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「月の帰り道」第五話(最終話)

第五話

 ベフォルクの住む家の前まで来た四人。
「いいかい? ドアのノックは静かに、そしてしんちょうに」
 小声でヒソヒソとノーマンが話します。すると、家の中からベフォルクの声がしました。
「だれだい!? 人の家の前で大きな声を出してるのは? うるさくてかなわないよ!」
 こんなに小さなヒソヒソ声でしゃべっているのに、ベフォルクには、とても大きな声でしゃべっているように感じられるのです。
「ベフォルク、ぼくだよ、ノーマンだ。今日はきみに、とってもよいものを持ってきたんだ」
 ノーマンは、さらに注意深く、ヒソヒソ声で家の中のベフォルクに話しかけます。ノーマンのすぐとなりにいたニーナでさえ、ちゃんと聞き取れないくらいに小さな声です。
 ベフォルクの家のドアがガチャリと開くと、ムスっとしたベフォルクが顔をのぞかせました。
 ベフォルクが、四人の顔をジロジロと見くらべながら言います。
「なんだい? ぼくにいいものって」
 ノーマンはうれしそうにイヤーマフを手わたすと、ベフォルクの耳をおおうようにつけさせました。
「これはいったい、なんなんだい?」
 不思議そうにたずねるベフォルクに、ノーマンはヒソヒソ声で話します。
「それはね、イヤーマフっていうんだ」
 ベフォルクはそんなノーマンを見て、首をかしげながら聞き返しました。
「なんだい? 口をパクパクさせているだけじゃわからないよ。なにかしゃべったらどうだい?」
 ベフォルクのその言葉に、みんなの表情が、少しだけ明るくなりました。みんなは顔を見合わせます。続けてノーマンは、今度はみんなと話すときと変わらない、いつもの普通の声の大きさで、ベフォルクに話しかけてみました。
「それはね、イヤーマフっていうんだ」
 今度はベフォルクにも聞こえた様子。
「ふーん……。で? これのどこが、ぼくによいものなんだい?」
「やった! 成功だ!!」
 ノーマンは思わずガッツポーズをとって喜びました。フェリスもクルンクルンと宙返り。ニーナとトルールも手を取り合って喜びました。
「ベフォルク! ぼくは今、みんなと話すときと、まったく変わらない声の大きさできみに話しているんだ!」
 それを聞いて、ベフォルクは目を丸くしました。
「本当に!? 本当に普通の声でしゃべっているのかい!?」
「本当よ! ベフォルク! それがあれば、あなたも、わたしたちと一緒にくらせるのよ!」
 フェリスの言葉を聞いたベフォルクは、とつぜん大声をあげて泣きだしました。
「さびしかったよー! ひとりぼっちはつらかったよー!」
 いつもムスっとしていたベフォルクが、顔をグチャグチャにして泣いています。まるで水をためていたダムがこわれてしまったみたいに、なみだが止まりません。
 ずっとつらい思いをして、ひとりぼっちでくらしていたベフォルク。そのベフォルクのつらかった気持ちがみんなに伝わったのか、そこにいた全員が、ベフォルクと同じになって、顔をグチャグチャにして泣いてしまいました。
 ニーナもわんわんと泣いていました。
 ここへきてからわんわんと泣いたのは、これで二度目です。
 でもニーナは思いました。これは、ムスっとしているベフォルクに勇気をふりしぼって声をかけ、気持ちが伝わらなかった、あのときの『くやしい』っていうなみだとはちがう『うれしい』っていうなみだなんだと。
 ニーナは、この『うれしい』っていうなみだが、大好きになりました。
「このイヤーマフはね、ニーナとトルールの、アイデアなんだよ!」
 ノーマンが泣きじゃくるベフォルクにそう言うと、ベフォルクは相変わらず顔をグシャグシャにしたまま、ニーナたちにお礼を言います。
「ありがとう! ニーナ。ありがとう! トルール。きみたちのおかげで、ぼくはもうひとりぼっちで過ごさなくてすむよ!」
 その場にいた全員が、みんないつまでも泣きやみませんでした。この森が、みんなのなみだで海になってしまうんじゃないかと、ニーナは少しだけ心配になりました。
 赤く目をはらした五人。でも、その表情はどんよりとしたものではなく、この森の青空のように晴れやかですきとおった、すばらしく気持ちのよいものでした。

