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〔ショートストーリー〕こどもの日

「子どもの日、どこか行きたい所ある?」
母が私に問う。高校生にもなって『子どもの日』というのも何だか面映ゆいが、この機会を逃すまいと私は弾んだ声で答えた。
「じゃあ、2カ月前に隣町にできた、巨大迷路に行きたい!」
母の顔がサッと強張る。そりゃそうだろう、母は極度の方向音痴だ。学校の三者面談でも、来るときは教室に表示された『〇年△組』を頼りに何とか来られるが、帰りは放っておくと玄関までなかなかたどり着けないレベル。教室を出て歩く方向を間違い、降りる階段を間違い、来るときは通ってこなかった渡り廊下を何故か渡ってしまう、筋金入りの迷い人だ。


「ほ、他の所にしない?ほら、欲しい服とか、バッグとかあったら、買ってあげるわよ。どうせ隣町に行くなら、ショッピングモールの方が…」
少し引きつった笑顔で、母が誘導しようとする。うん、欲しい服もバッグもあるよ。でも、今回は乗らない。
「ううん、迷路一択」
「…何で迷路に行きたいの?二人とも方向音痴なのに、出口まで行けないんじゃない?何時間もウロウロして、一日終わってしまったら…」
「お母さん、私、方向音痴を克服したんだよ」
ドヤ顔で告げる。そう、迷って疲れて涙ぐむような、弱っちい私は卒業したのだ。母はビックリしたように私を見る。
「え?ほんと?いつの間に?」
私はニヤリと笑ってみせる。
「いつまでも子どもじゃないからね」


我が家は母子家庭だ。母と二人、支え合って生きてきたと言えば聞こえは良いが、実際は母が私も家計も支えて来てくれた。私はずっと母に甘えっぱなしだったと、少し大人になった今、ようやく分かる。
母はいつも、自分のことより私のことを優先してきた。それは母の愛情だったともちろん理解しているが、私が弱く頼りなかったからでもある。けれど、これからは少しずつ、私のことも頼って欲しい。最近は料理や洗濯を頑張るのも、褒めて欲しいからじゃなくて、私にも出来ることが増えたと安心して欲しいから。


「迷路は私が先導するから、絶対に大丈夫!それにね、あちこちを季節の花で飾ってあって、すごく綺麗なんだって。お母さん、花が大好きでしょ?」
「あら、そうなの?そりゃ花は大好きだし、『子どもの日』だからあなたが行きたい所に行くのが良いとは思うけど…本当にいいの?私に何か気を遣ってるんじゃ…」
私は豪快に笑いながら否定する。とにかく迷路に行きたいともう一度主張すると、母はやっとOKしてくれた。


母に『頼りになる娘』だと思って欲しい。いつまでも私の心配ばかりしないで、もっと安心して自分の好きなことを大切にして欲しい。そのためにどうすれば良いか考えている時、隣町に巨大迷路ができた。これは使えるかも、と思い付くのに時間はかからなかった。
二人とも絶対に苦手なことが分かっていたから、まずは巨大迷路のことをネットで調べた。また、既に行ったという友だちに話を聞き、覚えている限りの情報を貰い、先週の土曜日にこっそり一人で下見までしてきた。
友だちの情報と下調べのかいもあって、迷路が母の好きなカーネーションで美しく彩られていることも、こんな私でもちゃんと脱出できることも、ちゃんと確認済みだ。


そう言えば、迷路を出たところで、母が好きなソフトクリームを売っていた。母と一緒に食べたくて、まだ私は味見しなかったけれど、友だちは「美味しかったよ!」とお墨付きをくれている。二人で無事に脱出した後、それを私に奢らせて貰おう。
年に一度の『子どもの日』。これで母が喜んでくれたら、子ども冥利に尽きると私は思うのだ。
(完)


こんばんは。こちらに参加させていただきます。

やっと書けました、怖くないストーリー!つい発想が違う方向に向かないよう、心に沁みるBGMを聞きながらの創作。小田さん、玉置さん、米津さん、スティング、ビリー・ジョエル…お世話になりました♪

小牧さん、お手数かけますが、どうぞよろしくお願いします。
読んでくださった方、有難うございました。

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