見出し画像

障がい児のための「日々の生活」の場を考える|第2回 スタッフと共に空間のあり方を思考する参加型設計

中島 究(きわむ)
日建設計 設計監理部門 設計グループ
ダイレクター

日建設計は、1999 年から 2023 年の 25 年に渡り、障がい児者の生活空間のあり方を 10 のプロジェクトにおいて思索、実践してきました。
今回、この note という媒体を用いて、これまでの私たちのとりくみの軌跡を全8回で振り返るとともに、将来へ向けて、障がい児に寄り添い、私たちができることを考える機会としたいと思います。

スタッフ自らが空間を創り出す試み

前回、びわこ学園における障がい児のための空間づくりを手掛けることになった経緯についてご紹介しました。今回はその空間づくりの手法である「参加型設計」について書きたいと思います。
昨今、庁舎や文化ホールや学校など、市民参加による「ワークショップ」を行うケースが増えています。「ワークショップ」を行うことによって、市民の意見や考えをプロジェクトに盛り込み、そのプロジェクトへの市民の参加意識を高め、運営段階にもこの市民参加を継続させていくことが期待されます。
私自身もこれまでに庁舎や大学、オフィスなどの計画において何度も行ってた従来の「ワークショップ」は、関係者の意見を吸い上げることを目的としているケースが多いかと思います。これからお話しする障がい児のための建物で試みてきた「参加型設計」は「ワークショップ」という形式ではあるものの、「子どもたちを日々ケアしているスタッフ自らが空間をデザインする」という点が大きく異なります。建物の主な利用者はスタッフと子どもたちであり、スタッフは自らの日々の活動・経験や建物の使い勝手はもちろんのこと、自ら意思表示、感情表現が難しい子どもたちに寄り添うパートナーとして、その声を代弁する役割を果たしています。そのスタッフ自らが子どもたちの立場とスタッフ自らの立場に沿って空間を考える場が「ワークショップ」です。その手法の一端を具体的な事例をもとにご紹介します。

写真1 市民ワークショップの事例写真
写真2 市民ワークショップの事例写真

「参加型設計」ワークショップの具体的なプロセス

参加型設計のプロセスをお話しするために、私たちが17年間に渡って携わってきた、こんごう福祉センター(旧大阪府立金剛コロニー)の事例をご紹介します。
このプロジェクトは当時の大阪府立金剛コロニーの老朽化に伴う全体再編プロジェクトで、前述のびわこ学園が竣工したすぐ後にプロポーザルで当選した計画です。私たちは全体の再編整備計画を立案した後に、2007年に重症心身障害児者施設の“すくよか”、2014年に施設入所支援等のための“こんごう”、2017年に同じ施設入所支援等のための“かつらぎ・にじょう”の3つのプロジェクトを設計しました。緑豊かな環境の中で子どもから高齢者までが生活・活動する場です。

写真3 こんごう福祉センター全景

これら3つのプロジェクトでは一貫して「参加型設計」を取り入れ、スタッフの皆さんとのワークショップを何度も重ね、その手法をブラッシュアップしていきました。
次の写真が“かつらぎ・にじょう”の際のワークショップの様子です。概ね5〜6名ぐらいのスタッフが机を取り囲んで座り、スタッフ自らが手を動かし、机の上に「カード」を並べていきます。「カード」は必要諸室を50分の1の縮尺で切り抜いた厚紙で、その場でパズルのように自由に置いて、参加しているスタッフ同士が議論しながら、空間のあり方を検討していきます。
こうしてできた並べられた「カード」の状態を、私たちは空間の祖型として「プロトタイプ」と呼んでいます。

このワークショップには、以下のようなポイントがあります。

① スタッフの人選は、ベテランや部長ではなく、日常の業務を十分熟知した若手や活発に意見やアイデア出しができる人を選出
② カードを動かして良いのは机の周りのスタッフのみ。クライアント(設計業務の発注主)である経営層、事務局メンバーや他部署の関係者などは周りから見守るだけ
③ 設計者はスタッフにアドバイスや助言することはOKだが、自らカードを手に取って動かしたり、スタッフに指示することはNG
④ 「プロトタイプ」の成果品が大事なのではなく、空間の方向性に関して議論し、考え方を共有するプロセスの方が大切
⑤ ①②④のプロセスを踏まえた上で、設計者が具体的な空間設計を行う

