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〔ショートストーリー〕風薫る
風薫る。昔、日本という国には、そんな言葉があったそうだ。五月ごろ、若葉の間を吹き抜ける風のイメージらしい。とても美しい言葉だと思う。
僕らの遠い故郷、地球という星は変わってしまったそうだ。度重なる戦争や自然災害で、土壌も空気も水も汚染され、生き残った人間は地球を捨てた。いや、人間が地球に捨てられたのかも知れない。
僕らの祖先はこの星に移住し、それ以来、ずっと人工的に作られた狭い居住スペースで生
〔ショートストーリー〕エマ
森の入り口にあるエマの家まで、夢中で自転車を漕いできた。この辺りは夜になるとずいぶん暗い。息も整わないままチャイムを鳴らすと、驚いた顔のエマが出てきた。私は黙ったまま、彼女に生花で作った花束を差し出す。
「えっ?私、アレルギーだって…」
少し後ずさりながら戸惑うエマ。私は無表情のままで言う。
「嘘だよね、それ。この間、森で見たから」
エマの顔から微笑みが消えた。まだ冷たさの残る夜風が吹き抜ける。
〔雑記帳〕悪いのは誰
子どもの頃から童話が好きだった。日本の童話も、海外の童話も、まあまあ読んでいる方だと思う。何らかの教えを含む話、ただの悪ふざけのような話、怖い話、悲しい話、ワクワクする話…それぞれに良さがあって好きだ。
だが時々、疑問を抱く話もある。そのうちの一つは、日本の童話の「舌切り雀」。皆さんご存知だろうが、念のためざっくりと紹介しよう。
お爺さんが弱った雀を拾ってきて、つきっきりで世話をする。おかげで
〔ショートショート〕真夜中の万華鏡
真夜中にこの万華鏡を覗いてはいけないと、先生は言っていた。物静かで、細い指が綺麗だった美術の先生。昔、外国のフリマで買ったという万華鏡は、深い藍色が美しい。
突然、先生は消えた。教師間の虐めで病んだとか、誰かと駆け落ちしたとか、噂だけが駆け巡る。彩に残されたのは、この万華鏡だけ。「彩へ」と書かれていたと、先生のご家族から渡された。
どこにも居場所が無い者同士、唯一心を許せたのに。放課後の美術室
〔ショートホラー〕足音
夜道は嫌いだ。特に静かな住宅地で、シンとした空間に自分の足音だけが響くのは、不気味だし心細い。だが、それよりイヤなのは…
カツン、カツン、カツン…
やはり来た。1年ほど前からだろうか。この小さな橋の辺りになると、いつももうひとつ足音が重なる。硬そうな靴底の音だが、重い感じではない。パンプスやスニーカーではなく、革靴のようなその音は、こちらに合わせるように同じペースでついてくる。
街灯はあるものの
〔ショートストーリー〕こどもの日
「子どもの日、どこか行きたい所ある?」
母が私に問う。高校生にもなって『子どもの日』というのも何だか面映ゆいが、この機会を逃すまいと私は弾んだ声で答えた。
「じゃあ、2カ月前に隣町にできた、巨大迷路に行きたい!」
母の顔がサッと強張る。そりゃそうだろう、母は極度の方向音痴だ。学校の三者面談でも、来るときは教室に表示された『〇年△組』を頼りに何とか来られるが、帰りは放っておくと玄関までなかなかたどり
〔ショートストーリー〕小さなオルゴール
きっかけはYouTubeだった。大学で付き合いだした有香とふたり、いつものように廃墟や心霊スポットの潜入レポートを見ていると、見覚えのある建物が映った。
「あれ?これ近いよ!川沿いにある廃病院じゃん」
「あ、ほんとだ!私、夜になると真っ暗で怖いんだよね、あの辺…」
普段は強気な有香が、心底怯えたように言う。
そのYouTuberは「恐怖度5」とランク付けし、「行くなら2階まで、3階はヤバい」とか、
〔ショートストーリー〕黒い鍵
アパートで目覚めると、もう正午近くになっていた。平日の昼間、天気も良い。理由もなくこんな時間まで寝ているのは、真っ当な大人とは言えないな。その筆頭は俺か。
昨夜はしこたま飲んだ。最初の居酒屋で隣に座った男と意気投合し、その後ふたりで何軒かハシゴしたが、はっきりとは覚えていない。
ちょっとしたケンカで工事現場のバイトをクビになり、ヤケ酒を飲んで荒れていた俺の愚痴を、どこか学者風のその男は頷きながら
何でもハラスメントと騒ぐのは好きじゃない。
ただ、今日辞職した2人の町長は、どちらも酷すぎる。とっくに辞めていないといけない人たちだったのでは。
昭和だろうが平成だろうが令和だろうが、この人たちの言動は許されてはならない。