記事一覧
短歌2024.5-6(5首)
砂のふる町の底にてまどろんでいるよう きっと増えない貯金
顔に塗るいくつかのものひとつずつ指で倒して雨を止ませる
使えない万年筆を脊髄にかくして水の流れる5月
枝に咲く花の滅びて新緑の影に吸い込まれゆく呼び声
夕方がどんどん伸びる6月の新婚旅行はひとりで行くね
今年はずっと気ままに一首単位で短歌をつくってきたけど、夏は連作をつくろうかなと思ってる
短歌2024.4(7首)
春 売った実家に知らない人が住みわたしの過去の灯をひとつ消す
長い髪をなにかの兆しかのように他人は思う 春風 桜
もうすぐに静かになって友だちと呼べないひとと進む自転車
白黒の写真にうつる唇のジェンダー規範を振り払う黒
雪とけてベンチ現る公園を去年とちがう顔で眺める
その花を猫から守り美から守りこぼれゆくままゆるす指先
吸うよりも吐くのが得意 背もたれの向こうに見えないけれど海が
短歌2024.3(5首)
春の雨あるいは濡れた雪が降り並んだ窓にかすかに触れる
彼岸潮 生きる時間が長引けば長引くほどに生きたくなった
明け方の海ならどこでもきれいだろうピアスも入れたピルケース鳴る
3月は変わってしまうバス停に少し生きてるたましい待たせ
フィクションにあまたの少女ひかってはきえるこの世に着る服がない
3月につくった短歌たち
短歌2024.2(9首)
背丈よりおおきな絵画見つめては見つめ返されないこのからだ
瞑想の目を閉じるとき伸びる根が土を分けゆく力を思う
吐く息と湯気が混ざって渦となり春の国まで先に行ってて
十五時のロイヤルホストは満席ではじめて通る道で帰ろう
すすきのに雪は汚れて積みあがり夕焼けのないまま夜が来る
雪の影は少し青色 飛行機に乗るなら軽い服を着てきて
名姓の順になまえを裏返すアルファベットがすこし疎ましい
音を
短歌2024.1(7首)
血液の速さ 春から春までの涼しい朝にうまれる金魚
耳の奥ふかくに水の音がして雷もっと光がほしい
いつまでも汚れたままの車窓には雪原、白樺、くすぶる朝日
誕生の記憶は外に散らばって花は散るから綺麗と言うね
大陸がくらげのように漂っていたころに降る雪の白さよ
雪どけの水が樹々から滴って大きな川へ行くまでの日々
光から光まで行く息つぎの深さこんなに遠くまで来た
今月つくった短歌たち
まひる野2023.12月号掲載作品
先週の花火のにおいがするような芝にさんざん雨降りつづく
ときどきは裸足の指をさらけ出し彼女は夜へギターを鳴らす
歌声にゆだねてみればシャボン玉みたいに丸く揺れたい身体
一言もしゃべらないまま帰るから身体のなかを響く音楽
二十年生きた昼寝を終えたあと少し鏡を長く見つめる
湯を沸かし湯気ぐらぐらと伸びあがる夢に実家の犬は生きてる
音楽を鼻から聞いているように牛は楽器に顔近づける
いくつか
短歌2023.12(8首)
生年を告げずにのぼる階段の二階は澄んだ洞窟のよう
梟の昼のウインク凍りつく道に枯れ葉が埋もれてしまう
あおい眼で空を見ているいきものの首の重さを木は受け止めて
輪郭で女と思う身体も寒々とした木からうまれた
地上には無恥の羊はいないからひとつをひとつと数えていい
セーターの似合う羆の小さな目そのやさしさの奥の無響は
またきみがうまれるまえの星だった尾を振れば振るほど降り注ぐ
木も骨も炭になるまでスト
まひる野2023.11月号掲載作品
波音を聞きたい朝に飼い猫の眠りの深さ確かめている
影ながく伸びるわたしの身体が鳥なら影も鳥だったのに
真夏日の大きな水が見たいのに空を見ている花の憂鬱
地下道の冷気うるわし八月はハデスの息を近く感じる
日記には書かなかったな恋人の爪を間近に眺めたことを
てのひらが熱くて眠れない盆会 死を知るまでは死者じゃなかった
命日じゃなくてわたしの誕生日にわたしを思い出してねいつか
何歳でもプラ
まひる野2023.10月号掲載作品
絵のなかで枯れている花枯れたまま百年のちも人に見られて
ミイラを見るのは暑い時期ばかり汗で目玉やあちこち濡らし
鼻の奥肺の奥まで乾くから触れないものに触りたかった
燃えるほど赤い夕陽を見たこともなくて家屋の潰れたニュース
虫を殺した手から草木のにおいして郷愁(これはわたしのじゃない)
雨音が未練のように鳴っている一夜に青いペディキュアを塗る
過去を映すこころの窓に凭れつつ少しのあいだ指
まひる野2023.6〜9月号掲載作品
妹は夏の日照りのように立つ指輪をしても同じ名前で
親友のようなブラウス本心を青い釦で隠してくれる
空の写真いちいち撮らなくなっていて同じ時間に同じくちづけ
コミュニケーションってなんだ唇をあわせることがなんで特別
絡まったこころ重たく雪どけの道にブーツが果てまで沈む
2023年6月号
続々と血が抜かれゆく 今日風が強いですねと笑いあう部屋
自分の血、見るの大丈夫ですかって嫌でも見慣れ
まひる野2023.5月号掲載作品
手あさあさに老人が雪かきをする理髪店まえの濃いアスファルト
ベランダに二畳の雪原きらきらとこれっぽっちならメルヘンの国
ただ雪に覆われる街 眠るよりたのしいことだふたり暮らしは
生きるものも死ぬものもない雪の上に掌乗せて手を置いてくる
指紋すらむしばむ手荒れ、わたしの手。きのうの水を喉に流した
足の爪ちぐはぐに伸びていくように正体なんてどこにもなかった
パチンコ屋から手をつなぎ出てきた
ホワイト&ブルー(10首)
見上げればあれが白木蓮なのか頷くようにみんなで揺れて
好きな歌手の好きな歌い方まねしない できない 雪は春でも降るが
手に馴染む古いスマホに残されたまま薄れゆく去年の日記
諦めたことを右目に映しだす横顔 海はまだ満ちている
猫も人も夜はひとりだ 身体といのちは別のところで生まれる
冷えきったファスナーぎゅっと上げるとき月もわたしも他人のようだ
春の夜は青い 今でも初恋の呪いに溺れつづけ
まひる野2023.4月号掲載作品
月の顔
冬ざれのトースター覗き待つあいだ背中が夢を回想しだす
見せたくてきみに写真を撮ったのに目覚めたらまだ回る乾燥機
眉山の毛を抜きながら爪冷えて言われなくても真冬日だろう
古本に染みこむにおい生活の丸ついた歌わたしも好きだな
月の顔に海があるなら吐く息のひとつひとつにカモメを飛ばす
先を行く猫背の影が振り向いて白い喉仏なにかを言った
暗夜 いま母がわたしを産んだころ二十八歳午前二