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暇じゃないのに考える「どうでもいいこと」

昨夜、こんなツイートをした。

GRAPHの北川一成さんは2010年4月から2011年3月までの1年間、桑沢デザイン研究所でゼミを受け持っていたことがある。そのゼミを私は1年間、取材させてもらっていた。そのとき、話していたことだ。

暇だから余計なことを考える。そんな暇があるなら手を動かせ。

私がこの言葉を思い出すときは、たいてい余計なことを考えて「無駄に」気持ちが沈んでいるとき。だから、昨夜、自分に向けてツイートした。

その余計なことは今、起きている問題ではなく、本当にたわいもないこと。少し前に「気にするのはやめよう」と気持ちを切り替えたはずなのに、ふとしたときによみがえってくる。

夫に話すと「まだ気にしてるの?」とあきれられ、友達に話すと「気持ちは分かるけどね、気にしすぎ」と笑われる。私も頭では分かっているのに、どうしても考えてしまう。

それは、暇だからだ。

いや、はっきりいって暇じゃない。仕事は山積みだ。

返信しなくちゃいけないメールもあるし、校正して戻さなくちゃいけないゲラもある。取材した音源データも起こさなくちゃいけないし、月曜日が締め切りの原稿もある。出張の準備もしなくちゃ。読みかけの本もある。犬と散歩も行きたいし、お風呂場やキッチンを隅々まで丁寧に掃除したい。

やることはたくさんあって暇じゃないけど、考える「隙」はある。そんな「隙」があるなら、書こうと思った。私はライターだ。

D&DEPARTMENTが発行している季刊誌 LONG LIFEDESIGN(旧d news)でナガオカケンメイさんと連載をしている「もののまわり」の取材日が決まり、滞りがちなnoteでの発信方法を考えなくちゃね、と話しているタイミングでもあった。

あと、仕事を通じて知り合い「友達になりたい!!」と思っていた、アーティストの瀬戸望さんと先日、ゴハンに行き(楽しかった♡)、彼女のnoteを読んで、発信することって大事だよなーと刺激を受けたのもある。だから、noteで書くことにした。

文章を書くと気持ちは整理されるし、もともと書くことは好き。仕事じゃないんだから気負わず、思ったままを書けばいい。

ライターにとっての筋トレは「読むこと」と「書き続けること」だ。だったら、忘れたいのに忘れられない「どうでもいいこと」を考えてしまう隙を埋めるという、それこそ「どうでもいい動機」であったとしても、書くことは、自分の能力を高めることにもつながるはず。そう信じて、楽しみながら書こうと決めました。

あー、すっきりした。やっぱり書くことは楽しい!






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