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日建グループ オープン社内報|私のこだわりの住まい①

森に住む

高平 芳弘
日建設計 クライアント・リレーション&マネジメント部門
ゼネラルマネージャー

高平芳弘は22年前に住宅兼工房を建てた。建てた、といっても工務店任せではなく、軸組・現しでの完全木造在来工法かつ大工さんの墨付けした構造材の仕口(ほぞ、ほぞ穴)の刻みを自ら全て行い、建前から、屋根工事の一部、外装、内装まで自ら工事したとのこと。「設計事務所の営業の人間」らしからぬ行為だった。彼はなぜ、当時流行の兆しを見せていた「DIY」というような横文字の趣味ではなく、匠の世界に自ら迫っていくような本格的な「家づくり」を目指したのか。その思いの一端を伺いました。


本当は木工家になりたかったんです(笑)

――素晴らしい自然の中のようですが、周辺環境と家との関係、また家の特徴を教えてください。
 
標高がなんと140mあって敷地は80坪強ですが、周囲の緑と重なって実際はもうちょっと広い感じです。また、田舎の大らかさで、家の北西側の土地(地主にはお断りし)の下刈りをして、栗の木なんかを植えさせてもらって、毎年収穫してはご近所に配ったりしています。
通勤時間はドアツードアで会社まで1時間45分かかりますが、コロナ禍以降は最寄り駅から座れて新聞・読書・居眠りをしながらの通勤で、ストレスを感じることはないですね。

――なぜこの土地に家を建てようとお考えになったのでしょうか。
 
31歳の時に結婚しまして、その時は都心にいたのですが、その頃にたまたま岐阜付知の木工家である早川謙之輔さんという人の本を読んで「あっ、自分がやりたいことはこれだ!」と閃いちゃったんです。瞬時に会社を辞めて家具職人の丁稚になることを真剣に考え妻に相談したんですが、妻はさすがに「それはちょっと約束が違うだろう」と(笑)。ただ気になったようで当時東京都が行っている木工の職業訓練校の存在を見つけてくれて、結果、そこに夜間半年通うことになったんです。そこで「みて、やった」ことは大きかったですね。目からウロコでとても面白かった。
私は群馬の田舎育ちで、子供の頃から左官だった叔父の手伝いをしたりしながら、家の建前なども見ていたので、木とか普請みたいなことは一通り分かっていたつもりでしたが、訓練校で家具とはこんなに精緻なものなのかと本当に驚きました。例えば墨付けは、矩(かね=直角)を出した材に刃物(しらがき)で行います。更にそれを鋸で引くには、胴付き鋸という特殊な(刃が薄い)鋸でその墨の「上を引くか、右を引くか、左を引くか」というほどの精度です。でないと「納まらない」。
そんな感じで半年間学校に通ううち、自分の工房を持ちたいという思いが強くなりました。陶芸をやっていた妻(もちろん趣味)もこれには積極的に賛成してくれたので、趣味のカヌーでよく通っていた御岳(多摩川上流)あたりに週末のための工房となる物件を探しましたが、中々間尺に合う物件がなく、そうこうしているうちに工房だけでなく住居も兼ねたものを作ろうということになり、半年くらい「土地」を探し回り、結果ここをみつけました。北西に山を背負った「里山」のような地形を一番気に入りました。

間近で見て「大工のデザインは凄い!」と心底思いました

――家づくりには自らが関わられたというお話を以前お聞きしました。いかに設計事務所の人間とはいえ、大変だったと思いますが…。
 
いよいよ土地の契約をしようとした矢先に仙台転勤が決まりました。これは契約延期か止めかと思いましたが、当時の上司から「家を建てるのは、どのタイミングでも大変なことなんだから、一度決めたならやった方がいい」と勧められて契約の踏ん切りがつきました。実際の家は、妻と基本的なプランを立て、家と工房のつながりをどうするかを社内の同僚に相談して、最終的なプランをまとめました。
工事は工務店に発注することにしてましたが、木工事だけは元々知り合いであった大工さんに「私が丁稚をさせてもらうことも含めて」請けていただき、工務店さんには、「木工事一式」をコストオンでお願いしました。その工務店の社長さんも大工出身であることから、「今時軸組で在来工法なんて珍しい」と面白がってくれて快く請けてくれました。
大工さんは、当時77歳。ずっと一人で仕事をしてきた方でした。こういう「一人親方」は全国にたくさんいらっしゃるようですが、そういう大工さんは、材木屋で材を仕入れ、その軒下(といっても相当広い)で墨付け、刻みをしてきたそうです。そこから、その軒下で大工さんが付けた墨付けに従い、私は毎週末転勤先から通って材木の刻みをはじめ、リフレッシュ休暇やその他週末、休暇すべてを活用して、8か月で80日以上の手伝いをしました。
ほとんどの工程は大工さんと私だけでしたが、建前の時はさすがに大工仲間の応援がありました。今時の建前は普通一日で(屋根まで)できてしまいますが、母屋の建坪が16坪、工房が9坪、それをつなぐ大屋根部分を含めた材木の量が、構造材だけで4tトラック×2台分ということもあり、建前は2日がかりで2日目の夕方になっても野地板張りまで到達出来ずでした。

