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「獏」第一話

《あらすじ》
 事業系廃棄物ごみを専門で回収する深夜班の「D.J.」たちは、グループ通話を繋ぎイヤホンをつけたまま回収作業をするのが日課だった。ジャスティス自己中ハンサム女たらしアトラス地図屋イケモト蘊蓄博士――メンバー5人の結託は、名ばかりの現場主任「ハングマン吊るし上げられるもの」を共通の敵として結託し、常につるむようになった。
 ある日、ジャスティスのパッカー車回収車の積載庫内で火災が起きる。仲間の指示と協力で大事には至らなかったが、この一件でジャスティスはクビを切られることになり……。

第一章

駁論(1)

 黒いアスファルトにこびりつく、汚いガムさえ流し落とすような大雨の降るある夜に、俺にこんな言葉をくれた奴がいる。
「悪夢を食べると言われる獏って生物を知ってるだろ。俺たちの仕事は、獏みたいなもんだ」
 毎日、毎日人間どもの欲望の抜け殻を拾っては集め、そして金を貰い、俺たちは生きている。
「キツイ」「キタナイ」「クサイ」
 昔、3Kなんて言葉があったが、考えてみれば、地球上で幸せそうに踏ん反り返って暮らす人間のすぐ足元では、俺たちのような奴らが、そいつらの生活の基盤を支えている。例えばそれは、流行りの靴で何気に踏んでいるコンクリートの地面だったり、出来たばかりの展望台から地上を見下ろすための馬鹿デカイ建物だったり、GWだのSWだのに、快適に移動するための乗り物だったりとか。
 ハイソなスーツの方々の足元や、遥か上空で俺らは金を稼いでいる。自分が底辺だなんて言うつもりはない。ただ、最初の言葉にあった通り、俺の仕事は悪い夢を喰う獏のような仕事だ。
 もちろん、獏様のように慈善事業でやってる訳じゃないが。
 控えめに言っても、3Kなのは確かだ。部屋の間取りじゃない。
「キッチンが3つあるの?」
 なんて可愛いことを言う女子高生がいたら連れてきてくれ。助手席に乗せて見学させてやる。背骨がねじ曲がりそうなキツサと、目が染みて痛いほどのやばいキタナサと、風呂に入っても三日臭いが取れない、鼻をもぎりとりたくなるようなクサイ世界を。
 人間様は、腹が減る。毎日毎日腹が減る。
 腹ぺこになって駆け込んだバーガーショップでハンバーガーを注文したとする。もちろんナゲットにポテトにバニラシェイクもだ。あんたは夢中でそれらにがっつき、ズズズズッと音を立ててシェイクを胃に突っ込んで、チープな肉の塊を流し込んだ。
 さて一息ついた今、あんたの目の前には何がある?
 体の中に突っ込まれたカロリーの塊を、さも旨そうに、衛生的で、合理的でそしてきれいに包んであったシールだの紙だの、そういったいまや油にまみれてちぎれた、食い物以外の「モノ」がそこに転がっている。
 腹が減っていたときは旨そうだったポテトも、今となってはフニャフニャとして折れ曲がった、揚げた芋のしなった切れっ端だ。
 そう、腹ん中が満たされたあんたは、目の前に転がってるそれらを見て、どう思う。そしてどうする。視界から退けたくなるだろ? ぐしゃぐしゃっとして、放り投げるか、その場に捨て置く。
 こぼれたトマトとBBQソースの混ざったベトッとしたやつを、わざわざご丁寧に拭いてから席を立つか、トレイに挟んで見なかったことにするか?
 足元には萎びて踏まれ、黒くなったレタスもある。椅子の脚にこびりついていた灰色の埃も蠅のようにふわふわと寄り添っている。
 俺たちが集めるのはそういったもの、つまり「ゴミ」だ。
 ひとえにゴミと言っても、種類は様々。可燃に不燃、資源に粗大。今では様々なゴミとして幾つにもジャンル分けされている。まるでCDショップに並ぶ音楽のジャンルのようにな。
 音楽だって、一昔前まではこんなにもカテゴライズされてなかったろう? ポップだの、ロックだの、ひとくくりに「歌謡曲」だった。ゴミ業界も同じだ。燃えるか? 燃えないか? それだけだ。
 散々自分らで散らかしておいて、突然、限りある資源を大事にしようだの、環境に優しい開発をしようだのと言い出した連中が、リサイクルなんていう錬金術師でも使わないような言葉を生み出したんだ。エコだかなんとかフィードだか知らないが、わざわざ冷蔵車で回収するゴミもある。運ぶ先も様々だ。そういう訳で、今ではゴミ業界もやたらと複雑になったよ。

