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コスモナウト 第十二章 未来の星

薬は尽きた。それに伴い、痛みが増す。自分の体が毒に侵されてから半年の時間が経った。
4つの星を回ることができた。宇宙船は無事であったのが幸いだった。
そして、今までの中で最大の工業都市、最上位文明を持つこのベテルギウスに到着した。ベテルギウスは恒星である。その熱を防ぐための防護壁がこの星の大地だ。大気はないため、上空にはガラスのような透明の物質で壁を作り出し、そこで気圧をつくりだしているのだった。そのためベテルギウスは巨大な円を三つ描く、そんな星だった。
では、なぜこの星を訪れたか、その答えは簡単だ。
科学技術を持つ一つの商人が持つ、新薬、アンドロイドの実験場「マッド」である。冷や汗をかきながら、このまるで小説のような街を歩く。
時折、ごみ収集の小型ロボットが自分の足に衝突し、その衝撃で転倒するそのような事が三回続いた時、ようやく目当ての場所に辿り着いた。
体は激痛が馬のように駆けている。その痛みで意識は飛びかける。訪た場所は一つの実験室だった。科学技術に長けた商人が持つ、新薬やアンドロイドの実験場「マッド」である。
この如何にもという名を知ったのは、前に訪れたステーションで流れた一つの情報誌だった。
そこで一つの広告欄に奇妙な情報が乗っていたからだ。
「わたし、マッドは一人の被験者を募集いております」
その文言から始まった文章に自分の目は奪われた、そして一つの新たな可能性、希望を見ることができたのだ。
だからこそ、自分はこうして、彼の前に現れた。
「君が被験者のアポロン君かな」
白髪の老人、その身長はとても小さい。しかし、その落ち着きから、彼の頭の良さは一瞬で感じ取ることができた。
「ええ。そうです」
咳、手のひらには血がにじむ。
「なるほど、被験者になりたがる理由は、見れば分かるよ。命がもう長くはないのだね」
おっとりとした、優しい声だった。
「医師によると余命は1年、その後も悪化していると言われています」
「きみはコスモナウトだと、電子手紙で言っていたね。そうか、なるほど宇宙の放射能でやられたのか」
「ええ。そうです。ここでは、人間の体から機械の体へと移植してくれる、そう広告に書かれていましたが、その事は本当ですか」
「ああ。勿論だとも」
彼はうなずく。一つの椅子に催促され、崩れ落ちるように座り込んだ。
「しかしコスモナウトねえ。変な若者だ。もともとこの広告というのは、一つの遊びのようなものだったのだが、人が来るとは思わなかった」
彼も対面に座る。その手にはコーヒーが握られているようだ。視界はぼやけているが、匂いで分かる。
「マッドさん。お願いできますか」
「ああ。勿論だとも、だが成功するとは限らないぞ」
「ええ。それは、もちろんです」
すると彼は、一つの紙を取り出した。その紙には生命保険と書かれている。
「君はこの紙について分かるかね」
「ええ、と」
話すことはできるし、理解しているつもりだった。しかし言葉にする、つまり話すことが難しかった。それはな肉体的に不可能という意味だ。
そのため、こくりと頷く。
