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保育園等義務化に関する駒崎さんとの対話

先の文章に対して、駒崎 弘樹 さんから、
「コメントありがとうございます。一つずつ反論いたしますね。」
ということで、メッセージをいただきましたので、こちらで対話を試みたいと思います。私は、これから、お互いに対立とか批判とか反論をするのではなく、意見交換によって互いの、そしてそれを読んでくださる皆さんの考えが深まっていくことこそが大切と思っていますので、読者の皆様も駒崎さんもどうぞよろしくお願いいたします。

・保育園等義務化は、週5フルタイムで預けましょう、ということは言っておりません。別稿でも言及していますが、週1の一時保育からでも可能な形を構想しています
→それはよかったです。私の読んだ文章にはそのことが書いてありませんでしたので、駒崎さんの主張が誤解を受けてはいけないと思いました。それで、他の国の事例などを書き込んで、様々な可能性を検討していただけるといいな、と思っていました。ぜひ、どのような条件の家庭にどのような条件を付けて実現していけばいいのかについての議論をお願いしたいと思います。(できれば、無償化についても、そこで何が起きるかについて、是非引き続きご検討ください)

・武田先生のように「地域で育てる自由を」というご意見も尊重しますが、そうすると親の資質や経済力に完全に依存します。今回のデータは、まさにそれを示しています。そうした、子どもが生まれ持った環境で育ちを左右されてしまうことを、武田先生は是とするのでしょうか?

 私は「地域で(親が自分の考えのみで)育てる自由を」ということは書いておりません。まずはご確認ください。
 『社会で子どもを育てる』(平凡社新書,2002)において、すでに17年前に書きましたように、私が大切だと思うことは、コミュニティで(つまり親の資質や経済力に依存しない形で)子どもたちが育つような環境作りです。つまり、どんな環境に生まれた子どもでも、人権を尊重されて、それなりに育つようなコミュニティ・地域(コモンスペース)づくりが大切なのではないかということです。親だけが子どもに関わるような今の状況は問題であるということをあちこちで言ってきましたので、今回書かせていただいたのは、その延長線上のことです。

 そういう意味では、保育所が地域コミュニティとつながることの大切さについて、著書『保育者のための子育て支援ガイドブック』(中央法規出版)で、保育所保育指針に基づき強調して書いていますので、どうぞお読みください。また、『子ども家庭福祉の世界』(有斐閣アルマ)の中には、子どもの育ちをどう社会が保障していくかについて、年齢層別に記述していますので、ここでは書きませんが、そちらもお読みいただければ幸いです。

・フランスでは3歳から「保育学校」にほぼ100%の子ども達が通っています。また、他の先進諸国でも義務教育年齢が引き下げられています。(ご案内かとは思いますが、ヘックマンの就学前教育の重要性の研究が、こうした政策転換を後押ししました)こうした先進諸外国の状況は、武田先生のロジックですと「幼児が地域で生活できるような社会にすることを諦める」ことになるので、ヨーロッパでは子どもが地域で生活できていない、ということになりますか?

 まず、ヘックマン氏の研究は、私がカナダに滞在していた2000年頃にはすでにカナダでは知られていました。帰国してから、私の子育て支援の講演でもそのことは伝えてきました。それが十数年経ってからやっと日本で広く言われるようになったということです。また、私のバックグラウンドは精神分析(乳幼児期からの発達がとても大切だという考え方)ですし、斎藤公子先生の保育の流れをくむ保育園に子どもを預けていましたので、就学以前の発達の大切さはずっと言い続けてきました。
 さて、その上で、フランスの保育学校についてですが、私は自分で調査したことも、フランスで保育学校を見学したことすらもないので、間違いがあってはいけないと思いますが、ネット検索の情報によれば、「希望者全員入学、無料、親の負担は最小限」ということのようで、義務ではないようですね。むしろ、国や自治体の義務でしょうか。
 他の国で、例えば私がかつて住んでいたオランダでは、2歳半から保育園に週何時間か預けることが(特に課題の多い家庭の場合)推奨されていましたし、スウェーデンのように、家庭よりも良い環境が提供できる保育園に預けるように政策を進めた国もあると聞いています。国によって歴史的背景も経済的事情も、生活の価値観も違いますから、フランス=先進諸外国=ヨーロッパ、とかヨーロッパであれば子どもはよく育っているとか、地域で生活できていないとか、そういう議論は難しいように思います。ですから、「武田のロジック」と駒崎さんがおっしゃることは、私のロジックではありません。私が書くとしたら、海外では、十分な子育て環境が用意できない親子に、国や自治体が適切な子の育ちを保障する仕組みができている場合もあるので、そのような仕組みを日本で実現するにはどうしたらよいか、日本の実態に合わせた検討が必要である、と書きます。
 とはいえ、「ヨーロッパでは子どもが地域で生活できていないのですか?」と聞かれましたので、その部分だけについてお答えします。
 日本もヨーロッパも、多かれ少なかれ、地域で子どもたちが生活するのは難しい時代に入っていると思います。子どもたちだけで道路や空き地で遊んでいた時代は遠く過ぎ去り、交通事故や誘拐などのリスキーな状況や狭い道路で騒音や物損が問題になるような中では、親がついていなければ外出できず、また、車の移動が中心になって、買い物も近所の店ではなくアウトレットモールに行ってしまう状況があります。これはあちこちの国で起きていることで、インドのSudeshna Chatterjee先生などの研究で夙に指摘されていることです。様々な危険などのために、子どもが家から一人で遠くに行ける距離は、世界各国で短くなっています。
 社会で生きていくということのセイフティが保証されない時代になっていて、これはどこの先進国でもまだ解決の糸口が見えていないことのように思いますので、日本が先頭に立って工夫していく必要がありますね。
 また、日本ではむしろ、地方の過疎地域の方がコミュニケーションの活性化が可能になっている事例が多いように思います。ただ、そのような地域では、古い保育観のままの場合もありますので、それはそれで取り組むべき課題があると思います。

