外国の土産に変なチョコを買ってくるな Ⅱ(ツー)

がんばって毎週書きます

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そんなんええから曲書け

 夏に“輝くもの天より堕ち”というepを発表し、ツアーも周って、メジャー契約も2年目になり、社内ではこいつこの2年でまだ実質3曲か4曲くらいしか書いてなくね?普通に給料泥棒だろという目で見られているが窓の外を指さしてうわピカチュウの飛行機や!と叫び全員が外を見ている間に走って逃げている。そんなに逃げ回って普段何をしているのかとよく聞かれるのであえて具体的に言うと、バンバン新曲を出して次々とバズりグングンとライブ会場の規模を広げていく同世代や後輩たちに「お前が不必要に頑張るせい

    • 夏の雑感/psychic/release.

       優れた映画や音楽はしばしばその作品自体が自己や社会への鋭い批評となっているように、優れた日記というのは単なる生活のメモや感想文を越えて再帰的に生活を変えていく鏡であるべきだと思う。鏡というのは今の自分の姿を単にあるがまま映し出すものであると同時に、たとえばこの夏の汗と湿気で妙な角度にねじ曲がりおデコの端に貼りついた前髪をあるべき位置に戻すためのモニターでもあるはずで、つまり日記のない(=自己洞察のない)人生を送るということは、乾かさず寝たせいで右側だけ大きく凹んだ髪型のまま

      • 翼もください

         カメラマンのみずき(アホみたいなガタイで丸坊主サングラスのおっさん)と俺(アホのおっさん)で、打ち合わせじゃあーとか言いながら真っ昼間から焼肉をアホなので食い、みずきはアホなので肉と別に食べ放題のカレーライスをおかずに米を食ってて、俺も結構アホなので全然ウーロンハイなんか飲んじゃったりして、腹いっぱいのほろ酔い状態で店を出るや否やこの季節アホが必ずやるでおなじみの花見をアホなのでやろうということになり、買い出しのために京王線八幡山駅のダイソーに入ってアホのおっさんがアホ丸出

        • フリーライブなど

           桜って、すぐに散っちゃうところがいいんだよな。花見っていうのは、ほんの少しの風にさえさらわれてしまう桜の花の───ひいては、人間という存在の───儚さや無常を眺めながらアルコールで感情を丸一周ブーストさせてケタケタ笑ってしまおうという催しだと捉えております。「いや、この瞬間も世界は刻一刻と移ろっているんかい!」があのレベルで可視化されてる自然の現象ってあとは朝焼けと夕焼けくらい?大人になると、綺麗なものを見るとどうしても泣きそうになる。たとえば、花、星、海、そして何より、キ

          早朝のファミレスⅡ

           今日も来てしまった。早朝のファミレスに。完全に変なクセがついてしまっている……いや、TwitterとかInstagramのストーリーならともかくブログの投稿に“今日も”とかそういう時間の文脈を組み込むのはちょっとズレてるか。5年後に読む人もいるかもしれんからな。俺が昨日何してたかなんて知ったこっちゃありませんわな。一応、珍しく二日連続でブログ書いてます。昨日のは↓これ↓ はい引継ぎおわり。別にファミレスに来て何をしているわけでもないのだが、放っておくと俺は外に出てハチャメ

          早朝のファミレス

           ツアーに出てる間とかは何だかんだ言っても昼過ぎに会場入りして夜ライブして、その夜どんなに深酒しても次の昼には宿のチェックアウトがあって、というような生活のリズムがイヤでもあるのだが、ここ最近はそれもないので昼の14時とかに寝て20時に起きて、みたいな生活に戻っている。いつか何かで読んだが人間が昼型か夜型かというのはもはや遺伝子によって決まっていて、それは努力や生活習慣で変わるものではないそうだが……いや、先にググって引用しとくか。↓これです↓ それでいうと俺は本当に朝が苦

          ピート・タウンゼント・アホ

           以前から何度となく自覚しては忘れ、忘れては自覚しなおしていることだが、ブログなんてものは何も必要以上にかしこまって書くことはない。脱力。続けることの方が大切。以下、単なる雑感。おもしろくはない。いや、こんな予防線すらいらない。←これも予防線←これも   ───START───  14ヶ所周るワンマンツアーも残るは2ヶ所、名古屋と東京のみになった。始まる前は憂鬱だったツアーだが、終わりが見えてきた今となってはどうにも終わってほしくない。いや、何も「このツアーが最高すぎて…

          ダボ;2,511

           やはり東京には若いバンドが多いので、たとえばその辺をふらふらしてると今年ハタチです!みたいな子に出くわす機会も多いのだが、俺がハタチの頃に比べて本当にみんなちゃんとしてるなぁと思う反面、なんか彼ら/彼女らが同世代同士で話してるところを遠巻きに見てると俺が年上だからちったぁピリッとして喋ってただけなんだな、と妙な俯瞰を強いられる瞬間もあったりしておもしろい。  俺がバンドで歌い始めたのは21歳のときで、誰でもそうだろうが何を隠そうこの俺も御多分に漏れず当初はずぶの素人だったの