写真4 ワークショップの様子
写真5 ワークショップの様子

まず①についてですが、組織の上層部の方が議論に加わってしまうとその人の意見に左右されがちであることと、若いメンバーこそ、より長く活躍し、その建物の利用・運営の中心となっていくため、組織の将来を担っていくような意欲があり、建物ができてからもワークショップで議論したことを後輩に伝達してくれるであろう人にワークショップに参加して欲しいのです。
 
次に②についてですが、机の周りの「観衆」はともすればワークショップの様子を見に来た上司であったり、事務局の担当者であったりするわけです。そういったいわばワークショップでの「部外者」が外野からいろいろと口を出し始めると、議論が拡散したり、不本意な方向へ誘導されてしまったりすることがあります。ワークショップで空間を考える役割は机に座っているスタッフ、つまり一番現状をよく理解し、空間の配置や機能、仕様に対して課題意識を持っている方々に限定し、彼らに空間づくりの責任感を持って取り組んでもらう環境で議論してもらうことが大切です。
 
③についても、設計者が議論に加わってしまうと、設計のプロの意見に影響を受けてしまい、スタッフ自らが考えたことになりません。ですので設計者はいろいろと言いたいことがあっても、グッと我慢です。ただし、例えば「カードをそのように並べてしまうと真ん中のカード(部屋)には窓が取れないですよ」とか「そういった並べ方が本当に利用者の立場に立ったものになっていますか?」などといった助言をすることは必要だと思っています。
 
④に関しては、「プロトタイプ」=「設計案」のように思われがちですが、多くの場合「プロトタイプ」がそのまま「設計案」となるわけではありません。建築の空間は構造や設備、法規そしてデザインなど、様々な制約や検討が必要となるからです。
そこで「プロトタイプ」ができた段階で、参加したスタッフの皆さんには、この「プロトタイプ」ができた際に最も大切に考えたことについて、言葉で表現していただいています。
例えば「この部屋とこの部屋は影響が受けにくいように離れているべき」とか「強度行動障害のお子さんも安全に外気に触れて、外で遊べるように囲われた中庭が欲しい」とか「みんなで集まって季節のイベントをできるように、この2つのスペースは家具を移動したら容易に一体空間になるようにしたい」といったようなものです。
 
そして最後に⑤については、上記の④で整理された大切にすべき言葉と「プロトタイプ」を受け取った設計者が、優先すべき事柄を明確に把握して具体的な設計検討を行うことができるのです。
実はこのようなプロセスをとることによって、設計者側にも大きなメリットがあります。「プロトタイプ」ができても参加したメンバーにとってベストな案ではないことが多々あります。例えば「どうしてもすべての部屋に窓を取ることが難しかった」とか「この部屋はこの部屋と本当は近くしたいのにどうしても離れてしまう」とか言った状況です。
そうした課題も一緒に設計者側で受け取り、これを華麗に解決できると「さすが〇〇さん!」と設計者の株が一気に上がります。一緒に設計を担当し、幾多の課題を颯爽と解決した担当者は、クライアントから某テレビ番組を引き合いに「匠(たくみ)」と呼ばれていました(笑)
 
少々脱線しました。話をもとに戻しましょう。
このような「参加型設計」のプロセスには大きなメリットが2つあります。
まず一つ目は、建物の使用者であるスタッフの方々が建物の設計において大切にすべきことを熟知し、それを踏まえて運営ができることから、建物ができた後のハード面・ソフト面の両方の利用者満足度が高いということです。
例えば第1回でお話ししたびわこ学園では、「スタッフの動線が多少長くなったとしても、利用者の見守られている安心感や快適性を優先しよう」という思想のもとにプランを考えました。当然建物ができた後には「以前の建物よりも歩く距離が長くなってスタッフにとって大変だ」という声が上がりますが、ワークショップに参加したスタッフは、それは自ら考えて、みんなと議論しての選択であると考え、他のスタッフに対してワークショップで大事にしたことを説明してくれます。良い点も悪い点も、みんな承知の上で建物を使うことができるのです。
このことがわかるエピソードがあります。建物を視察に来た外部の方を案内する際に説明者として設計者が呼ばれるケースがありますが、あるとき視察説明の際に、同席したスタッフの方が「このスペースはこういった意図をもって、このような空間にしました」と自らがこの空間を考えたと説明していました。この時の誇らしげなスタッフの様子に、「参加型設計」をやって本当によかった、と密かに感動したことが思い出されます。
 