・もし武田先生がご研究の中で、3歳以降も各自の親が家で在宅子育てを行った方が、子どもの育ちにプラスである、というエビデンスを出されているようであれば、ぜひ参考にさせて下さい。

 エビデンス、ということばが科学的研究に基づく証拠、という意味で使われているのでしたら、そのような研究を私は知りませんし、私の文章の説明をするために必要だとも思いません。「在宅子育てが子どもの育ちにプラスである」とは言っていないからです。
 そもそも、親が在宅で育てるのがいい、と私は言っていません。私の『社会で子どもを育てる』(もう古いですね)を駒崎さんは十数年前にお読みになったことがあると思いますし、講演も聞いていただいたことがあると思いますので、そのように私が主張しているわけではない、ということをご理解いただいていると思いますが、いかがでしょうか。もし親が育てるとしても、在宅子育て、というよりは、地域での共同保育や子育てできる居場所の確保(それを子育て支援のひろばと呼んだりします。保育の広がりによって、ひろばや支援センターを利用する人が減ってきているとうかがっています)のような形が必要でしょう。そして、「閉じこもって子育てをしている家庭」に対しては早期からの予防的アクセスと、アウトリーチが大事だと思います。むしろ妊娠期からの子育て支援が必要とされていると思っています。
 逆にうかがいたいのですが、保育室の中に定員一杯押し込められて、周囲に豊かな自然があってもなくても、ごちゃごちゃ派手に飾り立てられ、ガンガン音楽を流していたり、テレビがつけっぱなしのような保育室の中で、あるいは、何も文化的な香りのしない環境で、一日ずっと(長くても1時間程度しか外に出ないで)過ごしている子どもたちが、日本にどの位いるかを是非調べてみてください。待機児童があふれている今の日本の状況で義務化を言いだしたら、そういう保育室でも数合わせが優先されてOKということになりかねません。これは都会だけの話ではなく地方都市でもしばしばあることです。かつてであれば、社会全体がもっとゆとりがあり、地方都市では、保育室の中は雑然としていても外の世界がゆったりとしているとか、保育室の中に文化とよべるものがなくても地域に昔ながらの文化が息づいているなど、それなりにバランスが取れていたものですが、今はなかなかそのバランスが難しいように思います。
 というのも、保育には高度な専門性が必要ですが、人手が足りない今、高くない給料でどうやって専門性を持った保育者を確保するのかということに対して、まだ解決策は示されていないようなのです。保育者養成機関で雇用されている教員は、保育経験がなくても教育学の研究業績があればいいと聞いています(違っていたら申し訳ありません)。先日出会った20代の保育士さんは3人とも赤ちゃんの身体に負担が行き発達への配慮が十分でないおんぶをしていました。保育士であっても少子化の中で育ってきていますから、「勘」や「感覚」「経験」が不足しています。また、閉じられた社会環境になっている今は、保育園の中でも子育てが容易ではありません。そういう状況の中で、どう保育の専門性を高めればよいのかが問われている段階だと思います。

 ちなみにオランダのいくつかの保育園に行ったところ、私の感覚としてはあまり良い保育をしていなかったのですが、午前中だけの短時間で、他の子どもたちと接することができ、言葉も覚えられるというのは、移民の子どもたちや、大変な家庭の子どもたちにとってはいいなと思いました。必要だと思いました。
 つまり、子どもたち一人一人の養育環境を考える場合、何事もバランスでとらえることが必要ですから、まったく一人で家の中で母親とテレビと向き合っているような状況よりは、そういう保育園でもいい環境ということになりますし、そこに5日間通わなければならないということになれば、改善が望まれる環境ということになるでしょう。
 
 一人一人の子どもの養育環境を吟味して議論できる人たちが対話を繰り返しながら、トータルによりよい施策を打ち出していけるようにと期待して、投稿してみた次第です。いろいろな意見をうかがいながら、私自身が考えを修正したり、深めたりしていきたいと思っています。
 駒崎さんは、国の施策を決定していける立場におられる方だと思います。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

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