宮本 啓示(KG Miyamoto)

京都出身→阿蘇移住して古民家リノベーション中。 "人生のスパイス"…

宮本 啓示(KG Miyamoto)

京都出身→阿蘇移住して古民家リノベーション中。 "人生のスパイス"をモットーに、 日々の思索やインスピレーション、哲学をエッセイにしてまとめています。 執筆依頼・お問い合わせはコチラへ。 info@asoboshi.com https://asoboshi.com/

マガジン

最近の記事

  • 固定された記事

何のために生きているの?

初めまして、けーじといいます。初めての投稿です。 あなたは何のために生きているの?いきなりですが、あなたは 「何のために生きているの?」 という質問に対して、どう答えるでしょうか。 おそらく誰しもが生きてて考えたことはあるんじゃないかと思いますが、 「家族のため」「子どものため」「大好きな人のため」「自分のため」「お金のため」「趣味のため」 十人十色の答えがあるんだろうと思います。 僕は、 「幸せのために生きてる」 と答えます。 僕は小学校高学年あたりから

    • 自分探し

      「良い話聞いたな」だけじゃダメなんだ。 「良い話聞いたな」その後が大事なんだ。 「イメージする」だけじゃダメなんだ。 「イメージする」その後が大事なんだ。 古今東西、どの時代を遡ったとしても、 この事実だけは変わらない。 やる奴はやるし、やらない奴はやらない。 変わらない現実を嘆くだけか、 嘆いた先に向かって動くか。 状況の変化に伴って、 形を多少変える事はあっても、 場所自体を移動するような木は無い。 あったとしてもそんな木に根は張らず、 大木になる事はない。

      • 気配り

        「あんたは気い遣いやさかい」 子どもの頃よく親に言われた言葉だ。 特にそんな自覚は無かったが、 大人になった今、 子どもの頃感じ取れなかった自分を、 ふと見つめられる瞬間があると気づく。 さて、「気遣い」という言葉で連想した言葉が、 「気配り」や「心配り」である。 気配り、心配りが出来る人は、 周りから喜ばれたり、信頼されたりする。 実際それが人のためになっていたりするから、 全くそれはその通りだと思う。 でもたまに問いたくなるのが、 その気配り、心配りの

        • 手を出すな

          この冬から薪ストーブ生活が始まり、 毎日毎日薪を焚べる事で、考えたり、 気付かされたりする事がある。 着火する際は心を落ち着けて 丁寧に薪を組んでいかないと、 スムーズに着火出来ない。 バタバタしている朝や、 とにかく寒くて早く火つけしたい時は、 雑に組んでしまって、着火が上手くいかない時がある。 無事に着火できたら次は 火をどんどん大きくしていく(なっていく)のだが、 早く大きく、 安定した炎にさせたいが為に、 着火出来たと思ってすぐ大きな太い薪を焚べると、 太い

        • 固定された記事

        何のために生きているの?

        マガジン

        • エッセイ
          37本
        • たびのはなし
          4本

        記事

          悩みたい人

          「この悩みを解決したい」 「自分を変えたい」 こんな風に思って、 自己啓発系の類のセミナーに 行く人はよくいるだろう。 でも、 そういったイベントやセミナーに参加した人の大半は、 変われないし、悩みを解決することは出来ない。 何故か。 「やらない」からだ。 良い話を聞いた、 成功例を聞いた、 日常から少し変わった時間を過ごせた、 色んな感想が出てくるとは思うが、 そう思ったその先、 自分の現実に目を向けたときに、 何か行動に移せただろうか。 行動に移せても、

          遠回り

          僕たちはいつから、 早くて 便利で 効率的で 無駄がなくて 生産的で キレイな 事を良しとするようになったのだろう。 その結果どうなっただろう。 忙しくて時間に追われ、 「したいこと」よりも 「しなければならないこと」のほうが 1日の大半を占めている。 1日を”効率的”に”こなした”ところで、 幸福度や充実度は上がらない。 「早さ」「生産性」が追及され続けるこの世界で、 僕たちは盛大に「無駄な毎日」を繰り返していないだろうか。 一見すると「無駄」とされることは、

          真実

          ある日、父子が、 二人で一頭のロバを引いて歩いていた。 すると、通りがかりの人がこう言った。 「ロバの背が空いているのに乗らないのか?」 そこで、父がロバに乗り、 息子がロバを引くことにした。 しばらく進むと、 また別の人が通りかかり、父に向って言った。 「君は年下の者に対する思いやりがないのか。  自分だけ楽をして恥ずかしくないのかね」 父は急いでロバから降り、 息子を乗せてロバを引くことにした。 またしばらく行くと、 通りがかりの人が息子に言った。 「なん

          木を見て森を見ず

          木ばっかりを意識して観察していると、 それが森の一部であると言う事は理解出来ない。 だから、俯瞰した視座から森を捉えようとする。 一般的な流れだ。 しかし、である。 あまりにも森を見ようとして 俯瞰に意識が偏ってくると、 今度は森の中の一本の木が捉えられなくなる。 この世界の本質を捉えたい、 広く高い視座で俯瞰したい、 そんな思いで森を見ようとした結果、 足元が見えなくなってしまい、 現実世界がおぼつかない。 視座を高めようとする事は尊い事だと思うが、 一

