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「獏」第十一話

爆心
(2)


 日の出まであと一時間といったところか?
 突然ジャスティスが気合いを入れた。
『よーし、一丁走って来るかっ!』
 俺たちの仕事はゴミの回収だが、実は圧倒的に運転時間の方が長い。作業員というよりは、むしろドライバーだろう。
 回収先に到着する。パッカーを停めて降り、ゴミを積んで運転席に戻るのに五分は掛からない。早ければ数十秒。しかし中には、現場到着からまでの道のりがとんでもなく長い店舗が存在する。
『あぁ、か?』アトラスが訊ねた。
〝競技場〟と言うのは、俺たちが勝手に呼んでいるだ。
 三鉄バスセンター、いってしまえば高速バスの総合発着場なんだが、地上になく、百貨店ビルの三階部分、ワンフロアを占めているという問題児。名古屋駅という繁華街だという立地で、ビルの中に作ってしまった工夫はわからなくはないが、俺たちみたいな裏方作業が必要な人間にとっては、これは死活問題だ。
 いったんパッカーを地上に路駐させ、非常階段を使って一気に三階まで駆け上がる。このビルは従業員は客用のエスカレーターを使っちゃいけない決まり。だがそもそもが深夜帯。正面入り口も閉まっているし、電源もおちていてエスカレーターも眠っている。
 階段を上って三階についたら、バスセンターの外周部分をぐるりと四〇〇メートルほど駆け抜けた先に、回収先のコンビニがある。
 どうしてこんな場所にコンビニがあるんだと俺たちは憎むが、これから高速バスに乗る利用者にとっては便利な存在だろうな。実際に流行っているらしくゴミも多い。そしてバス内で出たゴミももちろんゴミ箱につっこまれている。
 店の前に積み上げられたゴミの山を、でかいカゴ車――引っ越し業者や宅配便業者が使うようなアレだ――に積み直す。ソレをひきずって四〇〇メートル戻り、そこから後は手降ろし。
 両手に持てるだけゴミ袋を持ち、非常階段を何往復もして、パッカーの投入口に放り込む。まさに罰ゲーム的な案件だ。コンビニに商品を納品する搬入業者とすれ違うこともよくあるが、おれたちはいつも無言で労りの視線を送り合っている。
 イヤホンからジャスティスの足音と息切れが聞こえ始める。
 ハンサムが口を開いた。
『俺、どんなに美人なバイトが働いてても、競技場だけは行きたくないよ』
 女の子に目がないハンサムでさえ、躊躇う極悪条件だ。
『脳みそまで筋肉で出来てるジャスティスでなきゃ、絶対に無理だな』
 イケモトが茶化すと、ジャスティスが反応した。
『おひ! イヘモト! 聞こえ……てる……ぞ……』
 だが冗談を言いあえるのもここまで。あと十分もすればジャスティスもキレ始め、二〇分過ぎれば死んだんじゃないかと思うほど無反応になる。仲間内では一番体力も根性もあるジャスティスですら、黙りこむほど過酷な回収先だってことだ。
 そろそろ無言になる――そう思っていた矢先、ジャスティスが叫んだ。
『クソ! やばい!』
 異変に気づいたハンサムが、まっ先に『どうした⁉』と訊ねる。
『可燃の中にライターの束が混ざってたみたいだ! 運悪く弾けて火が着いた!』
 ――ライターの束。
 一気に緊迫感に包まれる。最悪だ。空気も乾燥しているし、しかも俺たちが回収してるのは燃え移りやすい可燃ゴミなんだぜ。
『消せそうか⁉』アトラスが叫ぶ。
『ダメだ! こんなところ、水道もなけりゃ……くそっ! 消火器じゃ追い付きそうもない!』
 狼狽するジャスティスに、イケモトが指示を出した。
『パッカーのテールゲートを上げて、燃えてる部分トコだけ排出しろ!』
 適切な処置だ! イケモトが言ったのは、処分場でゴミを捨てるときと同じように、テールゲート、つまりパッカーのケツを上げ、積んだゴミをすべて押し出せってことだ。
 発火したライター――しかも大量――が相手だ。鎮火させようと消化剤を振りまいたところで、積載部にゴミをたんまりと載せたままでは火はどんどん燃え広がる。中のゴミを喰い尽くし、ついには車体まで焼かれてしまうだろう。だが燃えた部分だけ排出すればそれ以上は被害は広がらない。トカゲの尻尾を切る作戦だ。
『くそッ! やってみる……!』
 PTO、ON、排出ボタン、ON、テールゲート、ON、排出板を押し出す――目をつむっていてもできそうな運転席での手順だが、操作ミスをしないようにイケモトが冷静な声で指示していった。
 聞き慣れた駆動音がキュインキュインと響く。
『全部出たッ……!』
 あとは消火器だ。スプレー缶などの混入がもう他にないことを願いつつ、全員固唾を呑んでイヤホン越しに顛末を見守っていた。
 フシュウウウ……!と花火のような噴射音が聞こえる。ジャスティスは無事に燃える部分だけを排出し、しばらく消火器を浴びせ続けた。その間にアトラスが消防へ連絡し、バスセンターの所在地を伝えてなんとか惨事は免れた。
『あぁ……焦ったよ、ちょっとやばかったな……。皆、ありがとうな、助かったよ』
『大丈夫か? 車動くか?』
 皆がほっとする中、イケモトが訊くが後ろではコンビニのチャイム音が鳴っていた。
 こんな最悪な状況でも、俺たちは、回収の手を完全には止めることはなかった。仲間の危機を軽んじている訳じゃない。ただ俺たちは時間で動いている。一つ狂えば、そのしわ寄せを立て直す作業は並大抵の努力では収まらない。それに――決して慣れている訳じゃないが――こういうことは常にあり得ることなんだ。
「怪我してないか?」俺も回収を続けながら訊いた。
『ああ、ちょっと待ってろ、汗がやべえ』
 ジャスティスはそう言うと、しばらく無言になった。ガサガサと摩擦音だけが聞こえる。イヤホンを外してタオルで汗をぬぐっているんだろう。ようやくひと段落したことを察した俺らは安堵した。
 ハンサムが心底ほっとした声で、
『あぁ、マジよかったよ、でもこのあと面倒だよなぁ。ジャスティスの奴、かわいそうに』と呟いた。
 そう、じゃあこれで一件落着、なんてことには当然ならない。
 仮にも市の許可をもらって仕事をしている立場だ。消防を呼べば、当然セットで警察もやって来る。調書やらなんやら時間をとられ、さらに各方面への報告書と始末書が待っている。
『はぁ、じゃあ、俺、ちょっと切るわ。今日は帰るの遅くなりそうだな……』
 ジャスティスは一旦俺たちとの電話から離脱した。俺たちは慰める言葉もなく、「ああ」と言ってジャスティスと別れた。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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