 ベフォルクがノーマンたちの住む集落に引っこして、どのくらいたったでしょうか。
 ニーナとトルールに、この森と、この森に住む仲間たちとの別れのときがやって来ました。ニーナもトルールも、みんなとはなれたくなくて、さびしい気持ちでいっぱいです。
「ニーナ、ずっとここにいたい! みんなと はなれたくないよ!」
 ニーナはぐずりはじめ、トルールは少し困り顔。
「でもね、ニーナ、ぼくたちはここの住人ではないし、ここには、パパとママもいないんだよ? ニーナは、パパとママに会えなくても平気? パパとママは、ニーナに会えなくても平気かな?」
 ニーナはパパとママが大好き。でも、それと同じくらいこの森の仲間たちも大好き。
 ニーナは心が痛くて、泣き出してしまいました。 
 もちろん、森の仲間たち、ノーマンもフェリスもドワッツもベフォルクも、みんなニーナが大好きで、ずっとここにいてほしいって思っています。
 でも、だれひとりとして「ずっとここにいてよ」とは言いませんでした。
 それは、みんなが本当に、本当にニーナのことが大好きだったから。
「そろそろお別れだよ」
 ノーマンが、泣きやまないニーナの前に立ちます。
 フェリスもドワッツもベフォルクも、みんなでニーナとトルールを囲みました。
「ぼくたち全員から、きみにプレゼントがあるんだ。きっと気に入ってくれると思う」
 そう言って、ノーマンはニーナに木でできた指輪を手わたしました。
「それはね、月桂樹っていう木からけずり出した指輪だよ。ぼくたちの『帰り道』も月桂樹から作られているんだ」
「月桂樹?」
 ニーナが聞き返すと、ノーマンは笑顔でうなずきます。
「そう、月桂樹。ぼくたちとの友情の証に、きみに受け取ってもらいたいんだ。いつか、その指輪が空のお月さまのように金色にかがやくとき、ぼくたちはまたきみを、むかえに行くよ」
 そんなノーマンの言葉を聞いて安心したニーナ。満面の笑みでノーマンに答えました。
「ありがとう! 宝物にするね!」
 やがて時は満ち、ニーナとトルールもこの森とお別れです。
「みんな、ありがとう、元気でね!」
 せいいっぱいの笑顔で、ニーナとトルールは森の仲間たちと別れのあいさつをしました。 ノーマンが言います。
「さあ、目をとじて……」
 ノーマンの言葉にうながされ、ニーナは目をとじると、フッと自分の体が急に軽く感じられました。

 ノーマンは続けます。

 きみの家のとびらに手をかけて、とびらを開くと、だんろが見えてくるよ。
 柱にかけたふり子時計が、時間をきざむ。
 時刻は……そう、ちょうど午前5時だ。
 森から吹き抜ける風が、まどガラスに当たって、ガタガタと音を鳴らしてる。
 きみはゆっくりとろうかを歩き、自分の部屋へ。
 いたんだ床を歩いているとき、床がギィーときしむ音がするけれど大丈夫。
 パパもママもぐっすりゆめの中だ。
 自分の部屋に入ったきみは、パジャマに着がえると、トルールをだいてフカフカのベッドのなかに入ってねむるんだ。