もう一つのメリットは、設計者が通常の設計プロセスでは発想し得ないような空間のあり方が出現することがしばしばあるということです。
一般的に設計者は、事例や経験をベースに設計者側で空間の検討を行ってクライアントに提案し、クライアントの要望や修正点をヒアリングしながら、設計案をブラッシュアップしていきます。設計者の経験値が上がっていけば、より効率的に設計を進めることができます。
しかしこうした設計手法は、これまでの経験の範囲内での提案しかできない可能性が高くなります。そのプロジェクトならではの固有性や特性よりも、自分の知見をベースに考えてしまいがちだからです。
一方で設計に関しては専門外の現場スタッフの皆さんによる「参加型設計」では、そのプロジェクトの固有の事情や特性が検討のベースにならざるを得ないですし、建築設計の経験・知見がないがゆえに、自由で何物にも縛られない発想で空間のあり方を考えることができるのです。
このことが顕著に現れた、こんごう福祉センター“かつらぎ・にじょう”の事例をご紹介します。“かつらぎ”は強度行動障害の方が入所される建物です。そのワークショップで作成したプロトタイプをベースにしたゾーニング図が次の図です。

かつらぎユニットゾーニング図と片廊下に面した中庭
写真6 かつらぎユニットゾーニング図と片廊下に面した中庭

この時の大事にすべきことは主に以下の4つでした。

① 居室は片廊下として、廊下での“出合頭”の利用者間のトラブルを生じさせない
② 利用者が安全に外部で遊べ、スタッフがそれを見守ることができる中庭を設ける
③ 将来医療法が改正された場合に備え、ユニット中央で2つに分割運営できるようにする
④ リビングとダイニングは中庭を挟んで敢えて離して配置する

これらのうち①〜③は、これまでの私たちの経験から想定の範囲内のものでした。
ただ④は「そういう考え方があるのか⁉︎」と目から鱗でした。ここでは、食事が運ばれてくることが見えてしまうと、利用者が食べたくてじっとしていられなくなり、日中の作業中等であったとしても集まってきてしまい、配膳の準備に支障が出てしまうことがしばしばあったそうです。そこで、配膳車がユニットの外からダイニングへアプローチできるようにし、食事が配膳車で運ばれてきたことがリビングや廊下からは見えないようにしたい、というのがスタッフの方の意図でした。一般的にはリビングとダイニングは連続させて空間を広く使いたい、と考えると思うのですが、これは日々の食事の準備をされている方ならではの視点ですし、食事が運ばれてきた際に利用者がソワソワしてしまうことも避けられるため、利用者本人も健やかに過ごすことができてメリットが大きいのです。
専門的に言うと「空間を構造化する」と言うのですが、行動障害の方に対する空間の作り方のセオリーとして、「行為と行う場所を一対で考える」(例:食事の場所、作業する場所、くつろぐ場所を明確に分ける)ことが落ち着いて生活する上で重要となると言われています。このことは私たちも頭ではわかっていましたが、日々の生活での切実な要望がプランニングに反映されたケースであり、設計者側だけではここまで大胆な提案はできなかったと思っています。
 
次の第3回では、このワークショップをする前の段階で欠かせないステップについてご紹介します。

中島 究(きわむ)
日建設計 設計監理部門 設計グループ
ダイレクター
30年超の設計活動を通じて、「熊本県立熊本かがやきの森支援学校」「こんごう福祉センター かつらぎ・にじょう」「北九州市立総合療育センター」などの障がい児者福祉施設や医療施設を手掛けるとともに、「京セラドーム大阪」「滋賀県立琵琶湖博物館」「中之島フェスティバルタワー(フェスティバルホール)」「ミクシィ本社」「須磨区役所・保育所」など、スポーツ施設、文化施設、オフィス、庁舎など、幅広い分野の設計実績を持ち、日本建築家協会優秀建築賞、BCS賞をはじめとする数多くの賞を受賞している。
2016年にはFCバルセロナのホームスタジアムである、カンプ・ノウ スタジアム国際コンペで優勝したチームを率い、スポーツエンターテイメント施設のエキスパートとして数々のプロジェクトに携わってきた。
一級建築士、日本建築家協会登録建築家、日本建築学会会員、認定ファシリティマネジャー、インテリアプランナー。

#私の仕事 #企業のnote #生活 #提案 #社会 #学園 #プロポーザル #日建設計 #日建グループ #障がい #障害 #ケア #こんごう福祉センター #重症心身障害児 #インクルーシブデザイン #共生 #SDGs #ワークショップ

<クレジット>
写真3、6 ZOOM 淺川敏


この記事が参加している募集

#企業のnote

with note pro

12,706件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?