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「獏」第九話

莫迦ばか
(4)


 すべての回収を終えた俺は、港にある処分場へと車を走らせた。
 パッカーのケツをスイッチで押し上げ、積んだゴミを押し出す。さらに車を降りてパッカーのケツへまわり、捨て残しがないか確認する。
 個体差はあるが、だいたいパッカーを満タンに積めば八立米。重さで言えば四トンくらいだが、パッカーは爪で捲き込みながら圧をかけて詰めるので、唸りこそすれ、ぎゅうぎゅうと詰めていけば相当の量が捲き込める。しかし捲き過ぎると降ろすときにとんでもないことになる。そう、圧がかかりすぎて出てこなくなる。そうなるとどうするのかって? スコップ持って、排出できるようになるまで、延々と手で掻き出すことになる。
 パッカーから降りて後ろへ回ると、ケツを突き出している「扉」の先、下方の巨大な「箱」が見下ろせる。吐き出されて山になったゴミをクレーンのハンドが掴んでは焼却炉に放り込んでいく。だが一歩間違えれば俺たちもゴミの一部。実際にこうして確認のために排出ゲートでパッカーから降りた作業員が「扉」の先へ落ちてしまうことがあるんだ。
 扉から下までは数十メートルといったところだろうか? 数年に一度のペースで起こる。
 まぁ、落ちたとしても、下はフカフカでドロドロのゴミの山。死ぬことはないが、トラウマは免れないだろうな。
 もちろん、ゲームセンターのクレーンゲームみたいに、リアルにあのクレーンで落ちた人間をつかんで救出する訳じゃない。多分、どこかに地獄から抜けだす秘密の出入口があるんだろう。
 なんだっていいが、死ぬときはゴミの中じゃなく、せめてベッドの上で死にたいもんだ。

 パッカーを車庫に停め、報告書を提出するために事務所へ向かう。扉前ではいつものようにハングマンとB.F.がコーヒー片手にタバコで休憩中だ。まぁ、こいつらにとっては、こうしてコーヒー飲みながらタバコを吸うことが仕事みたいなもんか。このドアを関所かなにかだとでも思ってるのか? そこを通る俺たちを飽きもせずに偉そうにして視線を送ってくる。幸せ者だよ、こいつらは。実際は俺たち現場の人間に食わしてもらってるようなもんだ。
「お疲れ様です」
 中へ入ろうとするとハングマンに呼び止められた。
「おい、D.J.、ジャスティス担当のコンビニから苦情が入ってるんだが、お前何か知らないか?」
「ああ、知ってますよ。でもあれは解決してるはずですが?」
 俺のイヤホンの向こうでは、突然浮上したジャスティスの名前で皆がざわついていた。
「店側から苦情が入ったんだよ。店の外でお前んとこの従業員が近隣の住民と揉めてたってな」
「はあ、でも住人にはジャスティスが直接会って、和解できてるんで大丈夫ですよ」
 すると横にいたB.F.が偉そうに言った。
「そういう問題じゃねーよ。だ・か・ら、苦情が出ないように仕事しろって言ってんだ」
 腹が立った。マジでヘドの出る奴らだ。そもそも苦情処理はお前らの数少ない仕事の一つだろうが。しかも直接本人には言わずに毎回俺を通しやがる。
「D.J.、ハンサムとジャスティスに言っとけよ。次苦情もらったら、コース降りて、工場こうば作業員してもらうってな」
 ハングマンは言って、薄ら笑みを浮かべた。
 うちの会社の業務内容は「回収」だけじゃない。当然、可燃以外に取り扱うゴミも様々。缶、ペットボトル、発砲スチロールに段ボール。回収したそれらを加工して出荷する工場を持っている。
 工場作業員は、その工場に一日中缶詰にされる。永遠と同じ作業をさせられる奴隷だ。聞いた話で幸いだが、気が狂いそうになるらしい。まさに生き地獄、無限地獄。
 ひよこの雄雌仕分けするぐらい単純で、大変な作業だ。
「伝えておきます……」
 俺はそう言うと、足早に事務所の中へと駆け込んでいった。
『ハングマンたち、なんだって?』ジャスティスが訊いてくる。
「お前とハンサムに言っとけってよ。次苦情もらったら工場作業員の刑だって」
『えー! 嫌だよ、俺、あんな仕事! まるで刑務所じゃないか』
 ハンサムが不満を漏らした。
『まったくだぜ。工場作業員やるくらいなら、会社辞めるぜ』ジャスティスも声を荒らげていた。
『しばらく、本気でおとなしくするしかないよな? あいつら本当に実行しかねないからさ』
 イケモトが二人を宥めるように言葉をかける。
『それにしても、あの二人はどうしてこうも、俺たちを目の敵にするのかね?』
 アトラスが呟くが、その答えを俺たちは全員わかっていた。もともと、ここの事務所には現場監督者はキャプテン一人だった。
 それを、野心家であるハングマンがキャプテンに取り入り、補佐のような仕事をこなして本社にアピールを繰り返し、いつの間にか『副主任』なんていう新しい役職を本社に認めさせたんだ。
 役職を手に入れたハングマンはキャプテンに手の平を返し、現場の主権をほぼ握り、キャプテンをお飾りへと仕立てあげた。
 あとは自分を慕ってくれる可愛いB.F.を自分の手元に置き、今の糞ったれな事務所が成立したという訳だ。
 当初、それを面白くないと感じた俺たち五人は、キャプテンに直談判し、前の状態に戻してくれるよう説得を繰り返していた。
 しかし、そのときにはすでにキャプテンもハングマンの犬ころに成り下がってたんだろう。俺たちの抗議はすべてハングマンに筒抜けだったのさ。
 そんな訳で、ハングマンはなにかと俺らを疎ましがり、目の敵にしていた。ハングマンのただの拡声器みたいな存在のB.F.も然り。キャプテンにいたっては完全に見ぬふりだ。
「イケモトが言うように、しばらくは目立って動かない方が利口だぜ。次に職を探すにしたって、俺たちみたいな変わり者、なかなか雇ってくれるところなんて、今のご時世そうそうないんだからな」
 俺は全員にそう言って電話を切った。

 事務所から出ると、相変わらず二人はバカ話に花を咲かせている。
「お先に失礼します」
 呟いて横を通り過ぎると、B.F.が口を開いた。
「よぉ、D.J.今度国道沿いにラーメン屋が出来て、うちに回収依頼がきたんだが、誰のルートが近いかわかるか?」
 多分、アトラスの話に出てきた店のことだ。「ハンサムが近くを走ってますよ、じゃあ」と伝え、そこを後にした。
 リーダーのくせに、可燃回収班の誰がどこを走ってるかさえ把握していない。そんな粗末な仕事しか出来ないB.F.に俺は頭に来ていた。胸糞が悪い。
 この状況は好きにはなれないが、俺たちみたいな変わり者は、結局何処へ流れたって同じ。いつも誰かしらを敵に回して生きていく不器用な人間だ。
 その場その場で、媚びへつらうB.F.のような立ち振る舞いこそが正解なのかもしれない。人間関係のゴタゴタなんざ、どんな組織にだって有り得る話だ。もっと利口に立ち回らなければ。ーーそう自分に言い聞かせ、俺はイラつきながらもタバコを咥え、帰路についた。

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