          ワンマンツアー折り返しなう

           毎日ではないがまぁ4,5日に一回くらい、思い出したら飲んでいるマルチビタミンのサプリがあって、メーカーによれば一日4錠が推奨摂取量なんだが、何故かキッチンで手のひらに一振りジャラっと出すと3錠出てくることが多く、足りないなぁ、とは思いながらも、たったもう1錠を深追いするほど強迫的に飲んでるわけじゃないからそのまま3錠だけ飲んで終わる。終わるんだが、俺はこのマイナス1錠の積み重ねによって本来より幾分か早死にするのだろうなとそのあと必ず思う。日頃の破滅的な不摂生のことよりもたま

          “PSYCHIC FES”やりますねん

          サイキックフェスと読みます。間違って半角にしてしまったので裏声で発音してください。よろしくお願いします。とりあえず第三弾発表まできました。正直最初からこうしよう!と決まってたイベントじゃなくて今も毎週イベンターやチケット会社の皆さんたちとうーんうーんと協議しながらやっております。 ことの発端は俺が夜な夜な酔っぱらって色んな人に「さいきん毎回毎回ワンマンばっかでつまんねーんだわ!!」と大騒ぎしていたことにあります。じゃあどうしてそんなことになっていたかというと(もうご存じの方も

          沖縄最高伝説

          約一週間の滞在から戻ってきたばかりだが、俺はもう既に沖縄に帰りたい。別に泳ぐでもない。何か名物を食うでもない。首都から2000km離れた孤島で、ひたすら海を抱きしめていたい。小さい頃、恋人にフラれた若者が海に浮かぶ夕陽に向かってバカヤローなどと叫ぶドラマのワンシーンを見て、そんなことをして何の意味があるんだと小馬鹿にしていたが、今ではあの青年たちの気持ちがよく分かる。つまりは、都会というか、別に田舎でも何でもいいんだが、とりあえず我々自身が普段住んでいる場所には、我々自身が住

          ワンマンツアー振り返り day1

          全国十数ヶ所を周るワンマンツアーの行程を決める打ち合わせが開催されたのは、東京・下北沢のいけすかない喫茶店だった。ぬるいアイスコーヒー、教養を微塵も感じない軽薄な内装飾とローソファー、俺は以前この店のオーナーと酔った勢いで喧嘩したことがあるし、喫煙所だって店の外。第一俺は、およそ下北沢という町そのものが持つ、どこか打算の陰りがある健全さが、未だにどうも好きになれない。学生じゃなくても学生セットが頼めてしまう、せい家下北沢店のあのシステムも、「まぁ普通にセットのほうが得だしな」

          ガス料金が払えません

           アルバムの制作だのプロモーションだの発売記念イベントだのが終わって、冬からのツアーまでようやく一息つけるかと思った矢先、口座振替の手続を未だに済ませていなかったガス料金の振り込みが二~三ヶ月ほど滞っていた為、供給の停止はおろか、ガス会社との契約そのものが打ち切られたというハガキがポストに届いていた。この家に引っ越してきてからガスの契約を打ち切られるのは二度目。前回打ち切られた関西ガスは一度契約が切れると同名義からは二度と契約できない仕組みになっているので大阪ガスと契約してい

          za gure-to esuke-pu

          今はどうなっているのか知らんが俺が在籍していた頃の某大学文学部は入学から一年の間はとにかく無暗やたらと一般教養科目を詰め込まれ、二回生に進級してから初めてそれぞれの希望する専攻へと分属されていくシステムを採っていた。入学から数週間のオリエンテーション期間でほんの少しだけ交わった同級生たちは、心理学を専攻してゆくゆくは臨床心理士になりたいだの、美術史を専攻して学芸員を目指してみたいだのと好き勝手にほざいていたが、俺は元来四年間ダラダラするためだけに大学に入ったのだし、もっと言え

          5月前半

          出来もしないくせに中途半端に小綺麗な纏め方をしようとするから更新が進まないのであって内容も表現も時系列も気にせず雑に放り込んでジャンク品のワゴンセールみたいにしておくのがnoteに限らずsns全般の(俺にとって)正しい使い道なのではないかと最近思うのでそうする。一切の期待は捨ててくれ。その期待、確実に裏切られるので。それではいきます。こないだレコスタに浪漫革命の次郎ちゃんとジュンゴトーと東京初期衝動のしーなちゃんがたまたま遊びに来て1~2時間ほど皆でPKの音源のミックスダウン

          シテ……コロシテ……

          生意気な言い方になるのは許してほしいが昔から割と運動は得意な方だ。鉄棒の逆上がりなんかも幼稚園の同期たちの中で最初に出来るようになったし、自転車の補助輪も幼稚園の同期たちの中では二番目くらいに外れたように記憶している。二番目、と言ってしまうと一番最初に外れた奴と比べて俺の能力が劣っているかのように邪推する輩もいるかもしれないが決してそのような事実はない。当時の俺たちといえば猫も杓子も補助輪野郎だらけで、自分たちの愛機に付いている補助輪が着脱可能であるなどという知識すら持ち合わ