「そうか、まあ保険というものは最近この星で流行している金融業の一つなのだがね。生命保険というのは加入者が死んだ場合、その遺族のために資金を残すことのできるものだ」
「これに何故、ぼ、僕が加入しろと?」
「なに、簡単な話さ。まず、機械の体を購入するための資金、それを払ってもらうためだ」
「でも広告では」
「ああ、そうだ。無料だとも。しかし、それは移行作業が無料と書いてあるだけなのだ、見てみろ」
彼は懐からその広告を取り出し、自分の方へ向ける。視界は悪く、見えるわけがない。
「まあ、その作業代はたしかに無料。現金なしでやろう。だが、ボディーの代金をもらわなければこちらとしても大赤字なのだ。いくら、新技術の特許を実験で取ったとしても、まずは目先の金がなければ、こちらも食ってはいけない。分かるかね」
とりあえず、頷いた。そして彼は指示する。
「それでな、アポロン君。君には一度死んでもらう」
「死ぬ、ですか」
「ああ。そうだ。死んでもらう。というのも君が死ねば生命保険代が私に入るのだ。しかし、文字通り死ぬわけではない。君の人間としての命が終わるのだ。そのため記録上アポロンという人間は死ぬ。話は理解できるかね」
実際のところ、良くは理解できない。それはこの疲労、痛みのせいでもある。
しかし、自分は頷いた。
「理解できるか。それともう一つ、言わなければならぬ事がある」
「なん、ですか」
彼は上目遣いで口を開いた。
「機械の体、それはつまりバッテリーで動くのだがね、その充電、燃料補給をする技術は存在しない。つまり、いくら移植が成功したとしても、余命、と言うのかは分からないがそこまで長くはない」
彼は続ける。
「ずばり、2年だ。これは無故障の場合である。故障時はそれよりもさらに早い。さらに言うとするならば、移植したとしても、君の自我が必ず反映されるかは分からん。こればかりはな。どうだ。この話を聞いても君はやるかね」
老人は笑った。
機械の体、それに移り変われば、あと二年は宇宙を旅できる。しかし、その代償としてアポロンという人間は死に、また記憶や自我がそこに確実に存在できるとは言い難い。
逆に、この体のままならば、確実な自我のもと、一つの命としてコスモナウトとして死ぬことができる。
さて、どうするか。しかし、考え込むことのほどではなかった。すでに天秤は傾いている。
「お願いします。機械の体へ僕を」
そう言いながら、震える手でアポロン、と生命保険の紙にサインをした。
「ほほう。アポロン君、君は頭がもうおかしくなっているのだね」
「と言いますと」
「クレイジーな考えをすると言っておるのだ」
そういうと彼は再びわらった。
その了承後、すぐさま処置は開始された。自分は寝そべられ、裸になった。彼は白衣を着込み、自分の元へ現れた。最早痛みで記憶は欠落しており、ここがどこなのか分からなくなっていた。
「そうだ。君、最後に言い残すことはあるかね」
彼は言う。
「ありませ、ん」
そうかい、とゆっくりと頷く。そして彼は自分の口許に呼吸機を取り付けた。
「どうかゆっくり眠ってくれ。アポロン」
そうマッドは言うと、自分の意識は闇に落ちた。こうしてコスモナウト、アポロンは死んだのだった。