          木を見て森を見ず

          謙虚

          "自分に厳しく"してきた僕は、 "自分の存在そのもの"にも厳しくしてきた。 これがいかに自分を苦しめ、 周りを苦しめてきたかが今になって少し分かる。 「自分はこれだけがんばっている」 と言う自負を他人に押し付け、 「そんなんじゃ甘い」と、 口に出さずとも心の中で思っていたし、 態度にも出ていたと思う。 "自分に厳しく"は、 行き過ぎると 自分を責め、追い詰める。 そして末路は 自己否定や自己肯定感の欠如が生まれる。 さらにそれを他にも振りかざす。 口では「人に優

          「あなたらしさ」はすでにある

          「何者か」になりたい と思った。 芸能人やらユーチューバーやら スポーツ選手、社長…。 そう思って、 誰かのマネをしてみたり、 勉強してみたり、 目指した。 でもどうやら、 そこにゴールも終わりも無い。 子どもの頃は野球選手のマネをして、 自分としては完コピ出来ているつもりでも、 周りから見たら分からない、と言う時があった。 完全になりきっているつもりでも、 そっくりでも、 どこかにその人の癖や特徴が残っているのだ。 つまりどれだけ追いかけても、 その人にはな

          「あなたらしさ」はすでにある

          あれもこれも、総ては自分であると言う事実

          何か嫌な事があった時、 予期せぬハプニングがあった時、 苦しいと感じる事があった時、 僕たちは、原因を外に求める。 とても自分起点で それが起こったとは思わない。 だが本当の意味で、 自分と向き合い心の奥に触れた時、 それは自分が作っていたと分かる。 ただその事実、理(ことわり)を 認め、受け入れる事は難しい人が多い。 無論僕も含めて。 「全ては自分の内面の反映」 とわかっていても、 実際生活の中に埋没すると忘れているし、 意識していても受け入れ難い時もある。

          あれもこれも、総ては自分であると言う事実

          孤独力

          もう10年前もになるが、 21歳の頃、大学を休学して、 1年間海外バックパッカー旅をして放浪していた。 10年も経つとさすがに、 その頃の考えと今とは変化していることもあるが、 とにかくその旅の中で、 幾度も感じたことがある。 「孤独」である。 知らない土地で、 知らない人達にまみれるということは、 誰も自分の事を知らないという事だ。 僕のことは誰も知らないし、 まるで透明人間になったかのような気分になる。 その感覚が苦しいと思う事もなくは無かったが、 それ

          選択の出発点は2つしかない

          この世で僕たちとる、ありとあらゆる選択は、 出発点の動機を突き詰めていけば、 「愛」か「恐れ」しかない。 「愛の選択」とは、 自分が純粋に好きだと感じることや、 面白いと思うもの、 心地よさ、わくわく、腑に落ちる、など、 心の奥底から湧き上がってくるようなものである。 「不安の選択」とは、 嫌われたくないからこうする、とか、 怖いから、不安だから、など、 頭で考えて取るような選択のことである。 あなたが今、していることは、 「やりたくてやっている」ことなのか、 そ

          選択の出発点は2つしかない

          いま、いのちがあなたを生きている

          僕たちはいつも勘違いしている。 自分の持っているもの、 自分の車、 自分の家、 自分の財布、 自分の家族、 自分の体、 自分の心、 自分の技。 どれをとっても、死ぬときには 何一つ持っていくことはできない。 浄土真宗には 「いま、いのちがあなたを生きている」 という言葉があるが、 全くもってこの肉体は借り物でしかなく、 天命を全うした時にはお返しする必要がある。 借りたものであるならば、 ”立つ鳥跡を濁さず” 借りる前よりもより良い状態でお返しすることが道理で

          いま、いのちがあなたを生きている

          感謝と愚痴、どちらが多い?

          思い当たることはないだろうか。 気づいた時には大人になっていて、 仕事をして、それなりに頑張って、 プライベートも充実させようとして。 気づけば実感がないくらいの年齢を重ねていて、 時間の早さを痛感して。 ふと振り返る。 「子どものころはもっと楽しかった」と。 いつからだろう、 「やりたいこと」より、 「しないといけないこと」を優先させるようになったのは。 その「しないといけないこと」は、 本当に「しないといけないこと」だろうか? 僕たちは大人になったふりをし

          感謝と愚痴、どちらが多い?

          「いつか」はやってこない

          「考えるより行動」 この世界は、ああだこうだ考えを巡らせるより、 まずは一歩行動に踏み出さなければ何も変わらない。 多くの人がそう感じているはずだ。 にもかかわらず、 行動できないのはなぜだろう。 「いつかやりたいと思っている」 そのいつかは、待っていれば来るのだろうか。 いや、待っているだけでは絶対に来ない。 「条件が揃ったら」 そう言っている間に周囲の環境の変化に引っ張られたり、 気力をそがれたりして、結局行動できない。 結局、行動できないのは変化が怖いか

          「いつか」はやってこない