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児童養護施設に連れて行かれた日/こんな気持ちでマックを食べた奴はムッタと私ぐらい

 小学生4年生の時、虐待が原因で児童養護施設に行く事になった。

 その日の義母は様子がおかしかった。
義母が私の髪を結んだことなど、今まで一度だってなかった。
なのに、朝起きると、私の髪を2つに結んでくれた。
いつも義母はピリピリしているのに、凄く静かだった。
違和感を感じた。

 父、義母、義母の連れ子(2歳)、兄、弟と車に乗って出かけた。
よく覚えていないが、建物に入るように言われた。
私と弟だけは別室に案内された。
2人で待たされる。
弟に
「なんだろうね」
と小声で声をかけられた。
普段家の中で、兄弟間で無駄話をすることを義母から禁止されていたから、私も弟と同じように小さい声で
「わかんない」
と答えた。
ただなんとなく、今日はいつもと違う日だと確信していた。

 しばらく経つと大人の人に、建物の外に出るように言われた。
外に出ると涙目の兄と、父、義母、義母の連れ子がいた。
この時どんな会話をしたのか覚えていない。
父の言葉も、義母の言葉も何一つ思い出せない。
ただ、父と義母から離れる。私達兄弟3人は別の場所に行く。
それだけは理解できた。
弟はよく分かっていなかったようで、兄に
「なんで泣いてるの?」
と聞いて、兄はその質問に苛ついていた。
義母の連れ子が大声で泣き出した。
離れたくない的なことを叫んでいたと思う。
義母が泣きながら、泣き叫ぶ連れ子を抱いて向こうへ行った。
まるで別れの感動シーンみたいだ。と思いながらも、私は泣いている人達を見ても微塵も泣けてこなかった。
開放される時が来たと、気がついていたのかもしれない。


 真っ黒のスーツを着た50代ぐらいの男性が運転する車に、私達兄弟は乗せられた。
男性はもの凄く、素っ気なかった。
真顔で感情が分からなかった。
 その時の私は、細い橋の上を進まないといけないというのに、左右に体を揺らしバランスを取ることでいっぱいいっぱいだった。
つまりギリギリな心で窓の外を眺めていた。
素っ気ない人が担当で助かった。
同情で優しくされようものなら泣き叫んでいただろうから。

 車で1時間程走り、マクドナルドで停まった。
「昼休憩をしよう。このお金で好きなものを買って来なさい」
と男性に財布を渡された。
え、財布を渡すって不用心じゃないか?
立派に疑心暗鬼な子どもが完成していた。

 兄弟3人で店に入った。
私はテリヤキバーガーを頼んだ。
何年ぶりの外食だろうか。
自分が食べたい物を選ぶという行為も、いつぶりだったか。
その時、悲しみだけに覆われていた私の心に、"自由"が追加された。
大人が喜ぶ選択を考えず、周りの目も気にせず選べた事が本当に久しぶりで。
自分で何かを選択する感覚を久しぶりに味わった。

 注文したものを待っている間、椅子に座って窓を眺めていた。
窓に反射した自分とその周りを見ている。
賑やかな店内のはずなのに、ひたすらに静かに感じた。ゆっくりと時が流れている気がした。
自分のいる空間が青暗く見え、頭が妙にすーっとしていた。
 ゆっくり兄弟の方へ視線を向ける。
私と似たような心境なのだろうか。
2人とも悲しいのか嬉しいのか、よくわからない顔をしていた。
まるで映画の中にいるような不思議な感覚だった。

 車へ戻り、窓の外をぼーっと眺めながらテリヤキバーガーを食べた。
 運転している黒スーツの男性の隣に座っている兄は、呑気に将来の夢なんかを語っている。
ついさっきまで、泣いていたというのに。
 私の左隣に座っている弟は、私と同じように終始無言。

 「これから私の人生はどうなるのだろうか」
そんなことを考えながらも、テリヤキバーガーは死ぬほど美味しくて。
美味しすぎて、涙が出てきた。

 誰にも泣いていることなんて知られたくない。
思いっきり窓側に体を向けながら、テリヤキバーガーを食べた。
 どんどんどんどん口に入れて、紙に残ったタレもフライドポテトでディップして全部食べた。
私は悲しいから泣いているのではない。
泣いても意味などないのだから。
いいから食え自分。
奥歯で思いっきり噛みながら食べ終えた。
 なんだかよく分からないが、食べ終わった後、私は細い橋を進み始められた気がした。

今、大人になり振り返るとわかる。
あの日あの時、私は覚悟を決めた。



 児童養護施設に入った日が、フラッシュバックのように思い出された。
思い出したのは、アニメのワンシーンを見た時。
「宇宙兄弟」 作者 小山宙哉
主人公の南波六太(ムッタ)は私が大好きなキャラクターだ。

 31歳のムッタは長年勤めていた会社をクビになり、転職活動をしている。
だがクビになった会社の根回しによって、同業の会社の面接はことごとく断られる。
逆にムッタの弟は宇宙飛行士になり、日本人初の月面探索へ近々旅立つ。
自分が夢見ていた宇宙飛行士には優秀な弟がなり、自分は30代になってからの無職。
そんな時にふと入ったマクドナルド的なハンバーガー屋で、涙をにじませながらムッタはハンバーガーを頬張っていた。
自分の無力さ、苛つき、不安、情けなさ、そういった感情と共に、ハンバーガーを口に入りきらないぐらい詰め込んでいっていた。
周りに泣いていると思われたくなくて、笑っているかのように見せようとしていた。

 このシーンの直前まではポップな描写だった。
なのにハンバーガーを頬張るムッタを見て、私も涙が溢れ出た。
なぜ急に、このシーンに泣けてきたのだろう。
そうか、あの日だ。
あの日の私は、このムッタと同じようだった。
私とそっくりだ。
泣きながらも、笑えてきて。
そうだ、そうだ、こんな時もあった。
こういうことを咀嚼してきた人生だった。
思い出せて良かった。
だって、きっとこれから、もし食べながら泣いている人がいたとして、私は絶対に笑わないし、変なやつだなんて微塵も思わない。
こういう日も含めて、生きていかなければならないのだから。
千と千尋の神隠しで、千尋が泣きながらおにぎりを食べるシーンなんて、みんな一度は泣いたでしょ?


 人は涙を流しながら食べる時、口いっぱいに詰め込みながら咀嚼する。
今となっては少し笑えて、いい思い出だ。


たまに夫に言われます
「いいから食べろ」
って。



#元気をもらったあの食事


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