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#創作

『利き手を失う前に』

『利き手を失う前に』

 <バン!>

 首相に一丁の銃を射撃した時の轟(ごう)音だ。当たった。もう1発撃つか。念には念を入れないとな。生き延びられたらたまったモンじゃない。コイツがオレの居場所を奪った犯人だからな!

 <バン!>

 よし、確実に逝ったな。オレの精度の高さが証明されたな。軍では射撃の名人と言われていたんだ。命中して当然だ。この銃は戦利品のトカレフ。中国から持ち帰った代物さ。

 首相が死んだ。
 殺す

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『いつか王子様が』

『いつか王子様が』

【焦げる怒り】 「チクショウ今日も収穫がねえな」

 かれは怒りに満ちたひとり言を放つ。真夏の陽の下を歩きながら、怒りに奮えていた。

 怒りの正体――。かれは直面するのが嫌だった。過去の苦い記憶を掘り起こすことになるから。自分を責めることになるから。

 渋谷の高架下に置き捨てられた、ペットボトルや食品の余りを探す。

 前ではなく、下を向く日々。今日をしのげるものは一向にみつかりそうにない。

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『ソメイヨシノの鳴き声』

『ソメイヨシノの鳴き声』

おそらく初めての恋だった。

 昔の記憶の断片ををかき集めながら、ぼくは過去の「あの」出来ごとを、振り返っている。散らばった記憶の数かずをつなげる。

 それを言葉にし、話にする。それだけのことだ。なのに、思い出そうとすればするほど、心が苦しくなってゆく。

 飛行機で福島県に帰省している。機内で同じ音楽を、何回も何回も、聴いている。ビル・エヴァンスの「ビューティフル・ラヴ」--。

 なぜだか分

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