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〈貨幣〉とは、フィクションである。

書評:藤井聡『MMTによる令和「新」経済論 現代貨幣論の真実』(晶文社)

誤った経済政策による「デフレ」地獄から脱却するための、決定的理論として注目を集めている「現代貨幣理論(MMT)」。それを平易かつ具体的に紹介解説した、すべての日本人への「お薦めの一書」が、本書である。

さて「この終わりの見えないデフレ地獄を脱却するための理論などというものが、どうして今さら登場してくるのだろう」と訝る人も少なくあるまい。だからこそ、「現代貨幣理論」(MMT)は、しばしばトンデモのキワモノ理論扱いにされがちなのだが、決してそんなものではないし、そんなものが世界的に注目され、今では国家経済建て直し派の理論的支柱にもなったりもしない。
本書は、この理論の正しさと現実性を、「貨幣とは何か」という原理にまで遡って理路整然と解説し、私たちの「貨幣経済への誤解」を解いてくれる。

「現代貨幣理論」(MMT)が解き明かした、驚くべき「貨幣の正体」とは、何か。
それは、一般に思われているような、それ自体に交換価値が宿る「商品貨幣」ではなく、国家の信用によって生み出される「信用貨幣」であり、それは国家が主権者たる国民に対する「債務」として発行することで、無から生み出される価値でなのある。
そして、その本質が「価値を生む出す債務」である以上、国家が自国経済を健全に回すために作り出す債務によって、国家自身が破綻することは「あり得ない」という、一一経済に詳しくない者の頭には、いささかスッとは入って来にくい「事実」が、この理論の重要なポイントなのだ。

そこで、ここでは、私がオリジナルの「比喩」を用いて、この驚くべき「貨幣の正体」を解説してみたい。

私たちは通常、国家は国民から集めた「税収」を実体的に運用することで、国家の運営を行なっている、と考えている。だが、「現代貨幣理論」(MMT)が解き明かした「貨幣の事実」は、そうではない。
「蓄えがあるから支出する(実体があるから使う)」のではなく、国家は「支出のための予算をゼロから生み出す」のである。そして、そうして生み出された貨幣が、経済を駆動して、価値を生み出すのだ。

喩えて言えば「今の日本があるのは、過去の日本の歴史があるから」ではなく「今ある〈日本〉というものを円滑に運営するために、過去は生み出される」のであり、「歴史とは、今の必要性によって生み出されたフィクション」だという話と、「貨幣」の問題も(順序は逆になるが、本質は)相似的なのである。

「歴史」について真剣に考えたことのない日本人でも、日本の歴史は「高天原から降り立った天孫降臨の神に始まる」という「お話」くらいは聞いたことがあるかもしれないし、そんな話なら、さすがに「フィクション」だと考える人も多いだろう。しかし、どうしてこんな「神話」が語られるのかと言えば、それは日本を統一的に制覇したヤマト朝廷が、自分たちが日本全体を安定的に統治するための「正統性」を担保するための必要から、自分たちは「神の血筋」であるという「フィクション」を、後づけで捏ち上げたのである。

つまり、実際には「フィクション」でしかないのだけれど、その「フィクション」を人々に信じ込ませることによって、「フィクション」に基づいて、政治や経済がうまく回るのだ。
言い変えれば、人々がその「フィクション」を完全に信じなくなったら、政治も経済も回らなくなってしまう。「政府」が信用を失い、国の発行した「お札」が、ただの「紙切れ」にすぎないと国民が信じた途端、経済は破綻してしまう。

私たちは、「日本の歴史」とか「万世一系」だとかいった「神話」を信じて、なにやら「日本の伝統」といったものを漠然と信じ安心しているが、それは私たちを「国民」としてまとめるために、政治的に創作された「フィクション」にすぎない。
だから、政治的な必要性に変化が生ずれば、その「神話としての歴史」は変更されてしまう。例えば、戦時中は「現人神」であった天皇は、敗戦後は「人間」になった。

同様に、「貨幣経済」というものは、「信用貨幣」の上に成立した「フィクション」なのだから、必要に応じて、それを改訂することは可能であり、長期にわたるデフレによって経済的危機に瀕している日本は、まさにそうした「フィクション」の改訂を行なわなければならないのだが、「現人神たる天皇」という「フィクション」を真に受けすぎた人たちは、それを政治的必要に応じて「人間天皇」へと改訂することに、頑なに抵抗したりしたのである。

それと同じことで、私たちは今「貨幣の正体」であるその「フィクション」性を正しく認識して、必要に応じて、その運用方法を変えなければならない。うまく回っていた時代の慣習的固定観念によって、それを「絶対的真実」だと信じ込む虚妄から、自らを解放しなければ、日本はその硬直性によって自滅せざるを得ないのだ。

あまりわかりやすい「喩え」にならなかったかもしれないが、「文系の読者」の参考になれば幸いである。

初出:2020年10月31日「Amazonレビュー」

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