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【詩人の読書記録日記】栞の代わりに 7月4日~7月10日

はじめに

こんにちは。長尾です。今月末に色々と考えていることがあり、読書の時間が減ってしまうかもしれない……(しかも雨続きですからね)と思っていますが、わたしの詩作に読書は必須なので、がんばっていきます。

7月4日

打ち合わせののち、メッセージ。たくさんのみなさんに喜んでもらえるといいなあ。

・ほしおさなえ『水の球』ほしおカンパニー

ほしお先生の著作を読んでいくと、なんとなくこの詩集に原点がぎゅっと詰まっているようにも思います。お父様のこと、海のこと、図書室のこと、「本」という「ことば」が「モノ」としてかたちをもったものになること。そして、母になること。どんなに小さなころからでも、なんとなく「母」は小説のようなこの散文詩のように「海」や「波」として迫ってくるように感じます。だからこそ、母と娘の関係も難しいですし、父と娘もかなり近いように感じました。そんな人間関係と暮らし・地形や場所を考えました。

7月5日

大幅に改稿した詩を発表。さてさてどう読まれることやら。そののち集中して詩作。推敲など。さあさあ月曜日。明日は雨ですが、移動図書館は来るそうなので、本を守って行きます。

7月6日

執筆、詩作のち、移動図書館。公園で立ち話をするなど。雨の日でも移動図書館は来てくれるけれど、蒸すし、本に雨がかからないようにするのでたいへんでした。

・津村記久子『くよくよマネジメント』清流出版

せわしない毎日が続く中で、ほんの少しだけの心の栄養。津村さんの『ポトスライムの舟』がとても好きで、会社員をしていたころの「くよくよする時間」が9時半から11時、それと15時半から16時、というのがよくわかってほっとしました。誰だってみんな何かを抱えて仕事をしながらせわしない。このほっとする本を書いている津村さんだってせわしなかったと思います。お互いせわしないもの同士、おおっぴらにくよくよしたいものです。

・みうらじゅん・リリー・フランキー『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか』扶桑社

いいかげんは、「良い」「加減」。飄々と生きる二人の対談集なのですが、この二人はいいかげん、良い加減で生きているから、一言一言がしみます。いずれ死ぬ、というテーマで、若さと老い、そして人生相談まで、幅広く語った対談集。わたしたちは時々、「ひとはだれしもいずれ死ぬ」ということを頭では理解していても忘れます。だからこそもがき苦しむ。逆算で考えて、もう少しラクに行こうよ、な。と肩を叩かれているようでした。

・高山れおな『冬の旅、夏の夢』朔出版

プロの俳人の意気込みが感じられる第四句集でした。いいなあ、いつかわたしも旅したい! 様々な国へ俳人は出かけ、吟行を楽しみます。わたしもいつか、いつか、と思っている国々、そして富士山など。印象に残った句を3句あげておきます。

豆スープ、ピラフにかけて豆御飯 れおな

夏がすみそこに砲声沸々と れおな

ドヤ顔も小顔も急ぐ神の旅 れおな

7月7日

この天気は織姫の心の揺れ動きかなと思いながら執筆。近日中に発表する詩を推敲。

・ペネロピ・フィッツジェラルド 山本やよい訳『ブックショップ』ハーバーコリンズ・ジャパン

本屋になりたい。そういった子どもにはロマンと根性があります。そしてわたしの周りには、目をきらきらさせてそんな夢を根性でかなえてきた知人がたくさんいます。本に囲まれて商売をするということ、みんなに本を読んでもらいたいという夢。思わず拍手と称賛を送りたいほどです。この主人公のフローレンスもやはり「根性の女性」で、見上げたものだなあと思いながら読んでいました。まだ誰もしていないビジネスを開拓する困難も、彼女は抱えていたのかもしれません。

・岸本葉子『捨てきらなくてもいいじゃない?』中央公論新社

二人暮らしを始めたときに、「とにかく二十代前半は物をわたしは買いすぎていた!」ということに気がつきました。何しろ服が多い。それが許された時だったんだよなあ……。今は十着くらいで毎シーズン回しています。モノ、持ちすぎてませんか? このエッセイでは、四十代になってからの作者の「モノの持ちすぎ」について書かれていて、なるほどなあと思ったところがいくつもありました。わたしもデスクワークに疲れたときはインナーマッスルを鍛えるためにバランスボールに座ってみようと思います。

