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【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(終)

完:かぐら、はじまる



夜闇に沈んだ山道を、
こうして歩くと良く分かる。



闇の中に生きる者達の生活と、
その領域が…。


そして、その中でも上下関係が有り、
下の者はその領域を決して侵さないという

暗黙の掟が。



あの鴛鴦(おしどり)の宴が終わり、家族は
全員神に見守られる中、天へ行った。

手を振り、振り返り、振り返りこちらを見て、
笑いながら全員手を繋いで光の中を逝った。

あの長男弥太郎という子供は、
約束通りキヘイを肩車して歩いてやっていた。

その幸せそうなキヘイらの顔を神楽の中から見ながら、

…複雑な気持ちになった。



ー… とにかく、俺は俺のやるべきことをする までだ。
俺にしかできない仕事だ。




何故か自分に懐いている子龍が、肩に止まっているが
追い払うのも面倒だ。そのまま歩く。



人間の身で
人の服で衣擦れの音をさせ、

地面を踏みしめ音を立て
息をする。




すると、木々の奥の奥の方から。
すぐ上から。右のシダの茂みの方から。



左の木の影から…。
視線と存在感を感じる。




目に見える黒以上の、闇の次元に幾つもの世界が有り、
息を殺している。



「長谷から逃げ込んできた鬼がいたろう?

…どっち行った…?」




そう呟く。

その声は闇の四十万をつくり山に響き渡る。



すると、辺りの妖怪やモノノ怪、霊達が
震えながら指を指す。



「あちらでございます。地獄谷の茂みにおります」



逃げた方面は分かっていた。
こうして、闇の住人たちに聞いてここに来た。


鶴岡八幡宮西御門、山号巨福山(こふくさん)。
寺号、建長興国禅寺(けんちょうこうこくぜんじ)。


建長寺を登っていき、山道に入るとハイキングコースがある。そこの、ある程度目星をつけていた地獄谷に足を向けていたのだが…。

それはどうやら正しかったようだ。



自分が移動すると、
恐怖が闇を伝って鳴り響くのが分かる。


相手は小物。
恐らくこれだけで竦み上がって動けなくなっているはずだ。

先ほど通り過すぎた境内のもっとも奥、山の中腹にある建長寺の鎮守に祀られる半僧坊大権現。その半僧坊がその時現れて釘を刺してきた。



「如何いたしました?物々しい様子で…。
悪荒湍津鬼彦神(あこうたぎつきひこのかみ)」


「…天狗、その名を気安く呼ぶな…」


半僧坊はまったく動揺もせずに、優しい目を細めた。
しかし、彼の周りには守護の烏天狗たちが、武器を持って
半僧坊の周りの警戒を強めた。ざっと、4.50はいるだろう。
半僧坊は柔らかな物腰で手をゆっくりと上げると、

ひらひらと烏天狗たちに上下に振った。それに彼らは狼狽する。



「そうおっしゃられますな。でしたら何とお呼びすれば?」


「・・・今は鬼神と呼ばれている」



“鬼神、ですか・・・”

半僧坊は微笑みは崩さなかったが、憂いた瞳を伏せた。



「それでは今は…私もそうお呼びさせて頂きましょう。して?こんな辺境の地まで貴方様がまかり越してくださったのは、いかな理由でしょうか?」


「・・・鬼を探している。騒がしくするやもしれんが、お前は動くな」



半僧坊は少し驚いたようで、目を丸くして黙った。
そして、言う。



「そうさせて頂きます…、と言いたいところではございますが…」



半僧坊は扇を出すと一振り、自らを仰いだ。
すると、一瞬にして見事な羽をはやした位の高い天狗になった。
目は同じ優しさを湛えているが、どこか眼光が妖しく光る。鼻も人間より高く、そもそも気迫が他の者とは桁外れだった。



「生憎私はここの護りを任されている身。どうか、
離れたところから経緯を見守ることをお許し頂けませんでしょうか?」



そう言って半僧坊は腰を丁寧に曲げた。
胆の据わった奴だ。



「閻羅王(えんらおう)…か」


「あの方は人間の間では閻魔大王、と言うのですがね…。容姿は人間に見えますので…何だかとても奇妙な感覚でございますな」




最後まで自分に対する姿勢が崩れなかった。


そして、それを仕方なく了承したものの正直邪魔でしかたない。あちこちに烏天狗の気配がする。
着いてきてもいいが、どうなっても知らないぞと言っても、



“ご存分に揮(ふる)われませ”

と言いのけた。



…まあいい。
もうすぐ地獄谷だ。


とっ捕まえて地獄に送ったら…帰るまで。


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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。