからか
夜になる度に
星になりたいと願う少年が
「星が見たい星を見せて」と
深海のように静かに
刀のように鋭く
耳元で囁く

もっとみる

明日

朝や夜
春や秋
昨日や今日が
私の存在に気付かないふりをして
滔々と通り過ぎて行く

その道は暗く冷たく
なにより閑かで
通り過ぎて行く日々を
追うことも
呼び止めることさえできず
立ち尽くす

なんでもない一日として
過ぎ去った日々が
夜空に散りばむ星々となる

明日が通り過ぎるの手前
その光景を見ないようにするために
俯いていると
明日の影が私に近づくのが見えて
すっと明日が私の手を引き
道の

もっとみる

循環

だらだら広がる曇空と
濡れたアスファルトの間

地に根を張り
幹は上へ伸び
枝に水が滴り
葉が陽に映え
花が地に溢れる

はじまりおわる
はじまりからおわりまで
そしてまたはじまりおわる
繰り返し繰り返す

自然が循環する
具体の無い輪廻の外側を
時々休みながら
ゆっくりじっくり歩いている

虚像

半分に割れた月が
ビルとビルの間を
彷徨う

ビルの窓に映る
月明かりは
実際のそれより
明瞭で鮮明で
何より魅惑的で

月光の虚像を見つめていると
珈琲に溶ける砂糖の様に
ビル街の路地で
見上げた夜空に
ゆっくり溶けていくよう

深い溝を埋めるため
落ち葉や古新聞紙や
フランネル布を取り
投げ入れると

埋まった溝の底の方から
水の流れる音が
太く重く響き

滑らかな風が
溝に沿って吹いて
溝を埋めた物の上に
小さな星屑が降った

雨音

雨粒同士は交わる事なく
雨雲から地面まで常に平行に落下し
アスファルトの窪みに雨水が溜まる

冷たい街灯の明かりが
水たまりを浮遊し
畏怖の念を纏った
夜風がゆっくり吹き抜ける

静まる街に
雨音が
鼓動のように
強く熱く響く

失くしたもの

失くしたものを探しに
靴底の擦り減ったサンダルを履いて
重たい扉を開ける

初夏の夜の風は
まだ少し冷たくて
ほんのり甘い香りを纏っている

失くしたものの記憶の中を
迷いながら
ゆらゆら漂い流れる

月明かり

雨雲広がる夜空に
月が沈む

沈みゆく月に
道行く人々誰ひとり
気付かない

街灯とネオンとその他の光が
街に浮かび上がり
とうとう月明かりは
溺れる

雨滴が小気味良く
街灯に照らされた水たまりに
落ちては弾ける

湿気た空気が
上から下へ
下から上へ
夜の街をだらだら泳ぐ

明日から逃げる

車の走る音が重く響く高架下を
夜風が滑らかに吹き抜ける

ビルとビルの間を雲が流れるのを
見上げながら広い歩道を歩く

横断歩道の信号が赤に変わって
青になるまでの人生の僅かな隙間
大型トラックや夜行バスの往来を眺める

いつもより狭い歩幅で
すぐ背後に迫り来る明日から懸命に逃げる