目覚めた。という表現が正しいのか分からない。しかし、自分の意識は覚醒した。はじめに気が付いた事、それは痛み、疲労が無いことだった。その次に、自分はロボットになったことに気が付いた。
自分の視界に、マッドはいた。机に体を突っ伏しひどく疲れたように眠っている。
そして近くには鏡があった。そこに写るのは無骨で、奇怪なガラクタの集まりとも思えるロボットがいた。
頭には一つレンズが着いている。それがどうやら目であるらしい。手は三本の指しかなかった。二足歩行であるようで、すらりと足が存在していた。
試しに歩いてみる。ギイ、と音を立て一歩前へ進むことができた。重心を取ることができず、落ちそうになるが、平衡感覚は一応あるらしく、自然ともう一歩を歩むことで、転ぶことはなかった。
なるほど、どうやら実験は成功らしい。自分、アポロンという自我はこのロボットの中に移行できたようだった。それを証拠に一つのベッドを見る。
キーンと自分の目となるレンズが焦点を絞るように動いている。そこに横たわっている人物はアポロンだった。
どうやら彼は死んでいるらしい。その見慣れた薄い顔は青く、白かった
本当に、自分、アポロンの命は散ったようだった。そこで一つ疑問を感じた。はたして、自分はだれなのか、また何と名乗れば良いのか。アポロンである、その自我は確かにある。
しかし、それはもしかしたらマッドと名乗る科学者に作られた疑似的なものであるかもしれないのだ。
立ち尽くし、そんなことを考えていると、彼は目覚めた。
「お、おお」
まるで、子供を見るかのような優しい目でこちらへ近づく。
「君はアポロン君か」
「ええ」
と呟こうとした。しかし、その声は出ない。
「ああ、そうだった。言いわすれてたかもしれないが、君はもう話せないのだ」
少し、驚いた。しかし、まあ機械の体であるならば当然なのかもしれない。自分の表現の一つであった口頭伝達は不可能であるということ、それは確かに絶望的に悲しかったが、その悲しみは一瞬だった。宇宙を旅できるのならば実際どうでもいいことかもしれない。
「ええと、そうだな。君がアポロン君なら右手を上げてくれ」
彼はレンズをのぞきこみ言った。彼の言う通り右手を挙げる。
すると彼は、手を叩き喜んだ。
「成功だ。やはり、私は天才だったのだ。アポロンよ、君は最高だよ」
彼は抱き着いて来た。しかし、その感触はない。
少しあるき、紙とペンを持つ。三本の指しかないので、ものを書くことは難しい、しかしできないことはない。
「なになに、ええと」
彼は自分の字を目で追う。
「ありがとう、では僕は宇宙へいくので失礼します」
彼はこちらを見る。
「駄目だ、まだ早いだろうに。それに君を証拠として学会に発表させていただきたい。だからこそ、しばらく残ってくれたまえ」
彼は言った。それに反論するように文字を連ねる。
――話が違う。
「いや、それはそうだが、私としても成功するとは思わなかったのだ」
――僕はもう行きます。
そして歩いた、出口に向かう。しかし、彼マッドが前に立ちふさがった。
「駄目だ、駄目だ。君、感謝とかはしとらんのか。君を発表させていただきたい。じゃなや無意味だろう」
そう言い放つ彼をのけて歩き出す。
「おい、こら」
その時、店の前から警察が入ってくることに気が付いた。
数人、青い帽子をかぶり、突入してきた。
「貴様がマッドか。一つ密告を受けてな。ここに一人の男が来店したと情報があったのだ。貴様の広告を見たが、もしや人体実験をしたのではないだろうな」
その大柄な男はマッドに詰め寄る。
「い、いや。実験は成功なのだ。こいつを見ろ」
彼等はマッドの指先、自分を見る。
「なんだ、これがどうした。普通のロボットだろう」
「いや、違う。これは人の知性を持つ、ロボットなのだ。彼にはアポロンという人格があり」
マッドの言葉を警察は最後までは聞こうとはしなかった。彼の体をはねのける。
そして自分の死体に気付いた。
「警部、これは男性の死体ですよ」
「なに、貴様!」
大柄な男は死体に気付くなり、マッドの胸倉を掴んだ。
「お前はただの殺人者だ。こうして実験と称しては人を殺しているのだな」
「違う、違うのだ。これは移行手術なのだ」
一人の若い警官はテーブルに気が付いた。
「これは生命保険ですね」
マッドは、一人の警官がそう呟いた後、殴り倒された。
「お前はどうやら頭が腐っているらしいな、マッド。人殺しだけでなく、騙して大金を手に入れるとはな」
マッド、白髪の老人はぜいぜい、と息を荒げ反論する。
「違う。その保険金は彼のこの体を手に入れるために使ったのだ。そしてまだ、このアポロンは生きているのだ。ほら、アポロン。聞こえているなあら右手を挙げておくれ」
彼は懇願してくる。その泣きじゃくる顔をレンズ越しに眺める。
「おい、どうしたアポロン。右手を挙げるんだ」
しかし、自分は何もしなかった。理由は簡単だ。これで手をあげれば自分はマッドの製作品の一部として、生きなければならなくなる、そう予想できたからだ。自分はそのために機械の体になり、声も肉体も失ったのではない。宇宙へ行くためだからだ。
「マッド、何を言っているんだ。この殺人鬼め」
男は指示すると、若い2人の警官がマッドを取り押さえた。
「おい、アポロン。恩はないのか。お前は私のおかげで、まだ生きられるのだぞ」
返事は当然しない。
「連れてけ」
マッドは両腕を抑えられ、運ばれていく。彼はわめく。正直な話、彼に感謝していた。まだ旅を続けることができるのは、彼のおかげだからだ。しかし。
「このふと届き者め」
最後に彼は自分に向かいそう言い放ち、消えていった。
さて、どう宇宙船までもどるか、そう一人残された部屋で考える。頭を掻こうとしたが、ガツンという金属の音がするだけであった。


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次の章です。

前の章です。

一章からです。

短編です。


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