・岸本葉子『「捨てなきゃ」と言いながら買っている〈買おうかどうか5〉』双葉社

買い物にそれほど興味がなくなったのはいつだっけ……と思うくらい物欲があまりありません。友達と時々電話すると、前は「あれ買おう、これ買おう」という話も、今では「仕事でこんなことがあってさ」が「最近体力落ちてきたよね」になり、「やっぱり健康よね!」になってしまいます。それでも、それがわたしのリアル。おいしいものを食べたいし、出来るだけ日々元気で過ごしたい。この作者とよく似た考え方です。同じような考え方の作家がいるとホッとします。

7月8日

長谷川泰子『ゆきてかへらぬ』を教材として読みました。執筆のち、リフレッシュ。

・銀色夏生『無辺世界』河出書房新社

中学生とか高校生って、「ボク」「君」「私」の変異が容易にできる感性を持っていると思っていて、だからこそわたしは中学生の時から銀色夏生さんのファンであり続けるのかなと思います。ハッカのように爽やかで、甘くて、儚くて、あやうくて。いつ消えてしまうかあやうくて。そんな曖昧な「自分」がある種の「運命」を知ってしまったときに、こういう詩が生まれるのだと思いました。

・浅田徹『恋も仕事も日常も 和歌と暮らした日本人』淡交社

5・7・5・7・7のリズムに憧れていた学生時代がありました。今思えば若気の至りですが、日本文学を学ぶ友達数人で、一週間だけみそひともじでメールやラインを送り合ったり。でも、そういうことが昔の日常では茶飯事だったのですね。(実際、このメールのやり取りは一週間持ちませんでした苦笑)ビジネスメールも、仕事の愚痴も、日記でも和歌はひとと共にあって、ひととひとをつなぐコミュニケーションだったのです。近代短歌はそれを「個人の場」にしてしまいましたが、短歌の結社があるから、SNSに簡単に収めることができるから、つながりを保っていけているのかななんて思います。

7月9日

音楽を聴きながら執筆。朝ははかどります。原稿を送って少しほっとしました。朝吹亮二『密室論』を予約。また寄稿できる雑誌があり、がんばろうと思います。

7月10日

瀬尾まいこ『見えない誰かと』、朝吹亮二『密室論』回送中。新作の推敲をがんばりました。

・吉田文憲『宮沢賢治 幻の郵便脚夫を求めて』大修館書店

吉田文憲先生を「ぶんけんさん」と呼んでいた若気の至りの学生時代を懐かしく思います。先生がライフワークのように研究していた宮沢賢治研究。「宮沢賢治はねえ、光で文字を書いていたんだよ」今、先生のこの本を読んでなんとなくつかめたような気がします。幻燈、として知られる映画的な書き方(「やまなし」に出てきます)や、未来へ向けて手紙のように書かれる文学、そして物語が生まれる場所について。授業で習ったこと、先生との会話で学ばせていただいたことが多く思い出されました。

・ほしおさなえ『東京のぼる坂くだる坂』筑摩書房

亡くなった引っ越し魔の父の住んでいた場所を巡ろうとする、編集者の蓉子。なぜ父は名前の付いた坂ばかりに暮らしていたのか。実際に存在する坂の名前がたくさん出てくるので、わたしも東京を散歩していたころ歩いた坂がたくさんありました。坂は地層という歴史が連なって、そして分断された場所、境目なのです。その「境界」こそが物語の生まれる場所で、地形と暮らしと生活はひとと密接に結びついており、やっぱり上り坂、下り坂は「人生」のようにも思えます。出てくるお父さんは破天荒でもなぜだか憎めなくて。ひとは生きていくうえでいくつもの坂をのぼったりくだったりしていきます。大きくとらえると本当にちっぽけなことでみんな生きながらじたばたしている。大らかな波のように、うねっている地形のように、ひとが生きることはもがくことだと思いました。

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