大屋根を支える梁は4間の松梁で、切り出した時には600kg、建前時には乾燥していましたがそれでも400㎏を超える重量がありました。それを支える隅柱は多摩産の杉の赤身材で、柱の基礎はベースのコンクリートを打ったあと、自然石を据えました。隅柱を据えるために自然石の形に添って柱の下部(端部)を大工さんが削るのですが、石に合わせた墨付けをしながらそれを3回廻したところで、柱はもう手をはなしても垂直に立っていました。これには驚きました。
また、曲がり松を使ったり、今時の家では使わないような木口の太い松梁を多用することで、一階面の梁や桁を支える柱は、その長さが全て違ってくるわけですが、それを大工さんは僅かな図面のみを書いただけで、それ以外のほとんどを頭の中で描いて墨付けをしているのです。それでも建前時に実際に組んで間違いは僅か2か所だけ――しかも現場ですぐに修正できるくらい軽微なもの――でこれにも改めて「この国の大工さんはすごい!」と心底驚嘆したのを今でも鮮明に覚えています。
大屋根は4間の距離があるため、工務店作成の確認図面では中間に柱を建ててあったのですが、大工さんは柱を建てず四間の長さを「松梁一本で飛ばして架構」。これ「大工にしかできないデザイン」ですよね。

自分の想像したスタイルが大体できてる

――完成したお宅や、そこに住まわれてのライフスタイルにおける、お気に入りのポイントを教えてください。また完成後に手を加えた個所はありますか?

何と言ってもここは昔ながらの地域のつながりがあることですね。地元のお祭りもあるし、コロナ前は近所でバーベキューをやっていればお呼ばれしたり、今度は家のバーベキューに来てもらったり。夏には野菜や果物などをたくさんいただきますから、収穫した栗をお返ししたり…。そういう近所付き合いが自然にできるっていうのが、実はとても貴重で大事なことなんじゃないかと思います。
夜も静かで、山側から吹く風が中庭を通ります。この家では断熱材と防水シート以外、ほとんど新建材を使っていないせい?か、夏は涼しく冬は暖かですし、適度な隙間があるせいか結露もほとんどありません。

家づくりの唯一の後悔は、最初にきちんと「設計者」をたてなかったこと。理由は、「なんとかなる(できる)」と思ったことと、設計事務所の営業なのに、「設計報酬を惜しんだ」こと。なのでその後の2度目の改修の際は、キチンと設計者にお願いし、設計報酬もお支払いしました。
車庫は後々部屋を載せる可能性も条件にしたので、結果、鉄骨の柱はなんと「200H」 。鉄骨工事も直に見ることができ、建方、垂直の出し方、溶接など大変勉強になりましたし、RC壁では、それまではなぜ空いているかわからなかった「セパ穴」の意味がわかったりして、設計事務所の営業としてはいい経験ができましたね。これで、木と鉄とコンクリートの家となった訳です。

子供の頃、祖父に「安物買いの銭失いだけはするな」と何度も言われました。今はそれを「何が大事かを考えろ」ということと理解してますが、本当に的を得た言葉だと思います。
世の中は、住宅に限らず全てのものが「できるだけコストを抑えて、早く提供する」という方向に向かっており、それが「経済であり、資本主義」とされてますが、目先のコストではなく、もっと長いサイクルでモノを見たときの価値、というものを大切にしたいと思っております。もっとも娘は「家は好きだけど、こんな田舎は嫌だ」と言っているので、この家の将来がどうなるかわかりませんけど(笑)。

最後に、職業訓練学校に通われていた時代から大切にされてきた、こだわりの家具を生み出す、名人と呼ばれた月島の左久作(ひだりひささく)さん作の刃物や鑿などを披露していただきました。

※これは、2021年9月に日建グループの社内報に掲載したインタビュー記事です。

高平 芳弘
日建設計 クライアント・リレーション&マネジメント部門
ゼネラルマネージャー
1989年。駒澤大学経営学部を卒業し、同期約60名と共に入社。入社前年の秋には、当時「東京スタジオ」と言われていた部署でアルバイトを経験。入社後は、経理8年。クライアントリレーション部門に異動後、仙台での営業4年、設計部門での代表補佐4年を経て現在に至る。

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