 おやすみ、ニーナ。よいゆめを……。

     †

 まどから朝日がさしこみ、ニーナはまぶしくて顔をそむけました。
「わたしのかわいいニーナ! おはよう、さあ、ベッドから出てきてママにキスをしてちょうだい」
 ママがニーナの部屋へやって来て、ニーナをやさしく起こしました。まだ、まぶたが開かないニーナは、ボーっとしたまま自分の部屋を見わたします。
 むねには、しっかりとだきかかえられたドクター・トルール。まるでまほうにかかったような、すてきなゆめを見ていた気分だったけれど、どんなすてきなゆめだったのか、ニーナにはまったく思い出せません。
「さあ、ニーナの大好きな生クリームに、ハチミツたっぷりのパンケーキを焼いてあげるわ。だから着がえて、顔を洗ってらっしゃい」
 ママの言葉で目が覚めたニーナ。ベッドから飛び上がると、急いでパジャマをぬいで、着がえます。そんなニーナを見ながら、ママはいとしそうに目を細めてニッコリ笑い、キッチンへ向かいました。
 お気に入りの水玉もようのヘアターバンと、ニーナの目の色と同じ、青色の毛糸のカーディガン。
 だけど、ニーナがカーディガンをはおったとき、少しだけ変な気分になりました。なんと、ニーナのお気に入りの青色カーディガンが、少しだけちぢんでしまっているのでした。そでが少し短くなって、ニーナの手首まで見えているし、丈も少し短くなってしまっています。
 ママがあたしのために作ってくれた、とても大切なカーディガンなのに!!
 そう思うと、ニーナは急に悲しい気持ちになり、泣き出してしまいました。
 ニーナの泣き声に気づいたパパとママが、あわててニーナの部屋へとかけこんできます。「どうしたの!? ニーナ!」
 パパもママもニーナがどうしたのか心配で、気が気じゃない様子です。
「ママにあんでもらったカーディガンがちぢんじゃった!」
 泣きながらうったえるニーナに、パパもママもおたがいに顔を見合わせて、安心したように大きなため息をつきました。
「ああ、ニーナ、そんなことか。きみになにかあったのかと思って、パパもママも心配したよ」
 パパが、ニーナをだきしめながら言いました。
「だって! だってママがあたしのために作ってくれた、お気に入りのカーディガンなのに!」
 パパにだきかかえられたニーナのなみだを、やさしくふきながらママが言います。
「ニーナ、それはカーディガンがちぢんだのじゃなくて、あなたが少しおとなになったってことよ。パパもママも、今日という日がとてもうれしいわ」
「おとなに……なる? 昨日まで子どもだったのに?」
 ママの言ったことがわからず、ニーナは聞き返しました。
「そうよ、あなたは毎日おとなになっているの。わたしたちの一日と、あなたの一日では、まるで中身がちがうのよ」
 ママの言ってることがやっぱりわからないニーナ。
 そんなニーナの様子に気づいたパパが、ベッドに転がるトルールを取り上げて、やさしくなでながら言いました。
「つまりね、パパやママが持っているドクター・トルールは、あんまり綿が入っていないけれど、ニーナの持っているドクター・トルールは、綿がいっぱいつまっているってことさ」
 どういうことなのでしょうか。
 やっぱりニーナには、パパとママの言った意味があまりわからないままだったし、お気に入りのカーディガンも少しちぢんでしまったけれど、パパもママもそれをとてもよろこんでいます。
「あら? ニーナ、かわいい指輪ね」
 ママがニーナの指に目をとめて、やさしくいいました。
 そういわれて、指輪に目をやったとたん、ニーナのゆめのきおくが、よみがえってきました。
「うん! 月桂樹の指輪!!」
 ニーナはめいっぱいの笑顔でそう答えました。
 そんな様子のニーナに、ママもパパもとてもうれしそうにうなずきました。

     †

 ニーナは今日も森へと出かけていきます。
 お気に入りは、白衣を着たウサギのぬいぐるみの『ドクター・トルール』と、ニーナの青い目と同じ色の、少しだけちぢんでしまった青色カーディガン。
 そして、『帰り道』の先でくらす、森の仲間たちからもらった月桂樹の指輪です。

《月の帰り道 おわり》


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