     *

「D.J.知ってるか? 再生紙ってのは、普通に紙を作るよりもコストがかかるんだぜ。こんなご時世だ、企業はエコをアピールしたいがために、再生紙利用って謳いながら実はこっそりと上質パルプを使ってトイレットペーパーを作ったりする。ご丁寧にちょっと薄汚く着色までする念の入りようだ。環境に配慮したい消費者の心理を逆手に取ってさらに値段まで高くしてな」
 特に興味も湧かないそんな知識を教えてくれるのは、会社の同僚、蘊蓄博士イケモトだ。
「もったいないって言葉が流行っただろう? 流行ったのか無理やり流行らせたのか知らないが、どこの企業もスーパーも、エコバックをこぞって売り出した。実際ポリのレジ袋が有料化されるのはいいことだと思うが、その分エコバックってのは、世界中でどれだけ作られたんだろうな。千円も二千円も出して大して使いもしないエコバックなんてものを『エコ』っていうファッションの一部のようにして身に着ける。ほんとのエコなら、ポリのレジ袋を破れるまで使いまわせばいい。結局もっともらしい理由をつけて、消費と無駄遣いのお膳立てをしているようなものだ」
 テレビ司会者のような知識と、芸能リポーターのような情報量を持つ『イケモト』は、知識のない俺たちにいろいろと教えてくれる。興味の湧く話も湧かない話も。
 それなりに、なるほどと思うことをいつもイケモトは語る。もちろんこいつの話は難しすぎて、相づちを打つ程度で誰も意見なんて返せやしないが、解らないからと言って、面白くない訳じゃない。
 イケモトから仕入れた中途半端な記憶のかけらを、ちょっとした雑学をかじったように話すだけで、ダチの殆どは「お前、すげえ!」と反応を示すから、暇なときはまあ、有り難く聞いている。
 俺たち、と言っても、俺は同僚の中でも特に賢い方じゃない、むしろ悪い方だろう。お勉強だって中学までしか行ってない。もちろん社会人としてなんとかやっているんだ、ひらがなはそこそこ書けるし、自分の名前は全部漢字で書けるレベルだ。
 だがはっきり言って俺は猿みたいなもんだ。猿でもわかるなんとかっていうシリーズが流行ったことがあったが、あれを見て猿が本当に理解できるなら、俺は間違いなく猿よりバカ決定だ。
 ゴミ業界ってのは、そんな猿みたいな俺でも日本語がそこそこ話せて、運転免許証さえあればだいたい採用だ。給料だって、俺の脳みその出来に比べれば全然悪くない。むしろ良い方だ。その代わり、きつくて汚くて臭くて、おまけに休みもないけどな。

 俺が勤めてるゴミ屋は事業系廃棄物を専門で回収する。一般家庭のゴミは回収しない。それは市に雇われた職員たち、つまりエリートのやる仕事だからな。
 回収するゴミの種類にもよるが、俺たちが乗ってるあの車、ゴミ収集車、パッカーと呼ばれているが、市職員たちが乗り込むパッカーは運転手と助手が二人。だが俺たちはそれを一人でやる。運転も回収作業もすべて一人だ。
 事業系ってのは、つまりオフィスビルやコンビニ、老人ホームにラーメン屋。一般家庭以外は何でもだ。このご時世、信号機が並ぶ間隔でコンビニも建ってるからな。その分ゴミ回収は過酷になっていく。
 俺たちみたいな仕事は主に夜中に走り回ってゴミを回収することが多い。夜中の方が仕事をする上で何かと都合がいいからだ。
 まず、俺たちの顧客はその殆どがコンビニや飲食店ばかり。だから夜中の人の出入りの少ない時間帯の方が作業効率もいい。駐車場はガラガラだし、道路だって空いている。もちろん市内のコンビニを一人で回る訳じゃない。当然他のメンバーと分担はするが、仮に一人が一〇〇軒回収しても、五人で五〇〇軒。市内にはそれ以上の数が乱立してるし、当然回収先はコンビニ以外にもある。
 すべての回収を日中に熟すとなれば極端に作業効率は落ち、時間だって今の倍はかかっちまう。そんな訳で、俺らは深夜帯回収専門。エリートたちの寝静まった頃合いに、街中の事業者が吐き出すゴミを喰って回っている。糞代わりの爆音をばら撒きながらな。

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